重要な意思決定
20261月

エリオットの株主提案を否定

背景

トヨタグループ再編が炙り出した「総本家」の割安

2025年6月、トヨタ自動車は豊田自動織機に対する公開買付けを1株16,300円で予告した。トヨタグループの持合い解消と資本関係の整理を目的とした再編の一環であったが、この価格はNAV(純資産価値)に対しても市場株価に対してもディスカウントされた水準であった。特別委員会は市場価格に対するディスカウントを理由に、株主に応募を推奨できないと判断した。複数の手続面・ガバナンス上の問題も指摘され、ファイナンシャル・アドバイザーの独立性、フェアネス・オピニオンの不取得、SOTP評価の不採用、マーケットチェックの未実施など、経産省指針や東証規則に照らした公正性への疑義が市場参加者から相次いだ。

この状況を捉えて動いたのが米国のアクティビストファンド、エリオット・マネジメントである。エリオットは2025年9月末時点で豊田自動織機株の3%超を取得し、11月の半期報告書で保有が開示された。同年12月には大量保有報告書で5%超の保有を開示、さらに2026年1月には自己株式控除後の発行済株式数に対して7%超まで持分を積み増した。この間、豊田自動織機が保有する上場会社株式ポートフォリオの価値は当初TOB予告時点から43%上昇しており、1株あたりの価値が税控除後で4,805円増加した計算になる。TOB価格の妥当性は時間の経過とともにさらに低下していた。

決断

TOBの段階的延期

2026年1月14日、トヨタグループは改定後TOBを1株18,800円で開始した。当初価格から約15%の引き上げであったが、エリオットは翌15日に本取引に反対する旨の声明を公表し、1月18日に公開書簡を発表した。エリオットの主張の核心は、豊田自動織機の企業価値が「事業の弱さ」ではなく「資本政策と開示の設計」によって過小評価されている、という点にあった。同社は産業車両で世界トップクラスの競争力を持ちながら、トヨタ自動車の利益に沿った自動車事業への過剰投資と、大規模な持合い株式ポートフォリオが企業価値を不透明にしている、と指摘した。

エリオットが提示したのは、TOBに応じるのではなくスタンドアローンで価値を引き上げる具体的なプランであった。柱は4つある。第一に持合い株式の全面解消と、その売却資金による自己株式取得。第二に、自動車事業への投資規律の是正で、ROIC平均2.3%という資本コストを下回る水準の事業への追加投資を停止すべきと主張した。第三に、産業車両を中核に据えたオペレーション改善――フォークリフト事業の統合、自動化システムの統合、スマート物流でのシェア拡大。第四に、ガバナンスと投資家コミュニケーションの刷新である。これらを実行すれば、2028年3月までに1株あたりNAVは40,000円超に達するとエリオットは試算した。

結果

半世紀の親子構造に突きつけられた問い

エリオットの提案は、豊田自動織機固有の問題にとどまらず、トヨタグループ全体の資本構造に対する問題提起となった。同社の自動車事業はトヨタ自動車にとって不可欠なサプライチェーンの一部であり、トップ車両ライン向けの組立工場、HEVを支えるエンジン、コンプレッサーの独占供給という役割を担っている。しかしエリオットが示したデータによれば、この関係性のもとで豊田自動織機の自動車事業への投資額は2019年3月期の5,790億円から2025年3月期の9,420億円へ拡大する一方、ROICは同期間の平均で2.3%にとどまっていた。トヨタとの価格交渉において豊田自動織機は値下げに対して守勢に立ち、コスト増分の転嫁は認められるものの、それ以上の価格引き上げを実施する権限を持たないという非対称な関係が指摘された。

2025年8月にはアジア・コーポレート・ガバナンス協会(ACGA)も豊田自動織機およびトヨタ自動車の取締役会宛てに公開書簡を送付し、プロセスおよびガバナンスの透明性の欠如を指摘していた。エリオットの提案は、1950年代に雇用維持策として始まり半世紀以上固定化してきた「総本家が子会社の下請けとして売上の過半を依存する」という親子逆転構造に対し、資本市場の論理から初めて正面から異議を申し立てたものといえる。改定後TOBの18,800円とエリオットが試算するNAV40,000円超との乖離は、この構造が生んできたディスカウントの大きさを数字で可視化している。