ニチメンと日商岩井は2002年12月11日に経営統合を発表し、2003年4月1日に共同持株会社ニチメン・日商岩井ホールディングスを上場させた。統合前の2003年3月期、2社を合算した簡易連結は特別損失1,380億円を計上し、当期純損失は1,224億円に達していた。持株会社は2003年4月〜2006年3月の3ヵ年事業計画を組み、収益力の向上と財務体質の強化を基本方針に据えた。最終年度の目標は経常利益1,000億円以上、ネットDER5倍以下と置いた。資本の手当てとして2003年5月に約2,780億円のエクイティ・ファイナンスを実施し、うち2,660億円を優先株で調達した。1社ずつでは損失を吸収する資本を積めず、統合を器にして外部から資本を迎え入れる判断だったとみられる。
2003年7月10日、持株会社はニチメンの鉄鋼製品事業を同年8月1日付で住友商事へ譲渡すると決議した。同事業の2003年3月期売上高は107,095百万円で、ニチメン連結の5.7%にあたる。譲渡は2002年12月5日の基本合意を受けたもので、理由は「選択と集中」の推進とされた。7月29日には、ニチメンの合成樹脂事業部門を9月1日付で子会社プラネットへ会社分割すると決めた。プラネットは2004年1月に日商岩井プラスチック、蝶理プラテクノと合併させる計画で、目的は統合効果の早期実現に置いた。統合計画は重複機能と拠点の統廃合により、最終年度に年間約670億円の販売管理費削減を見込んでいた。社外へ出す事業とグループ内で1社に寄せる事業を、商材ごとに分けて処理したと読める。
2004年4月1日、持株会社の傘下にあったニチメンと日商岩井が合併し、事業会社の双日が発足した。持株会社は2004年5月の説明会で、合併の狙いを合理化効果の前倒し実現、組織の結束、事業シナジーの追求と整理した。事業会社の社長となった土橋昭夫氏は、2004年の年報に合併の目的を『On April 1, 2004, the two core operating companies Nichimen and Nissho Iwai merged to form Sojitz Corporation with the aim of further enhancing management efficiency and to maximize the benefits from business integration.』と記した(訳:経営効率をさらに高め、統合効果を最大にするため、中核事業会社2社が合併して双日を設立した)。初年度の2004年3月期は経常利益485億円と目標480億円を上回り、3ヵ年の合理化目標も初年度で達成した。持株会社は同期に関係会社の整理や合併処理の損失など総額2,000億円を計上し、7月1日に商号を双日ホールディングスへ改めた。持株会社と事業会社の二層は残し、営業の組織だけを先に1社へまとめた段階だったと思われる。
2004年7月23日、双日グループは3ヵ年事業計画を見直す新事業計画の基本方針を公表した。統合初年度に合理化目標を達成した直後の修正で、双日ホールディングス社長の西村英俊氏は、稼いでいる営業資産でも低採算なら償却・撤退する方針を示した。6月以降、主力行のUFJグループが金融庁から業務改善命令を受け、一部の格付機関が双日の債券格付けを引き下げていた。首脳陣は、日商岩井が長く守ってきた航空機ファイナンス事業まで縮小・撤退の候補に挙げた。見直しの目的は『Consequently, we conducted a drastic review of the Three-Year Business Plan, and announced our New Business Plan (April 1, 2004 through March 31, 2007), which aims to restore market confidence in the Sojitz Group.』と定められた(訳:3ヵ年事業計画を抜本的に見直し、双日グループへの市場の信頼回復を目指す新事業計画を発表した)。主力行の支援の行方が読めないなかで、自ら損失の上限を示して信用不安を抑える必要があったと推察される。
