ダイセル の歴史

創業

1919年

創業者

※セルロイド業者8社合同

創業地

兵庫県尼崎市

直近売上高(2026/3)

5,796億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1919年にセルロイド業界8社が合同して大日本セルロイドを設立したのか
A 1919年9月、大日本セルロイドは中小メーカーが乱立し過当競争で消耗していたセルロイド業界の主要8社を合同して生まれた。個々の中小メーカーが海外勢と戦っても規模で届かないため、束ねて生産規模と価格交渉力を確保する業界再編だった。複数社の寄せ集めとして発足したため一つの製品に依存せず、セルロイド・写真フィルムベース等を並行して抱える総合化学加工メーカーとして始まった。1934年に写真フィルム部を富士写真フイルムとして分離した事実も、単一事業に縛られない出自を示している
Q なぜ1988年に発射薬の火薬技術をエアバッグ用インフレータへ転用したのか
A ダイセルが1988年にエアバッグ用インフレータへ進出できたのは、軍需だった発射薬の火薬技術を民需へ転用する道があったためである。1954年に播磨工場で始めた発射薬の製造で蓄積した火薬の燃焼制御技術を、衝突時に瞬時にガスを発生させて袋を膨らませる部品へ応用した。1988年10月にダイセル・セイフティ・システムズを設立して製造を始め、世界の自動車メーカーの供給網に組み込まれてグループ最大の事業に育った。セルロースと火薬という二つの基盤技術を時代ごとに別事業へ振り替える同社の型を象徴する決断だった。
Q なぜ2018年以降のダイセルは生産革新とSBU制で構造を組み替えているのか
A 2018年に小河義美氏が社長として「ダイセル式生産革新」を全社へ広げたのは、成熟した化学プラントで熟練オペレーターの暗黙知を形式知化し、運転をIoTとAIで最適化して収益力を底上げするためである。2024年6月に就任した研究開発出身の榊康裕氏はこの路線を引き継ぎつつ、SBU制で各事業に収益責任を負わせ、研究開発投資を効率化して強みのある領域へ経営資源を絞る方針を示した。社長の出身機能が原料調達・生産技術・研究開発と推移した流れが、時代ごとの経営課題の比重を映している

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1919年〜 大日本セルロイドの設立とセルロース化学の確立

  1. 1919年 大日本セルロイドとして創立
  2. 1932年 神崎工場(兵庫県)においてセロハンの製造開始
  3. 1934年 写真フィルム部を分離、富士写真フイルム設立
  4. 1935年 新井工場(新潟県)設置、有機合成事業開始
  5. 1949年 東京証券取引所に上場
  6. 1951年 網干工場(兵庫県、現姫路製造所網干工場)において酢酸セルロース事業開始
  7. 1964年 Celanese Corporationとの合弁でポリプラスチックスを設立

セルロイド業界の合同事業として創立

セルロイド事業は原料面でわが国に恵まれ輸出産業としても有望であることが着眼され、1908年に堺セルロイドと日本セルロイド人造絹糸株式会社が設立された(前者が堺工場、後者が網干工場の前身)。1914年の欧州大戦勃発からセルロイドは輸出品として活況を呈し、この時期にさらに6社が生まれる。1919年9月、これら8社の大合併により大日本セルロイド株式会社が資本金1,250万円をもって創立された。中小メーカーが乱立し海外勢との競争で消耗していた業界を主要8社の大同団結で再編したのが同社の出発点である。発足は不況の最中にあり、1922年には1,000万円へ減資したが、以後これを契機に順調な社業発展をみせた。創立地は兵庫県尼崎市で、関西の化学工業集積地に拠点を構えた。創業時の主力製品はセルロイドプレート・櫛・玩具・写真フィルムベース等で、セルロースを基盤とした化学加工品の総合メーカーとして始まった。 [1][2][3][4][5][6]

  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1919年9月 大日本セルロイド株式会社が創立
    • [2]創立時資本金は1,250万円
  • ダイセル100年史
    • [3]セルロイド業界主要8社の大同団結(合同)で発足
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [4]1908年 堺セルロイドと日本セルロイド人造絹糸㈱が設立(前者が堺工場、後者が網干工場の前身)
    • [5]1914年欧州大戦勃発でセルロイドが輸出品として活況を呈し、さらに6社が生まれた(合併前の8社の母体)
    • [6]1922年 発足時の不況により資本金を1,000万円へ減資、以後順調に社業発展

