太陽HDの歴史
沿革
1953年に東京都港区で設立された印刷用インキの太陽インキ製造が起源。
1984年に紫外線露光で微細パターンを描ける現像型ソルダーレジストインキを開発し、1993年に国内で基本特許を得た。プリント配線板用ソルダーレジストの世界首位で、中国が売上の4割超を占める。
1953年〜太陽インキ製造の設立とプリント基板用部材への進出
- 印刷用インキの製造販売を事業目的に太陽インキ製造を設立[1]
- プリント基板用部材の販売を開始[1]
- 売上高
筆者所見
太陽インキ製造の出発点は、印刷用インキの量産そのものより、インキを使う相手を選び直したところにある。1953年に印刷用インキの製造販売を目的に設立し、1970年にプリント基板用部材の販売を始めた[1]。紙への印刷から電子回路の基板へ用途を移したことで、競う相手は印刷インキの大手ではなく、まだ担い手の少ない電子材料の分野になった。創業から17年を経て定めたこの用途の転換が、1970年代のソルダーレジスト開発の前提を形づくった。
- [1]有価証券報告書(2026年6月16日)
1973年〜ソルダーレジストインキの開発と韓国太陽インキ製造の設立
- エポキシ樹脂系熱硬化型一液性ソルダーレジストインキの開発に成功、販売を開始[1]
- 嵐山工場を新設[1]
- 現像型ソルダーレジストインキの開発に成功、販売を開始[1]
- 大韓民国にプリント基板用部材等の製造販売会社「韓国太陽インキ製造」を設立[1]
- 売上高
筆者所見
ソルダーレジストでの地位は、最初の製品より、それを自ら旧世代へ追いやった11年後の判断で固まった。1973年に熱硬化型を売り出し、1984年に現像型を開発して販売を始め、1988年に韓国太陽インキ製造を設立した[1]。配線の微細化が加速するほど、塗り分けの精度を高める方式への移行は避けられなかった。自社の主力を自社の新製品で置き換え、他社に世代交代の隙を与えなかった。現像型で握った主導権が、1990年代のアジア展開の起点になった。
- [1]有価証券報告書(2026年6月16日)
1990年〜店頭公開と台湾・シンガポール・中国への展開
- 嵐山事業所に技術開発棟を建設[2]
- 店頭登録銘柄として株式を公開[1]
- 販売会社TAIYO AMERICA, INC.を設立[1]
- プラズマディスプレイ・パネル(PDP)用部材の研究開発を開始[2]
- 本社を東京都練馬区に移転[1]
- PKG基板用ソルダーレジスト、特にBGA用ソルダーレジストを開発・販売[2]
- 現像型ソルダーレジストインキの基本特許が日本で成立[1]
- ISO 9001の認証を本社・嵐山事業所で取得[2]
- 米国の Taiyo America で現地生産を開始[2]
- プリント基板用部材等の製造販売子会社「台湾太陽油墨股份有限公司」を設立[1]
- TAIYO INK INTERNATIONAL(SINGAPORE)PTE LTDを設立[1]
- 国内に製造販売子会社の日本太陽を設立[1]
- 東京証券取引所市場第一部に株式を上場[1]
- 嵐山北山事業所を開設[1]
- タイに技術サービス子会社TAIYO INK (THAILAND)を設立[3]
- 製造販売子会社の太陽油墨(蘇州)有限公司を設立[1]
- FPD用部材の販売が30億円を突破[2]
筆者所見
1990年代の太陽インキ製造は、東アジアへ移る基板の量産地に、製造拠点の移転で追随した。1993年に現像型の基本特許を日本で得たのち、1996年に台湾、2001年に中国・蘇州で製造販売子会社を設けた[1]。特許で技術の囲いを固めてから海外の生産を広げた手順が、現地の競合が模倣する余地を狭めた。2005年にはFPD用部材の販売が30億円を超えた[2]。ソルダーレジスト以外の収益源を化学の中で探した経験が、2010年代の医薬品参入の前段になった。
- [1]有価証券報告書(2026年6月16日)
- [2]太陽HD 公式サイト「沿革」(2026年10月)
2010年〜太陽ファルマによる医薬品参入とKKRによる非公開化
- 中国にプリント基板用部材等の販売子会社「太陽油墨貿易(深圳)」を設立[1]
- 佐藤英志氏が社長就任[1]
- 太陽HDに商号変更[1]
- 台湾の「永勝泰科技」を連結子会社化[1]
- 国内に自然エネルギーによる発電事業を主とする子会社「太陽グリーンエナジー」を設立[1]
- 韓国に販売子会社「太陽インキプロダクツ」を設立[1]
- 中外化成(現:太陽ファインケミカル)を連結子会社化[1]
- 福岡県北九州市に国内第2生産拠点の北九州事業所を開設[1]
- 「DIC」と資本業務提携[1]
- 太陽ファルマ設立し医薬品参入[1]
- 本社を東京都豊島区に移転[1]
- タイに販売子会社「TAIYO TRADING(THAILAND)」を設立[1]
- マイクロネットワークテクノロジーズを連結子会社化[6]
- サウマネジメントを連結子会社化[1]
- 小田池水上太陽光発電所を運営する「メガソーラー23号」を連結子会社化[7]
- 医療用医薬品の製造受託会社「太陽ファルマテック」を連結子会社化[1]
- 中国に販売子会社「永盛泰新材料(江西)」を設立[1]
- 製造販売子会社のTAIYO INK VIETNAM CO., LTD.を設立[1]
- 東京証券取引所の「プライム市場」に移行[1]
- 嵐山食堂が太陽グリーンエナジーから飲食事業を分割承継[1]
- 国内のシステム開発事業の会社「アペックス」を子会社化[1]
- 嵐山事業所内に技術開発センター「InnoValley」を開設[1]
- 歯科技工物の製造・販売会社「リック」を連結子会社化[1]
- 太陽ファルマの販売権で減損損失を計上[4]
- 監査等委員会設置会社へ移行[1]
- オアシスが主要株主に異動[4]
- システム開発事業の「エクシーズ」を連結子会社化[1]
- 太陽ファルマの販売権で減損損失を計上[4]
- オアシスの株主提案で佐藤英志社長の取締役再任が否決[5]
- オアシスが取締役解任を提案
- KKRによる非公開化
- 四国化成ホールディングス株の全部を売却[4]
筆者所見
会計士の佐藤英志氏の社長就任以後の太陽HDは、ソルダーレジストで稼いだ資金の配り先を問う資本配分の会社へ性格を変えた。2017年に太陽ファルマを設立して医療用医薬品に参入したが、2024年と2025年に同社の販売権で減損損失を計上した[1][4]。取得した販売権の収益力は計画を下回った。2025年6月の総会では、オアシスの株主提案で佐藤英志社長の取締役再任が否決された[5]。多角化の成果を市場に示せなかったことが、KKRによる非公開化への道筋を付けた。
- [1]有価証券報告書(2026年6月16日)
- [4]臨時報告書
- [5]積水化学工業「太陽ホールディングス株式会社の株式取得を目的とする特別目的会社への出資に関するお知らせ」(2026年)