歴史概要 — 現在に至るあゆみ 主要な意思決定と帰結のまとめ
創業1971年10月、高度成長期の重化学工業化が進むなか、三菱グループの三菱江戸川化学と日本瓦斯化学工業が合併して三菱瓦斯化学が発足した。前者は石油化学のC2-C4、後者は天然ガス由来のC1と、異なる二系統の原料を一社に併せ持つ点はグループの化学事業では珍しかった。汎用品を量産しながら、性質の違う原料群を多角化の素材として抱えて出発した。
決断1970年代から80年代に、同社はメタノール・ホルマリン・過酸化水素の汎用品3品目で国内首位を取り、そこで稼いだ収益を機能品への先行投資へ振り向けた。1981年に銅張積層板、1985年にポリカーボネート樹脂の海外展開、1987年にMRI造影剤へ相次いで進出し、汎用品で稼ぎ機能品へ再投資した。この稼ぎ方が、汎用品の景気変動を機能品の成長で吸収する収益構造を作り、後の半導体・電子材料への業態転換を支える原資と技術になった。
歴史詳細 - 3つの時代区分で読み解く
1971年〜1991年 創業と総合化学進出の20年
三菱グループ二社合併で発足
三菱瓦斯化学株式会社は1971年10月、三菱江戸川化学株式会社と日本瓦斯化学工業株式会社という三菱グループの二社が合併して誕生した[1]。三菱江戸川化学は1944年に発足した三菱財閥系の化学会社で、千葉県市原市・新潟県・水島に石油化学・基礎化学品の生産拠点を持っていた[2]。日本瓦斯化学工業は1951年に天然ガス由来のメタノール・ホルマリン製造を目的として三菱グループが設立した会社で、新潟県・福島県磐城に天然ガス田を基盤とする生産拠点を擁していた[3]。両社の合併によって発足した三菱瓦斯化学は、創業時点で従業員約3500名、資本金150億円、本社を東京都千代田区丸の内に置く三菱グループの中核化学会社の一翼を担う規模で出発した。
同社の主力商品はメタノール、ホルマリン、過酸化水素、ポリカーボネート樹脂、メタアクリル系製品、芳香族化学品などで、いずれも天然ガス由来のメタンを起点とするC1ケミストリー(炭素1原子起点の合成化学)と、石油化学由来のC2-C4ケミストリーの二系統に分かれる。1970年代から1980年代にかけては、日本の高度成長期と重化学工業化に伴う国内需要の拡大を受けて、メタノール・ホルマリン市場で国内首位、過酸化水素市場で国内首位、ポリカーボネート樹脂市場で世界有数の生産能力を整えた。
1980年代の精密化学品・電子材料への展開
1980年代に入ると、汎用化学品の市況変動の影響を受けにくい高機能・高付加価値分野へ主力を移す動きが始まった。1981年には半導体プリント基板用の銅張積層板事業に進出し、新潟工場で生産を開始。1985年にはエンジニアリングプラスチックとしてのポリカーボネート樹脂の海外展開を加速させ、米国・欧州の自動車・電子部品メーカー向け輸出を拡大した。1987年にはMRI造影剤の独自開発に成功し、医薬中間体・医療材料分野への参入を本格化させた。並行して、新潟・茨城・水島・大牟田の四大工場を軸に、メタノール・ホルマリン・過酸化水素の量産能力増強投資を継続的に行い、汎用化学品の収益基盤を維持しつつ精密化学品・電子材料・医療材料への多角化をした。
1989年4月には、三菱江戸川化学時代から続く香料事業を分社化し、関連会社「三菱化成香料」(後の三菱化学香料)として独立させた[4]。香料事業は1944年の創業以来の事業で、合成香料の国内有力メーカーとして香水・化粧品・食品向け原料を供給した歴史を持つ。同分社化は、汎用化学品とは異なるBtoC向け事業の特性を活かすための組織再編で、グループ内での事業ポートフォリオ最適化として業界に先行した判断となった。創業20年を経た1991年時点で、三菱瓦斯化学はメタノール・ホルマリン・過酸化水素という汎用化学品3本柱と、ポリカーボネート樹脂・銅張積層板・MRI造影剤という機能化学品3本柱を併せ持つ総合化学会社として、三菱グループ内での独自の事業ポジションを築いた。
1991年〜2010年 1990年代の海外展開とMMA・PMMA事業
中国・東南アジアへのメタノール海外生産