昭和に入ると、セルロイドの原料である硝化綿の技術を生かしてセルロース事業を進展させた。1929年にはラクトロイドと石炭酸系樹脂の製造を開始し、わが国プラスチック工業の草分けとなる。1932年6月には神崎工場(兵庫県)でセロハンの製造を開始し、包装材料へも進出する。1934年1月、写真フィルム部を分離して富士写真フイルム株式会社(現富士フイルムホールディングス)を設立した。富士フイルムは大日本セルロイドのフィルムベース事業から分かれた企業であり、後の写真・医薬・化粧品の世界的企業の起点が同社にあった点は、日本の化学工業史の中でも重要な分社例である。1935年9月には新井工場(新潟県)で有機合成事業を開始し、セルロース系から有機合成系への事業拡張を始めた。 [7][8][9][10]

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [7]1929年 ラクトロイドと石炭酸系樹脂の製造を開始し、わが国プラスチック工業の草分けとなる
  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1932年6月 神崎工場(兵庫県)でセロハンの製造を開始
    • [9]1934年1月 写真フィルム部を分離し富士写真フイルム㈱(現富士フイルムホールディングス)を設立
    • [10]1935年9月 新井工場(新潟県)で有機合成事業を開始
  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1919年9月 大日本セルロイド株式会社が創立
    • [2]創立時資本金は1,250万円
    • [8]1932年6月 神崎工場(兵庫県)でセロハンの製造を開始
    • [9]1934年1月 写真フィルム部を分離し富士写真フイルム㈱(現富士フイルムホールディングス)を設立
    • [10]1935年9月 新井工場(新潟県)で有機合成事業を開始
  • ダイセル100年史
    • [3]セルロイド業界主要8社の大同団結(合同)で発足
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [4]1908年 堺セルロイドと日本セルロイド人造絹糸㈱が設立(前者が堺工場、後者が網干工場の前身)
    • [5]1914年欧州大戦勃発でセルロイドが輸出品として活況を呈し、さらに6社が生まれた(合併前の8社の母体)
    • [6]1922年 発足時の不況により資本金を1,000万円へ減資、以後順調に社業発展
    • [7]1929年 ラクトロイドと石炭酸系樹脂の製造を開始し、わが国プラスチック工業の草分けとなる

戦後復興期の上場と有機合成系への本格進出

空襲と敗戦で多大の被害をこうむった同社は、1948年にアセテート繊維事業の企業化を中心に復興を進めた。1949年5月、東京証券取引所(現株式会社東京証券取引所)に上場した。戦後復興期の証券市場再開直後の上場で、戦前から続く伝統的化学メーカーとしての地位を確立する。1951年6月に網干工場(兵庫県、現姫路製造所網干工場)で酢酸セルロース事業を開始、1954年1月に播磨工場(兵庫県)設置で発射薬の製造を開始した。発射薬は後にエアバッグインフレータ事業の技術基盤となる火薬技術の起点であり、戦後民需転換の中で蓄積された技術資産が数十年後に自動車安全部品の中核事業へとつながった。 [11][12][13][14]

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [11]1948年 空襲と敗戦の被害から、アセテート繊維事業の企業化を中心に復興を進めた
  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [12]1949年5月 東京証券取引所に上場
    • [13]1951年6月 網干工場(現姫路製造所網干工場)で酢酸セルロース事業を開始
    • [14]1954年1月 播磨工場(兵庫県)設置で発射薬の製造を開始

1956年には大日本プラスチック株式会社を設立して樹脂事業を拡張した。1958年8月には堺工場(大阪府、2008年3月廃止)でアセテート・トウの製造を開始した。タバコフィルター用アセテート・トウは現在に至るまで同社の収益基盤の一角を成す事業である。1961年1月に大日本化成株式会社を設立して石油系有機合成事業へ進出し、1964年5月には米国 Celanese Corporation との合弁会社ポリプラスチックス株式会社(現株式会社ダイセル完全子会社)を設立し、工業用プラスチック「ジュラコン」を中心にポリアセタール樹脂等のエンジニアリングプラスチック事業に参入した。 [15][16][17][18][19]

