東京海上HD の歴史

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創業 1879年
母体 東京海上火災保険+日動火災海上保険
創業地 東京都千代田区
創業 1878年12月、渋沢栄一氏の主唱で東京海上保険会社が設立され、翌1879年8月
1878年12月、渋沢栄一氏の主唱で東京海上保険会社が設立され、翌1879年8月からわが国最初の保険会社として貨物海上保険の引き受けを始めた。出資したのは岩崎弥太郎氏と旧藩主らで、元手は廃藩置県で受け取った金禄公債だった。創業の翌年には欧米へ営業網を広げたが、ロンドンの引き受けをブローカーに任せきりにしたため、1890年以降に巨額の損失を計上した。1894年7月には26歳の各務鎌吉氏をロンドンへ派遣し、半額減資で損失を整理した。1918年に東京海上火災保険へ改称し、1944年3月に明治火災・三菱海上との3社合併で現在の中核会社が発足した。
決断 国内の代理店網は手放さず、成長の原資を米国での買収に求めてきた。1998年の料率
国内の代理店網は手放さず、成長の原資を米国での買収に求めてきた。1998年の料率完全自由化では、約8万店の代理店網を維持したまま機械化と体質改革で価格競争に備えた。2002年4月には日動火災と共同株式移転で統合し、国内初の上場保険持株会社ミレアホールディングスが発足した。しかし朝日生命と共栄火災が構想から離脱し、統合は2004年10月の東京海上日動火災保険の発足にとどまった。業態の拡大が止まると、2008年の英Kilnと米Philadelphia、2012年の米Delphiに続き、2015年に米スペシャルティ保険のHCCを買収した。HCCの取得原価8,980億円は、Kilnの9倍を超えた。
現況 現在最大の収益源は、国内の損害保険ではなく海外の保険事業である。2025年3月期
現在最大の収益源は、国内の損害保険ではなく海外の保険事業である。2025年3月期のセグメント別経常収益は、海外保険事業が4兆3,054億円と、国内損害保険事業の3兆8,679億円を上回った。同期の親会社株主に帰属する当期純利益は1兆552億円に達したが、この利益には政策保有株式の売却益が含まれる。2024年5月に政策保有株式を2029年度末までにゼロにすると決め、2024年度の売却額は計画の6,000億円を超えて9,000億円超となった。売却益は残高の減少とともに縮小するため、利益水準の維持は海外保険事業の引受利益に依存する。
競合 3メガ損保のうち、米国で大型買収を最初に実行したのは東京海上である。2008年の
3メガ損保のうち、米国で大型買収を最初に実行したのは東京海上である。2008年の米Philadelphiaから2015年のHCCまで、7年で3件の米国買収を重ねた。これに対し、MS&ADは2015年に英アムリンを買収してロイズ市場へ参入したが、利益が計画に達せず2020年に売却した。SOMPOは2016年に米エンデュランスを取得した。一方で国内では、企業保険の料率調整で3社そろって2023年12月に業務改善命令を受け、東京海上HDは2024年4月にグループ監査委員会を設置した。7年の先行が海外保険事業を国内損保と並ぶ規模に育てたが、国内の企業保険では他社と同じ取引慣行を抱えていた。
長期業績の推移 1949〜2026年
東京海上ホールディングス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円)純利益率(%)
2007年3月期〜2025年3月期

第1章 1879年〜 渋沢栄一らが興した日本初の保険会社と、ロンドン撤退・3社合併

1879年〜渋沢栄一氏の主唱で生まれた日本初の保険会社

1878年12月、わが国最初の保険会社として東京海上保険会社が設立され、翌1879年8月から貨物海上保険の引き受けを目的に営業を開始した。近代海運業が勃興する時期の創業であり、渋沢栄一氏の主唱により、岩崎弥太郎氏をはじめとする旧藩主らが出資した。資金の出どころは廃藩置県で旧藩主が受け取った金禄公債で、当初は鉄道への投資が検討されたものの、鉄道は政府が担うと決まり、渋沢栄一氏が海上保険を勧めた。社名は創業地の地名から取り、初代頭取には華族出身の政治家・蜂須賀茂韶氏が就任した。頭取の座はその後も旧藩主が継ぎ、2代目は宇和島藩主の伊達宗城氏、3代目は岡山藩主の池田茂政氏だった。

  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [1]1878年12月 わが国最初の保険会社として設立
    • [3]渋沢栄一の主唱・岩崎弥太郎ら旧藩主の出資
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [2]1879年8月 貨物海上保険の引き受けを目的に営業開始
    • [6]初代頭取 蜂須賀茂韶(華族出身の政治家)
  • 日経ビジネス 1979年10月22日号(日経BP)
    • [4]創業資金の出どころ 廃藩置県で旧藩主が受け取った金禄公債
    • [5]鉄道投資案の断念と渋沢栄一の海上保険提案
    • [7]2代目頭取 伊達宗城(宇和島藩主)・3代目頭取 池田茂政(岡山藩主)

創業の翌年には欧米へも営業網を広げ、1884年2月には船舶保険の引き受けを開始した。当初は順調に推移したものの、1890年以降のイギリスでの営業が巨額の損失を招いた。現地の引き受けをブローカーに任せきりにしていたため、危険を選別して悪いリスクを断る仕組みを欠いたままロンドン市場に出ていた。立て直しののち、1899年以降はロンドン総代理店を開設し、その子会社に火災保険の特約再保険取引を全面的に委託した。同社が創業から敗戦までに数えた経営危機は3度あり、この英国での損失が最初のものだった。

  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [8]創業翌年からの欧米への営業網拡大
    • [9]1884年2月 船舶保険の引き受け開始
    • [10]1890年以降 イギリスでの営業が巨額の損失
  • 日経ビジネス 1979年10月22日号(日経BP)
    • [11]英国営業を現地ブローカーへ委ねた引受体制
    • [13]創業から敗戦までの経営危機 3度(英国の損失・関東大震災・第2次大戦)
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [12]1899年以降 ロンドン総代理店の開設と火災保険特約再保険の全面委託
参考文献[1]-[13]
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [1]1878年12月 わが国最初の保険会社として設立
    • [3]渋沢栄一の主唱・岩崎弥太郎ら旧藩主の出資
    • [12]1899年以降 ロンドン総代理店の開設と火災保険特約再保険の全面委託
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [2]1879年8月 貨物海上保険の引き受けを目的に営業開始
    • [6]初代頭取 蜂須賀茂韶(華族出身の政治家)
    • [8]創業翌年からの欧米への営業網拡大
    • [9]1884年2月 船舶保険の引き受け開始
    • [10]1890年以降 イギリスでの営業が巨額の損失
  • 日経ビジネス 1979年10月22日号(日経BP)
    • [4]創業資金の出どころ 廃藩置県で旧藩主が受け取った金禄公債
    • [5]鉄道投資案の断念と渋沢栄一の海上保険提案
    • [7]2代目頭取 伊達宗城(宇和島藩主)・3代目頭取 池田茂政(岡山藩主)
    • [11]英国営業を現地ブローカーへ委ねた引受体制
    • [13]創業から敗戦までの経営危機 3度(英国の損失・関東大震災・第2次大戦)

第2章 1945年〜 終戦で失った海外網と、自賠責・積立保険で広げた大衆向け損保

1945年〜海外営業網と在外資産の喪失と、田中徳次郎社長の東証上場

1944年の3社合併で発足した東京海上火災保険は、1945年8月の敗戦で海外の営業網と在外資産を一切失った。戦前は海外の比重が大きく、1937年度には全保険料の27.3%をロンドンとニューヨークで得ていた。国内に残った海上と火災の引受けも、船舶の喪失と住宅の荒廃で赤字を抱えた。本社ビルも接収され、本店の臨時事務所は東京都大田区に置かれた。それでも資本の切り捨てには至らず、戦後の再建整備を終えた。戦前の信用は残り、占領軍が外国の買い手の入国を認めると英米などの保険会社から取引再開の申し出が相次いだ。営業の重心は、海外を主力とする体制から国内だけで引き受ける体制へ移った。

  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [14]1945年8月 終戦で一切の在外資産・海外営業網を喪失
    • [17]戦後 本社ビルの接収・公職追放・優良持ち株の放出などを受けた
  • 『企業の現代史』(1963年)「やがては宇宙に・危険の担い手(東京海上)」
    • [15]1937年度 全保険料のうちロンドン10.6%・ニューヨーク16.7%、合計27.3%
    • [16]終戦時 海運界の凋落で海上保険料収入が激減、住宅事情の悪化で火災保険部門が欠損
    • [20]終戦後 GHQがバイヤーの入国を認めると米英印などの保険会社から取引再開の申出が相次いだ(高木幹夫の回顧)
    • [21]終戦後 海外主力から内地だけの営業へ転回(野村常務の回顧)
  • 株式会社年鑑 1950年版「東京海上火災保険」
    • [18]1950年版 本店臨時事務所を東京都大田区入新井に置く
  • 東洋経済新報社『会社銀行八十年史』(1955年)「東京海上火災」
    • [19]太平洋戦争で営業・資産に打撃を受けたが、資本の切捨てなく戦後の再建整備を終えた

東京海上火災保険の火災保険の損害率は、1945年度の25%から1946年度には117%へ跳ね上がった。立て直しのため、1947年1月から普通物件で35%、工場物件で80%の料率引き上げが実施された。料率の引き上げで火災の収支を立て直す足場ができ、経済の復興が進むと業績は好転に向かった。海上が船舶の喪失と貿易の停滞で細るなか、旧明治火災の広い代理店網を足場に火災保険の拡大を優先した。1947年8月には代理店の強化に着手し、1948年には業界で初めて「代理店ニュース」を発行した。同じ1947年に常務へ就任した高木幹夫氏は、社長の田中徳次郎氏を支えつつ再建に向けて人材の育て直しに注力した。

  • 『産業フロンティア物語』(1966年)「損害保険〈東京海上〉」
    • [22]火災保険の損害率 1945年度25%→1946年度117%
    • [23]1947年1月から火災保険料率を普通物件35%・工場物件80%・倉庫物件35%引き上げ
    • [25]戦後の新経営陣は海上部門の低調を受け、明治火災の広い営業網を基盤にまず火災保険の営業進展に努めた
    • [26]1947年8月 火災保険代理店の強化に着手、1948年 業界初の「代理店ニュース」発行
    • [27]1947年 高木幹夫が常務取締役に就任し田中社長を補佐、再建で人材育成を重視
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [24]1947年の火災保険料率引き上げを機に国内営業体制を整備・強化し、経済復興を背景に業績が好転

東京海上火災保険は1949年5月、東京証券取引所に株式を上場した。その前段には財閥解体があり、1946年3月に制限会社の指定を受けて保有株の処分などを求められていた。1950年時点の大株主には、持株会社整理委員会と大蔵大臣が名を連ねた。上場市場は東京・大阪・名古屋・福岡の4か所に及んだ。制限会社の指定は1950年10月に解かれ、海外営業の推進と過小資本の是正を掲げて増資を重ねた。資本金は1953年10月に20億円となり、1956年10月には40億円に達した。三菱系の持ち合いがほどけた株を市場で受け止め、担保力を積む増資の受け皿を整えることが上場の狙いだったとみられる。

  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [28]1949年5月 東京証券取引所に株式を上場
  • 『産業フロンティア物語』(1966年)「損害保険〈東京海上〉」
    • [29]1946年3月 制限会社の指定を受け株式の処分などを行う
    • [32]1950年10月 制限会社の指定解除、以後海外営業の推進・過小資本の是正から増資を重ねる
  • 株式会社年鑑 1950年版「東京海上火災保険」
    • [30]1950年版 大株主に持株会社整理委員会・大蔵大臣など
    • [31]1950年版 上場市場は東京・大阪・名古屋・福岡
  • 株式会社年鑑 1956年版「東京海上火災保険」
    • [33]1953年10月 資本金20億円に増資
  • 株式会社年鑑 1957年版「東京海上火災保険」
    • [34]1956年10月 資本金40億円に増資
参考文献[14]-[34]
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [14]1945年8月 終戦で一切の在外資産・海外営業網を喪失
    • [17]戦後 本社ビルの接収・公職追放・優良持ち株の放出などを受けた
    • [24]1947年の火災保険料率引き上げを機に国内営業体制を整備・強化し、経済復興を背景に業績が好転
    • [28]1949年5月 東京証券取引所に株式を上場
  • 『企業の現代史』(1963年)「やがては宇宙に・危険の担い手(東京海上)」
    • [15]1937年度 全保険料のうちロンドン10.6%・ニューヨーク16.7%、合計27.3%
    • [16]終戦時 海運界の凋落で海上保険料収入が激減、住宅事情の悪化で火災保険部門が欠損
    • [20]終戦後 GHQがバイヤーの入国を認めると米英印などの保険会社から取引再開の申出が相次いだ(高木幹夫の回顧)
    • [21]終戦後 海外主力から内地だけの営業へ転回(野村常務の回顧)
  • 株式会社年鑑 1950年版「東京海上火災保険」
    • [18]1950年版 本店臨時事務所を東京都大田区入新井に置く
    • [30]1950年版 大株主に持株会社整理委員会・大蔵大臣など
    • [31]1950年版 上場市場は東京・大阪・名古屋・福岡
  • 東洋経済新報社『会社銀行八十年史』(1955年)「東京海上火災」
    • [19]太平洋戦争で営業・資産に打撃を受けたが、資本の切捨てなく戦後の再建整備を終えた
  • 『産業フロンティア物語』(1966年)「損害保険〈東京海上〉」
    • [22]火災保険の損害率 1945年度25%→1946年度117%
    • [23]1947年1月から火災保険料率を普通物件35%・工場物件80%・倉庫物件35%引き上げ
    • [25]戦後の新経営陣は海上部門の低調を受け、明治火災の広い営業網を基盤にまず火災保険の営業進展に努めた
    • [26]1947年8月 火災保険代理店の強化に着手、1948年 業界初の「代理店ニュース」発行
    • [27]1947年 高木幹夫が常務取締役に就任し田中社長を補佐、再建で人材育成を重視
    • [29]1946年3月 制限会社の指定を受け株式の処分などを行う
    • [32]1950年10月 制限会社の指定解除、以後海外営業の推進・過小資本の是正から増資を重ねる
  • 株式会社年鑑 1956年版「東京海上火災保険」
    • [33]1953年10月 資本金20億円に増資
  • 株式会社年鑑 1957年版「東京海上火災保険」
    • [34]1956年10月 資本金40億円に増資

1955年〜自賠責保険の引受けと、ニューヨーク・ロンドンでの元受営業の再開

火災と海上で立て直した東京海上火災保険の保険料は、1955年度でも火災50.5%、海上37.5%の2種目に偏っていた。同年7月に自動車損害賠償保障法が成立し、引受額の6割を国が再保険する仕組みで強制保険が始まった。自賠責は車の保有者と運転者に付保を義務づける対人の賠償保険である。東京海上火災保険は1955年12月に自賠責の営業を始めた。1964年度には自賠責を含む新種保険が保険料の34.4%を占め、火災の33.2%、海上の32.4%と並んだ。1964年版のダイヤモンド会社産業総覧は、自動車の構成比を17〜18%としている。車の台数に比例して契約が積み上がる強制保険は、火災と海上に続く収益源の候補になったと考えられる。

  • 『産業フロンティア物語』(1966年)「損害保険〈東京海上〉」
    • [35]1955年度 東京海上の保険料構成 火災50.5%・海上37.5%
    • [37]自賠責は自動車の保有者・運転者に付保が強制される対人賠償責任保険
    • [39]1964年度 東京海上の保険料構成 火災33.2%・海上32.4%・新種34.4%
  • 経済春秋社『企業の歴史:明治百年』(1968年)「東京海上火災保険」
    • [36]1955年7月 自動車損害賠償保険法成立、引受額の6割を国が再保険する仕組み
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [38]1955年12月 自賠責保険の営業開始
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「東京海上火災保険」
    • [40]1964年版 種目別構成比 火災36〜37%・船舶23〜24%・貨物13〜14%・自動車17〜18%

海外との取引は再保険から戻り、1950年4月にロンドンのウィリス2社との協約が成立した。同じ月に外貨建ての貨物海上保険の営業も再開した。1955年には輸出入がともに伸び、国際収支は大幅な黒字に転じていた。東京海上火災保険は約200万ドルを送金し、ニューヨークのアップルトン社を現地の営業責任者に指名した。1956年1月には同州で海上保険を中心に元受営業を再開した。同年5月にはウィリス・フェーバー・エンド・デュマ商会を欧州の総代理店に据えた。ただ1961年度の外国営業は7億円で、全保険料226億円の3%強にとどまった。日本の荷主の貨物を現地で引き受ける需要が戻ったことが、再開を後押ししたのだろう。

