歴史概要 — 現在に至るあゆみ 主要な意思決定と帰結のまとめ
創業1932年1月、電気・自動車産業が拡大するなかで、三共合資会社からフェノール系合成樹脂事業を継承し、日本ベークライト株式会社として東京で設立された。フェノール樹脂は配電盤や電話機の絶縁材として電機メーカーに納める用途で需要を得た。1955年3月に住友化工材工業と合併して住友化学グループに加わり、住友化学が原料と基礎化学を、自社が川下の機能材料を担う棲み分けのなかで、加工樹脂の技術を積み上げていった。
決断1970年代の半導体勃興期に、エポキシ樹脂封止材へ経営資源を一点集中させた。封止材は半導体の製造拠点ごとに現地で供給する必要があるため、宇都宮工場を量産拠点に据え、シンガポール・蘇州・台湾の現地法人と、Durez・Promerusなど欧米の樹脂事業買収で世界の生産ラインに並走した。主要な半導体メーカーの必須部材として組み込まれ、世界シェア首位の地位を確かなものにした。
歴史詳細 - 3つの時代区分で読み解く
1932年〜1962年 フェノール樹脂専業から住友化学グループ素材企業への出発
三共からの事業継承・1955年住友化工材工業合併と機能材料担当への過渡期
住友ベークライトの源流は、1911年に第一三共の前身である三共合資会社が、ベークライト博士の親友である高峰譲吉博士の仲介でフェノール系合成樹脂事業を日本に導入した点にある[1]。1932年1月、三共からフェノール系合成樹脂事業を継承して日本ベークライト株式会社が設立された[2]。フェノール樹脂は世界初の人工合成樹脂であり、レオ・ベークランド(Leo Baekeland)が1907年に発明した素材で、電気絶縁性と耐熱性に優れる点が当時の電気・自動車産業の急速な拡大と直結した。日本ベークライトはこの素材を国内産業に供給する位置づけで出発し、戦前期の電気部品・配電盤・電話機・絶縁ベースとして用途を広げた。
戦後は1949年3月に株式上場を果たし、1955年3月には住友化工材工業株式会社と合併して住友ベークライト株式会社へ商号変更された[3][4]。住友化工材工業は住友化学工業(現・住友化学)系の樹脂加工会社で、この合併によって住友財閥系企業の一員に組み込まれた[5]。住友本流の住友化学が原料・基礎化学を担い、住友ベークライトが川下の機能材料・加工樹脂を担う棲み分けが、合併以後の事業構造の出発点となった。1962年1月の中央研究所(基礎研究所)設置と1962年10月の静岡工場開設で、フェノール樹脂を主力としつつ、ノボラック樹脂・成形コンパウンド・積層板へと品種を広げる体制が整った[6][7]。
この期間に住友ベークライトは、フェノール樹脂専業から住友化学グループの機能材料担当へ転換する過渡期であった。素材のコモディティ性ゆえに事業規模は中堅にとどまったが、住友化学グループ内での川下分業によって、半導体・電子部品・自動車部品向けの技術蓄積が始まる土台が形成された。
コモディティ素材ゆえに用途開拓で生き残る中堅化学の出発点
創業期の住友ベークライトが扱ったフェノール樹脂は、原料が安価で製法が公開済みの汎用素材であり、素材そのもので差をつけにくい性質をもつ。レオ・ベークランド(Leo Baekeland)の特許も1932年の日本ベークライト設立時点では失効に近く、同種樹脂は国内外の化学各社が手がけられた[8]。素材を作るだけでは値崩れに巻き込まれるため、日本ベークライトは絶縁材・成形材・積層板といった「使い道」を産業ごとに開拓し、加工形態で付加価値を載せる事業の組み立てを早くから選んだ。この用途開拓を軸とする収益の作り方が、後年の半導体封止材や医療素材まで一貫する性格となる。
1955年の住友化工材工業との合併で住友化学グループに入った後も、規模では住友化学本体に遠く及ばず、住友ベークライトは中堅化学にとどまった[9]。フェノール樹脂は鉄鋼・電機の汎用部材として景気に連動して数量が振れ、価格も原燃料市況に押される。グループ内で原料・基礎化学を住友化学が担う分業のもとで、住友ベークライトは川下の成形・加工に経営資源を寄せ、特定用途で深掘りする方向に活路を求めた。1962年の中央研究所設置と静岡工場開設は、汎用樹脂を量で売る発想から、用途別の機能材料を研究開発で生み出す発想へ主力を切り替える布石にあたる[10]。
1962年〜2010年 半導体封止材世界首位の確立と海外展開
EME集中投下・アジア現地法人と欧米樹脂事業買収による世界首位確立
第二期の起点は半導体産業の勃興期にある。1970年代以降、エポキシ樹脂封止材(EME, Epoxy Molding Compound)が IC・LSI のパッケージング素材として世界的需要を拡大する局面で、住友ベークライトは EME 領域に経営資源を集中投下した。1984年11月の宇都宮工場開設はこの集中投下の象徴で、半導体封止材の量産拠点として整備された[11]。半導体封止材は、シリコンチップを湿気・衝撃から保護しつつ電気的特性を維持する素材で、半導体パッケージ1個あたりの単価は低いが、世界の半導体製造拠点の集積地にローカル供給する必要性から、グローバル展開が事業競争力に直結した。