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [15]1956年 大日本プラスチック株式会社を設立し樹脂事業を拡張
    • [16]ポリプラスチックスは米国セラニーズ社との合弁で工業用プラスチック「ジュラコン」を製造
  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [17]1958年8月 堺工場(大阪府、2008年3月廃止)でアセテート・トウの製造を開始
    • [18]1961年1月 大日本化成株式会社を設立し石油系有機合成事業へ進出
    • [19]1964年5月 米国Celanese Corporationとの合弁会社ポリプラスチックス株式会社を設立
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [11]1948年 空襲と敗戦の被害から、アセテート繊維事業の企業化を中心に復興を進めた
    • [15]1956年 大日本プラスチック株式会社を設立し樹脂事業を拡張
    • [16]ポリプラスチックスは米国セラニーズ社との合弁で工業用プラスチック「ジュラコン」を製造
  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [12]1949年5月 東京証券取引所に上場
    • [13]1951年6月 網干工場(現姫路製造所網干工場)で酢酸セルロース事業を開始
    • [14]1954年1月 播磨工場(兵庫県)設置で発射薬の製造を開始
    • [17]1958年8月 堺工場(大阪府、2008年3月廃止)でアセテート・トウの製造を開始
    • [18]1961年1月 大日本化成株式会社を設立し石油系有機合成事業へ進出
    • [19]1964年5月 米国Celanese Corporationとの合弁会社ポリプラスチックス株式会社を設立

1966年〜 ダイセル化学工業期 ── 海外展開と事業多角化

ダイセルの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1966年 商号をダイセルに商号変更
  2. 1968年 大日本化成を吸収合併、同社工場を大竹工場(広島県)に
  3. 1970年 Huels AGとの合弁でダイセル・ヒュルスを設立
  4. 1977年 協同酢酸を三菱瓦斯化学、電気化学工業、協和醗酵工業、チッソとの合弁で設立
  5. 1979年 商号をダイセル化学工業に商号変更
  6. 1980年 中央研究所を移転し総合研究所を新設
  7. 1990年 網干工場で液晶用フィルム酢酸セルロース・アセテートトウの製造を開始

商号変更と海外拠点展開

1966年2月に商号をダイセル株式会社と改称した(「大日本セルロイド」の略称を社名に採用)。1968年6月に大日本化成株式会社を吸収合併し、同社工場を大竹工場(広島県)として石油化学事業を取り込んだ。1970年7月にダイセル・ヒュルス株式会社(現ポリプラ・エボニック株式会社、独 Huels AG との合弁)を設立してナイロン12樹脂等の製造・販売を開始した。1979年10月に商号をダイセル化学工業株式会社と改称し、化学事業の総合化学メーカーとしての位置づけを社名に明示した。 [20][21][22][23]

  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [20]1966年2月 商号をダイセル株式会社と改称
    • [21]1968年6月 大日本化成株式会社を吸収合併し同社工場を大竹工場(広島県)とする
    • [22]1970年7月 ダイセル・ヒュルス株式会社(独Huels AGとの合弁)を設立しナイロン12樹脂等の製造・販売を開始
    • [23]1979年10月 商号をダイセル化学工業株式会社と改称

1980年代には海外拠点展開を本格化する。1984年4月に米国に Daicel (U.S.A.), Inc.(現 Daicel America Holdings, Inc.)を設立、同年11月にドイツに Daicel (Europa) GmbH を設立した。1988年6月にはポリプラスチックスが台湾に Taiwan Engineering Plastics Co., Ltd.(現 Polyplastics Taiwan、Hoechst グループ・長春グループとの合弁)を設立してエンジニアリングプラスチックのアジア展開を始めた。1988年10月にダイセル・セイフティ・システムズ株式会社を設立し、自動車エアバッグ用インフレータの製造を開始した。発射薬技術の応用事業として始まったエアバッグインフレータは、後にダイセルグループ最大の成長事業へと育つ。 [24][25][26][27]

  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [24]1984年4月 米国にDaicel (U.S.A.), Inc.(現Daicel America Holdings, Inc.)を設立
    • [25]1984年11月 ドイツにDaicel (Europa) GmbHを設立
    • [26]1988年6月 ポリプラスチックスが台湾にTaiwan Engineering Plastics Co., Ltd.を設立
    • [27]1988年10月 ダイセル・セイフティ・システムズ株式会社を設立し自動車エアバッグ用インフレータの製造を開始
  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [20]1966年2月 商号をダイセル株式会社と改称
    • [21]1968年6月 大日本化成株式会社を吸収合併し同社工場を大竹工場(広島県)とする
    • [22]1970年7月 ダイセル・ヒュルス株式会社(独Huels AGとの合弁)を設立しナイロン12樹脂等の製造・販売を開始
    • [23]1979年10月 商号をダイセル化学工業株式会社と改称
    • [24]1984年4月 米国にDaicel (U.S.A.), Inc.(現Daicel America Holdings, Inc.)を設立
    • [25]1984年11月 ドイツにDaicel (Europa) GmbHを設立
    • [26]1988年6月 ポリプラスチックスが台湾にTaiwan Engineering Plastics Co., Ltd.を設立
    • [27]1988年10月 ダイセル・セイフティ・システムズ株式会社を設立し自動車エアバッグ用インフレータの製造を開始

