太陽ホールディングス の歴史

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創業 1953年
母体 不詳
創業地 東京都港区芝浜松町
創業
1953年9月、東京都港区芝浜松町で太陽インキ製造が印刷用インキの製造販売を目的に設立された。シルクスクリーン用と油性の印刷インキを扱う中堅メーカーとして出発した。1970年8月にプリント基板用部材の販売を始め、1973年5月にエポキシ樹脂系熱硬化型、1984年6月に紫外線露光で微細パターンを描ける現像型のソルダーレジストインキを開発した。1993年11月に現像型の基本特許が国内で成立し、プリント配線板用ソルダーレジストの世界首位という位置がここで固まる。1990年9月に株式を店頭公開し、2010年10月の持株会社移行に合わせて商号を太陽ホールディングスへ改めた。
決断
技術の課題が一巡した時点で、経営の主導権を会計士へ渡した。2010年10月の持株会社移行と同時に公認会計士の佐藤英志氏を社長へ起用し、技術の現場は研究開発系の役員に任せて、財務・M&A・株主還元・グループ統括を社長が直接握る体制へ切り替えている。2014年12月に太陽グリーンエナジーを設立して発電事業へ参入し、2017年8月には太陽ファルマを設立して医療用医薬品へ参入した。2018年以降はシステム開発と歯科技工にも子会社を加え、電子材料一本の構成を五つの領域へ広げている。ただしこの多角化の資本効率が、のちに大株主が反対する理由になった。
現況
電子材料で首位を保った会社が、資本の側で競争劣位に置かれた。2026年3月期の連結売上高1,379億円のうちエレクトロニクスが953億円・セグメント利益292億円と大半を占め、医療・医薬品は365億円・51億円である。地域別では中国が570億円で4割を超え、国内は467億円にとどまる。営業利益325億円は過去最高に達した。一方で2025年6月21日の定時株主総会では佐藤英志社長の取締役再任案が賛成46.09%で否決され、会社は特別委員会を設けて2026年3月にKKRによる1株4,750円の公開買付けの受入れを表明した
競合
基板材料で世界首位を取った各社は、その後の所有形態で分かれた。味の素は1998年に半導体パッケージ用の層間絶縁材ABFを事業化して世界をほぼ独占し、現在も食品会社の一部門として抱えている。電子材料へ主力を移したJSRは2023年に産業革新投資機構のTOBを受け入れ、上場を廃止した。太陽ホールディングスは、筆頭株主で印刷インキを源流とするDICが20.0%、創業家の光和が6.3%、香港のオアシス・マネジメントが約10.5%を持つ株主構成のもとで再任を否決され、KKRの傘下へ入る道を選んだ。技術で取った世界首位はそのままに、誰がそれを保有するかだけが入れ替わる。
太陽ホールディングス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2026年3月期

設立ストーリー 印刷インキから始まった電子材料への業態転換 (1953年〜)

印刷インキ製造業としての出発

1953年9月、東京都港区芝浜松町において、『太陽インキ製造株式会社』が印刷用インキの製造販売を事業目的に設立[1]された。創業期は、シルクスクリーン用インキ・印刷用油性インキを中心とした事業構成で、戦後の印刷市場拡大に乗って成長した中堅インキメーカーとしての出発だった。

  • 太陽ホールディングス 有価証券報告書 第79期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1953年9月 東京都港区に印刷用インキの製造販売を事業目的として太陽インキ製造株式会社を設立

1970年8月、プリント基板用部材の販売を開始[2]。当時のエレクトロニクス産業の急成長に呼応した動きで、印刷用インキで培った樹脂・顔料・分散の技術を、エレクトロニクス用機能性材料に転用していくきっかけとなった。1973年5月、エポキシ樹脂系熱硬化型一液性ソルダーレジストインキの開発に成功し販売を開始[3]。ソルダーレジストインキは、プリント配線板(PWB)に半田が必要のない部分を覆うための保護膜材料で、これが太陽インキ製造の業態転換における第一の核となった。

  • 太陽ホールディングス 有価証券報告書 第79期(2025年3月期)【沿革】
    • [2]1970年8月 プリント基板用部材の販売を開始
    • [3]1973年5月 エポキシ樹脂系熱硬化型一液性ソルダーレジストインキの開発に成功し販売を開始

1984年6月、現像型ソルダーレジストインキの開発に成功し販売を開始[4]。これは紫外線露光・現像によって微細パターンを形成できる感光性タイプで、1990年代以降の半導体実装の高密度化を支える基幹材料となった。1993年11月、この現像型ソルダーレジストインキの基本特許が日本において成立[5]。世界のプリント配線板用ソルダーレジスト市場で同社が高シェアを獲得する技術的な根拠が、1990年代前半に固まった。

  • 太陽ホールディングス 有価証券報告書 第79期(2025年3月期)【沿革】
    • [4]1984年6月 現像型ソルダーレジストインキの開発に成功し販売を開始
    • [5]1993年11月 現像型ソルダーレジストインキの基本特許が日本において成立
  • 太陽ホールディングス 有価証券報告書 第79期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1953年9月 東京都港区に印刷用インキの製造販売を事業目的として太陽インキ製造株式会社を設立
    • [2]1970年8月 プリント基板用部材の販売を開始
    • [3]1973年5月 エポキシ樹脂系熱硬化型一液性ソルダーレジストインキの開発に成功し販売を開始
    • [4]1984年6月 現像型ソルダーレジストインキの開発に成功し販売を開始
    • [5]1993年11月 現像型ソルダーレジストインキの基本特許が日本において成立