  • 『産業フロンティア物語』(1966年)「損害保険〈東京海上〉」
    • [41]1950年4月 ウィリス・フェーバー・デュマ/同パートナーズと協約成立、ロンドン市場との再保険取引再開
    • [43]1955年 輸出入が伸び国際収支が大幅黒字、神武景気
    • [44]1955年までに約200万ドルを送金しニューヨークのアップルトン社をブランチ・マネジャーに指名
    • [45]1956年1月 ニューヨーク州で海上保険を中心に元受営業を再開
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [42]1950年4月 外貨建貨物海上保険の営業再開
  • 『企業の現代史』(1963年)「やがては宇宙に・危険の担い手(東京海上)」
    • [46]1956年5月 ウィリス・フェーバー・エンド・デュマ商会を欧州営業の総代理店とし海上保険の営業開始
    • [47]1961年度 全保険料226億円のうち外国営業分7億円(3%強)

1957年、田中徳次郎氏の後を受けて高木幹夫氏が社長に就任した。事務の機械化はその前から段階を踏み、1953年3月に統計調査室を設けていた。1955年2月には業界で初めてIBMの統計会計機を導入した。高木氏の代の1962年4月には、IBM1401型の電子計算機を入れてパンチカード方式から切り替えた。電子計算機による事務の合理化は、経費を抑える大きな力になった。損害率が上がるなかでも事業費率を年々下げ、手元に残る利益の比率を保った。従業員は1956年に2,476人で、1968年でも3,600名にとどまった。契約の増加を人員の増加でなく機械で吸収する方針が、この時期に定まったと推察される。

  • 『産業フロンティア物語』(1966年)「損害保険〈東京海上〉」
    • [48]1957年 高木幹夫が田中前社長の後を受け社長に就任
    • [49]1952年 事務機械化研究員を任命、1953年3月 統計調査室を設置
    • [50]1955年2月 IBM統計会計機を導入(業界初)
    • [53]損害率の上昇を事務の機械化などによる事業費率の低下でカバーし、残高率を維持
  • 『企業の現代史』(1963年)「やがては宇宙に・危険の担い手(東京海上)」
    • [51]1962年4月 IBM1401型電子計算機を導入しPCSからEDPSへ切り替え
  • 経済春秋社『企業の歴史:明治百年』(1968年)「東京海上火災保険」
    • [52]電子計算機システムによる事務合理化が経費節減の大きな力となっている(1968年時点)
    • [55]1968年時点 従業員3,600名
  • 株式会社年鑑 1957年版「東京海上火災保険」
    • [54]1956年時点 従業員2,476人
参考文献[35]-[55]
  • 『産業フロンティア物語』(1966年)「損害保険〈東京海上〉」
    • [35]1955年度 東京海上の保険料構成 火災50.5%・海上37.5%
    • [37]自賠責は自動車の保有者・運転者に付保が強制される対人賠償責任保険
    • [39]1964年度 東京海上の保険料構成 火災33.2%・海上32.4%・新種34.4%
    • [41]1950年4月 ウィリス・フェーバー・デュマ/同パートナーズと協約成立、ロンドン市場との再保険取引再開
    • [43]1955年 輸出入が伸び国際収支が大幅黒字、神武景気
    • [44]1955年までに約200万ドルを送金しニューヨークのアップルトン社をブランチ・マネジャーに指名
    • [45]1956年1月 ニューヨーク州で海上保険を中心に元受営業を再開
    • [48]1957年 高木幹夫が田中前社長の後を受け社長に就任
    • [49]1952年 事務機械化研究員を任命、1953年3月 統計調査室を設置
    • [50]1955年2月 IBM統計会計機を導入(業界初)
    • [53]損害率の上昇を事務の機械化などによる事業費率の低下でカバーし、残高率を維持
  • 経済春秋社『企業の歴史:明治百年』(1968年)「東京海上火災保険」
    • [36]1955年7月 自動車損害賠償保険法成立、引受額の6割を国が再保険する仕組み
    • [52]電子計算機システムによる事務合理化が経費節減の大きな力となっている(1968年時点)
    • [55]1968年時点 従業員3,600名
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [38]1955年12月 自賠責保険の営業開始
    • [42]1950年4月 外貨建貨物海上保険の営業再開
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「東京海上火災保険」
    • [40]1964年版 種目別構成比 火災36〜37%・船舶23〜24%・貨物13〜14%・自動車17〜18%
  • 『企業の現代史』(1963年)「やがては宇宙に・危険の担い手(東京海上)」
    • [46]1956年5月 ウィリス・フェーバー・エンド・デュマ商会を欧州営業の総代理店とし海上保険の営業開始
    • [47]1961年度 全保険料226億円のうち外国営業分7億円(3%強)
    • [51]1962年4月 IBM1401型電子計算機を導入しPCSからEDPSへ切り替え
  • 株式会社年鑑 1957年版「東京海上火災保険」
    • [54]1956年時点 従業員2,476人

1966年〜赤字の自動車保険と山本源左衛門社長の積立保険、菊池稔社長の大衆保険

1966年3月期の自動車の保険料は138億5,500万円で、5年前の31億8,000万円の4.4倍に膨らんだ。同じ期の正味保険料は14.3%増えたが、利益は横ばいにとどまった。同年6月、死去した高木幹夫氏に代わり専務の山本源左衛門氏が社長に就任した。1967年6月には、交通事故の支払いが膨らみ任意の自動車保険の引受けを断る損保が増えたという。1970年度には自賠責が元受保険料の30%、自動車が23%を占め、両種目とも高い損害率を抱えた。損保は準備金を厚く積むため引受けの収支は赤字が普通で、利益は運用益に依存していた。車の保険の比重が上がるほど、運用に回す資金の厚みが収益の焦点になっていったと読める。

  • 週刊日本経済 1966年9月15日号
    • [56]自動車の保険料 1961年3月期31億8,000万円→1966年3月期138億5,500万円(4.4倍)
    • [57]1966年3月期 正味保険料14.3%増、計上利益は横這い
    • [58]1966年6月 高木社長の死去後、専務の山本源左衛門が社長に就任
  • 読売新聞 1967年6月22日
    • [59]1967年6月 保険金支払いがかさみ任意の自動車保険の引受けを断る損保会社が増加
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [60]1970年度 元受保険料の構成 自賠責30%・自動車23%、両保険とも高い損害率
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「東京海上火災保険」
    • [61]準備金を厚く積むため営業収支は赤字が普通で、別に資産の運用益がある

1969年4月、東京海上火災保険は積立保険(長期総合保険)を発売した。補償に貯蓄の性格を加えた長期の保険で、満期に掛け金の一部が戻る。当時の社長は1966年6月に就任した山本源左衛門氏である。1984年に社長の竹田晴夫氏は、開発の発想を『発想的には、"かけ捨て"が「いやだ」という契約者に対して、掛け金が少しでももどる保険を作ったらどうかということからまず長総を作った』と説明した。竹田氏によれば長総は予想を超えて売れ、当初は利回りを売り物にしていなかったという。積立保険は個人資産の増加とともに伸び、1990年度には元受保険料の30%を占めた。掛け捨てを嫌う家計を取り込みつつ保険料を長く預かる商品設計は、運用益に依存する収益構造にも合っていたはずだ。

  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [62]1969年4月 積立保険(長期総合保険)を発売
    • [63]積立保険は補償に貯蓄性を加えた長期保険
    • [67]1990年度 元受保険料の構成で積立30%、個人資産の増大で急成長
  • 日本企業要覧 1969年版「東京海上火災保険」
    • [64]1966年6月 山本源左衛門が取締役社長に就任
  • Insurance 1984年10月号第1集 損保版「親しまれ信頼される東京海上をめざして――東京海上・社長 竹田晴夫氏語る」
    • [65]竹田晴夫社長(1984年):掛け捨てを嫌う契約者向けに掛け金が戻る保険として長総を作った
    • [66]竹田晴夫社長(1984年):長総は意外に売れ、当初は利回りを売り物にしていなかった

1972年6月、三菱海上火災保険に1934年に入社した菊池稔氏が社長に就任した。1973年3月期の正味保険料は1,635億3,800万円に達した。1966年3月期の378億円から、7年で4倍を超えた規模である。1973年版の日本企業要覧は事業の内訳を自賠責29.54%、自動車18.33%とし、車の保険が半ば近くを占めた。保険料が4倍を超えたのに対し、1972年3月末の在籍人員は4,121名だった。事務の機械化は業況の進展に合わせて進められていた。件数の多い自動車と家計の契約を捌くには、人手に依存する事務はすでに限界に近かったといえよう。

  • 日本企業要覧 1973年版「東京海上火災保険」
    • [68]1972年6月 菊池稔が取締役社長に就任(1934年 三菱海上火災保険入社)
    • [69]1973年3月期 正味保険料1,635億3,800万円(前期比7.9%増)
    • [71]1973年版 事業内容 火災19.62%・海上20.58%・自動車18.33%・自賠責29.54%・その他11.93%
  • 会社年鑑 1976年版「東京海上火災保険」
    • [70]1966年3月期 営業収益(正味保険料)378億円
  • 日本企業要覧 1972年版「東京海上火災保険」
    • [72]1972年3月31日現在 在籍人員4,121名
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [73]業況の進展に対応して新商品の開発や事務の機械化が進んだ(1955〜1970年ごろ)
参考文献[56]-[73]
  • 週刊日本経済 1966年9月15日号
    • [56]自動車の保険料 1961年3月期31億8,000万円→1966年3月期138億5,500万円(4.4倍)
    • [57]1966年3月期 正味保険料14.3%増、計上利益は横這い
    • [58]1966年6月 高木社長の死去後、専務の山本源左衛門が社長に就任
  • 読売新聞 1967年6月22日
    • [59]1967年6月 保険金支払いがかさみ任意の自動車保険の引受けを断る損保会社が増加
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [60]1970年度 元受保険料の構成 自賠責30%・自動車23%、両保険とも高い損害率
    • [62]1969年4月 積立保険(長期総合保険)を発売
    • [63]積立保険は補償に貯蓄性を加えた長期保険
    • [67]1990年度 元受保険料の構成で積立30%、個人資産の増大で急成長
    • [73]業況の進展に対応して新商品の開発や事務の機械化が進んだ(1955〜1970年ごろ)
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「東京海上火災保険」
    • [61]準備金を厚く積むため営業収支は赤字が普通で、別に資産の運用益がある
  • 日本企業要覧 1969年版「東京海上火災保険」
    • [64]1966年6月 山本源左衛門が取締役社長に就任
  • Insurance 1984年10月号第1集 損保版「親しまれ信頼される東京海上をめざして――東京海上・社長 竹田晴夫氏語る」
    • [65]竹田晴夫社長(1984年):掛け捨てを嫌う契約者向けに掛け金が戻る保険として長総を作った
    • [66]竹田晴夫社長(1984年):長総は意外に売れ、当初は利回りを売り物にしていなかった
  • 日本企業要覧 1973年版「東京海上火災保険」
    • [68]1972年6月 菊池稔が取締役社長に就任(1934年 三菱海上火災保険入社)
    • [69]1973年3月期 正味保険料1,635億3,800万円(前期比7.9%増)
    • [71]1973年版 事業内容 火災19.62%・海上20.58%・自動車18.33%・自賠責29.54%・その他11.93%
  • 会社年鑑 1976年版「東京海上火災保険」
    • [70]1966年3月期 営業収益(正味保険料)378億円
  • 日本企業要覧 1972年版「東京海上火災保険」
    • [72]1972年3月31日現在 在籍人員4,121名

第3章 1974年〜 業界初の自動車保険オンラインと、保険料世界3位・東京海上あんしん生命

1974年〜業界初の自動車保険オンラインと、保険料収入5500億円の創業100周年

1972年に社長の菊池稔氏が打ち出した事務の機械化は、1974年2月に業界初の自動車保険オンラインシステムとして稼働した。東京海上火災保険の保険料は、1955年度の99億円から1970年度の1,640億円へ16.6倍に増えていた。同じ15年で主力は海上と火災から自賠責と自動車へ移り、1970年度は両者で53%を占めた。1974年3月期の正味保険料は1,872億円で、前期から19.1%伸びた。その内訳は自動車28%と自賠責15%で、火災の24%や海上の19%を上回った。小口の契約が件数で押し寄せる構造に変わり、手作業の事務では処理が追いつかなくなったのだろう。

  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [74]1974年2月、業界初の自動車保険オンラインシステムを実施
    • [75]元受保険料は1955年度99億円から1970年度1,640億円へ15年で16.6倍
    • [76]種目構成は1955年度に海上49%・火災42%、1970年度に自賠責30%・自動車23%
  • 日本企業要覧 1974年版「東京海上火災保険」
    • [77]1974年3月期の正味保険料は1,872億円、前期比19.1%増
    • [78]正味保険料の構成は火災24%・海上19%・自動車28%・自賠責15%

1974年度の利益金は145億円で、2位の安田火災海上保険の54億円と3位の大正海上火災保険の49億円を合わせても及ばなかった。料率は算定会が算出して大蔵大臣が認可する一本の水準で、新規参入も25年間認められていなかった。正味保険料のシェアは16%で、海上部門の強さと三菱系企業との深い取引が同業との差を支えた。差を生んだのは企業保険の厚さで、大口の契約が経費率を安田火災より一貫して低く保った。人事は若手に権限を委ね、入社6年目までは同期の間に昇進の差を付けない制度を敷いた。認可制では新商品の先行利益が残らず、顧客に合う保険を組み合わせる知識の量が競争の焦点になるという。

  • 日経ビジネス 1975年12月22日号
    • [79]1974年度の利益金は東京海上145億円、安田火災54億円、大正海上49億円
    • [80]保険料率は料率算定会が算定し大蔵大臣が認可する一本の料率
    • [81]大蔵省は過去25年間、損保の新規参入を一切認めていない
    • [83]企業保険中心で大口契約が多く、経費率は10年間一貫して安田火災を下回る
  • 日本企業要覧 1974年版「東京海上火災保険」
    • [82]業界シェアは正味保険料で16%、海上部門に圧倒的な強み、三菱系企業との関係が深い
  • 日経ビジネス 1978年5月8日号
    • [84]若手に大幅に権限を委譲し、主任への昇進は入社6年目に一律で行う
    • [85]認可制のため新商品の創業者利潤はほとんどなく、ニーズに合う保険を組み合わせる知識量で差が出る(菊池社長)

石油危機後に成長が鈍るなか、東京海上火災保険は1977年4月に経営体質強化計画(GOGO作戦)を始めた。創業100周年の1979年度を期限とし、保険料収入5,500億円とマーケットシェア1%増を掲げた。社長の菊池稔氏は、営業拠点を増やす量の拡大から経営の質を上げる方向への転換と位置づけた。1978年7月に渡辺文夫氏が社長を継ぎ、1979年度に二つの目標はそろって達成された。渡辺氏は続く目標に、5年後の年間収入保険料1兆円突破と第2次総合機械化計画を据えた。期限と数字を自ら置いたことで、横並びの業界でも前進を測る物差しができたと考えられる。