1990年代に入ると、三菱瓦斯化学は天然ガス由来のメタノール生産を海外に展開する方針を本格化させた。これらの海外メタノール拠点は、原料天然ガスの価格優位を生かしてアジア・欧州・米州向けの輸出基地となり、国内のメタノール生産は精密化学品・MMA系製品向け原料供給を主用途とする体制が整った。海外メタノール拠点の合計年産能力は1990年代後半に300万トンを超え、世界有数のメタノール生産者としての地位を築いた。
国内では、1990年代後半から2000年代にかけて、メタクリル酸メチル(MMA)とポリメチルメタクリレート(PMMA)事業の本格展開が進んだ。MMAは半導体プリント基板用の樹脂や、液晶ディスプレイの光学フィルム、自動車用塗料、建築材料など多様な用途を持つ高機能モノマーで、世界市場では三菱瓦斯化学、米国エボニック、英国ルーサイトの3社が主要メーカーとして競合する構図だった。同社は新潟・茨城工場でMMAとPMMAの量産能力を増強し、世界第2位のシェアを確保。2003年には九州・大牟田の総合化学工場の機能を再編し、芳香族化学品(パラキシレン・テレフタル酸関連)と機能化学品(メタアクリル系・過酸化水素系)の生産集中をした。
2010年前後の事業ポートフォリオ再編
2008年9月のリーマンショックを契機とした世界的な需要減退と汎用化学品の市況急落を受け、三菱瓦斯化学は2009年から2010年にかけて事業ポートフォリオの再点検に着手した。汎用化学品の構造的な収益性低下を踏まえ、メタノール・ホルマリン・過酸化水素の量産能力を一部削減する一方、ポリカーボネート樹脂・銅張積層板・MMA関連製品・医薬中間体への投資集中を加速させた。2010年4月には九州・大牟田の総合化学工場のうち、汎用化学品部門の一部を譲渡し、機能化学品・電子材料への特化をした。同時に研究開発部門を東京・つくば・新潟の3拠点に集約し、半導体・ディスプレイ・自動車・医療といった高機能分野への研究開発投資を強化した。
2010年6月には、三菱瓦斯化学は新中期経営計画を策定し、汎用化学品の収益安定化と、機能化学品・電子材料の成長加速という二軸の戦略を提示した。同計画では、ポリカーボネート樹脂の世界生産能力増強、銅張積層板事業の中国・東南アジア展開、MRI造影剤・医薬中間体事業の海外拡販という三つの重点投資領域が示された。創業40年を経て、メタノール・ホルマリン・過酸化水素という汎用化学品3本柱から、ポリカーボネート樹脂・銅張積層板・MRI造影剤という機能化学品3本柱へ主力事業を転換する方針が、初めて全社戦略として明示された節目の中計となった。
2010年〜2025年 機能化学品企業への再構築の現在
半導体・ディスプレイ材料への集中投資
2010年代を通じて、三菱瓦斯化学は半導体・液晶ディスプレイ・スマートフォン向け電子材料事業の急成長を取り込む集中投資を継続した。銅張積層板事業は中国・台湾・東南アジアの半導体パッケージ・プリント基板メーカー向けに供給を拡大し、世界市場で松下電工(現パナソニックエレクトリックワークス)・台湾の南亜プラスチックスと並ぶ三強の一角を維持。光学樹脂事業は液晶ディスプレイの光学フィルム用ポリカーボネート樹脂、スマートフォンレンズ用高屈折率光学樹脂、自動車ヘッドランプ用光学樹脂などへ展開し、汎用ポリカーボネート樹脂とは異なる高付加価値領域での競争優位を築いた。
2018年4月には、創業40年を超えた汎用化学品事業のうち、芳香族化学品(パラキシレン・テレフタル酸関連)部門を譲渡し、機能化学品・電子材料・医薬材料への特化をさらに行った。同年中に米国・欧州・アジアの研究開発拠点を整備し、研究開発費比率を売上高比4%水準に引き上げた。2020年からの新型コロナウイルス感染拡大期には、半導体不足・電子部品需要の急増により電子材料事業が伸長し、2022年3月期から2024年3月期にかけて連結営業利益が500億円水準を維持する好業績期に入った。
伊佐早禎則体制と中長期目標
2024年6月、藤井政志社長CEO(FY18-FY23在任)の後を受けて伊佐早禎則が代表取締役社長CEOに就任した[5]。同氏の就任時点での経営課題は、半導体・ディスプレイ材料事業の集中投資による高成長維持と、汎用化学品の収益性管理という二軸の同時運営である。
2025年3月期の連結業績は売上高7736億円、営業利益509億円、当期純利益455億円となった。創業54年を経た三菱瓦斯化学は、汎用化学品メーカーから機能化学品・電子材料企業へ主力事業を移す転換をほぼ完了し、伊佐早体制の下で次の中長期戦略の策定段階に入っている。