2004年9月8日、双日ホールディングスは「財務体質の抜本的強化」と「良質な収益構造への変革」を基本方針とする新事業計画を発表した。3兆円の資産をすべて見直し、2005年3月期中に約6,000億円を圧縮して4,000億円規模の損失を処理する計画である。将来の二次損失を防ぐため、最終処理か同等の手当てで一度に片付ける方針を取った。損失で減る株主資本を回復させ有利子負債を削減する目的で、10月末に3,700億円のエクイティ・ファイナンスを実施し、同時に借入金を返済した。調達は優先株の発行が中心だった。処理を終えた2005年3月期の実績は、資産圧縮が約6,200億円、損失処理が約4,300億円で、いずれも計画を上回った。損失を分けて出す案を捨て、1期で出し切る設計を選んだと考えられる。
双日ホールディングスは2005年3月期に当期純損失4,124億円を計上した。一方で経常利益は581億円と通期計画を81億円上回り、ネットDERは3.6倍へ下がった。2005年6月28日には土橋昭夫氏が双日ホールディングスの代表取締役社長に就任した。土橋昭夫氏は計画2年目から、低採算事業からの撤退より成長領域への資源投入に重心を移すと表明した。2005年10月1日、双日ホールディングスは事業会社の双日を合併し、商号を双日株式会社とした。合併で目指したのは、意思決定の効率と速さを上げながら、機能を担う商社として経営の透明性も高めることだった。損失処理を終えた時点で、持株会社を挟む意味は薄れていたようだ。
2006年3月期、双日は経常利益788億円、ネットDER2.0倍を記録し、前の中期経営計画で掲げた主要な財務目標に予定より1年早く届いた。社長の土橋昭夫氏はこれを受け、新中期経営計画「New Stage 2008」を策定し、3年間で3,000億円の新規投融資を計画した。同時に、発行済み優先株5,760億円のうち2008年5月以降に転換可能となる5,604億円を、総額3,429億円で買い入れる契約を全株主と結んだ。狙いは、将来の転換による普通株の希薄化を抑え、優先配当の負担を減らすことにあった。買入資金は総額3,000億円の転換社債型新株予約権付社債で調達し、その理由を『転換社債型新株予約権付社債は、普通株式への転換が分散して行われるので、株価への影響を抑えながら資本調達を行うという当社の方針に最も適しているとの判断によるものです。』と説明した。2007年1月末までに、社債の転換累計額は1,750億円に達した。成長投資へ移る前に、資本の形を先に確定させる順序を選んだ可能性が高い。
2007年4月1日、1970年に日商岩井へ入社した加瀬豊氏が双日の社長に就任した。加瀬豊氏は成長戦略へ移る前に片づける課題として、復配、優先株の一掃、投資適格格付の獲得の3つを挙げ、2007年3月期に1株6円の配当を再開した。同年7月の年報で、加瀬豊氏は『このように、当社は再建完了まで後一歩のところまできております。』と記した。営業では2007年1月に全世界部門別営業戦略体制を入れ、海外を5極体制に改めていた。2008年3月期は経常利益1,015億円、当期純利益627億円といずれも過去最高となり、3つの課題もすべて達成した。成長の中身は、エネルギー・金属資源を中心に2年で2,000億円を投じた新規投融資だった。再建の完了と成長への転換が、同じ年度に重なったのだろう。
2009年3月期、双日の経常利益は当初計画1,000億円に対して336億円、当期純利益は600億円に対して190億円にとどまった。自己資本は目標5,000億円に対し3,190億円、ネットDERは2倍程度の目標に対し2.7倍だった。市況が急変すると収益が大きく目減りする弱点を抱えていたと、会社自身が総括した。社長の加瀬豊氏は、3年間で3,000億円の新規投融資を計画どおり実行した一方、変化への対応力が不足したと年報で振り返った。2009年4月30日、双日は中期経営計画「Shine 2011」を発表し、『「収益の質」の向上により、持続的成長を担保する強い収益基盤を確立』を骨子に掲げた。取組みには良質な資産の積み上げと、環境変化に対応できる資産の流動性の確保を並べた。利益の大きさより、市況が崩れても残る利益の厚みを次の条件に置いたはずだ。
https://the-shashi.com/api/companies.json https://the-shashi.com/api/decisions.json https://the-shashi.com/api/api-manifest.json https://the-shashi.com/api/2768/company.json https://the-shashi.com/api/2768/history.json https://the-shashi.com/api/2768/ceo.json https://the-shashi.com/api/2768/financials.json