光学異性体分離カラムと海外合弁の積み上げ

1989年5月にシンガポールに Daicel Chemical (Asia) Pte. Ltd.(現 Daicel (Asia) Pte. Ltd.)を設立し、東南アジア拠点を整備した。1990年11月には網干工場で液晶表示向けフィルム用酢酸セルロース及びアセテート・トウの製造を開始、同時に米国に Chiral Technologies, Inc. を設立して光学異性体分離カラムの販売を開始した。光学異性体分離カラムは医薬開発における光学活性化合物の分離精製に不可欠なツールで、後のヘルスケア SBU の中核技術へと育った。 [28][29]

  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [28]1989年5月 シンガポールにDaicel Chemical (Asia) Pte. Ltd.(現Daicel (Asia) Pte. Ltd.)を設立
    • [29]1990年11月 網干工場で液晶表示向けフィルム用酢酸セルロース等の製造を開始し米国にChiral Technologies, Inc.を設立

1992年7月に中国に Xi'an Huida Chemical Industries(西安北方恵安化学工業、陜西中煙工業との合弁)を設立してアセテート・トウの中国生産を開始、1995年10月にフランスに Chiral Technologies-Europe SARL を設立して光学異性体分離カラムの欧州展開を始めた。1997年3月にはポリプラスチックスが Polyplastics Asia Pacific Sdn. Bhd. を設立、2000年7月にウィンテックポリマー株式会社(現ポリプラスチックス、帝人との合弁)を設立して PBT 樹脂・GF-PET 樹脂へも事業領域を広げた。第2期はセルロース・有機合成・エアバッグ・ヘルスケア(光学異性体)という現在の4つの事業軸が形作られた時期である。 [30][31][32][33]

  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [30]1992年7月 中国にXi'an Huida Chemical Industries(西安北方恵安化学工業)を設立しアセテート・トウの中国生産を開始
    • [31]1995年10月 フランスにChiral Technologies-Europe SARLを設立
    • [32]1997年3月 ポリプラスチックスがPolyplastics Asia Pacific Sdn. Bhd.を設立
    • [33]2000年7月 ウィンテックポリマー株式会社(帝人との合弁)を設立しPBT樹脂・GF-PET樹脂へ事業を拡大
  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [28]1989年5月 シンガポールにDaicel Chemical (Asia) Pte. Ltd.(現Daicel (Asia) Pte. Ltd.)を設立
    • [29]1990年11月 網干工場で液晶表示向けフィルム用酢酸セルロース等の製造を開始し米国にChiral Technologies, Inc.を設立
    • [30]1992年7月 中国にXi'an Huida Chemical Industries(西安北方恵安化学工業)を設立しアセテート・トウの中国生産を開始
    • [31]1995年10月 フランスにChiral Technologies-Europe SARLを設立
    • [32]1997年3月 ポリプラスチックスがPolyplastics Asia Pacific Sdn. Bhd.を設立
    • [33]2000年7月 ウィンテックポリマー株式会社(帝人との合弁)を設立しPBT樹脂・GF-PET樹脂へ事業を拡大

2001年〜 ダイセル期 ── ポリプラ完全子会社化と生産革新

ダイセルの業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2001年 ダイセルパックシステムズ営業開始。(成型容器製品事業を大同商工と事業統合)
  2. 2004年 ダイセルバリューコーティング営業開始。(フィルム事業の分社)
  3. 2007年 大竹工場においてアセテート・トウの製造開始
  4. 2008年 堺工場を閉鎖
  5. 2008年 ダイセル式生産革新(SPS)の確立と全社展開 属人化した化学プラントの技能を、網干工場発の生産革新でどう形式知へ移したか
  6. 2011年 商号をダイセルに商号変更
  7. 2020年 ポリプラスチックスを完全子会社化

