日本M&Aセンターの歴史

Last Updated: | Author: @yusugiura
1966年〜2022年
歴史概要
会計事務所と地銀を組織化することでM&Aの情報ネットワークを構築。中小企業の事業承継問題の解決に貢献
1966年
分林保弘が日本オリッベティに入社
1991年
日本エム・アンド・エー・センターを設立
設立
1992年
日経新聞に一面広告を出稿
1999年
分林保弘が『「中小企業」M&Aの時代が来た! : 後継者問題
相続対策を一挙に解決』を執筆
2000年
全国金融M&A研究会を発足
2002年
商号を日本M&Aセンターに変更
2003年
本社を東京丸の内1丁目に移転
2006年
東証マザーズに株式上場
上場
2007年
東京証券取引所第一部に株式上場
上場
2008年
矢野経済研究所を持分法適用関連会社化
歴史概要 1966年〜2022年

会計事務所と地銀を組織化することでM&Aの情報ネットワークを構築。中小企業の事業承継問題の解決に貢献

1966
分林保弘が日本オリッベティに入社

日本M&Aの創業者である分林保弘は、立命館大学を卒業後、会計系のコンピューターを取り扱う外資企業「日本オリベッティ」に入社。同社では会計士向けのシステム販売に従事し、中小企業の経営問題を解決してきた。なお、1970年代に日本オリベッティはTKC(栃木県計算センター)と提携した関係から、分林も会計事務所との接点を持つことになった。

分林保弘の回想

(筆者注:日本オリベッティで勤務していた頃は)マーケティング方法や業種別の展開、ネットワークの組み方を勉強したいと思っていました。なかでも一番影響を受けたのが企業分析です。私はコンピュータの販売を担当しましたが、受注伝票から最後の入金に至るまで、各企業をフローチャートで分析、現状と問題点を把握したら、その解決策をレポート用紙にまとめて経営者に提案するのです。まさに今、日本M&Aセンターでやっていることと、まったく一緒です。

引用:LEADERS Online「株式会社日本M&Aセンター 分林保弘代表取締役会長」

1991
日本エム・アンド・エー・センターを設立

分林保弘はM&Aの実務未経験にもかかわらず、日本M&Aセンターを設立。全国の地方に点在する会計事務所が出資することで、日本エムアンドエーセンターを中心とするM&Aのネットワークの構築に着手した。

1992
日経新聞に一面広告を出稿

顧客獲得のため、日本経済新聞の一面記事に「あなたの会社の後継社を探します」という広告を出稿。あえて「後継者」ではなく「後継社」と記載することで、日本の中小企業では馴染みのなかったM&Aの存在を啓蒙した。なお、この広告により全国から400社の問い合わせを獲得する。

1999
分林保弘が『「中小企業」M&Aの時代が来た! : 後継者問題、相続対策を一挙に解決』を執筆

中小企業にM&Aを認知させるために、分林保弘は著書を出版。出版により、地方銀行から行員研修の依頼が舞い込むようになり、後述する「全国金融M&A研究会」に発展する契機となった。

2000
全国金融M&A研究会を発足

地方銀行や信用金庫で「全国金融M&A研究会」という銀行員向けの研修を定期的に開催することで、地方の金融機関との接点を構築。以後、日本M&Aセンターは地銀との協力関係を構築し、その情報ネットワークが大きな強みなる。

2002
商号を日本M&Aセンターに変更

日本国内でもM&Aという表記が一般的になったことから、商号を変更

2003
本社を東京丸の内1丁目に移転

本社を都内随一の一等地である丸の内に移転。採用力の強化のための投資と推察される

2006
東証マザーズに株式上場

創業者の分林保弘は、M&A仲介業は守秘義務の観点から上場できないと考えていたが、HISの創業者・澤田氏からのアドバイスを受けて株式上場を決意。2006年に東証マザーズへの上場を果たす

2007年
東京証券取引所第一部に株式上場

2008
矢野経済研究所を持分法適用関連会社化

市場調査機能を強化するために、矢野経を取り込んだ

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