電子材料一辺倒からの脱却を狙った医療・医薬品事業への参入

世界首位のソルダーレジストに、なぜ医薬品という異質な柱を継ぎ足したのか

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時期 2017年8月
意思決定者 佐藤英志 社長
論点 電子材料依存からの多角化と資本効率
概要
2017年、太陽ホールディングスが子会社の太陽ファルマを設立し、中外製薬から長期収載品13製品を譲受して医療・医薬品事業へ参入した経営判断。2019年には第一三共の高槻工場を376億円で取得して製造機能を内製化した。佐藤英志社長が主導した、電子材料一辺倒からの多角化の中核である。
背景
ソルダーレジストインキで世界首位級のシェアを築いた一方、電子部品の需要はシリコンサイクルやリーマン・ショックで揺れ、2009年3月期には純利益が20億円へ落ち込んだ。景気の波に強い収益の柱を、電子材料とは循環の異なる分野に求めた。
内容
2017年8月に太陽ファルマを設立し、11月に中外製薬とロシュから長期収載品13製品の製造販売承認・権を譲受した。開発リスクの高い創薬ではなく、使用実績のある長期収載品に特化。2019年には第一三共プロファーマの高槻工場を取得し、太陽ファルマテックとして生産機能を内製化した。
含意
医療・医薬品事業は数年で売上を伸ばし、佐藤社長が「グループ全体の約3割」と語る規模へ育った一方、のれんの償却・減損で収益性は低く、2025年3月期のセグメント利益は20億円にとどまった。この資本効率の低さが、後年の株主による解任提案・非上場化を巡る攻防の主要な論点になった。
筆者の見解

守りの多角化が残したもの

太陽ホールディングスの医薬品参入は、世界首位の技術を持ちながら景気の波に業績を委ねてきた電子材料一辺倒の構造を、循環の異なる事業でならすという発想から始まった。長期収載品の製造販売権を買い、続いて工場を取り込むという二段構えは、開発を除く事業の骨格を短期間で組み上げる手際のよい設計であったとみることができる。会計士出身の社長が財務とM&Aを直接握る体制のもとで、電子材料で稼いだ資金を新たな柱へ振り向ける多角化が、目に見える規模にまで到達した点は確かであった。

ただ、規模が育つ一方で収益がそれに追いつかなかったことが、この判断のその後を決めた。積み上がったのれんは利益を圧迫し、資本効率という尺度を当てれば、医薬品への投資は割に合わないと映る余地を残した。守りのための多角化が、かえって株主との対立の一因になっていく——その経緯は本稿の範囲を超えるが、電子材料の首位企業がなぜ医薬品へ向かったのかという問いは、後年の非公開化を巡る攻防を読み解く下敷きにもなるとみられる。効率と多角化のどちらを軸に会社の輪郭を描くかは、なお答えが定まっていない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

エレクトロニクス一本足の景気変動

太陽ホールディングスは、プリント配線板用ソルダーレジストインキで世界首位級のシェアを握り、電子部品用化学品を収益の柱としてきた。ただ、その電子部品の需要は振れやすく、半導体のシリコンサイクルや2008年のリーマン・ショックのたびに業績が上下した。実際、2009年3月期の単体売上高は前期の453億円から326億円へ落ち込み、当期純利益も62億円から20億円へ縮んでいた。首位の技術を持ちながら、景気の波に業績を委ねる構造が残っていた[1][2]

リーマン・ショックの打撃は、経営に構造的な問いを残した。佐藤英志社長は後年、景気に左右されるエレクトロニクス製品に依存した事業構造を変えなければならないという危機感を、自身だけでなく経営層や多くの従業員が共有していたと振り返っている。2010年の持株会社制への移行を経て、再生可能エネルギーや機能性化学品への多角化を進めてきた延長に、医薬品への参入は置かれた[3][4]

なぜ医薬品だったか

多角化の行き先として医薬品を選んだのは、電子材料とは需要の循環が異なるためであった。とりわけ長期収載品や製造受託は景気の変動に左右されにくく、安定した収益をもたらしうる。佐藤社長は、創薬は開発費が高くリスクを伴うとして、リスクの低い、後発薬より長期にわたって使用実績のある長期収載品に特化して製造・販売する方針を語っている。ゼロから薬を生み出すのではなく、すでに医療現場で使われ続けてきた製品を引き受ける道が選ばれた[5]