https://the-shashi.com/api/2768/financials/segment.json https://the-shashi.com/api/2768/financials/pl.json https://the-shashi.com/api/2768/financials/cf.json https://the-shashi.com/api/2768/financials/bs.json https://the-shashi.com/api/2768/financials/employee.json https://the-shashi.com/api/2768/financials/stock.json https://the-shashi.com/api/2768/financials.csv https://the-shashi.com/api/2768/financials_history.csv | 時代 | 年月 | 社長・CEO | 出来事 | 重要度 |
|---|---|---|---|---|
| 2003〜2009年ニチメンと日商岩井の統合による双日の誕生と新再建計画 | 西村英俊 | 株式移転による共同持株会社の設立と、2660億円の優先株発行 2002年12月11日、日商岩井とニチメンが共同持株会社方式による経営統合の方針を発表し、2003年4月に株式移転でニチメン・日商岩井ホールディングスを設立した経営判断。2003年5月には取引金融機関6社と米国の投資銀行リーマン・ブラザーズに対し総額2660億円の優先株を発行し、2004年4月に傘下2社が合併して双日が発足した。 詳細を読む | ★★★ | |
| 西村英俊 | ニチメン・日商岩井が合併し双日誕生 | ★★ | ||
| 西村英俊 | 双日HDに商号変更 | ★ | ||
| 西村英俊 | 総額2500億円に及ぶ一括処理と、手を付けてこなかった事業への切り込み 2004年7月23日、発足間もない双日が、保有不動産の含み損処理や低採算事業からの撤退などにより総額2500億円規模の損失を処理し、優先株の発行などで同規模の増資を実施する新再建計画を発表した経営判断。西村英俊社長は、旧日商岩井が守ってきた航空機ファイナンス事業までも縮小・撤退の候補に挙げた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 土橋昭夫 | 旧双日を合併し商号を双日に変更、事業会社へ移行 | ★★ | ||
| 2010〜2016年リーマンショック後の業績急落と赤字、有利子負債圧縮と統合の一巡 | 加瀬豊 | リーマンショック影響で業績急落 | ★ | |
| 加瀬豊 | 純損失36億円計上・赤字転落 | ★★ | ||
| 佐藤洋二 | 純利益134億円で黒字回復 | ★ | ||
| 佐藤洋二 | 有利子負債1兆5000億円の圧縮と旧二社の組織融合という10年の再建 双日が発足した2004年から2010年代半ばにかけて、経営統合で抱えた連結有利子負債1兆5000億円超を9200億円台まで圧縮し、旧ニチメン系と旧日商岩井系という二つの組織を一つの会社へ融合させた財務再建。銀行主導の統合が残した重い負債と分断された組織を、初代の西村英俊社長から加瀬豊社長、佐藤洋二社長へと代を継いで立て直した10年の取り組みである。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2017〜2026年藤本昌義社長の非資源シフトと発足来最高益、植村幸祐社長の中期経営計画2026 | 藤本昌義 | 資源市況に業績が振られない収益構造への、稼ぎ方の組み替え 2017年6月に社長へ就任した藤本昌義社長のもとで、双日が資源価格の上下に業績が振られにくい非資源分野へ事業構成を傾け、上位商社との規模の差を機能と独自色で埋めようとした戦略。他社の後追いを避ける"双日らしさ"を掲げ、ベトナムの食料・リテール、省エネ、水産などを積み上げた。2024年に社長を承継した植村幸祐社長は、これを"カタマリ戦略"として引き継いだ。 詳細を読む | ★★★ | |
| 藤本昌義 | 純利益1112億円と発足来最高益を更新 | ★ | ||
| 植村幸祐 | 植村幸祐氏が社長COOに就任(同年6月に代表取締役社長) | ★ | ||
| 植村幸祐 | 中期経営計画2026発表 | ★ | ||
| 植村幸祐 | 純利益1106億円・非資源分野800億円超を達成 | ★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(双日)