  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [86]1970年代の円高・石油危機を受け体質強化を意識し、1977年4月にGoGo作戦(経営体質強化計画、1977〜79年)を開始
    • [87]創業100周年の1979年度に保険料収入5,500億円・マーケットシェア1%アップを目標とした
    • [90]1979年度に保険料収入5,500億円とシェア1%アップの目標を達成
  • 日経ビジネス 1978年5月8日号
    • [88]GOGO作戦は営業拠点の設置など量的拡大を転換し経営の質的向上を図るもの(菊池社長)
  • 日経ビジネス 1979年10月22日号 編集長インタビュー 渡辺文夫
    • [89]渡辺文夫は1978年7月に菊池稔の後任として社長に就任
  • 『80年代わが社の戦略』(1980年)「東京海上火災保険」
    • [91]渡辺社長は5年後に年間収入保険料1兆円突破と第2次総合機械化計画の推進を掲げた
参考文献[74]-[91]
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [74]1974年2月、業界初の自動車保険オンラインシステムを実施
    • [75]元受保険料は1955年度99億円から1970年度1,640億円へ15年で16.6倍
    • [76]種目構成は1955年度に海上49%・火災42%、1970年度に自賠責30%・自動車23%
    • [86]1970年代の円高・石油危機を受け体質強化を意識し、1977年4月にGoGo作戦(経営体質強化計画、1977〜79年)を開始
    • [87]創業100周年の1979年度に保険料収入5,500億円・マーケットシェア1%アップを目標とした
    • [90]1979年度に保険料収入5,500億円とシェア1%アップの目標を達成
  • 日本企業要覧 1974年版「東京海上火災保険」
    • [77]1974年3月期の正味保険料は1,872億円、前期比19.1%増
    • [78]正味保険料の構成は火災24%・海上19%・自動車28%・自賠責15%
    • [82]業界シェアは正味保険料で16%、海上部門に圧倒的な強み、三菱系企業との関係が深い
  • 日経ビジネス 1975年12月22日号
    • [79]1974年度の利益金は東京海上145億円、安田火災54億円、大正海上49億円
    • [80]保険料率は料率算定会が算定し大蔵大臣が認可する一本の料率
    • [81]大蔵省は過去25年間、損保の新規参入を一切認めていない
    • [83]企業保険中心で大口契約が多く、経費率は10年間一貫して安田火災を下回る
  • 日経ビジネス 1978年5月8日号
    • [84]若手に大幅に権限を委譲し、主任への昇進は入社6年目に一律で行う
    • [85]認可制のため新商品の創業者利潤はほとんどなく、ニーズに合う保険を組み合わせる知識量で差が出る(菊池社長)
    • [88]GOGO作戦は営業拠点の設置など量的拡大を転換し経営の質的向上を図るもの(菊池社長)
  • 日経ビジネス 1979年10月22日号 編集長インタビュー 渡辺文夫
    • [89]渡辺文夫は1978年7月に菊池稔の後任として社長に就任
  • 『80年代わが社の戦略』(1980年)「東京海上火災保険」
    • [91]渡辺社長は5年後に年間収入保険料1兆円突破と第2次総合機械化計画の推進を掲げた

1979年〜渡辺文夫社長の「ワールドマリン」と、保険料で世界3位

創業100周年を越えた1980年、社長の渡辺文夫氏は21世紀に損保で世界一になる目標を社員に示した。1977年度の世界順位は保険料で6位、純資産で2位で、それぞれ米国のオールステートとステートファームが首位だった。保険業法が他業への進出を禁じるなか、渡辺氏は80年代の伸びしろを新分野ではなく国際化に求めた。足場のロンドンでは1970年に現地法人の東京海上火災保険(UK)を立て、ロンドン引受業者協会に加わった。同法人の保険料収入は1972年の90万ポンドから1976年に450万ポンドへ増え、85%が外国企業との契約だった。料率が横並びの国内では、規模の差を広げる余地が海外にしか残っていなかったとうかがえる。

  • 『80年代わが社の戦略』(1980年)「東京海上火災保険」
    • [92]1980年の年頭あいさつで、21世紀に損保世界一となる目標を掲げた
  • 日経ビジネス 1979年10月22日号 編集長インタビュー 渡辺文夫
    • [93]1977年度の保険料は世界6位(首位オールステート)、純資産は2位(首位ステートファーム)
    • [94]保険業法で兼業が禁じられ、80年代は新分野より国際化を進める方針。海外拠点は30カ国48カ所
  • 日経ビジネス 1978年7月3日号
    • [95]東京海上火災保険(UK)は1970年9月設立、ILU会員となり大口契約を取る狙いで現地法人化
    • [96]保険料収入は1972年90万ポンドから1976年450万ポンド、85%が外国企業との契約

1984年7月に社長へ就任した竹田晴夫氏は、同年8月に顧客別と市場別の機構改革を実施した。10支店と3営業部、51の課支社を増やし、地域営業の拠点を広げた。竹田氏は積立型保険の比重がさらに高まるとみて、自社も注力すべき商品と位置づけた。代理店数では個人向けに強い安田火災海上保険に1983年時点で1万店以上離されており、逆転は1986年だった。1985年4月にTOPS5カ年経営計画を始め、同年9月には「積立特約」の認可を得た。企業保険の厚みだけでは個人の貯蓄需要を取り込めないと判じた布陣と推察される。

  • Insurance 1984年10月号第1集「親しまれ信頼される東京海上をめざして――東京海上・社長 竹田晴夫氏語る」
    • [97]竹田晴夫は1984年7月に社長就任、8月1日から顧客別・マーケット別の機構改革
    • [98]機構改革で10支店・3営業部・51課支社を増設
    • [99]積立型保険のウエイトは高まり、当社も力を入れるべき商品とした
  • 日経ビジネス 1990年9月24日号
    • [100]代理店数は1983年に安田火災と1万店以上の差があり、1986年にわずかに逆転
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [101]1985年4月にTOPS5カ年経営計画を開始
    • [102]1985年9月に「積立特約」の認可を取得

1986年以降、東京海上火災保険は積立を含む保険料で世界の上位3社に入った。1990年度の元受保険料は1兆5,501億円となり、20年で9.5倍に増えた。構成比は積立が30%、自動車が28%で、積立保険の伸びが規模を押し上げた。積立保険料の増加はオンライン化を促し、1988年10月に第3次オンラインが本格稼働した。1990年3月末の総資産は4兆1,556億円、同期の正味収入保険料は9,246億円で、ともに2位の安田火災との差を広げた。長期の積立契約を大量に抱えたことが、機械化への投資を続ける理由になったとみられる。

  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [103]1986年以来、保険料(積立含む)ベースで世界のベストスリー
    • [104]1990年度の元受保険料は1兆5,501億円、20年間で9.5倍
    • [105]1990年度の構成比は積立30%・自動車28%
    • [106]積立保険料の増大が資産運用多様化とオンライン化を促進、1988年10月に第3次オンライン本格稼働
  • 日経ビジネス 1990年9月24日号
    • [107]1990年3月末の総資産は東京海上4兆1,556億円・安田火災3兆1,674億円、正味収入保険料は9,246億円・6,820億円
参考文献[92]-[107]
  • 『80年代わが社の戦略』(1980年)「東京海上火災保険」
    • [92]1980年の年頭あいさつで、21世紀に損保世界一となる目標を掲げた
  • 日経ビジネス 1979年10月22日号 編集長インタビュー 渡辺文夫
    • [93]1977年度の保険料は世界6位(首位オールステート)、純資産は2位(首位ステートファーム)
    • [94]保険業法で兼業が禁じられ、80年代は新分野より国際化を進める方針。海外拠点は30カ国48カ所
  • 日経ビジネス 1978年7月3日号
    • [95]東京海上火災保険(UK)は1970年9月設立、ILU会員となり大口契約を取る狙いで現地法人化
    • [96]保険料収入は1972年90万ポンドから1976年450万ポンド、85%が外国企業との契約
  • Insurance 1984年10月号第1集「親しまれ信頼される東京海上をめざして――東京海上・社長 竹田晴夫氏語る」
    • [97]竹田晴夫は1984年7月に社長就任、8月1日から顧客別・マーケット別の機構改革
    • [98]機構改革で10支店・3営業部・51課支社を増設
    • [99]積立型保険のウエイトは高まり、当社も力を入れるべき商品とした
  • 日経ビジネス 1990年9月24日号
    • [100]代理店数は1983年に安田火災と1万店以上の差があり、1986年にわずかに逆転
    • [107]1990年3月末の総資産は東京海上4兆1,556億円・安田火災3兆1,674億円、正味収入保険料は9,246億円・6,820億円
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [101]1985年4月にTOPS5カ年経営計画を開始
    • [102]1985年9月に「積立特約」の認可を取得
    • [103]1986年以来、保険料(積立含む)ベースで世界のベストスリー
    • [104]1990年度の元受保険料は1兆5,501億円、20年間で9.5倍
    • [105]1990年度の構成比は積立30%・自動車28%
    • [106]積立保険料の増大が資産運用多様化とオンライン化を促進、1988年10月に第3次オンライン本格稼働

1990年〜河野俊二社長の県本部制と、樋口公啓社長の東京海上あんしん生命

世界3位の規模の陰で、東京海上火災保険は1988年度上半期に海上を除く保険料で安田火災海上保険に抜かれた。1990年3月末の県別の個人向けシェアでは、東京・千葉・埼玉・神奈川のいずれでも首位を取れていなかった。1990年6月に社長へ就任した河野俊二氏は、副社長時代に営業強化を主眼とする3カ年計画を作っていた。同月の機構改革で首都圏など12支店を本部に格上げし、県別の営業体制へ組み替えた。本部長が決められる保険金の支払額は従来の3倍強になり、個人の案件は多くを県本部で決められるようになった。代理店も毎年6,000〜7,000店のペースで増やし、自動車整備工場やガソリンスタンドにも取扱いを求めた。

  • 日経ビジネス 1990年9月24日号
    • [108]1988年上半期、海上部門を除く保険料(積立含む)で安田火災に抜かれた
    • [109]1990年3月末の県別リテールシェアで東京・千葉・埼玉・神奈川はいずれも首位でない
    • [112]1990年6月の機構改革で12支店を本部に格上げ、本部長裁量の保険金支払額は従来の3倍強
    • [113]代理店を毎年6,000〜7,000店のペースで増設し、整備工場やガソリンスタンドを乗り合い代理店に
  • 日経ビジネス 1991年4月8日号
    • [110]河野俊二は1990年6月社長就任。副社長時に営業強化主眼の3カ年経営計画(1990年4月開始)を作成
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [111]全国拠点展開として県別営業体制・チャネル別代理店網を拡充

護送船団の枠は1990年から緩み始め、同年4月に料率を上下10%の幅で各社が決められるようになった。それでも全社が同じ料率にそろい、新商品も認可後に業界へ開示されるため先行の利益は残らなかった。同年5月には大蔵大臣の諮問機関である保険審議会の総合部会が、自由化を基本とする中間答申を出した。東京海上火災保険は1993年4月、1995年度を目標年度とする新中期経営計画IC-95を始めた。1995年6月には改正保険業法が公布され、事業環境の大きな変化が見込まれた。料率と商品で差を付けられる時代に向け、組織の組み替えを先に済ませる計画だったと言えそうだ。

  • 日経ビジネス 1990年9月24日号
    • [114]1990年4月から料率を上下10%の範囲で自由に設定できるようになった
    • [115]結局全社同じ料率に落ち着き、新商品は認可後に業界へ開示するため先行者メリットがない
    • [116]1990年5月の保険審議会総合部会の中間答申で、今後の基本的な流れは自由化
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [117]1993年4月にIC-95新中期経営計画を開始、1995年度が目標年度
    • [118]1995年6月に改正保険業法が公布され、事業環境の大きな変化が予測された

1996年4月に新保険業法が施行され、生保と損保が子会社を通じて互いの分野へ入れるようになった。同年6月には専務の樋口公啓氏が5人を飛び越えて社長に就任し、副社長を経ない昇格は30年ぶりだった。抜擢の背景は競争の自由化で、生保子会社は同年10月にも営業を始める予定だった。この子会社がのちの有価証券報告書に載る東京海上あんしん生命保険である。同年12月には日米保険協議が決着し、損保の料率を1998年7月までに完全自由化する方針が決まった。自動車保険料も地域や年齢で分けて決められるようになり、価格で競う時代が目前に迫った。

  • 日経ビジネス 1996年8月26日号
    • [119]1996年4月施行の新保険業法で生損保の相互参入が認められた
    • [120]1996年6月、専務から5人抜きで社長昇進。副社長でない役員の社長就任は30年ぶり
    • [121]抜擢の背景は競争の自由化。生保子会社は10月にも営業開始
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 2024年度「沿革」
    • [122]子会社の東京海上あんしん生命保険が2003年10月に日動生命と合併し商号変更
  • 日経新聞 1996年12月15日
    • [123]日米保険協議の決着で損保料率を1998年7月までに完全自由化、第三分野は2001年1月から
    • [124]日米合意により自動車保険料などは地域や年齢で自由に設定できるようになる
参考文献[108]-[124]
  • 日経ビジネス 1990年9月24日号
    • [108]1988年上半期、海上部門を除く保険料(積立含む)で安田火災に抜かれた
    • [109]1990年3月末の県別リテールシェアで東京・千葉・埼玉・神奈川はいずれも首位でない
    • [112]1990年6月の機構改革で12支店を本部に格上げ、本部長裁量の保険金支払額は従来の3倍強
    • [113]代理店を毎年6,000〜7,000店のペースで増設し、整備工場やガソリンスタンドを乗り合い代理店に
    • [114]1990年4月から料率を上下10%の範囲で自由に設定できるようになった
    • [115]結局全社同じ料率に落ち着き、新商品は認可後に業界へ開示するため先行者メリットがない
    • [116]1990年5月の保険審議会総合部会の中間答申で、今後の基本的な流れは自由化
  • 日経ビジネス 1991年4月8日号
    • [110]河野俊二は1990年6月社長就任。副社長時に営業強化主眼の3カ年経営計画(1990年4月開始)を作成
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
    • [111]全国拠点展開として県別営業体制・チャネル別代理店網を拡充
    • [117]1993年4月にIC-95新中期経営計画を開始、1995年度が目標年度
    • [118]1995年6月に改正保険業法が公布され、事業環境の大きな変化が予測された
  • 日経ビジネス 1996年8月26日号
    • [119]1996年4月施行の新保険業法で生損保の相互参入が認められた
    • [120]1996年6月、専務から5人抜きで社長昇進。副社長でない役員の社長就任は30年ぶり
    • [121]抜擢の背景は競争の自由化。生保子会社は10月にも営業開始
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 2024年度「沿革」
    • [122]子会社の東京海上あんしん生命保険が2003年10月に日動生命と合併し商号変更
  • 日経新聞 1996年12月15日
    • [123]日米保険協議の決着で損保料率を1998年7月までに完全自由化、第三分野は2001年1月から
    • [124]日米合意により自動車保険料などは地域や年齢で自由に設定できるようになる

第4章 1998年〜 料率自由化での代理店との共存と、ミレアHD設立・東京海上日動の発足

1998年〜料率完全自由化での代理店との共存と、「眠れる巨人」の構造改革

1996年末の日米保険協議の決着で個人向け保険も料率の自由化が決まり、1997年9月には外資系が通販でリスク細分型の自動車保険を出した。料率算定会の料率の使用義務がなくなる1998年7月を前に、社長の樋口公啓氏は通信販売などの直販を採らないと明言した。全国に約8万の代理店を抱え、家族を含めて約30万人がその商売で暮らしていることを理由に挙げた。代わりに約35%の付加保険料率を30%未満へ下げ、代理店手数料もサービスの質で差を付ける体系に改めると約束した。同じ7月に東京海上火災保険は15の本部制を敷き、代理店と結ぶ通信網も新たに整えた。代理店網を価格競争の重荷とせず、事故対応で選ばれる販売網へ作り替えようとしたと考えられる。

  • 日経ビジネス 1998年3月16日号
    • [125]1996年末の日米保険協議で個人向け料率の自由化が決定。1997年9月リスク細分型自動車保険が解禁されアメリカンホームが発売。1998年7月から算定会料率の使用義務廃止
  • 日経ビジネス 1998年8月3日号 編集長インタビュー 樋口公啓
    • [126]1998年、樋口社長は通販など直販はしないと表明。代理店約8万・家族含め約30万人。付加保険料率約35%を30%未満へ、代理店手数料体系を見直す
    • [127]1998年、樋口社長は通販など直販はしないと表明。代理店約8万・家族含め約30万人。付加保険料率約35%を30%未満へ、代理店手数料体系を見直す
    • [128]1998年、樋口社長は通販など直販はしないと表明。代理店約8万・家族含め約30万人。付加保険料率約35%を30%未満へ、代理店手数料体系を見直す
  • The Tokio Marine and Fire Insurance Company, Limited Annual Report 1999(To Our Shareholders)
    • [129]1998年7月1日に15本部のDivision Systemを導入。代理店と結ぶ新ネットワークを構築

代理店網を残したうえで、東京海上は商品と損害サービスで他社との差を付けにいった。1998年10月に出した自動車保険TAPは、自社データも使って独自に料率を定め、契約者自身のけがを過失を問わず補う人身傷害補償を載せた。樋口氏は損害保険協会長の任にありながら、大蔵省の指針の地域区分はリスクに合わないと主張を曲げなかった。TAPは1999年6月末までに76万8,000件を超え、保険料は約740億円に達した。他社が似た商品を追って出すと、東京海上は国内最大の損害サービス網で支払いの質に差が出ると訴えた。年報で樋口氏は、自由化の時代を『In my view, the era of liberalization and deregulation presents a great opportunity for further business expansion』(訳:自由化と規制緩和の時代は事業拡大の大きな好機だ)と位置付けた。

