1991年〜 会計事務所ネットワーク構築と市場啓蒙の時代
日本M&Aセンターの業績推移:連結
- 1991年 日本エム・アンド・エー・センターを設立
- 1991年 全国の会計事務所と地域M&Aセンターを順次設立
- 1991年 大阪支社を開設
- 1992年 日経新聞に一面広告を出稿
- 1999年 分林保弘氏が『「中小企業」M&Aの時代が来た!』を執筆
- 2000年 全国金融M&A研究会を発足
- 2000年 信金中央金庫・全国の信用金庫と業務提携
「後継社」広告400社問い合わせが示した潜伏需要
創業者の分林保弘氏は能楽師の家に生まれ、立命館大学卒業後に会計系コンピューターを扱う日本オリベッティに入社した。会計士向けシステム販売を通じて全国の会計事務所と人脈を築き、1970年代に同社がTKCと業務提携した縁から、各地の会計事務所が抱える経営課題に触れる機会を得た。1991年、分林氏はこの人脈を基盤に東京都新宿区で日本エム・アンド・エー・センターを設立した。全国の会計事務所が出資する形態で中小企業向けM&Aの情報ネットワークを組織化する設計は他社にない特色で、設立当初から情報の集散ハブという役割が組み込まれた。中小企業の事業承継仲介は、案件情報が個別の会計事務所と地方銀行に分散して滞留しやすく、守秘義務の壁から横断集約が成立しにくい産業である。最初から横断ネットワークを設計した点が他社との違いとなった。 [1][2][3]
- 日本M&Aセンター 有価証券報告書(役員の状況)
- [1]同社の創業者は分林保弘である
- 日本M&Aセンター 有価証券報告書【沿革】
- [2]1991年に日本エム・アンド・エー・センターを設立した
- [3]同社は設立時に本社を東京都新宿区西新宿に置いた
当時の日本では中小企業のM&Aという概念そのものが社会的に認知されていなかった。分林氏は1992年に日本経済新聞の一面に「あなたの会社の後継社を探します」という広告を出稿し、「後継者」ではなく「後継社」と記載して事業そのものの譲渡を読者に示した。広告には全国からおよそ400社の問い合わせが寄せられ、事業承継の潜伏需要が積み上がっていた事実を業界に突きつけた。守秘義務の壁から案件情報を持ち寄る仕組みは当時の業界に存在しなかった。分林氏は「M&Aとは、必ず成功しなければならないもの」(リーダーズオンライン)という前提を掲げ、市場そのものを自社の手で作り出す起業スタイルを選んだ。
- 日本M&Aセンター 有価証券報告書(役員の状況)
- [1]同社の創業者は分林保弘である
- 日本M&Aセンター 有価証券報告書【沿革】
- [2]1991年に日本エム・アンド・エー・センターを設立した
- [3]同社は設立時に本社を東京都新宿区西新宿に置いた
全国金融M&A研究会と東証一部移行
1999年、分林氏は著書『「中小企業」M&Aの時代が来た!』を出版し、これをきっかけに地方銀行各行から行員向け研修の依頼を獲得した。2000年には全国金融M&A研究会を発足させ、地方銀行や信用金庫の行員にM&A教育を定期的に実施した。単なる業務提携契約ではなく教育機会の提供と人的関係の長期蓄積による結びつきで、後発の競合による模倣が困難な情報基盤に育った。会計事務所と地方銀行の二層ネットワークは、案件情報の集まる場所と顧客接点を同時に押さえる構造を持ち、教育投資が結果として競争優位の源泉になった。当時の銀行は事業承継仲介を本業として手掛ける体制を持たず、行員育成の負担を外部に委ねたい誘因が強かった点も、研修の定着を後押しした。
2002年に商号を日本M&Aセンターへ変更し、2003年には本社を東京丸の内に移転して採用力を強化した。2006年に東証マザーズへ上場し、翌2007年には東証一部へ市場変更した。M&A仲介業は顧客情報の守秘義務の観点から株式上場に不向きとされていたが、エイチ・アイ・エス創業者の澤田秀雄から直接助言を受けて上場に踏み切った経緯が知られる。上場で全国規模の知名度と信用力を獲得し、以後の全国展開と人材採用を後押しした。資本市場の力を活用する選択は当時の同業他社になく、未公開であったブティック型仲介と一線を画した。同社が業界の規模拡大と公開化の口火を切った。 [4][5][6][7]
- 日本M&Aセンター 有価証券報告書【沿革】
- [4]2002年に商号を日本M&Aセンターへ変更した
- [5]2003年に本社を東京丸の内へ移転した
- [6]2006年に東証マザーズへ上場した
- [7]2007年に東証一部へ市場変更した
- 日本M&Aセンター 有価証券報告書【沿革】
- [4]2002年に商号を日本M&Aセンターへ変更した
- [5]2003年に本社を東京丸の内へ移転した
- [6]2006年に東証マザーズへ上場した
- [7]2007年に東証一部へ市場変更した