エアバッグインフレータの世界展開と札場体制

2000年代以降はエアバッグインフレータ事業のグローバル展開を加速した。2000年12月に Daicel Safety Systems America, LLC(豊田合成との合弁)を米国に設立、2002年9月に Daicel Safety Systems (Thailand) を設立してタイ拠点を整備、2004年3月にポーランドに Daicel Safety Systems Europe を設立して欧州拠点も整えた。2004年12月には中国に Daicel Safety Systems (Jiangsu) を設立し、世界主要自動車生産地への現地供給体制を完成させた。発射薬技術を起点としたエアバッグ事業は、自動車メーカーのグローバル供給網に直接組み込まれる位置を獲得する。 [34][35][36][37]

  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [34]2000年12月 米国にDaicel Safety Systems America, LLC(豊田合成との合弁)を設立
    • [35]2002年9月 Daicel Safety Systems (Thailand)を設立しタイ拠点を整備
    • [36]2004年3月 ポーランドにDaicel Safety Systems Europeを設立
    • [37]2004年12月 中国にDaicel Safety Systems (Jiangsu)を設立

2011年6月に札場操氏が代表取締役社長に就任した(FY11就任)。原料・事業支援系のキャリアを経た経営者で、原料調達と事業ポートフォリオ管理の体制を強化した。2004年4月にはダイセルバリューコーティング株式会社の営業を本格化し、フィルム事業を分社化した。2010年代前半は世界自動車市場の拡大に乗ってエアバッグインフレータが収益を牽引し、伝統のセルロース事業と新規の有機合成・ヘルスケア事業を組み合わせた多角化ポートフォリオが安定収益を生んだ。 [38][39]

  • ダイセル 有価証券報告書(役員の状況)
    • [38]2011年6月 札場操が代表取締役社長に就任(FY11就任)
  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [39]2004年4月 ダイセルバリューコーティング株式会社の営業を開始(フィルム事業の分社)
  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [34]2000年12月 米国にDaicel Safety Systems America, LLC(豊田合成との合弁)を設立
    • [35]2002年9月 Daicel Safety Systems (Thailand)を設立しタイ拠点を整備
    • [36]2004年3月 ポーランドにDaicel Safety Systems Europeを設立
    • [37]2004年12月 中国にDaicel Safety Systems (Jiangsu)を設立
    • [39]2004年4月 ダイセルバリューコーティング株式会社の営業を開始(フィルム事業の分社)
  • ダイセル 有価証券報告書(役員の状況)
    • [38]2011年6月 札場操が代表取締役社長に就任(FY11就任)

小河体制の生産革新とポリプラ完全子会社化

2018年6月に小河義美氏が代表取締役社長に就任した(FY18就任)。生産技術出身の経営者で、「ダイセル式生産革新」と呼ばれる独自の生産技術改革を全社に展開した。化学プラントの運転を IoT・AI で最適化し、暗黙知化していた熟練オペレーター技能を形式知化してグループ全社で共有する取り組みである。2020年代に入ると主要自動車メーカーのエアバッグ需要が CO2 削減対応・電動化時代の安全装備拡充で構造的に拡大し、エアバッグインフレータ事業の収益貢献度がさらに高まった。 [40]

  • ダイセル 有価証券報告書(役員の状況)
    • [40]2018年6月 小河義美が代表取締役社長に就任(FY18就任)

小河在任中は合弁会社ポリプラスチックスの完全子会社化を進め、樹脂事業の収益管理を一元化した。2020年に Celanese 保有株式を取得して同社を完全子会社化することでエンジニアリングプラスチック事業の戦略の自由度を高めた。中期経営戦略「Accelerate 2025」のもと、セルロース・有機合成・エアバッグインフレータの3軸ポートフォリオに加えて、ヘルスケア・スマートライフ等の新規 SBU を育成する路線を明確化した。 [41]

  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [41]2020年 Celanese保有株式を取得してポリプラスチックスを完全子会社化
  • ダイセル 有価証券報告書(役員の状況)
    • [40]2018年6月 小河義美が代表取締役社長に就任(FY18就任)
  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [41]2020年 Celanese保有株式を取得してポリプラスチックスを完全子会社化

