横浜ゴム の歴史

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創業 1917年
母体 横濱電線製造
創業地 神奈川県横浜市
創業 1917年10月、横濱電線製造(現古河電気工業)と米B.F.グッドリッチが折半出
1917年10月、横濱電線製造(現古河電気工業)と米B.F.グッドリッチが折半出資し、資本金250万円で横濱護謨製造が神奈川県横浜市に発足した。目的はタイヤと工業品の輸入販売で、技術はグッドリッチ、経営は古河系が担う分担である。1923年の関東大震災で横浜の工場は操業を止め、本社は東京へ移った。戦後は1950年4月に東京・大阪両証券取引所へ上場し、1952年に平塚工場を建設して関東の諸工場を集約する。商号を横浜ゴムへ改めた1963年10月には、新城工場の建設と経営刷新で体質改善へ切り替えている。
決断 首位を失ってからの半世紀を、量ではなく買収で埋めてきた。1960年代にブリヂスト
首位を失ってからの半世紀を、量ではなく買収で埋めてきた。1960年代にブリヂストンへ乗用車タイヤの首位を譲り、原料高と需要低迷が重なった1977年・1978年は最終赤字が続いた。この局面で高性能タイヤADVANを発売し、グッドリッチの資本離脱を受け入れた。円高で輸出環境が悪化した1990年代には二代の社長が期限を区切ったコスト削減で収益を立て直した。2016年7月にオランダのアライアンス・タイヤ・グループを約1,356億円で買収して農機・建機用タイヤへ参入し、2023年5月にトレルボルグ・ホイールシステムズを企業価値約2,652億円、2025年2月にグッドイヤーのOTR事業を約1,294億円で取得している。三度の買収で積み増した生産財が、2024年12月期の売上1兆円を作った。
現況 売上の9割はタイヤだが、利益を伸ばしているのは道路を走らないタイヤである。202
売上の9割はタイヤだが、利益を伸ばしているのは道路を走らないタイヤである。2025年12月期の売上収益1兆2,350億円のうちタイヤ事業が1兆1,213億円で91%を占め、ホース・コンベヤベルト・接着剤などのMB事業は1,056億円にとどまる。セグメント利益はタイヤの1,550億円に対しMBが111億円で、営業利益1,529億円・純利益1,054億円はいずれも過去最高を更新し、増収増益は5期続いた。中期経営計画は乗用車用の消費財と農機・建機用の生産財の構成比を3対2から1対1へ組み替える方針を掲げている。景気変動を受けにくい生産財を積み増したことが、この5年の連続増益を支えた。
競合 国内三位のまま、順位を数える市場のほうを入れ替えた。乗用車用タイヤではブリヂスト
国内三位のまま、順位を数える市場のほうを入れ替えた。乗用車用タイヤではブリヂストンと住友ゴム工業に次ぐ三番手が半世紀続き、価格競争と景気変動を受ける位置から抜けられなかった。同じ商品で量を競う代わりに、横浜ゴムは農機・建機・林業機械向けという別の区分へ三度の買収で移り、2024年12月期に売上1兆円を超えた。同じ中堅でもTOYO TIREは北米のSUV・ピックアップ向け大口径タイヤへ商品を絞っており、選んだ逃げ場は重ならない。乗用車用の順位を動かさずに買収で別の市場を得たことが、価格競争から離れた利益率を生んだ。
長期業績の推移 1950〜2025年
横浜ゴム:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円)純利益率(%)
1996年3月期〜2025年12月期

第1章 1917-1949 (気が向いたら執筆します!) 電線会社からの多角化で発足した米国合弁と戦災による生産基盤の喪失

第2章 1950-1977 (気が向いたら執筆します!) 上場と平塚製造所、横浜ゴムへの改称とスチールラジアルタイヤの開発

第3章 1978-2008 (気が向いたら執筆します!) 連続赤字からADVANの発売、グッドリッチの資本撤退と萩原晴二社長のコスト改革

第4章 2009-2026 (気が向いたら執筆します!) リーマンショックの赤字からATG買収による農機・産業用タイヤへの展開と過去最高益

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歴史年表 1917〜2025年

横浜ゴムの沿革1917〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1917〜1949年電線会社からの多角化で発足した米国合弁と戦災による生産基盤の喪失横濱護謨製造を設立★
平沼工場を新設★
関東大震災で平沼工場の操業中止★
横浜工場を再建★
三重工場を新設★
本社を移転★
横浜工場が空襲で全焼★
三島工場を新設★
B.F.グッドリッチとの業務提携を復活★★
1950〜1977年上場と平塚製造所、横浜ゴムへの改称とスチールラジアルタイヤの開発東京証券取引所・大阪証券取引所一部に株式を上場★
平塚製造所を建設し関東諸工場を統合★
尾山和勇航空部品(燃料タンク・ホース)の生産を開始★
尾山和勇事業部制を導入★
尾山和勇首位を明け渡した後の巻き返しと、島崎敬夫社長による経営刷新