海外展開の本格化と店頭登録

1982年3月に埼玉県比企郡嵐山町に嵐山工場(現・嵐山事業所)を開設し[6]、生産拠点を首都圏外に整えた。1988年9月、大韓民国に『韓国太陽インキ製造株式会社[7]』(現・韓国タイヨウインキ)を設立し、海外生産拠点の第一号とした。1990年9月、店頭登録銘柄として株式を公開[8]した。同年12月にはアメリカ合衆国にプリント配線板用部材販売会社『TAIYO AMERICA, INC.』[引用元]を設立した(1995年2月に製造販売会社へ転換[9])。

  • 太陽ホールディングス 有価証券報告書 第79期(2025年3月期)【沿革】
    • [6]1982年3月 埼玉県比企郡嵐山町に嵐山工場(現・嵐山事業所)を開設
    • [7]1988年9月 大韓民国に韓国太陽インキ製造株式会社(現・韓国タイヨウインキ)を設立
    • [8]1990年9月 店頭登録銘柄として株式を公開
    • [9]1990年12月 米国にTAIYO AMERICA, INC.を設立(1995年2月に製造販売会社へ転換)

1996年9月の台湾『台湾太陽油墨股份有限公司』、1999年1月のシンガポール[10]『TAIYO INK INTERNATIONAL(SINGAPORE)』[引用元]、同月の香港『TAIYO INK INTERNATIONAL(HK)』[引用元]と、アジアを中心に販売・製造拠点を順次拡大した。日系・台湾系電子機器メーカーのアジア生産シフトに同期した拠点配置で、ソルダーレジストインキの世界供給網がアジアを軸に整っていく時期にあたる。

  • 太陽ホールディングス 有価証券報告書 第79期(2025年3月期)【沿革】
    • [10]1996年9月 台湾に台湾太陽油墨股份有限公司を設立/1999年1月にシンガポール・香港の販売子会社を設立
  • 太陽ホールディングス 有価証券報告書 第79期(2025年3月期)【沿革】
    • [6]1982年3月 埼玉県比企郡嵐山町に嵐山工場(現・嵐山事業所)を開設
    • [7]1988年9月 大韓民国に韓国太陽インキ製造株式会社(現・韓国タイヨウインキ)を設立
    • [8]1990年9月 店頭登録銘柄として株式を公開
    • [9]1990年12月 米国にTAIYO AMERICA, INC.を設立(1995年2月に製造販売会社へ転換)
    • [10]1996年9月 台湾に台湾太陽油墨股份有限公司を設立/1999年1月にシンガポール・香港の販売子会社を設立

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太陽ホールディングスの沿革1953〜2026年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1953〜2000年印刷インキから始まった電子材料への業態転換印刷用インキの製造販売を事業目的に太陽インキ製造を設立
プリント基板用部材の販売を開始
エポキシ樹脂系熱硬化型一液性ソルダーレジストインキの開発に成功、販売を開始
嵐山工場を新設
現像型ソルダーレジストインキの開発に成功、販売を開始
大韓民国にプリント基板用部材等の製造販売会社「韓国太陽インキ製造」を設立★★
店頭登録銘柄として株式を公開
販売会社TAIYO AMERICA, INC.を設立
プリント基板用部材等の製造販売子会社「台湾太陽油墨股份有限公司」を設立
TAIYO INK INTERNATIONAL(SINGAPORE)PTE LTDを設立
国内に製造販売子会社の日本太陽を設立
2001〜2009年東証一部上場と中国・東南アジア軸の海外展開東京証券取引所市場第一部に株式を上場
嵐山北山事業所を開設
製造販売子会社の太陽油墨(蘇州)有限公司を設立
2010〜2020年持株会社化と医薬品・電子材料・自然エネルギーの三本柱化釜萢裕一公認会計士・佐藤英志氏の社長起用と持株会社制への移行

2010年10月に持株会社制へ移行して太陽インキ製造から太陽ホールディングスへ商号を変更し、2011年4月に技術系でも創業家でもない公認会計士の佐藤英志氏を代表取締役社長・グループ最高経営責任者に据えた経営体制の転換。

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★★★
釜萢裕一太陽HDに商号変更★★
佐藤英志国内に自然エネルギーによる発電事業を主とする子会社「太陽グリーンエナジー」を設立
佐藤英志「DIC」と資本業務提携
佐藤英志電子材料一辺倒からの脱却を狙った医療・医薬品事業への参入

2017年、太陽ホールディングスが子会社の太陽ファルマを設立し、中外製薬から長期収載品13製品を譲受して医療・医薬品事業へ参入した経営判断。2019年には第一三共の高槻工場を376億円で取得して製造機能を内製化した。佐藤英志社長が主導した、電子材料一辺倒からの多角化の中核である。

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★★★
佐藤英志製造販売子会社のTAIYO INK VIETNAM CO., LTD.を設立
2021年〜監査等委員会移行と非上場化を巡る攻防(2021〜現在)佐藤英志国内のシステム開発事業の会社「アペックス」を子会社化
齋藤斉オアシスの株主提案で佐藤英志社長の取締役再任が否決★★
齋藤斉株主に退けられた多角化の主導者と、KKRによる非公開化の受入れ

2025年、佐藤英志社長が2011年以降に進めた多角化への大株主の不満から、香港の投資ファンド オアシス・マネジメントが佐藤社長らの解任を株主提案し、6月の株主総会で佐藤社長の取締役再任案が賛成46.09%で否決された。会社は特別委員会を設けて複数ファンドの非公開化提案を検討し、2026年3月、米KKRによる1株4,750円のTOB受入れを表明した。本稿の時点でTOBは2026年10月の開始が予定され、上場廃止は確定していない。

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★★★
出典・参考
  • 太陽ホールディングス 有価証券報告書(2011年3月期)【役員の状況】
  • 太陽ホールディングス 有価証券報告書 第79期(2025年3月期)【沿革】
  • FACTA 2025年7月号

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