榊体制への移行 ── 研究開発出身トップ

2024年6月、榊康裕氏が代表取締役社長に就任した(FY24就任)。有機合成研究開発出身の経営者で、小河氏の生産革新路線を引き継ぎつつ、新規事業ポートフォリオの可視化と SBU 制の機能強化に重点を置く経営運営をしている。経営戦略室・ヘルスケア SBU を直轄担当し、研究開発投資の効率化とコアコンピタンス型経営の徹底を志向する。社長の出身機能が「原料調達・事業支援」→「生産技術・革新」→「研究開発・新規事業」と推移した流れは、ダイセルが時代ごとに重視する経営課題の比重を反映している。 [42]

  • ダイセル 有価証券報告書(役員の状況)
    • [42]2024年6月 榊康裕が代表取締役社長に就任(FY24就任)

創業から106年を経たダイセルは、セルロース系・有機合成系・エアバッグインフレータの3つの収益柱に加えて、光学異性体分離カラムを起点としたヘルスケア事業を新規 SBU として育成する局面にある。発射薬という戦前期の軍需技術が戦後民需転換でエアバッグインフレータへ、セルロイドから始まったセルロース化学が酢酸セルロース・アセテート・トウ・液晶フィルムへと枝分かれした歴史は、化学メーカーが基盤技術を時代ごとに再定義しながら事業ポートフォリオを更新していくダイナミズムの一例である。 [43]

  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [43]創業(1919)から106年を経た(2025年時点)
  • ダイセル 有価証券報告書(役員の状況)
    • [42]2024年6月 榊康裕が代表取締役社長に就任(FY24就任)
  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
    • [43]創業(1919)から106年を経た(2025年時点)

ダイセルの沿革1919〜2022年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
大日本セルロイドとして創立★★
神崎工場(兵庫県)においてセロハンの製造開始
写真フィルム部を分離、富士写真フイルム設立★★
新井工場(新潟県)設置、有機合成事業開始
東京証券取引所に上場
網干工場(兵庫県、現姫路製造所網干工場)において酢酸セルロース事業開始
播磨工場(兵庫県)設置、発射薬の製造開始
堺工場(大阪府、2008年3月廃止)において、アセテート・トウの製造開始
大日本化成を設立
石油系有機合成事業に参入
Celanese Corporationとの合弁でポリプラスチックスを設立★★
商号をダイセルに商号変更
大日本化成を吸収合併、同社工場を大竹工場(広島県)に
Huels AGとの合弁でダイセル・ヒュルスを設立
協同酢酸を三菱瓦斯化学、電気化学工業、協和醗酵工業、チッソとの合弁で設立
商号をダイセル化学工業に商号変更
中央研究所を移転し総合研究所を新設
Daicel (U.S.A.), Inc.設立
ポリプラスチックスが、Taiwan Engineering PlasticsをHoechst・長春との合弁で設立
ダイセル・セイフティ・システムズ設立
Daicel Chemical (Asia) Pte. Ltd.(現Daicel (Asia) Pte. Ltd.)設立
網干工場で液晶用フィルム酢酸セルロース・アセテートトウの製造を開始★★
Chiral Technologies, Inc.を設立
Xi'an Huida Chemical Industries Co., Ltd.を陜西中煙工業公司との合弁で設立
大同商工に資本参加
セパレーション事業を分社しダイセン・メンブレン・システムズを設立
ダイセルパックシステムズ営業開始。(成型容器製品事業を大同商工と事業統合)
ダイセルバリューコーティング営業開始。(フィルム事業の分社)
小川大介大竹工場においてアセテート・トウの製造開始
小川大介堺工場を閉鎖
小川大介ダイセル式生産革新(SPS)の確立と全社展開属人化した化学プラントの技能を、網干工場発の生産革新でどう形式知へ移したか 詳細を読む★★★
札場操商号をダイセルに商号変更
札場操Special Devices, Inc.を買収
札場操Daicel ChemTech, Inc.設立
札場操総合研究所と姫路技術本社をイノベーション・パークに集約
小河義美Daicel Safety Systems India Pvt. Ltd.を設立
小河義美ダイセルミライズ営業開始。(樹脂事業の再編)
小河義美ポリプラスチックスを完全子会社化★★
小河義美ポリプラスチックスが、DP Engineering Plastics (Nantong) Co., Ltd.設立
小河義美ダイセルビヨンド操業開始
出典・参考
  • ダイセル 有価証券報告書【沿革】
  • ダイセル100年史
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
  • ダイセル 有価証券報告書(役員の状況)

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