1955年前後にブリヂストンへ生産・販売の首位を明け渡した横浜ゴム(当時・横濱護謨製造)が、1963年10月の社名改称を節目に、新城工場の増産投資と島崎敬夫社長による経営刷新で巻き返しをはかった一連の経営判断。人員整理・省力投資・自主技術の確立を柱に、業界2位からの再建をめざした。

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★★★
尾山和勇タイヤ専門の新城工場を新設★
島崎敬夫日本初の乗用車用スチールラジアルタイヤを開発★★
島崎敬夫ヨコハマタイヤコーポレーション設立★
吉武廣次茨城工場を新設★
吉武廣次横浜エイロクイップを設立★
吉武廣次建設用大型タイヤ専門の尾道工場を新設★
1978〜2008年連続赤字からADVANの発売、グッドリッチの資本撤退と萩原晴二社長のコスト改革玉木泰男2期連続で最終赤字に転落★★
玉木泰男外資の後ろ盾を失った後の「ADVAN」投入と独自路線の確立

1978年12月期に二期連続の最終赤字へ転落した横浜ゴムが、同じ1978年に乗用車用ラジアルタイヤ"ADVAN"を発売してハイパフォーマンスタイヤ路線へ舵を切り、1981年5月には創業以来64年続いたB.F.グッドリッチとの資本関係を解消して独立系メーカーとなった一連の経営判断。

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★★★
B.F.グッドリッチが横浜ゴム株式の大半を売却★★
スポーツコンプレックスを設立★
総合タイヤテストコースを建設★
GTYタイヤカンパニーを3社合弁で設立★
モホーク・ラバー・カンパニーを買収★
平塚製造所内に研究開発センタービルを建設★
冨永靖雄氏へと受け継がれた、危機感に発するコスト削減と構造改革の10年

1993年3月、本山一雄前社長(当時会長)から社長を託された萩原晴二氏が、円高による輸出環境の悪化を背景にコスト削減へ経営の的を絞った。

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★★★
コスト削減に経営の的を絞る方針を提示★
ヨコハマタイヤフィリピンを設立★
ヨコハマラバー(タイランド)を設立★
冨永靖雄杭州横浜輪胎を設立★
冨永靖雄コンチネンタル社と合弁会社を設立★
南雲忠信事業統括会社「横浜橡胶」を設立★
2009〜2026年リーマンショックの赤字からATG買収による農機・産業用タイヤへの展開と過去最高益南雲忠信リーマンショックで初の純損失に転落★★
南雲忠信国内市販用販社19社を統合しヨコハマタイヤジャパンを設立★
野地彦旬ミシシッピにタイヤ製造販売会社を設立★
野地彦旬パーカーMHP社(マリンホース)を買収★
野地彦旬コンチネンタル社との合弁を解消★
野地彦旬オフハイウェイタイヤ事業への連続M&Aによる事業構成の転換

2016年3月25日にKKRほかと株式譲渡契約を締結したATG(Alliance Tire Group B.V.、オランダ)の取得を皮切りに、横浜ゴムは2022年契約・2023年取得のトレルボルグ・ホイールシステムズ(TWS)、2024年契約・2025年譲受のグッドイヤー社OTR事業と、オフハイウェイタイヤ(OHT)領域で買収を重ねた。中期経営計画「YX2026」はこの手法を「Programmatic M&A」と呼び、OHT事業の成長戦略の一つとして掲げている。

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★★★
山石昌孝山石昌孝が代表取締役社長に就任★
山石昌孝ハマタイト事業を売却★★
山石昌孝監査を担う者を議決権のある取締役として取締役会に迎えた機関設計の転換

2023年3月30日の第147回定時株主総会における定款の変更決議により、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役の職務執行の監査等を担う監査等委員を取締役会における議決権を持つ構成員とすることで、取締役会の監督機能を強化し、更なる監視体制の強化を図ることが移行の理由である。 移行の直後、取締役会は監査等委員である取締役5名を含む16名となり、うち8名が社外取締役、7名が独立社外取締役となった。本店も同じ3月30日に東京都港区新橋から神奈川県平塚市へ移している。

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山石昌孝スウェーデンTrelleborg Wheel Systems(Y-TWS)を買収★★
清宮眞二売上収益10,947億円・事業利益1,344億円で過去最高更新★
清宮眞二Goodyear社のOTR事業(G-OTR)を買収★★
出典・参考

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