1930年〜 鹿沼の歯科器械製作所と毎分40万回転技術への特化
- 1981年 有限会社中西歯科器械製作所を株式会社に改組
- 1982年 歯科用高速回転技術を応用した工業用切削・研磨機器事業への参入 歯科で確立した毎分数十万回転の技術を、なぜ別の産業へ向けたか
創業から高速タービン製造開始までの半世紀
ナカニシの創業は1930年に遡る。栃木県鹿沼市で中西治雄氏が「中西歯科器械製作所」を起こし、歯科医院で使う器械の製造を始めた。戦前の日本では歯科用器械の多くを輸入に頼り、国産化の余地が大きい市場だった。中西治雄氏は東京や大阪の大都市ではなく鹿沼という地方の町で歯科器械の専業メーカーとして事業を興し、戦中・戦後の物資不足を挟みながら、歯科医院向けの製造業として地場の信用を積み上げた。1951年には個人事業から株式会社へと法人格を改め、戦後復興期から高度経済成長期にかけて、歯科用回転機器の精密加工技術を自前で蓄えた。
創業から40年あまりを経た1971年、ナカニシは毎分40万回転という超高速で回るタービンの製造を始めた。歯科治療では患部を削る際に高速で回るハンドピースを使い、回転数が高いほど切削が速く、患者の負担も小さくなる。中西英一社長は2000年の証券アナリスト向けの寄稿で、1930年の創業以来この毎分40万回転の高速回転技術に特化した専門メーカーとして独自のノウハウを蓄え、国内外で多くの特許を取得してきたと記している。歯科器械という小さな市場で、ナカニシは器械全般を広く手掛けるのではなく、回転機器という一点に技術資源を集める道を選んだ。この高速回転技術が、のちの工業用展開と世界市場での地位を支える土台となった。 [1][2]
- 証券アナリストジャーナル 38巻11号(2000年11月)
- [1]1971年 毎分40万回転の高速タービンの製造を開始
- 証券アナリストジャーナル 38巻9号(2000年9月)
- [2]毎分40万回転の高速回転技術に特化した専門メーカーとして独自ノウハウを蓄積し国内外で多くの特許を取得
- 証券アナリストジャーナル 38巻11号(2000年11月)
- [1]1971年 毎分40万回転の高速タービンの製造を開始
- 証券アナリストジャーナル 38巻9号(2000年9月)
- [2]毎分40万回転の高速回転技術に特化した専門メーカーとして独自ノウハウを蓄積し国内外で多くの特許を取得
高速回転技術の工業用への応用と株式会社改組
1981年6月、有限会社中西歯科器械製作所を株式会社へ改組した。翌1982年6月、ナカニシは歯科用で磨いた毎分数十万回転の精密加工技術を応用し、工業用の切削・研磨機器の製造・販売を始めた。歯科診療で使う高速回転のハンドピースと、金型や基板を削る工業用スピンドルは、用途こそ違えど超高速でぶれずに回す機構という点で技術が地続きである。歯科の単一市場に依存する事業構造から、同じ回転技術を別の産業へ向ける二分野体制へと広げる転換だった。1980年代の国内歯科市場は飽和の傾向を強めており、ナカニシは次の成長余地を工業用の精密加工分野に求めた。 [3][4]
- ナカニシ 有価証券報告書【沿革】
- [3]1981年6月 有限会社中西歯科器械製作所を株式会社に改組
- [4]1982年6月 工業用高速回転機器(切削・研磨機器)の製造・販売を開始
工業用への展開は、歯科で確立した強みをそのまま別の顧客へ向ける動きだった。携帯電話の金型成形や基板の小径穴あけ、貴金属や金型の研磨など、ミクロン単位の精度を要する加工現場が工業用回転機器の主な市場となった。なかでも小径高速スピンドルは競合が少なく、ナカニシは早い段階から優位を築いた。中西英一社長は2000年の寄稿で、工業用は事業開始から18年が経ち、歯科に次ぐ第二の核として少しずつ伸ばしてきたと説明している。歯科と工業の二本柱は、片方の市況が鈍っても他方が補う構造をナカニシに与えた。 [5][6]
- 証券アナリストジャーナル 38巻9号(2000年9月)
- [5]工業用は事業開始(1982年)から2000年時点で18年、第二の核として育成
- [6]工業用の主な用途は金型成形・基板の小径穴あけ・貴金属や金型の研磨で小径高速スピンドルは競合が少ない
- ナカニシ 有価証券報告書【沿革】
- [3]1981年6月 有限会社中西歯科器械製作所を株式会社に改組
- [4]1982年6月 工業用高速回転機器(切削・研磨機器)の製造・販売を開始
- 証券アナリストジャーナル 38巻9号(2000年9月)
- [5]工業用は事業開始(1982年)から2000年時点で18年、第二の核として育成
- [6]工業用の主な用途は金型成形・基板の小径穴あけ・貴金属や金型の研磨で小径高速スピンドルは競合が少ない