  • The Tokio Marine and Fire Insurance Company, Limited Annual Report 1999
    • [130]TAPは1998年10月1日発売、1999年6月末までに76万8,000件超・保険料約740億円。他社が類似商品を追随、東京海上は国内最大の損害サービス網で差別化
    • [133]TAPは1998年10月1日発売、1999年6月末までに76万8,000件超・保険料約740億円。他社が類似商品を追随、東京海上は国内最大の損害サービス網で差別化
    • [134]TAPは1998年10月1日発売、1999年6月末までに76万8,000件超・保険料約740億円。他社が類似商品を追随、東京海上は国内最大の損害サービス網で差別化
    • [135]TAPは1998年10月1日発売、1999年6月末までに76万8,000件超・保険料約740億円。他社が類似商品を追随、東京海上は国内最大の損害サービス網で差別化
  • 日経ビジネス 1999年9月27日号
    • [131]1998年7月15日に新型自動車保険TAPの認可を取得し10月1日発売。自社データで独自料率、人身傷害補償を搭載。樋口は協会長の立場でも大蔵省ガイドラインの地域区分を不合理と主張
    • [132]1998年7月15日に新型自動車保険TAPの認可を取得し10月1日発売。自社データで独自料率、人身傷害補償を搭載。樋口は協会長の立場でも大蔵省ガイドラインの地域区分を不合理と主張

2000年9月、東京海上は朝日生命保険・日動火災海上保険と持株会社のもとで経営を統合するミレア保険グループ構想を公表した。直前の8月には安田火災海上保険と第一生命保険が提携を発表し、生損保の組み合わせで後れを取る懸念が強まっていた。同じ三菱グループの明治生命保険は株式会社化を伴う統合に応じず、生保の相手は朝日生命に絞られたという。樋口氏は年報で、業界の動きを『many companies have begun pursuing mergers or alliances with other non-life insurers or with life insurance companies』(訳:多くの社が損保どうし、あるいは生保との合併・提携に動き始めた)と見立てていた。構想には共栄火災海上保険も加わり、東京海上と日動火災が2002年4月に先に持株会社を作ることになった。朝日生命と共栄火災は、2004年までに持株会社へ合流する段取りとされた。

  • 日経ビジネス 2002年2月11日号
    • [136]2000年9月18日、朝日生命・日動火災とミレア保険グループ構想を発表。直前の2000年8月に安田火災と第一生命が提携を発表。明治生命は株式会社化による統合を断り、朝日生命が残った
    • [137]2000年9月18日、朝日生命・日動火災とミレア保険グループ構想を発表。直前の2000年8月に安田火災と第一生命が提携を発表。明治生命は株式会社化による統合を断り、朝日生命が残った
    • [138]2000年9月18日、朝日生命・日動火災とミレア保険グループ構想を発表。直前の2000年8月に安田火災と第一生命が提携を発表。明治生命は株式会社化による統合を断り、朝日生命が残った
  • The Tokio Marine and Fire Insurance Company, Limited Annual Report 2000(To Our Shareholders・社長インタビュー)
    • [139]1996年の日米保険協議以降に規制緩和が急進し、料率・商品の競争と外資・異業種参入で業界に危機感が生まれ、損保・生保との合併や提携が相次いだ(樋口社長)
  • The Tokio Marine and Fire Insurance Company, Limited Annual Report 2001
    • [140]ミレア保険グループは東京海上・朝日生命・日動火災・共栄火災の4社。東京海上と日動火災が2002年4月に持株会社を設立
  • 日動火災海上保険 Annual Report 2001
    • [141]朝日生命と共栄火災は遅くとも2004年までに持株会社に合流する計画。4社の規模を生かした合理化と世界水準の保険グループを目的に掲げる
参考文献[125]-[141]
  • 日経ビジネス 1998年3月16日号
    • [125]1996年末の日米保険協議で個人向け料率の自由化が決定。1997年9月リスク細分型自動車保険が解禁されアメリカンホームが発売。1998年7月から算定会料率の使用義務廃止
  • 日経ビジネス 1998年8月3日号 編集長インタビュー 樋口公啓
    • [126]1998年、樋口社長は通販など直販はしないと表明。代理店約8万・家族含め約30万人。付加保険料率約35%を30%未満へ、代理店手数料体系を見直す
    • [127]1998年、樋口社長は通販など直販はしないと表明。代理店約8万・家族含め約30万人。付加保険料率約35%を30%未満へ、代理店手数料体系を見直す
    • [128]1998年、樋口社長は通販など直販はしないと表明。代理店約8万・家族含め約30万人。付加保険料率約35%を30%未満へ、代理店手数料体系を見直す
    • [129]1998年7月1日に15本部のDivision Systemを導入。代理店と結ぶ新ネットワークを構築
  • The Tokio Marine and Fire Insurance Company, Limited Annual Report 1999
    • [130]TAPは1998年10月1日発売、1999年6月末までに76万8,000件超・保険料約740億円。他社が類似商品を追随、東京海上は国内最大の損害サービス網で差別化
    • [133]TAPは1998年10月1日発売、1999年6月末までに76万8,000件超・保険料約740億円。他社が類似商品を追随、東京海上は国内最大の損害サービス網で差別化
    • [134]TAPは1998年10月1日発売、1999年6月末までに76万8,000件超・保険料約740億円。他社が類似商品を追随、東京海上は国内最大の損害サービス網で差別化
    • [135]TAPは1998年10月1日発売、1999年6月末までに76万8,000件超・保険料約740億円。他社が類似商品を追随、東京海上は国内最大の損害サービス網で差別化
  • 日経ビジネス 1999年9月27日号
    • [131]1998年7月15日に新型自動車保険TAPの認可を取得し10月1日発売。自社データで独自料率、人身傷害補償を搭載。樋口は協会長の立場でも大蔵省ガイドラインの地域区分を不合理と主張
    • [132]1998年7月15日に新型自動車保険TAPの認可を取得し10月1日発売。自社データで独自料率、人身傷害補償を搭載。樋口は協会長の立場でも大蔵省ガイドラインの地域区分を不合理と主張
  • 日経ビジネス 2002年2月11日号
    • [136]2000年9月18日、朝日生命・日動火災とミレア保険グループ構想を発表。直前の2000年8月に安田火災と第一生命が提携を発表。明治生命は株式会社化による統合を断り、朝日生命が残った
    • [137]2000年9月18日、朝日生命・日動火災とミレア保険グループ構想を発表。直前の2000年8月に安田火災と第一生命が提携を発表。明治生命は株式会社化による統合を断り、朝日生命が残った
    • [138]2000年9月18日、朝日生命・日動火災とミレア保険グループ構想を発表。直前の2000年8月に安田火災と第一生命が提携を発表。明治生命は株式会社化による統合を断り、朝日生命が残った
    • [139]1996年の日米保険協議以降に規制緩和が急進し、料率・商品の競争と外資・異業種参入で業界に危機感が生まれ、損保・生保との合併や提携が相次いだ(樋口社長)
  • The Tokio Marine and Fire Insurance Company, Limited Annual Report 2001
    • [140]ミレア保険グループは東京海上・朝日生命・日動火災・共栄火災の4社。東京海上と日動火災が2002年4月に持株会社を設立
  • 日動火災海上保険 Annual Report 2001
    • [141]朝日生命と共栄火災は遅くとも2004年までに持株会社に合流する計画。4社の規模を生かした合理化と世界水準の保険グループを目的に掲げる

2001年〜朝日生命の離脱と、ミレアホールディングスの設立

統合準備が進むさなかの2001年6月、樋口氏は会長に退き、専務の石原邦夫氏が社長に就任した。石原氏は情報システム部門の出身で、代理店が契約内容を直接入力するオンライン網の構築を率いてきた。この網は2001年3月期に7万6,000台へ広がり、代理店による直接入力は年500万件を超えた。石原氏は年報で4社の組み合わせについて、『Tokio Marine excels in the wholesale market, Nichido Fire’s forte is in the retail market』(訳:東京海上は企業向け市場に強く、日動火災の得意は個人向け市場だ)と説明した。一方で東京海上は事業費率で他社にやや遅れ、その引き下げが新社長の当面の課題とされた。統合を回す要として、代理店と本社をシステムでつないだ実務の経験が買われた人事と推察される。

  • 日経ビジネス 2001年10月22日号
    • [142]2001年3月末に社長交代を発表、6月に石原邦夫が社長就任。IT企画部などを担当し代理店オンライン網を構築。事業費率で出遅れ、経費率引き下げが課題。持株会社社長にも就任予定
    • [143]2001年3月末に社長交代を発表、6月に石原邦夫が社長就任。IT企画部などを担当し代理店オンライン網を構築。事業費率で出遅れ、経費率引き下げが課題。持株会社社長にも就任予定
    • [146]2001年3月末に社長交代を発表、6月に石原邦夫が社長就任。IT企画部などを担当し代理店オンライン網を構築。事業費率で出遅れ、経費率引き下げが課題。持株会社社長にも就任予定
  • The Tokio Marine and Fire Insurance Company, Limited Annual Report 2001(To Our Shareholders・社長インタビュー)
    • [144]Agent Online端末は7万6,000台、代理店の直接入力は約150万件から500万件超へ。石原社長は東京海上=企業向け、日動火災=個人向けの補完を説明(会長 樋口公啓)
    • [145]Agent Online端末は7万6,000台、代理店の直接入力は約150万件から500万件超へ。石原社長は東京海上=企業向け、日動火災=個人向けの補完を説明(会長 樋口公啓)

2001年11月、東京海上は、傘下の東京海上あんしん生命保険へ朝日生命の営業部門を移管し、2003年春をめどに生保事業を合わせる検討を発表した。逆ざやに苦しむ朝日生命の信用を東京海上が補う宣言と受け取られ、株価は下がり社内からも批判が出た。両社は朝日生命の営業職員網に払う営業権の値付けで折り合えず、2002年1月31日に早期統合の見送りを発表した。会長の樋口氏は、ミレアは強い会社どうしの連合が前提であり、救済はその理念に合わないとの立場を示した。2002年4月2日、東京海上と日動火災は予定どおり持株会社ミレアホールディングスを設け、その完全子会社となった。

  • 日経ビジネス 2002年2月11日号
    • [147]2001年11月13日、朝日生命の営業部門をあんしん生命に譲渡し2003年春メドの合併検討を発表。株価下落と社内批判。営業権の算定で折り合えず2002年1月31日に早期統合見送りを発表。樋口会長は救済は強者連合の理念に合わないと説明
    • [148]2001年11月13日、朝日生命の営業部門をあんしん生命に譲渡し2003年春メドの合併検討を発表。株価下落と社内批判。営業権の算定で折り合えず2002年1月31日に早期統合見送りを発表。樋口会長は救済は強者連合の理念に合わないと説明
    • [149]2001年11月13日、朝日生命の営業部門をあんしん生命に譲渡し2003年春メドの合併検討を発表。株価下落と社内批判。営業権の算定で折り合えず2002年1月31日に早期統合見送りを発表。樋口会長は救済は強者連合の理念に合わないと説明
    • [150]2001年11月13日、朝日生命の営業部門をあんしん生命に譲渡し2003年春メドの合併検討を発表。株価下落と社内批判。営業権の算定で折り合えず2002年1月31日に早期統合見送りを発表。樋口会長は救済は強者連合の理念に合わないと説明
  • Millea Holdings, Inc. Annual Report 2002(Business Report of Tokio Marine)
    • [151]2001年11月〜2002年1月に朝日生命の生保事業の早期統合を協議したが合意せず。2002年4月2日に東京海上と日動火災が共同持株会社ミレアホールディングスの完全子会社となった

2003年1月、朝日生命は株式会社化の延期を理由に、2004年に予定したミレアとの経営統合を取りやめた。生損保の4社連合が崩れたことで、ミレアは東京海上と日動火災を一つにする作業を急いだ。2003年6月の株主・投資家向け説明では、合併の目的を両社の強みを合わせた成長、規模拡大による効率化、グループのシナジーの3点に整理した。両社合算の正味収入保険料は1兆8,660億円で、国内主要損保のシェアは27%、代理店は重複を除いて7万4,422店だった。同じ説明で、政策株式などの非効率な資産を売り、数千億円規模の余剰資本を収益性の高い事業へ充当する方針も示した。生保でも2003年10月に東京海上あんしん生命と日動生命を合併させ、東京海上日動あんしん生命とした。

  • 日経ビジネス 2003年1月20日号
    • [152]2003年1月10日、朝日生命は株式会社化の延期を理由に、2004年に予定したミレアとの経営統合の見送りを正式決定
  • Millea Holdings, Inc. Annual Report 2004(To Our Shareholders・社長インタビュー)
    • [153]持株会社の下で2社の商品・事務・システムの統合を進め、2004年10月1日の合併を発表。2003年10月1日にあんしん生命と日動生命が合併し東京海上日動あんしん生命に
    • [157]持株会社の下で2社の商品・事務・システムの統合を進め、2004年10月1日の合併を発表。2003年10月1日にあんしん生命と日動生命が合併し東京海上日動あんしん生命に
  • ミレアホールディングス「株主・投資家の皆様へ」(2003年6月4日)
    • [154]2003年6月、東京海上・日動火災の合併の目的(両社の強みを結集した成長、事業規模拡大による効率化、グループのシナジー)を提示。合算正味収入保険料1兆8,660億円・シェア27%、代理店74,422店。政策株式等の売却で数千億円規模の余剰資本を活用
    • [155]2003年6月、東京海上・日動火災の合併の目的(両社の強みを結集した成長、事業規模拡大による効率化、グループのシナジー)を提示。合算正味収入保険料1兆8,660億円・シェア27%、代理店74,422店。政策株式等の売却で数千億円規模の余剰資本を活用
    • [156]2003年6月、東京海上・日動火災の合併の目的(両社の強みを結集した成長、事業規模拡大による効率化、グループのシナジー)を提示。合算正味収入保険料1兆8,660億円・シェア27%、代理店74,422店。政策株式等の売却で数千億円規模の余剰資本を活用
参考文献[142]-[157]
  • 日経ビジネス 2001年10月22日号
    • [142]2001年3月末に社長交代を発表、6月に石原邦夫が社長就任。IT企画部などを担当し代理店オンライン網を構築。事業費率で出遅れ、経費率引き下げが課題。持株会社社長にも就任予定
    • [143]2001年3月末に社長交代を発表、6月に石原邦夫が社長就任。IT企画部などを担当し代理店オンライン網を構築。事業費率で出遅れ、経費率引き下げが課題。持株会社社長にも就任予定
    • [146]2001年3月末に社長交代を発表、6月に石原邦夫が社長就任。IT企画部などを担当し代理店オンライン網を構築。事業費率で出遅れ、経費率引き下げが課題。持株会社社長にも就任予定
    • [144]Agent Online端末は7万6,000台、代理店の直接入力は約150万件から500万件超へ。石原社長は東京海上=企業向け、日動火災=個人向けの補完を説明(会長 樋口公啓)
    • [145]Agent Online端末は7万6,000台、代理店の直接入力は約150万件から500万件超へ。石原社長は東京海上=企業向け、日動火災=個人向けの補完を説明(会長 樋口公啓)
  • 日経ビジネス 2002年2月11日号
    • [147]2001年11月13日、朝日生命の営業部門をあんしん生命に譲渡し2003年春メドの合併検討を発表。株価下落と社内批判。営業権の算定で折り合えず2002年1月31日に早期統合見送りを発表。樋口会長は救済は強者連合の理念に合わないと説明
    • [148]2001年11月13日、朝日生命の営業部門をあんしん生命に譲渡し2003年春メドの合併検討を発表。株価下落と社内批判。営業権の算定で折り合えず2002年1月31日に早期統合見送りを発表。樋口会長は救済は強者連合の理念に合わないと説明
    • [149]2001年11月13日、朝日生命の営業部門をあんしん生命に譲渡し2003年春メドの合併検討を発表。株価下落と社内批判。営業権の算定で折り合えず2002年1月31日に早期統合見送りを発表。樋口会長は救済は強者連合の理念に合わないと説明
    • [150]2001年11月13日、朝日生命の営業部門をあんしん生命に譲渡し2003年春メドの合併検討を発表。株価下落と社内批判。営業権の算定で折り合えず2002年1月31日に早期統合見送りを発表。樋口会長は救済は強者連合の理念に合わないと説明
  • Millea Holdings, Inc. Annual Report 2002(Business Report of Tokio Marine)
    • [151]2001年11月〜2002年1月に朝日生命の生保事業の早期統合を協議したが合意せず。2002年4月2日に東京海上と日動火災が共同持株会社ミレアホールディングスの完全子会社となった
  • 日経ビジネス 2003年1月20日号
    • [152]2003年1月10日、朝日生命は株式会社化の延期を理由に、2004年に予定したミレアとの経営統合の見送りを正式決定
    • [153]持株会社の下で2社の商品・事務・システムの統合を進め、2004年10月1日の合併を発表。2003年10月1日にあんしん生命と日動生命が合併し東京海上日動あんしん生命に
    • [157]持株会社の下で2社の商品・事務・システムの統合を進め、2004年10月1日の合併を発表。2003年10月1日にあんしん生命と日動生命が合併し東京海上日動あんしん生命に
  • ミレアホールディングス「株主・投資家の皆様へ」(2003年6月4日)
    • [154]2003年6月、東京海上・日動火災の合併の目的(両社の強みを結集した成長、事業規模拡大による効率化、グループのシナジー)を提示。合算正味収入保険料1兆8,660億円・シェア27%、代理店74,422店。政策株式等の売却で数千億円規模の余剰資本を活用
    • [155]2003年6月、東京海上・日動火災の合併の目的(両社の強みを結集した成長、事業規模拡大による効率化、グループのシナジー)を提示。合算正味収入保険料1兆8,660億円・シェア27%、代理店74,422店。政策株式等の売却で数千億円規模の余剰資本を活用
    • [156]2003年6月、東京海上・日動火災の合併の目的(両社の強みを結集した成長、事業規模拡大による効率化、グループのシナジー)を提示。合算正味収入保険料1兆8,660億円・シェア27%、代理店74,422店。政策株式等の売却で数千億円規模の余剰資本を活用