この参入は、単なる収益源の分散にとどまらない意味を与えられていた。会社はエレクトロニクス事業への依存から脱却し、グローバルな総合化学企業へ飛躍することを掲げており、医薬品はその柱の一つに据えられた。電子材料で培った製造や品質管理の知見を、規制の厳しい医薬品の生産にも生かせるという読みもあった。景気の波を平準化する守りと、事業領域を広げる攻めの両面を兼ねた選択であったとみられる[6]

決断

太陽ファルマ設立と中外製薬からの製品譲受

2017年8月、太陽ホールディングスは国内に医療用医薬品の製造販売を担う子会社、太陽ファルマ株式会社を設立した。電子材料一辺倒だった事業構成に、医薬品という新たな柱を据える一歩であった。同年11月14日には、中外製薬およびスイスのF. Hoffmann-La Roche から、長期収載品13製品の製造販売承認や製造販売権などを太陽ファルマへ譲渡することで合意したと発表された。抗菌薬バクトラミンや強心薬ジゴシンなど、長く処方されてきた製品群がその対象になった[7][8]

譲受した13製品は、医薬品の安定供給を踏まえ、当面は中外製薬の製品として流通を続けたうえで、2018年4月以降に順次太陽ファルマへ移された。すでに販路と使用実績を備えた製品群をまとめて引き受けることで、開発から販売網の構築までをゼロから積み上げる負担を避け、参入と同時に一定の事業基盤を得る道をとった。開発リスクの高い創薬を避け、長期収載品へ特化するという方針が、最初の一手にそのまま表れていた[9]

第一三共・高槻工場の取得と製造の内製化

参入の第二段は、製造機能の取り込みであった。2019年1月31日、第一三共は生産子会社である第一三共プロファーマの高槻工場(大阪府高槻市)を太陽ホールディングスへ譲渡すると発表した。譲渡額は376億円で、同年10月1日付での譲渡であった。譲渡後は太陽ホールディングス側が同じ品目を生産し、第一三共へ供給する製造受託もあわせて引き継いだ。製造販売の権利に、生産設備と受託の機能が重ねられた[10]

この工場は太陽ファルマテック株式会社として2019年10月に連結子会社となり、譲受した製品の生産を自社の内に抱える体制が整った。製造販売の権利を得た第一段に、生産設備と受託製造の機能を重ねることで、開発を除く医薬品事業の主要な工程を垂直に押さえた。電子材料で稼いだ資金を、循環の異なる医薬品の設備へ振り向ける多角化が、二段構えで輪郭を得た[11]

結果

グループの約3割規模への成長

参入からの数年で、医療・医薬品事業は急速に伸びた。佐藤社長は、2017年の太陽ファルマ設立から5年で同事業の売上が約36倍となり、グループ全体の売上高の約3割に成長したと語っている。2025年3月期の医療・医薬品事業の連結売上高は315億円に達し、うち第一三共向けが117億円を占めた。電子材料に加えて、もう一つの規模を持つ柱ができた[12][13]

事業構成の組み替えは、グループ全体の規模も押し上げた。太陽ホールディングスの連結売上高は2025年3月期に1,190億円へ達した。ソルダーレジストインキを中核とするエレクトロニクス事業が依然として収益の柱を担いつつ、医薬品や再生可能エネルギー、システム開発などの新領域がポートフォリオに組み込まれていた。電子材料一辺倒だった会社は、複数の事業を抱える姿へと変わっていた[14]

収益性の低さと後年の論点化

もっとも、規模の拡大と収益性は釣り合わなかった。2025年3月期、医療・医薬品事業はのれんの償却と減損損失を70億円計上し、セグメント利益は20億円にとどまった。売上の近い規模を持ちながら、営業利益率およそ26%・セグメント利益214億円を稼ぐエレクトロニクス事業とは対照的な数字であった。相次ぐ買収で積み上げたのれんが、参入後の収益を重く押さえていた[15]

この収益性の低さは、やがて経営そのものを揺らす争点になった。医薬品を含む多角化への資本の振り向け方を資本効率の低い過剰投資と見た香港のオアシス・マネジメントらは、2025年に佐藤英志社長の再任に反対し、その解任を株主提案するに至った。同年6月の株主総会で佐藤社長の取締役再任案は賛成46%で否決され、会社は非公開化を含む選択を迫られていく。医薬品参入の是非は、この攻防のなかで改めて問い直された(詳細は別稿に譲る)[16][17]

出典・参考