<h3>第一次世界大戦後の「商社設立禁止宣言」</h3> 住友財閥では戦前を通じて「商社」への参入を禁じる経営方針を遂行していた。これは、第一次世界大戦(1914年〜1919年)における好景気によって、日本国内で商社が発展したものの、その後の反動不況によってその多くが経営不振に陥っており、投機的な商売を戒めるための指針であった。1920年には当時の住友財閥の総理事であった鈴木氏が「商社設立禁止宣言」を発令。住友財閥は鉱工業主体に発展しており、商業の人材に不足していることも、商社参入を禁止した理由であった。 このため、戦前における住友財閥は三井財閥の三井物産、三菱財閥の三菱商事と異なり、商社部門を持たない財閥として事業を遂行。「浮利を追わず」という経営理念に忠実な経営方針を貫いた。<h3>第二次世界大戦後の「住友商事の発足」</h3> 1945年の終戦によって、住友商事は財閥に勤務する社員の処遇が問題になった。軍需が消滅し、外地における商売が困難になったことから、復員した社員が生活するためにも、新事業の推進が必要となった。 そこで、1945年に住友財閥は古田総理事による決断で、グループ会社である「日本建設産業」を通じて商事部門に参入。1952年には商号を「住友商事」に変更して、住友グループにおける商社部門として事業を遂行した。住友商事の初代社長には、田路舜哉氏(住友金属工業・元部長)が就任した。<h3>リスク回避的な経営指針を遂行</h3> 住友グループとしては、かつて財閥で禁じ手とされた「商社設立禁止宣言」を撤回する意思決定であり、住友商事が業績悪化することは許されない趨勢となった。このため、住友商事の基本的な経営指針は、巨額投資などのリスクをとらず、堅実な商売として住友グループにおける販売機能であることを志向した。
1950〜2024
住友商事 | 売上高
■単体 | ■連結 (単位:億円)
n/a億円
2024.3 | 収益
売上高_当期純利益率
○単体 | ○連結 (単位:%)
n/a億円
2024.3 | 当期利益
2000年〜

住友商事 | キャッシュフロー

単位:億円
出所:有価証券報告書