2004年〜東京海上日動火災保険の発足と、利益の半分を国内損保以外で稼ぐ10年目標

2004年10月1日、東京海上と日動火災は合併し、東京海上日動火災保険が発足した。石原氏は合併の狙いを、『by combining the strength of both companies and by increasing efficiency through greater scale』(訳:両社の強みを合わせ、規模の拡大で効率を上げる)と説明した。新会社は個人・企業・自動車ディーラーの市場別に社内カンパニーを置き、販売経路ごとに商品と売り方を組み立てた。合併時の最大の懸念だったシステムの大きな混乱は起きなかった。2004年度までに拠点は営業部門で27%、損害サービス部門で29%減り、要員は約18%減った。規模の効率は取り込めたが、国内の保険料そのものを伸ばす手立ては別に要ったようだ。

  • ミレアホールディングス アニュアルレポート 2004
    • [158]2004年10月1日に東京海上と日動火災が合併し東京海上日動火災保険が発足。狙いは両社の強みの結集と規模拡大による効率化(石原社長)
    • [159]2004年10月1日に東京海上と日動火災が合併し東京海上日動火災保険が発足。狙いは両社の強みの結集と規模拡大による効率化(石原社長)
  • ミレアホールディングス「株主・投資家の皆様へ」(2004年12月1日)
    • [160]合併後、パーソナル・コマーシャル・ディーラー別の社内カンパニーで市場・チャネル別の取り組みを強化
  • ミレアホールディングス 決算説明会資料(2005年6月2日)
    • [161]合併時の最大課題だったシステムの大規模な混乱は回避。拠点を営業部門27%・損害サービス部門29%削減、要員は2004年度までに約18%削減
    • [162]合併時の最大課題だったシステムの大規模な混乱は回避。拠点を営業部門27%・損害サービス部門29%削減、要員は2004年度までに約18%削減

合併と並んで、ミレアは資本に見合う利益を出すことを経営目標の中心に据えた。2005年度の計画は修正ROEが4.5%程度にとどまるなか、10年後の姿として10%を超えるROEを掲げた。資本効率を上げるため、2001年度以降に時価で約5,100億円の政策株式を売却した。2005年度末までに、2003年9月末比でさらに1割程度を減らす計画も示した。年報では、自社株買いと安定配当による株主還元も検討すると表明した。株価の評価を純資産の水準より上へ引き上げるには、過大な資本を削減するほかなかったのだろう。

  • Millea Holdings, Inc. Annual Report 2004(To Our Shareholders・社長インタビュー)
    • [163]事業ポートフォリオの最適化とROE向上を目標に掲げ、資本効率向上のため自社株買いと安定配当を検討
    • [167]事業ポートフォリオの最適化とROE向上を目標に掲げ、資本効率向上のため自社株買いと安定配当を検討
  • ミレアホールディングス 決算説明会(2005年6月2日)
    • [164]2005年度計画は修正利益約1,470億円・修正ROE4.5%程度。10年後のビジョンとして10%を超えるROE
  • ミレアホールディングス 株主・投資家向け説明会資料「株主・投資家の皆様へ」(2004年12月1日)
    • [165]資本効率向上の観点から政策株式を継続削減。2001年度以降の売却は時価約5,100億円、2005年度末までに2003年9月末比1割程度削減、2004年度は約1,600億円売却予定
    • [166]資本効率向上の観点から政策株式を継続削減。2001年度以降の売却は時価約5,100億円、2005年度末までに2003年9月末比1割程度削減、2004年度は約1,600億円売却予定

2007年6月、ロンドン首席駐在員など海外部門を歩いた隅修三氏がミレアの社長に就任し、石原氏は会長に回った。直前の3月には東京海上日動が第三分野商品の保険金不払いで業務停止命令を受け、隅氏は信頼回復を最優先の課題に置いた。そのうえで少子高齢化など国内の構造変化を踏まえ、事業地域を世界へ広げると表明した。修正利益では国内損保が2005年度の915億円から2006年度に890億円へ減り、海外保険は77億円から286億円へ伸びた。ミレアは2004年の年報ですでに『we aim to earn approximately half of our profits from operations other than the domestic property and casualty insurance business in 10 years』(訳:10年後に利益の約半分を国内損保以外で稼ぐ)と定めていた。国内の保険料が伸びない前提で、海外の買収で成長を取る方向がこの時点で固まっていたとみられる。

  • ミレアホールディングス ディスクロージャー誌「ミレアホールディングスの現状 2007」(2007年7月)
    • [168]2007年6月に隅修三(元海外本部ロンドン首席駐在員)が社長、石原邦夫が会長。2007年3月の第三分野業務停止を受け信頼回復を最優先課題に。少子高齢化を機会と捉えグローバル拡大を掲げる。修正利益は国内損保915億円→890億円、海外保険77億円→286億円(2005→2006年度)
    • [169]2007年6月に隅修三(元海外本部ロンドン首席駐在員)が社長、石原邦夫が会長。2007年3月の第三分野業務停止を受け信頼回復を最優先課題に。少子高齢化を機会と捉えグローバル拡大を掲げる。修正利益は国内損保915億円→890億円、海外保険77億円→286億円(2005→2006年度)
    • [170]2007年6月に隅修三(元海外本部ロンドン首席駐在員)が社長、石原邦夫が会長。2007年3月の第三分野業務停止を受け信頼回復を最優先課題に。少子高齢化を機会と捉えグローバル拡大を掲げる。修正利益は国内損保915億円→890億円、海外保険77億円→286億円(2005→2006年度)
    • [171]2007年6月に隅修三(元海外本部ロンドン首席駐在員)が社長、石原邦夫が会長。2007年3月の第三分野業務停止を受け信頼回復を最優先課題に。少子高齢化を機会と捉えグローバル拡大を掲げる。修正利益は国内損保915億円→890億円、海外保険77億円→286億円(2005→2006年度)
  • Millea Holdings, Inc. Annual Report 2004(To Our Shareholders・社長インタビュー)
    • [172]10年後に利益の約半分を国内損保以外の事業から稼ぐ目標
参考文献[158]-[172]
  • ミレアホールディングス アニュアルレポート 2004
    • [158]2004年10月1日に東京海上と日動火災が合併し東京海上日動火災保険が発足。狙いは両社の強みの結集と規模拡大による効率化(石原社長)
    • [159]2004年10月1日に東京海上と日動火災が合併し東京海上日動火災保険が発足。狙いは両社の強みの結集と規模拡大による効率化(石原社長)
  • ミレアホールディングス「株主・投資家の皆様へ」(2004年12月1日)
    • [160]合併後、パーソナル・コマーシャル・ディーラー別の社内カンパニーで市場・チャネル別の取り組みを強化
  • ミレアホールディングス 決算説明会資料(2005年6月2日)
    • [161]合併時の最大課題だったシステムの大規模な混乱は回避。拠点を営業部門27%・損害サービス部門29%削減、要員は2004年度までに約18%削減
    • [162]合併時の最大課題だったシステムの大規模な混乱は回避。拠点を営業部門27%・損害サービス部門29%削減、要員は2004年度までに約18%削減
    • [163]事業ポートフォリオの最適化とROE向上を目標に掲げ、資本効率向上のため自社株買いと安定配当を検討
    • [167]事業ポートフォリオの最適化とROE向上を目標に掲げ、資本効率向上のため自社株買いと安定配当を検討
    • [172]10年後に利益の約半分を国内損保以外の事業から稼ぐ目標
  • ミレアホールディングス 決算説明会(2005年6月2日)
    • [164]2005年度計画は修正利益約1,470億円・修正ROE4.5%程度。10年後のビジョンとして10%を超えるROE
  • ミレアホールディングス 株主・投資家向け説明会資料「株主・投資家の皆様へ」(2004年12月1日)
    • [165]資本効率向上の観点から政策株式を継続削減。2001年度以降の売却は時価約5,100億円、2005年度末までに2003年9月末比1割程度削減、2004年度は約1,600億円売却予定
    • [166]資本効率向上の観点から政策株式を継続削減。2001年度以降の売却は時価約5,100億円、2005年度末までに2003年9月末比1割程度削減、2004年度は約1,600億円売却予定
    • [168]2007年6月に隅修三(元海外本部ロンドン首席駐在員)が社長、石原邦夫が会長。2007年3月の第三分野業務停止を受け信頼回復を最優先課題に。少子高齢化を機会と捉えグローバル拡大を掲げる。修正利益は国内損保915億円→890億円、海外保険77億円→286億円(2005→2006年度)
    • [169]2007年6月に隅修三(元海外本部ロンドン首席駐在員)が社長、石原邦夫が会長。2007年3月の第三分野業務停止を受け信頼回復を最優先課題に。少子高齢化を機会と捉えグローバル拡大を掲げる。修正利益は国内損保915億円→890億円、海外保険77億円→286億円(2005→2006年度)
    • [170]2007年6月に隅修三(元海外本部ロンドン首席駐在員)が社長、石原邦夫が会長。2007年3月の第三分野業務停止を受け信頼回復を最優先課題に。少子高齢化を機会と捉えグローバル拡大を掲げる。修正利益は国内損保915億円→890億円、海外保険77億円→286億円(2005→2006年度)
    • [171]2007年6月に隅修三(元海外本部ロンドン首席駐在員)が社長、石原邦夫が会長。2007年3月の第三分野業務停止を受け信頼回復を最優先課題に。少子高齢化を機会と捉えグローバル拡大を掲げる。修正利益は国内損保915億円→890億円、海外保険77億円→286億円(2005→2006年度)

第5章 2008年〜 東京海上HDへの改称と、Kiln・Philadelphia・Delphi・HCCの海外買収

2008年〜Kilnの買収と、東京海上ホールディングスへの改称とPhiladelphia

海外に成長を求めると決めた東京海上グループは、2008年3月に英国のKiln Ltd(以下Kiln)を友好的に買収した。Kilnの取得に投じた額は、取得原価で94,122百万円だった。東京海上グループとKilnは再保険の取引で40年を超える関係にあり、Kilnはロイズの引受能力で上位のグループだった。年次報告書は、買収先に求める条件を健全な経営、強いビジネスモデル、高い成長性の3つに定めた。社長の隅修三氏は、2000年に東京海上火災保険のロンドン首席駐在員を務めていた。長年の再保険取引で相手の引受の規律を見極めていたことが、最初の買収先を決める材料になったと推察される。

  • 東京海上ホールディングス アニュアルレポート 2009 会長・副社長メッセージ
    • [173]2008年3月、ロイズの有力引受グループKilnが友好的買収で東京海上グループに加わった
    • [175]東京海上グループとKilnは再保険を軸に40年超の取引関係。Kilnはロイズで引受能力上位
    • [176]グループ入りの条件は健全な経営能力・強固なビジネスモデル・高い成長性の3つ
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第6期(2008年3月期)【企業結合等関係】
    • [174]Kiln Ltdの取得原価は94,122百万円
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第13期(2015年3月期)【役員の状況】
    • [177]隅修三は2000年6月に東京海上火災保険の取締役海外本部ロンドン首席駐在員

Kilnを迎えた4か月後の2008年7月、持株会社は商号をミレアホールディングスから東京海上ホールディングスに改めた。改称に先立ち、国内の損保子会社2社は保険金の不適切な不払いで行政処分を受けていた。2008年の年次報告書は、この件の謝罪と顧客の信頼回復を社長メッセージの冒頭に置いた。12月に公表した中期経営計画は、国内市場の大きな伸びは望みにくいとして、目指す姿を「グローバル企業グループ」とした。東京海上HDは翌年、東京海上の名を国内の保険市場で安心感を伝えるブランドと位置づけた。海外で買収を重ねる局面で、国内で信用を積んだ創業以来の名を持株会社の看板にも掲げる狙いがあったとみられる。

  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【沿革】
    • [178]2008年7月、株式会社ミレアホールディングスから東京海上ホールディングス株式会社に商号変更
  • 東京海上ホールディングス アニュアルレポート 2008 社長メッセージ
    • [179]東京海上日動と日新火災が保険金の不適切な不払いで行政処分を受け、前年4月に業務改善計画を提出
    • [180]社長メッセージは不払いの謝罪と顧客の信頼回復への取り組みから始まる
  • 東京海上ホールディングス ニュースリリース「東京海上グループの新中期経営計画について」(2008年12月5日)
    • [181]2008年12月策定の「変革と実行2011」。国内保険市場は大きな伸びを期待しにくいとし、ビジョンを「グローバル企業グループ」とした
  • 東京海上ホールディングス アニュアルレポート 2009 会長・副社長メッセージ
    • [182]東京海上のブランドは日本の保険市場で強い安心感を伝えると記載

2008年12月、東京海上HDは米国のPhiladelphia Consolidated Holding Corp.の友好的買収を完了した。取得原価は473,537百万円で、Kilnの5倍を超えた。Kilnの買収で米国市場の注目が集まり、Philadelphia側が関心を示す契機になった。同じ年度には金融危機で、約2,300億円の評価損を計上していた。それでも東京海上HDは、海外について『Overseas, our sights are set upon increasing our earnings while diversifying business globally.』(訳:海外では、事業をグローバルに分散しながら利益を伸ばすことを目指す)と掲げた。中期経営計画は、海外の修正利益を2011年度に600億円へ引き上げる目標を置いた。国内の運用益が細るなか、保険の引受で稼ぐ米国の事業を早く取り込む必要があったのだろう。

  • 東京海上ホールディングス アニュアルレポート 2009 会長・副社長メッセージ
    • [183]1962年創業の米国中堅保険グループPHLYが2008年12月に友好的買収で東京海上グループに加わった
    • [185]Kilnの買収が米国保険市場の注目とPHLYの関心を集めた
    • [186]2008年度に有価証券を中心に約2,300億円の評価損を計上
    • [187]海外ではグローバルな事業分散と利益拡大を目指すと表明
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第7期(2009年3月期)【企業結合等関係】
    • [184]Philadelphia Consolidated Holding Corp.の取得原価は473,537百万円
  • 東京海上ホールディングス ニュースリリース「東京海上グループの新中期経営計画について」(2008年12月5日)
    • [188]海外保険事業の修正利益を2008年度見込み142億円から2011年度目標600億円へ。元受損保にPhiladelphiaを含む
参考文献[173]-[188]
    • [173]2008年3月、ロイズの有力引受グループKilnが友好的買収で東京海上グループに加わった
    • [175]東京海上グループとKilnは再保険を軸に40年超の取引関係。Kilnはロイズで引受能力上位
    • [176]グループ入りの条件は健全な経営能力・強固なビジネスモデル・高い成長性の3つ
    • [182]東京海上のブランドは日本の保険市場で強い安心感を伝えると記載
    • [183]1962年創業の米国中堅保険グループPHLYが2008年12月に友好的買収で東京海上グループに加わった
    • [185]Kilnの買収が米国保険市場の注目とPHLYの関心を集めた
    • [186]2008年度に有価証券を中心に約2,300億円の評価損を計上
    • [187]海外ではグローバルな事業分散と利益拡大を目指すと表明
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第6期(2008年3月期)【企業結合等関係】
    • [174]Kiln Ltdの取得原価は94,122百万円
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第13期(2015年3月期)【役員の状況】
    • [177]隅修三は2000年6月に東京海上火災保険の取締役海外本部ロンドン首席駐在員
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【沿革】
    • [178]2008年7月、株式会社ミレアホールディングスから東京海上ホールディングス株式会社に商号変更
    • [179]東京海上日動と日新火災が保険金の不適切な不払いで行政処分を受け、前年4月に業務改善計画を提出
    • [180]社長メッセージは不払いの謝罪と顧客の信頼回復への取り組みから始まる
    • [181]2008年12月策定の「変革と実行2011」。国内保険市場は大きな伸びを期待しにくいとし、ビジョンを「グローバル企業グループ」とした
    • [188]海外保険事業の修正利益を2008年度見込み142億円から2011年度目標600億円へ。元受損保にPhiladelphiaを含む
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第7期(2009年3月期)【企業結合等関係】
    • [184]Philadelphia Consolidated Holding Corp.の取得原価は473,537百万円