1989年9月のSumiDurez Singapore出資、1989年10月のSumitomo Bakelite Singapore工場開設、1995年12月の蘇州住友電木有限公司設立、1998年4月の台湾住友培科設立と、住友ベークライトはアジア半導体パッケージング拠点に並走するように現地法人を設立した[12][13][14][15]。2000年10月の米国Occidental Chemical Corporation フェノール樹脂事業(現Durez Corporation)買収、2001年8月の米国Goodrich Corporation電子材料研究部門(現Promerus)買収、2003年8月のスペインFers Resins買収、2005年4月のVyncolit North America・Vyncolit NV(ベルギー)買収と、欧米の樹脂事業も次々と取り込んだ[16][17][18][19]。2002年1月にはSB Durez Holding(現Sumitomo Bakelite North America Holding)として北米地域の持株会社を設立し、買収先の統合運営体制を整えた[20]。
この第二期で、住友ベークライトは半導体封止材(EME)の世界シェア首位に到達した。エポキシ系封止材は半導体パッケージング工程の必須素材であり、世界の主要半導体メーカー(インテル・サムスン・TSMC・SMIC等)の生産ラインに住友ベークライト製品が組み込まれる構造ができた。営業利益のシクリカル性は半導体サイクルに振られるが、トップシェアであることから、サイクル底でも一定の収益を維持する事業基盤が定着した。
顧客の生産拠点に併走する現地供給と半導体サイクルへの収益感応
半導体封止材で世界首位を取れた理由は、技術の優劣だけでなく供給の地理にある。封止材は半導体パッケージ1個あたりの単価が低く、輸送費や在庫負担を載せると採算が崩れやすいため、顧客の組み立て工場の近傍で作って届ける現地供給が競争条件となる。住友ベークライトがシンガポール・蘇州・台湾とアジアの半導体集積地に工場を並べたのは、後発が同じ品質と短納期を再現しにくい参入障壁を、立地そのもので築く動きにあたる。素材の差別化が利きにくいフェノール樹脂で培った用途密着の事業観が、半導体という最先端用途でも現地併走として表れた。
一方で、首位の事業も半導体市況の波には抗えない。連結売上高は2006年3月期の2,410億円から、ITバブル崩壊とリーマン・ショックを挟む2010年3月期には1,708億円まで落ち込み、2009年3月期には営業損益が16億円の赤字、最終損益も79億円の赤字に沈んだ。封止材は半導体の生産数量に直結するため、設備投資の前倒しと需要急減が重なると固定費が一気に重くなる。トップシェアでも単一素材に収益を依存する構造では、サイクル底での赤字を避けきれないという課題が、第二期の終盤に表面化した。
この赤字経験が、半導体一本足から事業の幅を広げる第三期の動機となる。2010年6月に社長へ就いた林茂氏は新興国市場の深耕を掲げ、「日本の化学メーカーは高付加価値かつ最先端分野で世界をリードしてきた。だが、中国をはじめアジア新興国市場(の開拓が課題だ)」(日刊工業新聞 2010/11/8)と述べている[21]。半導体封止材で世界シェア首位を保ちながら、その収益の振れをどこで吸収するかという問いが、医療機器・モビリティ素材への拡張を後押しした。
2011年〜2026年 医療機器・モビリティへの第三領域拡張と生成AI需要(2010〜現在)
Vaupell・川澄化学買収と藤原在任中の機能性領域シフト
第三期は、半導体封止材一本足の収益構造を医療機器・モビリティ素材の第三領域で補強する局面である。2014年6月のVaupell Holdings買収(航空宇宙・医療向けエンジニアリングプラスチック成形)と、2019年3月の川澄化学工業(カテーテル・人工腎臓回路の医療機器メーカー)との資本業務提携・持分法適用関連会社化、2020年10月の完全子会社化、2021年10月の医療機器事業を会社分割によるSBカワスミへの承継と、医療領域の事業基盤を組み上げた[22][23][24][25]。
2017年6月には藤原一彦が代表取締役社長に就任した[26]。藤原はバイオ・高機能樹脂技術系の生え抜きで、HPP(High Performance Plastics、高機能プラスチック)事業本部長を経て社長椅子に到達した経歴をもつ[27]。藤原在任中には、半導体封止材で稼ぐ収益を、医療機器(カテーテル・透析回路)とモビリティ(自動車向け熱硬化性樹脂・電動化部品)の高付加価値領域に再投資する経営方針が打ち出された。フェノール樹脂・成形コンパウンドのコモディティ系から、機能材料・医療素材の機能性領域へとポートフォリオの主力を移す転換である。
生成AI半導体需要による2025年3月期過去最高益とサイクル後の構造課題
2024年以降は生成AI向け半導体需要の急拡大が EME 事業を牽引した。生成AI のトレーニング向け先端パッケージング(HBM・CoWoS・FOPLP等)の需要が拡大し、2025年3月期の連結売上収益は3,048億円と過去最高を更新したが、営業利益はその他費用の計上などにより248億円と前期の272億円から減益となった。中期経営計画では2027年3月期に営業利益600億円を掲げ、シンガポール・台湾・中国などアジア半導体拠点への設備投資を集中投下する方針である。
第三期の課題は、半導体サイクルの上下波動に左右される単独事業構造を、医療機器・モビリティの安定収益基盤でどこまで均すかにある。医療機器事業のSBカワスミは2021年の事業承継以降、カテーテル・人工腎臓回路の世界展開を加速しているが、グローバル医療機器市場における規模感はまだ中堅水準[28]。Vaupell の航空宇宙・医療向けエンジニアリングプラスチック事業も収益貢献は限定的で、第三領域が EME 事業並みの収益柱になるまでには時間軸を要する。住友化学グループ内での川下機能材料担当としての位置づけを維持しつつ、生成AI需要のピークアウト後の局面に備えた事業構造再設計が、今後の経営課題である。