日本特殊陶業の歴史
創業期
1936年〜日本碍子からの分離独立と336名の希望退職
- 日本碍子から分離独立[1]
- NGKスパークプラグの製造を開始[2]
- 終戦により2000名を解雇[1]
- 東京・名古屋両証券取引所に株式上場[2]
- NTKニューセラミックの製造を開始[2]
- 全従業員782名の43%にあたる336名の希望退職を募集[3]
安定成長期
1956年〜点火プラグの海外現地生産とセラミックICパッケージへの参入
- 松尾義人常務が生産性本部「自動車部品チーム」団員として渡米[4]
- セラミックバイト・チップの製造を開始[2]
- 銅軸入りワイドレンジプラグを発売[2]
- ブラジル特殊陶業を設立[2]
- 小牧工場が操業開始(本社工場よりニューセラミック部門を移転)[2]
- 小牧工場にプラグ工場(第2工場)が完成[3]
- 点火プラグで国内シェア70%を確保・補修用で高収益[1]
- 子会社を設立[2]
- セラミックICパッケージ発売[2]
- スーパープラグの値上げ実施
- 現地生産を本格化[5]
- マレーシアに製造販売会社を設立[2]
- 自動車用温度センサの製造を開始[2]
- 製造販売会社を設立[2]
- 鹿児島県で宮之城工場が操業開始[2]
- 欧・米・豪で販売拠点を拡充
- 英国に販売会社を設立[2]
- 米国NGKスパークプラグ製造を設立[6]
- インドネシアに製造販売会社を設立[2]
- 米国にセラミック製造会社の米国特殊陶業を設立[6]
- ドイツに販売会社を設立[2]
- オーストラリアに販売会社を設立[2]
安定成長期
1982年〜イリジウムプラグ発売とインテル向け樹脂パッケージの量産
- 自動車用酸素センサの製造を開始(ジルコニア型・チタニア型)[7]
- 米国の3社を米国特殊陶業に合併[6]
- セラミックグロープラグを発売[6]
- 韓国・友進工業に資本参加[2]
- 愛知県にセラミックセンサを設立[2]
- 先進国での現地生産を本格化
- 製造販売会社を設立[2]
- メキシコNGKスパークプラグを設立[6]
- 韓国に製造販売会社の韓国NTK工具を設立[2]
- 伊勢工場を操業開始[2]
- NGKイリジウムプラグを発売[2]
- インテル向けの樹脂PKGの量産を本格化
- 医療用酸素濃縮装置の量産を開始[2]
- アジアでの生産増強
- 中国に上海特殊陶業を設立[2]
- 急速昇温タイプのセラミックグロープラグを量産開始[2]
- タイに製造販売会社を設立[2]
- インドに製造販売会社を設立[2]
- 半導体向けパッケージの増産・小牧工場で増産計画
- 南アフリカに製造販売会社を設立[2]
転換期
2009年〜CAIRE買収と英文商号Niterraへの改称
- 最終赤字に転落・セラミックICパッケージの再編
- 中国に常熟特殊陶業を設立[2]
- ベトナムNGKスパークプラグを設立[6]
- イースタンと資本・業務提携[6]
- スパークプラグ10億本生産計画を公表
- タイにスパークテックタイランドを設立[2]
- 日本セラテックを完全子会社化[2]
- Wells Vehicle Electronics関連を買収[7]
- 航空機部品向け新工具「バイデミックス」を発売[2]
- FCV向け「水素漏れ検知センサ」を発売[2]
- NTKセラミック(新)を設立[2]
- CAIRE Inc.を買収[8]
- 森村SOFCテクノロジーが事業を開始[2]
- CECYLLSを設立[2]
- 監査等委員会設置会社へ移行[2]
- 英文商号をNGK SPARK PLUG CO., LTD.からNiterra Co., Ltd.に変更[2]
- 過去最高益を達成
- 日特電子の全株式を譲渡[9]
- 東芝マテリアルの子会社化を決定[10]
- 東芝マテリアルを完全子会社化[2]
- 松井徹氏が代表取締役副社長を退任[10]
- デンソーからスパークプラグ等の事業を譲受[10]
- 鈴木啓司氏が社長に就任[10]