2010年〜国内・海外・生保の3本柱と、Delphi Financial Groupの買収

買収は利益の構成を変え、修正利益に占める海外の比率は2007年度の20%から2009年度に44%へ上がった。一方で国内損保は自動車の保有台数の減少で市場が縮み、コンバインドレシオは98%近くに上がっていた。2011年度は国内の台風や豪雨、北米のハリケーン、タイの洪水が重なり、グループの修正利益は195億円の損失となった。連結の当期純利益は2012年3月期に6,001百万円まで減少した。2011年3月の東日本大震災では、当時社長の隅氏が5月末までの保険金支払いを目標に据えたという。経営陣は『it would not be easy to increase return on equity (ROE) solely through the Japanese non-life insurance business which requires considerable reserves in case of such natural disasters as typhoons and earthquakes』(訳:台風や地震に備える多額の準備金を要する国内損保だけではROEを高めにくい)と早くから見ていた。

  • 東京海上ホールディングス アニュアルレポート 2010 トップメッセージ
    • [189]修正利益の構成比は2007年度に国内損保約70%・国内生保10%・海外20%、2009年度に26%・30%・44%
    • [190]国内損保市場は自動車保有台数の減少などで縮小傾向、コンバインドレシオは98%近くに上昇
  • 東京海上ホールディングス アニュアルレポート 2012 トップメッセージ
    • [191]2011年度は国内の台風・豪雨、北米のハリケーン・竜巻、タイ大洪水が頻発し、グループ修正利益は195億円の損失
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第10期(2012年3月期)【連結損益計算書】
    • [192]2012年3月期の連結当期純利益は6,001百万円
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート2020 トップメッセージ
    • [193]東日本大震災の際、当時の社長が困っている顧客のため5月末までの保険金支払いを結論とした(小宮暁の回顧)
  • 東京海上ホールディングス アニュアルレポート 2009 会長・副社長メッセージ
    • [194]自然災害に備える準備金を要する国内損保だけではROEを高めにくいと早くから認識し、国内生保・海外を加えた

東京海上HDは2012年5月、米国の生損保兼営グループDelphi Financial Group(以下Delphi)を買収した。Delphiの取得原価は215,054百万円で、Philadelphiaの半分に満たなかった。Delphiは従業員の福利厚生に関わる保険に強く、年次報告書はその意義を『自然災害リスクの引受が限定的であることから、同社がグループに加わることはリスク分散効果の向上にも資するものです』とした。同じ年度に始めた中期経営計画「変革と実行2014」は、グローバルなリスク分散による資本効率の向上に注力する方針を掲げた。隅氏はリスク分散を保険事業の本質とし、その理由を『保険事業にとっては地球全体がマーケットであると捉えているからです』と説明した。2015年の説明資料は、2007年以降の欧米の大型買収をKiln、Philadelphia、Delphiの3件に整理している。自然災害の引受が少ない事業を選んだことに、損保と値動きの違う収益を足す意図がうかがえる。

  • 東京海上ホールディングス アニュアルレポート 2012 トップメッセージ
    • [195]2012年5月、新規事業投資の一環として米国の生損保兼営保険グループのデルファイを買収
    • [197]デルファイは従業員の福利厚生に関する保険に強く、自然災害リスクの引受が限定的でリスク分散効果の向上に資する
    • [198]2012年度からの中計「変革と実行2014」は収益額の拡大とグローバルなリスク分散による資本効率の向上を掲げた
    • [199]リスク分散が保険事業の本質であり、保険事業にとって地球全体がマーケットとの認識
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第11期(2013年3月期)【企業結合等関係】
    • [196]Delphi Financial Group, Inc.の取得原価は215,054百万円
  • 東京海上ホールディングス「米国スペシャルティ保険グループ HCCインシュアランス・ホールディングス社 買収について」説明資料(2015年6月10日)
    • [200]2007年以降、欧米でキルン・フィラデルフィア・デルファイの大規模買収を相次いで実施

2013年6月、隅氏は会長に移り、副社長の永野毅氏が社長に就任した。永野氏はDelphiを買収した2012年に、持株会社の海外事業企画部長を兼ねていた。アニュアルレポート2012は、先進国ではDelphiとのシナジーの発揮に力を注ぐと記した。中期経営計画は2014年度に修正利益2,300億〜2,600億円、修正ROE7%以上を目指していた。2015年の説明資料は、買収後の統合で現地経営陣と相互の信頼を築き、その考えを尊重しつつ統治を整えると定めた。買い集める段から、買った会社の利益をグループに取り込む段へ、社長の役割が移ったと考えられる。

  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第13期(2015年3月期)【役員の状況】
    • [201]2013年6月、隅修三が当社取締役会長、永野毅が当社取締役社長に就任
    • [202]永野毅は2012年2月に当社専務取締役海外事業企画部長、同年6月に取締役副社長海外事業企画部長
  • 東京海上ホールディングス アニュアルレポート 2012 トップメッセージ
    • [203]先進国ではデルファイのシナジー発揮に注力すると記載
    • [204]2014年度に修正利益2,300億〜2,600億円、修正ROE7%以上を目指す
  • 東京海上ホールディングス「米国スペシャルティ保険グループ HCCインシュアランス・ホールディングス社 買収について」説明資料(2015年6月10日)
    • [205]PMIでは現地経営陣との強固な相互信頼関係を築き、経営陣の考え方を尊重しつつ適切なガバナンス体制を構築
参考文献[189]-[205]
    • [189]修正利益の構成比は2007年度に国内損保約70%・国内生保10%・海外20%、2009年度に26%・30%・44%
    • [190]国内損保市場は自動車保有台数の減少などで縮小傾向、コンバインドレシオは98%近くに上昇
    • [191]2011年度は国内の台風・豪雨、北米のハリケーン・竜巻、タイ大洪水が頻発し、グループ修正利益は195億円の損失
    • [195]2012年5月、新規事業投資の一環として米国の生損保兼営保険グループのデルファイを買収
    • [197]デルファイは従業員の福利厚生に関する保険に強く、自然災害リスクの引受が限定的でリスク分散効果の向上に資する
    • [198]2012年度からの中計「変革と実行2014」は収益額の拡大とグローバルなリスク分散による資本効率の向上を掲げた
    • [199]リスク分散が保険事業の本質であり、保険事業にとって地球全体がマーケットとの認識
    • [203]先進国ではデルファイのシナジー発揮に注力すると記載
    • [204]2014年度に修正利益2,300億〜2,600億円、修正ROE7%以上を目指す
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第10期(2012年3月期)【連結損益計算書】
    • [192]2012年3月期の連結当期純利益は6,001百万円
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート2020 トップメッセージ
    • [193]東日本大震災の際、当時の社長が困っている顧客のため5月末までの保険金支払いを結論とした(小宮暁の回顧)
    • [194]自然災害に備える準備金を要する国内損保だけではROEを高めにくいと早くから認識し、国内生保・海外を加えた
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第11期(2013年3月期)【企業結合等関係】
    • [196]Delphi Financial Group, Inc.の取得原価は215,054百万円
    • [200]2007年以降、欧米でキルン・フィラデルフィア・デルファイの大規模買収を相次いで実施
    • [205]PMIでは現地経営陣との強固な相互信頼関係を築き、経営陣の考え方を尊重しつつ適切なガバナンス体制を構築
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第13期(2015年3月期)【役員の状況】
    • [201]2013年6月、隅修三が当社取締役会長、永野毅が当社取締役社長に就任
    • [202]永野毅は2012年2月に当社専務取締役海外事業企画部長、同年6月に取締役副社長海外事業企画部長

2014年〜HCC Insurance Holdingsの買収と、西日本豪雨・首都圏の台風の保険金支払い

統合の型を整えた後の2015年6月、東京海上HDは米国のHCC Insurance Holdings(以下HCC)の買収で合意した。東京海上日動が1株78ドル、総額約75億ドルを現金で払い、増資は行わなかった。HCCはスペシャルティ保険のグループで、相関の低い100種類超の種目を持ち、巨大自然災害の引受は小さかった。買収で海外保険事業が事業別利益に占める割合は、38%から46%に上がる試算だった。手続きは2015年10月27日に完了し、取得原価は898,012百万円となった。規模は過去最大でも、選ぶ基準はKiln以来の3条件と自然災害への耐性に置かれていたようだ。

  • 東京海上ホールディングス「米国スペシャルティ保険グループ HCCインシュアランス・ホールディングス社 買収について」説明資料(2015年6月10日)
    • [206]2015年6月10日、米国スペシャルティ保険グループHCC社の買収を発表(取締役社長 永野毅)
    • [207]東京海上日動がHCC社株式を100%現金買収。1株78ドル、総額約75億ドル(約9,400億円)、エクイティファイナンスは行わない
    • [208]相関の低い100種類以上のスペシャルティ種目で構成、巨大自然災害へのエクスポージャーは限定的
    • [209]単純合算で海外保険事業の事業別利益に占める割合は38%から46%へ上昇
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第14期(2016年3月期)【企業結合等関係】
    • [210]2015年10月27日に企業結合、取得原価898,012百万円

HCCの発表に先立つ2015年5月、東京海上HDは新中期経営計画「To Be a Good Company 2017」を公表した。2017年度に修正純利益3,500億〜4,000億円、修正ROE9%程度を目標に置いた。海外保険事業を利益成長の牽引役とし、買収の規律を保って新たな投資を探し続けるとした。統治や内部統制、ERMなどの本社機能と、海外人材の育成も強化項目に挙げた。北米は海外の利益の約8割を占めたが、各社の顧客層と商品が異なるため分散が効いた。欧州の再保険子会社は、元受中心の構成で分散が取れたとして2018年度に売却した。

  • 東京海上ホールディングス 新中期経営計画「To Be a Good Company 2017」説明資料(2015年5月29日)
    • [211]2015年5月29日に新中期経営計画「To Be a Good Company 2017」を公表
    • [212]2017年度ターゲットは修正ROE9%程度、修正純利益3,500〜4,000億円
    • [213]海外保険事業をグループ全体の利益成長ドライバーとし、買収規律を維持しつつ新規投資案件を継続的に検討
    • [214]海外事業を支える基盤としてガバナンス・内部統制・ERM等のコーポレート機能とグローバル人材戦略を強化
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート2020 トップメッセージ
    • [215]北米が海外事業利益の約8割を占めるが、各社の顧客層・商品が異なり商品構成の違いでリスク分散が可能
    • [216]欧州の再保険子会社TMRを、元受中心のポートフォリオで分散が図れたことを考慮し2018年度に売却

2018年、国内では西日本豪雨が起き、台風が首都圏などに大きな被害をもたらした。後に社長となる小宮暁氏は、この年を日本で過去最大級の自然災害が起きた年と振り返っている。同じ年の4月に始まった中期経営計画は、修正純利益4,000億円以上、修正ROE10.0%以上を目標に掲げていた。連結の当期純利益は2019年3月期に274,579百万円となり、前期の284,183百万円を下回った。統合レポート2021は、2018年と2019年の台風を上回る規模の災害をストレステストで想定するとした。海外で分散を積み上げた後も、国内の災害で利益がぶれる構造は残り、次の一手を考える前提になったとみるのが自然だ。

  • 東京海上ホールディングス 統合レポート2021
    • [217]水災について2018年の西日本豪雨、首都圏に大きな被害をもたらした2018年と2019年の台風に言及
    • [221]2018年・2019年の台風よりはるかに大きな規模の台風や洪水をストレステストで想定
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート2020 トップメッセージ
    • [218]一昨年(2018年)日本で過去最大級の自然災害が発生したと回顧
    • [219]2018年4月開始の中計のKPIは修正純利益4,000億円以上・修正ROE10.0%以上
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第17期(2019年3月期)【連結損益計算書】
    • [220]親会社株主に帰属する当期純利益は2019年3月期274,579百万円、2018年3月期284,183百万円
参考文献[206]-[221]
    • [206]2015年6月10日、米国スペシャルティ保険グループHCC社の買収を発表(取締役社長 永野毅)
    • [207]東京海上日動がHCC社株式を100%現金買収。1株78ドル、総額約75億ドル(約9,400億円)、エクイティファイナンスは行わない
    • [208]相関の低い100種類以上のスペシャルティ種目で構成、巨大自然災害へのエクスポージャーは限定的
    • [209]単純合算で海外保険事業の事業別利益に占める割合は38%から46%へ上昇
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第14期(2016年3月期)【企業結合等関係】
    • [210]2015年10月27日に企業結合、取得原価898,012百万円
    • [211]2015年5月29日に新中期経営計画「To Be a Good Company 2017」を公表
    • [212]2017年度ターゲットは修正ROE9%程度、修正純利益3,500〜4,000億円
    • [213]海外保険事業をグループ全体の利益成長ドライバーとし、買収規律を維持しつつ新規投資案件を継続的に検討
    • [214]海外事業を支える基盤としてガバナンス・内部統制・ERM等のコーポレート機能とグローバル人材戦略を強化
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート2020 トップメッセージ
    • [215]北米が海外事業利益の約8割を占めるが、各社の顧客層・商品が異なり商品構成の違いでリスク分散が可能
    • [216]欧州の再保険子会社TMRを、元受中心のポートフォリオで分散が図れたことを考慮し2018年度に売却
    • [218]一昨年(2018年)日本で過去最大級の自然災害が発生したと回顧
    • [219]2018年4月開始の中計のKPIは修正純利益4,000億円以上・修正ROE10.0%以上
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート2021
    • [217]水災について2018年の西日本豪雨、首都圏に大きな被害をもたらした2018年と2019年の台風に言及
    • [221]2018年・2019年の台風よりはるかに大きな規模の台風や洪水をストレステストで想定
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第17期(2019年3月期)【連結損益計算書】
    • [220]親会社株主に帰属する当期純利益は2019年3月期274,579百万円、2018年3月期284,183百万円

第6章 2019年〜 小宮暁社長のPURE買収と価格調整問題、政策保有株ゼロと純利益1兆円

2019年〜小宮暁社長の就任と、PURE Groupの買収

2019年6月、永野毅氏が会長に移り、専務取締役の小宮暁氏が東京海上ホールディングスの社長に就任した。その2019年度も、前年に続いて国内で大規模な自然災害が起きた。ただし2019年度の災害はリスク管理の想定の範囲内だったとして、風水災の引受方針は変えなかった。小宮氏は翌年のトップメッセージで『経営の屋台骨が揺らぐようなことがあってはならない』とした。そのための手立てとして、リスクを地理・事業・商品の各面で分散させる必要を挙げた。災害の多い国内から退くのではなく、災害と別の動きをする収益を外に積む方針を、就任初年度に改めて確かめたとみられる。

  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第18期(2020年3月期)【役員の状況】
    • [222]2019年6月 永野毅が取締役会長、小宮暁が取締役社長に就任(小宮は2018年6月から専務取締役)
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート 2020 CEOメッセージ
    • [223]就任初年度の2019年に、2年連続で国内の大規模な自然災害が発生
    • [225]保険はいかなる事態でも経営の屋台骨が揺らいではならない、と一連の自然災害とコロナを機に改めて強調
    • [226]リスクを地理的・事業的・商品的に分散させ事業を安定化させる必要がある
  • 東京海上ホールディングス 2019年度決算電話会議 質疑応答要旨(2020年5月20日)
    • [224]19年度の自然災害はリスク管理上想定の範囲内で、風水災リスクの引受・保有方針を大きく見直す予定はない。2年連続の大規模災害を受け再保険市場と異常危険準備金の繰入れを注視

2020年2月、米国の富裕層市場で保険を扱うPure Groupの買収を完了した。小宮氏は、日本の自然災害と相関の低い海外事業を15年ほどかけて広げてきたとし、Pureの買収をその流れに置いた。対象はカルチャーフィット・高い収益性・強固なビジネスモデルの3原則を満たす会社に限っていた。代価は軽くなく、2019年度決算で示した実質純資産の4,000億円の減少は主因がPureの買収だった。2021年5月に示した中期経営計画でも、Pureの利益拡大を成長施策の一つに数えた。企業向けが中心だった北米事業に富裕層の個人向けを加え、分散の軸を顧客の面にも広げたと推察される。

  • 東京海上ホールディングス 統合レポート 2021 CFOメッセージ
    • [227]2020年2月 Pureグループの買収を完了
    • [231]新中計の成長施策の一つに、2020年に買収を完了したPureの利益拡大を挙げる
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート 2020 CEOメッセージ
    • [228]過去15年ほどかけて日本の自然災害と相関の低い海外事業を拡大しリスク分散を進めてきた。2019年度は米国富裕層市場で業界屈指の成長を続けるPureグループを買収
    • [229]M&Aの3原則は(1)カルチャーフィット(2)高い収益性(3)強固なビジネスモデルで、3条件を満たす会社だけを対象とする
  • 東京海上ホールディングス 2019年度決算電話会議 質疑応答要旨(2020年5月20日)
    • [230]実質純資産▲4,000億円の減少の主因はPureの買収

2020年には、国内の災害に新型コロナウイルスの世界的な流行が重なった。2020年5月の決算説明では、2020年度の修正純利益への影響を税後300億〜400億円と見込み、大半を海外のイベント中止保険とした。先行きが読めないとして、自己株式取得による資本水準の調整も見送った。親会社株主に帰属する当期純利益は、2020年3月期の2,597億円から2021年3月期に1,618億円へ減った。海外事業はすでにグループ利益の約5割を占める規模になっていた。国内の災害に備えた海外の分散は疫病では損失の入口にもなり、振れを消す仕組みではなかったと考えられる。

  • 東京海上ホールディングス 統合レポート 2020 CEOメッセージ
    • [232]2年連続の国内大規模自然災害に続き、2020年は年明けから新型コロナウイルス感染症が世界的に流行
    • [236]海外がグループ利益の約5割を占める
  • 東京海上ホールディングス 2019年度決算電話会議 質疑応答要旨(2020年5月20日)
    • [233]コロナの影響は20年度修正純利益に対し税後▲300〜400億円で、大宗は海外のイベントキャンセル保険
    • [234]コロナの影響が不透明で資本を蓄積するフェーズと判断し、資本水準調整(自己株式取得)を見送った
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第18期(2020年3月期)・第19期(2021年3月期)
    • [235]親会社株主に帰属する当期純利益 2020年3月期 2,597億円、2021年3月期 1,618億円(連結・日本基準)
参考文献[222]-[236]
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第18期(2020年3月期)【役員の状況】
    • [222]2019年6月 永野毅が取締役会長、小宮暁が取締役社長に就任(小宮は2018年6月から専務取締役)
    • [223]就任初年度の2019年に、2年連続で国内の大規模な自然災害が発生
    • [225]保険はいかなる事態でも経営の屋台骨が揺らいではならない、と一連の自然災害とコロナを機に改めて強調
    • [226]リスクを地理的・事業的・商品的に分散させ事業を安定化させる必要がある
    • [228]過去15年ほどかけて日本の自然災害と相関の低い海外事業を拡大しリスク分散を進めてきた。2019年度は米国富裕層市場で業界屈指の成長を続けるPureグループを買収
    • [229]M&Aの3原則は(1)カルチャーフィット(2)高い収益性(3)強固なビジネスモデルで、3条件を満たす会社だけを対象とする
    • [232]2年連続の国内大規模自然災害に続き、2020年は年明けから新型コロナウイルス感染症が世界的に流行
    • [236]海外がグループ利益の約5割を占める
  • 東京海上ホールディングス 2019年度決算電話会議 質疑応答要旨(2020年5月20日)
    • [224]19年度の自然災害はリスク管理上想定の範囲内で、風水災リスクの引受・保有方針を大きく見直す予定はない。2年連続の大規模災害を受け再保険市場と異常危険準備金の繰入れを注視
    • [230]実質純資産▲4,000億円の減少の主因はPureの買収
    • [233]コロナの影響は20年度修正純利益に対し税後▲300〜400億円で、大宗は海外のイベントキャンセル保険
    • [234]コロナの影響が不透明で資本を蓄積するフェーズと判断し、資本水準調整(自己株式取得)を見送った
    • [227]2020年2月 Pureグループの買収を完了
    • [231]新中計の成長施策の一つに、2020年に買収を完了したPureの利益拡大を挙げる
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第18期(2020年3月期)・第19期(2021年3月期)
    • [235]親会社株主に帰属する当期純利益 2020年3月期 2,597億円、2021年3月期 1,618億円(連結・日本基準)

2021年〜新中期経営計画と資本効率の目標と、企業保険の価格調整での業務改善命令

小宮氏は、2018年4月から2021年3月までの前中期経営計画の期間を最も厳しい3年間だったと振り返った。2021年4月からの3カ年の新中期経営計画では、修正純利益の年3〜7%成長と修正ROE12%程度を指標に置いた。M&Aは分散のために良い案件があれば行うものとして、計画の数字に含めなかった。資本の使い道も縛り、事業投資と自己株式取得の合計で年1,000億円を必ず使う枠として年初に示した。ESRが目標範囲の上限140%を超えれば、事業投資か株主還元を必ず実行するとも約束した。買収に依存しない成長と資本を貯め込まない姿勢を並べ、資本効率への問いに先回りして答えたようだ。

  • 東京海上ホールディングス 統合レポート 2021 CEOメッセージ
    • [237]前中期経営計画期間(2018年4月〜2021年3月)は最も厳しい3年間だった
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート 2021 CFOメッセージ
    • [238]新中計(2021年4月〜)のKPIは修正純利益CAGR+3〜7%、修正ROE12%程度、配当性向は平均的な修正純利益の40%以上
    • [239]KPIは内部成長で達成を企図し、M&Aはリスク分散のため良い案件があれば行うもので計画に織り込まない
  • 東京海上ホールディングス 2020年度決算電話会議 質疑応答要旨(2021年5月20日)
    • [240]1,000億円の枠を事業投資との合算で「必ず使う金額」として年初に示し、資本水準調整は年間を通じて機動的に実行
    • [241]ESRがターゲット上限の140%を超えた場合には事業投資や株主還元等のアクションを必ず実行

2021年度、東京海上ホールディングスは買収基準と市場の評価額を勘案し、大型の買収を実行しなかった。2022年5月の決算説明では『当社にとってM&Aは目的ではなく手段であり』とし、基準を満たす案件が無ければ買収しないと説明した。買収の目的はリスク分散で、カルチャーフィットを含む原則を満たし高いリターンを上げられる案件に絞るとも示した。一方でグループ会社が進める小型のボルトオン買収は、数千万〜1億ドル規模を中心に続ける想定だった。前年のCFOメッセージも、良質な大型案件は目標達成を早める手段と位置づけていた。大型買収を前倒しの手段にとどめたことで、割高な案件を見送る余地が生まれていたのだろう。

  • 東京海上ホールディングス 2021年度決算電話会議 質疑応答要旨(2022年5月20日)
    • [242]2021年度は買収基準やマーケットのバリュエーション等を勘案した結果、大型のM&Aを実行しなかった
    • [243]M&Aは目的ではなく手段で、厳格な買収基準を満たす案件が無い中ではむやみに買収しない
    • [244]M&Aの目的はリスク分散で、厳格な買収基準を設けカルチャーフィット等の原則を満たし高いリターンを上げられる案件のみを厳選
  • 東京海上ホールディングス 2020年度決算電話会議 質疑応答要旨(2021年5月20日)
    • [245]ボルトオン・中小規模の投資は$数十〜100M程度が中心、数年に一度$200〜300M程度を想定
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート 2021 CFOメッセージ
    • [246]良質な大型M&Aの機会に恵まれれば、更なる成長あるいは目標達成までの時間軸の短縮が可能

2023年、子会社の東京海上日動火災保険が企業向け保険で保険料を調整していた事案が顕在化した。2023年11月の時点では外部弁護士による特別調査委員会の調査が続き、業績予想は見直していなかった。2023年12月26日、金融庁は東京海上日動に業務改善命令を出した。東京海上日動は2024年2月に業務改善計画書を出し、その後も進捗を金融庁へ報告した。2024年11月には、他社との不当な取引制限として公正取引委員会からも排除措置命令と課徴金納付命令を受けた。海外で災害の振れを抑えてきた一方、利益の源である国内の企業保険には、競争より取引関係を重んじる慣行が残っていたと思われる。

  • 東京海上ホールディングス 2023年度第2四半期決算電話会議 質疑応答要旨(2023年11月17日)
    • [247]企業向け火災保険等で保険料調整行為(保険料調整事案)が判明
    • [248]複数の外部弁護士を起用した特別調査委員会の調査が継続中で、本件を理由とした業績見直しは行っていない
  • 東京海上ホールディングス「当社子会社の業務改善計画の進捗および改善状況について(その2)」(2024年9月13日)
    • [249]2023年12月26日付で金融庁が東京海上日動に業務改善命令を発令
  • 東京海上ホールディングス コーポレート・ガバナンスに関する報告書(2024年5月30日)/同「当社子会社の業務改善計画の進捗および改善状況について(その2)」(2024年9月13日)
    • [250]東京海上日動は保険料調整行為等による業務改善命令を受け2024年2月に業務改善計画書を提出。2024年8月末時点の進捗を9月13日に金融庁へ提出
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
    • [251]2024年11月1日 不当な取引制限の禁止に違反したとして公正取引委員会が排除措置命令および課徴金納付命令
参考文献[237]-[251]
    • [237]前中期経営計画期間(2018年4月〜2021年3月)は最も厳しい3年間だった
    • [238]新中計(2021年4月〜)のKPIは修正純利益CAGR+3〜7%、修正ROE12%程度、配当性向は平均的な修正純利益の40%以上
    • [239]KPIは内部成長で達成を企図し、M&Aはリスク分散のため良い案件があれば行うもので計画に織り込まない
    • [246]良質な大型M&Aの機会に恵まれれば、更なる成長あるいは目標達成までの時間軸の短縮が可能
  • 東京海上ホールディングス 2020年度決算電話会議 質疑応答要旨(2021年5月20日)
    • [240]1,000億円の枠を事業投資との合算で「必ず使う金額」として年初に示し、資本水準調整は年間を通じて機動的に実行
    • [241]ESRがターゲット上限の140%を超えた場合には事業投資や株主還元等のアクションを必ず実行
    • [245]ボルトオン・中小規模の投資は$数十〜100M程度が中心、数年に一度$200〜300M程度を想定
  • 東京海上ホールディングス 2021年度決算電話会議 質疑応答要旨(2022年5月20日)
    • [242]2021年度は買収基準やマーケットのバリュエーション等を勘案した結果、大型のM&Aを実行しなかった
    • [243]M&Aは目的ではなく手段で、厳格な買収基準を満たす案件が無い中ではむやみに買収しない
    • [244]M&Aの目的はリスク分散で、厳格な買収基準を設けカルチャーフィット等の原則を満たし高いリターンを上げられる案件のみを厳選
  • 東京海上ホールディングス 2023年度第2四半期決算電話会議 質疑応答要旨(2023年11月17日)
    • [247]企業向け火災保険等で保険料調整行為(保険料調整事案)が判明
    • [248]複数の外部弁護士を起用した特別調査委員会の調査が継続中で、本件を理由とした業績見直しは行っていない
    • [249]2023年12月26日付で金融庁が東京海上日動に業務改善命令を発令
  • 東京海上ホールディングス コーポレート・ガバナンスに関する報告書(2024年5月30日)/同「当社子会社の業務改善計画の進捗および改善状況について(その2)」(2024年9月13日)
    • [250]東京海上日動は保険料調整行為等による業務改善命令を受け2024年2月に業務改善計画書を提出。2024年8月末時点の進捗を9月13日に金融庁へ提出
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
    • [251]2024年11月1日 不当な取引制限の禁止に違反したとして公正取引委員会が排除措置命令および課徴金納付命令

2024年〜政策保有株式ゼロの方針と、純利益1兆552億円と小池昌洋社長

業務改善命令を受けた東京海上ホールディングスは、競争を適正に行える環境づくりの一環として、政策保有株式の残高を2029年度末でなくす方針を、命令から5カ月後の2024年5月に決めた。売却はそれ以前から進み、2002年度以降の累計は2.7兆円に達し、国内の政策株の簿価は2002年3月末の28%まで縮んでいた。それでも手元には約3.5兆円が残っており、全部を手放せばリスク量は1兆円強減る見込みだった。保有株を純投資に区分し直して持ち続ける選択肢も否定し、『現在保有している政策株式について、安易な「ラベル替え」を行うつもりは全く無い』とした。20年余りで7割を減らした保有を残り6年で閉じる決定は、保険の値付けを株の持ち合いから切り離す意思表示と読める。

  • 東京海上ホールディングス コーポレート・ガバナンスに関する報告書(2024年5月30日)
    • [252]業務改善命令を受け、適正な競争実施のための環境整備に向けた取組みの一環としてゼロ化を決めた
    • [253]2029年度末までに政策投資として保有している株式(非上場株式・資本業務提携による出資等を除く)の残高をゼロにする。3年間で残高を半減
    • [254]2002年度以降の累計売却額2.7兆円(売却時価)、国内政策投資株式の2024年3月末簿価は2002年3月末対比28%
  • 東京海上ホールディングス 2023年度決算電話会議 質疑応答要旨(2024年5月20日)
    • [255]保有する政策株約3.5兆円を全て売却するとリスク量は1兆円強リリースされる
    • [256]純投資として株式運用を行うことはあり得るが、現在保有する政策株式の安易な「ラベル替え」は行わない

政策株の売却は計画を上回り、2024年度は6,000億円の計画に期中の合意が加わって9,000億円を超えた。年初に5,470億円と見込んだ売却益が加わり、2025年3月期の親会社株主に帰属する当期純利益は1兆552億円となった。売却益は一時のもので、政策株を除いても1株利益を年8%以上伸ばす計画を別に掲げていた。2026年のCFOメッセージは、削減が短期にはROEを押し下げると認めた。そのうえで、削減を進める理由を『政策株式に固定化されていた資本を、より高いRORが見込める主要事業へ再配分することが、中長期的なROE向上に不可欠』と記した。1兆円の利益は持ち合いを解く途中の副産物で、解いた資本の置き場所が次に問われるといえる。

  • 東京海上ホールディングス 2024年度決算電話会議 質疑応答要旨(2025年5月20日)
    • [257]2024年度は6,000億円の売却計画から始め、期中の追加合意で最終的な売却額は9,000億円超。2025年度計画は6,000億円
  • 東京海上ホールディングス 2023年度決算電話会議 質疑応答要旨(2024年5月20日)
    • [258]24年度は政策株の売却益として5,470億円を見込む
    • [260]24-26年度の新中計は「除く政策株式」でもEPS Growth+8%以上を計画
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)
    • [259]2025年3月期 親会社株主に帰属する当期純利益 10,552億円(連結・日本基準)
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート 2026 CFOメッセージ
    • [261]政策株式の削減は短期的にはROEの引き下げ要因となる
    • [262]固定化していた資本をRORの高い主要事業へ再配分することが中長期のROE向上に不可欠として削減を進める

2024年4月、東京海上ホールディングスは内部統制委員会を改め、グループ監査委員会を置いた。2025年3月には情報漏えい事案で、東京海上日動が2度目の業務改善命令を受けた。2025年6月、小宮氏は会長に移り、常務執行役員だった小池昌洋氏が社長に就任した。2026年6月には監査等委員会設置会社へ移り、グループ監査委員会の主な機能を監査等委員会に集めた。取締役17名のうち9名が社外で、取締役会の議長は会長が務める。議長を務める小宮氏は、移行について『これまでの体制に問題があったから移行したわけではありません。』とした。狙いには、執行へ大きく権限を委ね、取締役会が中長期の戦略の論議と監督に集中することを挙げた。

  • 東京海上ホールディングス コーポレート・ガバナンスに関する報告書(2024年5月30日)
    • [263]保険料調整事案等の不祥事案を受け、2024年4月1日付で内部統制委員会を改組しグループ監査委員会を設置
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
    • [264]2025年3月24日付 情報漏えい事案で東京海上日動が金融庁から二度目の業務改善命令、5月9日付で計画書提出
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第24期(2026年3月期)【役員の状況】
    • [265]2025年6月 小宮暁が取締役会長、小池昌洋(2023年4月常務執行役員)が取締役社長に就任
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート 2026 取締役会議長メッセージ
    • [266]2026年6月より監査等委員会設置会社へ移行し、従来のグループ監査委員会の主な機能を監査等委員会へ集約
    • [268]監査等委員会設置会社への移行はこれまでの体制に問題があったからではなく、より良い論議を行うための進化とする
    • [269]取締役会から執行に大幅な権限委譲を行い迅速な意思決定を加速し、取締役会は中長期戦略の策定と監督を担う
  • 東京海上ホールディングス コーポレート・ガバナンスに関する報告書(2026年6月25日)
    • [267]取締役17名(うち社外9名、全員独立役員)。取締役会の議長は会長
参考文献[252]-[269]
  • 東京海上ホールディングス コーポレート・ガバナンスに関する報告書(2024年5月30日)
    • [252]業務改善命令を受け、適正な競争実施のための環境整備に向けた取組みの一環としてゼロ化を決めた
    • [253]2029年度末までに政策投資として保有している株式(非上場株式・資本業務提携による出資等を除く)の残高をゼロにする。3年間で残高を半減
    • [254]2002年度以降の累計売却額2.7兆円(売却時価)、国内政策投資株式の2024年3月末簿価は2002年3月末対比28%
    • [263]保険料調整事案等の不祥事案を受け、2024年4月1日付で内部統制委員会を改組しグループ監査委員会を設置
  • 東京海上ホールディングス 2023年度決算電話会議 質疑応答要旨(2024年5月20日)
    • [255]保有する政策株約3.5兆円を全て売却するとリスク量は1兆円強リリースされる
    • [256]純投資として株式運用を行うことはあり得るが、現在保有する政策株式の安易な「ラベル替え」は行わない
    • [258]24年度は政策株の売却益として5,470億円を見込む
    • [260]24-26年度の新中計は「除く政策株式」でもEPS Growth+8%以上を計画
  • 東京海上ホールディングス 2024年度決算電話会議 質疑応答要旨(2025年5月20日)
    • [257]2024年度は6,000億円の売却計画から始め、期中の追加合意で最終的な売却額は9,000億円超。2025年度計画は6,000億円
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)
    • [259]2025年3月期 親会社株主に帰属する当期純利益 10,552億円(連結・日本基準)
    • [261]政策株式の削減は短期的にはROEの引き下げ要因となる
    • [262]固定化していた資本をRORの高い主要事業へ再配分することが中長期のROE向上に不可欠として削減を進める
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
    • [264]2025年3月24日付 情報漏えい事案で東京海上日動が金融庁から二度目の業務改善命令、5月9日付で計画書提出
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第24期(2026年3月期)【役員の状況】
    • [265]2025年6月 小宮暁が取締役会長、小池昌洋(2023年4月常務執行役員)が取締役社長に就任
    • [266]2026年6月より監査等委員会設置会社へ移行し、従来のグループ監査委員会の主な機能を監査等委員会へ集約
    • [268]監査等委員会設置会社への移行はこれまでの体制に問題があったからではなく、より良い論議を行うための進化とする
    • [269]取締役会から執行に大幅な権限委譲を行い迅速な意思決定を加速し、取締役会は中長期戦略の策定と監督を担う
  • 東京海上ホールディングス コーポレート・ガバナンスに関する報告書(2026年6月25日)
    • [267]取締役17名(うち社外9名、全員独立役員)。取締役会の議長は会長

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歴史年表 1879〜2025年

東京海上ホールディングスの沿革1879〜2026年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1879〜1944年渋沢栄一らが興した日本初の保険会社と、ロンドン撤退・3社合併東京海上保険会社を創業★
船舶保険の営業開始★
明治火災保険を設立★
増資ではなく払込資本金の半額切り捨てを選び、引受量より危険の選別を取った英国営業の立て直し

1890年以降のイギリスでの営業が巨額の損失を招いた。東京海上保険は現地ブローカーへ引き受けを委ねたまま増資で穴を埋める道を採らず、1894年7月、当時26歳の各務鎌吉氏をロンドンへ派遣して対策を立てさせた。各務氏の献策により、本社は1898年に保険業法の制定に3年先立って年度別計算を採用し、1899年には払込資本金75万円の半額を切り捨てて英国営業の損失約50万円を整理した。引き受け量を追う構えを捨て、危険の選別へ寄せた縮小再建であった。

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火災・運送・自動車の各保険の営業開始★
東京海上火災保険に商号変更★
三菱海上火災保険を設立★
関東大震災・地震免責条項問題★★
旧東京海上・明治火災・三菱海上の3社合併で発足★★
1945〜1973年終戦で失った海外網と、自賠責・積立保険で広げた大衆向け損保終戦により海外営業網と在外資産を一切喪失★★
田中徳次郎東京証券取引所に株式を上場★
田中徳次郎自賠責保険の営業開始★
田中徳次郎米国元受営業を再開(欧州は5月)★
山本源左衛門掛け捨ての補償に貯蓄性を足した長期商品への踏み出し

1969年4月、補償に貯蓄性を加えた長期保険である積立保険(長期総合保険)を発売した。主力種目が海上・火災から自賠責・自動車へ入れ替わり、その2種目がいずれも高い損害率に苦しむなかで、1年で完結する掛け捨ての損害保険に貯蓄の機能を足し、保険料を長期に前受けして運用する商品を投入した判断である。

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山本源左衛門積立保険(長期総合保険)の発売★★
1974〜1997年業界初の自動車保険オンラインと、保険料世界3位・東京海上あんしん生命菊池稔業界初の自動車保険オンラインシステム稼働★
菊池稔序列の維持ではなく、創業100周年の1979年度に保険料収入5,500億円とシェア1%増を掲げた3年計画

1977年4月、東京海上火災保険は創業100年に向けた3年間の経営体質強化計画を始めた。GoGo作戦と名づけた社内運動で事務処理を総合的に合理化し、創業100周年にあたる1979年度に保険料収入5,500億円・マーケットシェア1%アップという数値目標を掲げる。菊池稔社長のもとで決めた、業界内の序列ではなく自ら置いた数字で経営を測る運動である。

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渡辺文夫創業100周年。保険料収入5500億円達成★
竹田晴夫「積立特約」の認可取得★
竹田晴夫保険料ベースで世界ベストスリー入り★
竹田晴夫第3次オンラインの本格稼働★
河野俊二新中期経営計画IC-95開始★
1998〜2007年料率自由化での代理店との共存と、ミレアHD設立・東京海上日動の発足樋口公啓料率自由化を前に直販へ踏み込まず、代理店経由の販売を軸に据える選択

1996年12月の日米保険協議決着で1998年7月の料率完全自由化が固まり、護送船団行政が解体に向かった。正味保険料シェア18%で業界首位の東京海上火災保険は、樋口公啓社長のもとで、約8万の代理店網を捨てず"代理店との共存"を柱に据え、機械化と体質改革で価格競争に備えた経営判断。

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★★★
石原邦夫国内初の上場保険持株会社ミレアホールディングスの設立

2002年4月、東京海上火災保険と日動火災海上保険が共同株式移転で持株会社ミレアホールディングスを設立し、国内初の上場保険持株会社が誕生した案件。生損保を糾合する総合金融グループ構想として始まったが、朝日生命・共栄火災の離脱で損保2社の統合へと縮退した。

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★★★
石原邦夫東京海上と日動火災が合併し東京海上日動火災保険が発足★★
2008〜2018年東京海上HDへの改称と、Kiln・Philadelphia・Delphi・HCCの海外買収隅修三Kiln Ltdを買収★
隅修三東京海上HDに商号変更★
隅修三Philadelphia Consolidated Holdingを買収★★
隅修三Delphi Financial Groupを買収★
永野毅永野毅氏が社長に就任★
永野毅898,012百万円を現金で投じ、成長の場を国内損保から米国のスペシャルティ保険へ移した

2015年10月27日、東京海上ホールディングスが子会社の東京海上日動火災保険を通じて、米国のスペシャルティ保険グループHCC Insurance Holdings, Inc.の発行済み株式を100%取得した。取得原価は898,012百万円で対価はすべて現金、発生したのれん339,086百万円を10年間で均等償却する。国内損保から海外へ収益源を移す一連の買収のうち、最も大きい一手にあたる。

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★★★
永野毅西日本豪雨・台風21号等で大規模保険金支払い★
2019〜2026年小宮暁社長のPURE買収と価格調整問題、政策保有株ゼロと純利益1兆円小宮暁小宮暁氏が社長に就任★
小宮暁PURE Group買収完了★
小宮暁子会社の独占禁止法違反で処分が重なり、適正な競争を阻害してきた業界慣行の解消に踏み込んだ

2023年12月26日、金融庁が東京海上日動火災保険に保険業法に基づく業務改善命令を発した。独占禁止法に抵触すると考えられる行為および同法の趣旨に照らして不適切な行為と、その背景にある態勢上の問題が認められたことによる。同社は深く反省するとともに再発防止策の策定等に取り組み、2024年2月29日付で業務改善計画書を金融庁へ提出した。 2024年11月1日には、不当な取引制限の禁止に違反する行為を行っていたとして、公正取引委員会から排除措置命令および課徴金納付命令を受けている。

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小宮暁2029年度末までに上場株の残高をなくすと決め、取引関係を株式で結ぶ慣行を捨てた

2024年5月20日の取締役会で、政策投資として保有する株式を2029年度末までにゼロにすると決めた。対象は上場株式で、非上場株式と資本業務提携による出資等は除く。2024年3月末におよそ3.5兆円あった保有時価を、2024年度に9,224億円、2025年度に7,456億円削減した。損害保険業が長く抱えてきた持ち合いを、企業向け保険の価格調整問題を触媒に手放す資本政策の転換である。

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★★★
小宮暁FY24親会社株主帰属当期純利益1兆552億円★
小池昌洋小池昌洋氏が社長に就任★
小池昌洋不祥事を受けて置いたグループ監査委員会の機能を法定の監査等委員会へ集約し、執行への権限委譲と組織的監査を組み合わせた

2026年6月29日開催の第24回定時株主総会で「定款一部変更の件」が承認可決され、同日付で監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。掲げた目的は、「成長戦略とガバナンスの高位均衡」の実現をさらに進化、充実させることである。 取締役会は7名の社外取締役を含む13名から、9名の社外取締役を含む17名となり、このうち5名が監査等委員である取締役となった。

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出典・参考 89件
出典・参考
  • ミレアホールディングス アニュアルレポート 2004
  • ミレアホールディングス 決算説明会資料(2005年6月2日)
  • ミレアホールディングス 決算説明会(2005年6月2日)
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第6期(2008年3月期)【企業結合等関係】
  • 東京海上ホールディングス アニュアルレポート 2008 社長メッセージ
  • 東京海上ホールディングス ニュースリリース「東京海上グループの新中期経営計画について」(2008年12月5日)
  • 東京海上ホールディングス アニュアルレポート 2009 会長・副社長メッセージ
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第7期(2009年3月期)【企業結合等関係】
  • 東京海上ホールディングス アニュアルレポート 2010 トップメッセージ
  • 東京海上ホールディングス アニュアルレポート 2012 トップメッセージ
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第10期(2012年3月期)【連結損益計算書】
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第11期(2013年3月期)【企業結合等関係】
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第13期(2015年3月期)【役員の状況】
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第14期(2016年3月期)【企業結合等関係】
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第17期(2019年3月期)【連結損益計算書】
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第18期(2020年3月期)【役員の状況】
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第18期(2020年3月期)・第19期(2021年3月期)
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 2024年度「沿革」
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【沿革】
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第23期(2025年3月期)
  • 東京海上ホールディングス 有価証券報告書 第24期(2026年3月期)【役員の状況】
  • 株式会社年鑑 1950年版「東京海上火災保険」
  • 東洋経済新報社『会社銀行八十年史』(1955年)「東京海上火災」
  • 株式会社年鑑 1956年版「東京海上火災保険」
  • 株式会社年鑑 1957年版「東京海上火災保険」
  • 『企業の現代史』(1963年)「やがては宇宙に・危険の担い手(東京海上)」
  • 『産業フロンティア物語』(1966年)「損害保険〈東京海上〉」
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
  • 経済春秋社『企業の歴史:明治百年』(1968年)「東京海上火災保険」
  • 会社年鑑 1976年版「東京海上火災保険」
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
  • 東洋経済新報社『日本会社史総覧』(1995年)「東京海上火災保険」
  • ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「東京海上火災保険」
  • 週刊日本経済 1966年9月15日号
  • 日経ビジネス 1975年12月22日号
  • 日経ビジネス 1978年5月8日号
  • 日経ビジネス 1978年7月3日号
  • 日経ビジネス 1979年10月22日号(日経BP)
  • 日経ビジネス 1979年10月22日号 編集長インタビュー 渡辺文夫
  • Insurance 1984年10月号第1集 損保版「親しまれ信頼される東京海上をめざして――東京海上・社長 竹田晴夫氏語る」
  • Insurance 1984年10月号第1集「親しまれ信頼される東京海上をめざして――東京海上・社長 竹田晴夫氏語る」
  • 日経ビジネス 1990年9月24日号
  • 日経ビジネス 1991年4月8日号
  • 日経ビジネス 1996年8月26日号
  • 日経ビジネス 1998年3月16日号
  • 日経ビジネス 1998年8月3日号 編集長インタビュー 樋口公啓
  • 日経ビジネス 1999年9月27日号
  • 日経ビジネス 2001年10月22日号
  • 日経ビジネス 2002年2月11日号
  • 日経ビジネス 2003年1月20日号
  • 読売新聞 1967年6月22日
  • 日経新聞 1996年12月15日
  • 日本企業要覧 1969年版「東京海上火災保険」
  • 日本企業要覧 1972年版「東京海上火災保険」
  • 日本企業要覧 1973年版「東京海上火災保険」
  • 日本企業要覧 1974年版「東京海上火災保険」
  • 『80年代わが社の戦略』(1980年)「東京海上火災保険」
  • The Tokio Marine and Fire Insurance Company, Limited Annual Report 1999(To Our Shareholders)
  • The Tokio Marine and Fire Insurance Company, Limited Annual Report 1999
  • The Tokio Marine and Fire Insurance Company, Limited Annual Report 2000(To Our Shareholders・社長インタビュー)
  • The Tokio Marine and Fire Insurance Company, Limited Annual Report 2001
  • 日動火災海上保険 Annual Report 2001
  • The Tokio Marine and Fire Insurance Company, Limited Annual Report 2001(To Our Shareholders・社長インタビュー)
  • Millea Holdings, Inc. Annual Report 2002(Business Report of Tokio Marine)
  • ミレアホールディングス「株主・投資家の皆様へ」(2003年6月4日)
  • Millea Holdings, Inc. Annual Report 2004(To Our Shareholders・社長インタビュー)
  • ミレアホールディングス「株主・投資家の皆様へ」(2004年12月1日)
  • ミレアホールディングス 株主・投資家向け説明会資料「株主・投資家の皆様へ」(2004年12月1日)
  • ミレアホールディングス ディスクロージャー誌「ミレアホールディングスの現状 2007」(2007年7月)
  • 東京海上ホールディングス「米国スペシャルティ保険グループ HCCインシュアランス・ホールディングス社 買収について」説明資料(2015年6月10日)
  • 東京海上ホールディングス 新中期経営計画「To Be a Good Company 2017」説明資料(2015年5月29日)
  • 東京海上ホールディングス 2019年度決算電話会議 質疑応答要旨(2020年5月20日)
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート2020 トップメッセージ
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート 2020 CEOメッセージ
  • 東京海上ホールディングス 2020年度決算電話会議 質疑応答要旨(2021年5月20日)
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート2021
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート 2021 CFOメッセージ
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート 2021 CEOメッセージ
  • 東京海上ホールディングス 2021年度決算電話会議 質疑応答要旨(2022年5月20日)
  • 東京海上ホールディングス 2023年度第2四半期決算電話会議 質疑応答要旨(2023年11月17日)
  • 東京海上ホールディングス 2023年度決算電話会議 質疑応答要旨(2024年5月20日)
  • 東京海上ホールディングス「当社子会社の業務改善計画の進捗および改善状況について(その2)」(2024年9月13日)
  • 東京海上ホールディングス コーポレート・ガバナンスに関する報告書(2024年5月30日)/同「当社子会社の業務改善計画の進捗および改善状況について(その2)」(2024年9月13日)
  • 東京海上ホールディングス コーポレート・ガバナンスに関する報告書(2024年5月30日)
  • 東京海上ホールディングス 2024年度決算電話会議 質疑応答要旨(2025年5月20日)
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート 2026 CFOメッセージ
  • 東京海上ホールディングス 統合レポート 2026 取締役会議長メッセージ
  • 東京海上ホールディングス コーポレート・ガバナンスに関する報告書(2026年6月25日)

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