1929年〜 北海酸素から大同ほくさんへ・産業ガス専業の40年
エア・ウォーターの業績推移:単体
- 1929年 北海酸素を設立
- 1933年 大同酸素を設立
- 1944年 堺工場を新設
- 1952年 溶解アセチレンの製造・販売を開始
- 1983年 エア・プロダクツ・アンド・ケミカルズと資本提携
- 1993年 大同酸素と合併
- 2000年 共同酸素と合併
札幌発の地場酸素メーカーとして出発
エア・ウォーターの源流である北海酸素株式会社は、1929年9月に北海道札幌市白石区菊水で資本金15万円をもって設立された。酸素の製造・販売を目的とする地場の産業ガス専業会社で、北海道の鉄工・造船・建築現場を主要顧客とする一拠点企業として戦中・戦後を乗り切った。1952年12月には溶解アセチレンの製造・販売を開始し、1955年12月にはLPガスの販売へ進出する。北海道という遠隔市場で酸素・アセチレン・LPガスのいわゆる三本柱を揃え、配送と充填所の網を地域に張る業態を整えたのが戦後復興期から高度成長前夜にかけての姿となる。1966年8月には商号を「株式会社ほくさん」へ改め、酸素工業から総合産業ガス会社へ業態の幅を広げ始めた。 [1][2][3][4][5][6]
- エア・ウォーター 有価証券報告書【沿革】
- [1]1929年9月 北海酸素株式会社を北海道札幌市白石区菊水で設立(資本金15万円)
- [2]北海酸素の設立時資本金は15万円
- [3]北海酸素の設立地は北海道札幌市白石区菊水
- [4]1952年12月 溶解アセチレンの製造・販売を開始
- [5]1955年12月 LPガスの販売を開始
- [6]1966年8月 商号を「株式会社ほくさん」へ変更
1979年9月には東京証券取引所市場第一部に株式を上場し、地場会社から上場企業へ位置取りを変えた。設立から50年を経て社会的信用と資金調達手段を得た時期にあたり、ほくさんはこの後、医療用ガス・特殊ガス・冷凍機器・農産物冷蔵といった川下の機能商品へ事業領域を広げた。1971年には炭酸ガスの液化設備、1980年代には超高純度窒素・水素・アルゴンといった半導体産業向け特殊ガスを順次手掛け、産業ガス専業から「ガスを軸とする総合事業会社」への土台を築いた。北海道発の地場メーカーが半導体・エレクトロニクス需要に乗って全国市場へ広がる素地は、この50余年で積み上がった。 [7]
- エア・ウォーター 有価証券報告書【沿革】
- [7]ほくさん(北海酸素系)は1979年9月 東京証券取引所市場第一部に上場
- エア・ウォーター 有価証券報告書【沿革】
- [1]1929年9月 北海酸素株式会社を北海道札幌市白石区菊水で設立(資本金15万円)
- [2]北海酸素の設立時資本金は15万円
- [3]北海酸素の設立地は北海道札幌市白石区菊水
- [4]1952年12月 溶解アセチレンの製造・販売を開始
- [5]1955年12月 LPガスの販売を開始
- [6]1966年8月 商号を「株式会社ほくさん」へ変更
- [7]ほくさん(北海酸素系)は1979年9月 東京証券取引所市場第一部に上場
大同酸素との合併で「大同ほくさん」へ・西への足場拡張
1993年4月、ほくさんは大阪を地盤とする大同酸素株式会社と合併し、社名を「大同ほくさん株式会社」と改めた。北海道のほくさんと西日本の大同酸素という地域別の二大酸素メーカーが一体化することで、東日本と西日本の両極に充填工場・販売拠点・物流網を持つ全国規模の産業ガス会社が誕生した形である。大同酸素は1933年3月、昭和初年以来の産業発展で酸素ガスの需要が製造能力を上回るなか、大阪地方の酸素充足を目的に資本金30万円で設立された会社である。大阪市西成区津守に本社と工場を置き、ドイツのメッサー社から酸素ガス製造装置一基を導入して毎時60立方米という小規模な操業から始まった。1953年には津守に溶解アセチレンガス工場を新設し、翌1954年には堺工場へ西独リンデ社の装置で液体酸素・液体窒素・アルゴンガスの製造に乗り出すなど、製品系列を広げてきた事業者だった。合併後の大同ほくさんは札幌・大阪両拠点の二大核体制となり、地理的に離れた北海道と関西の市場を取り込んで産業ガス専業の壁を破る規模を備えた。 [8][9][10][11]
- エア・ウォーター 有価証券報告書【沿革】
- [8]1993年4月 ほくさんは大同酸素と合併し商号を「大同ほくさん株式会社」へ変更
- [9]大同酸素は1933年3月 大阪市西成区津守で設立(資本金30万円・大阪地方の酸素充足が目的)
- 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
- [10]大同酸素は資本金30万円で設立し、メッサー社の酸素ガス製造装置一基(毎時60立方米)で操業を開始
- [11]大同酸素は1953年(昭和28年)津守に溶解アセチレンガス工場を新設、1954年(昭和29年)堺工場に西独リンデ社装置を導入し液体酸素・液体窒素・アルゴンガスの製造を開始
合併によって調達できた財務基盤と販売網を活かし、大同ほくさんは医療用ガス、ファインケミカル、農産・食品事業、エンジニアリングといった非ガス領域への進出を加速する。1990年代後半は半導体・液晶用特殊ガスの需要拡大期にあたり、超高純度の窒素・水素・アルゴン・特殊ガスを安定供給する役割が求められた時代でもある。同時に、1995年の阪神・淡路大震災や1997年のアジア通貨危機を経て、産業ガス業界でも国内事業の見直しと事業再編が進んだ。大同ほくさんは合併直後の数年で経営統合の効果を引き出しつつ、次なる規模拡大に向けた相手探しを進める。創業から70年を経て、ほくさんと大同酸素という二つの戦前創業の地場会社が一体化したことが、後の全国規模再編の準備段階となった。
- エア・ウォーター 有価証券報告書【沿革】
- [8]1993年4月 ほくさんは大同酸素と合併し商号を「大同ほくさん株式会社」へ変更
- [9]大同酸素は1933年3月 大阪市西成区津守で設立(資本金30万円・大阪地方の酸素充足が目的)
- 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
- [10]大同酸素は資本金30万円で設立し、メッサー社の酸素ガス製造装置一基(毎時60立方米)で操業を開始
- [11]大同酸素は1953年(昭和28年)津守に溶解アセチレンガス工場を新設、1954年(昭和29年)堺工場に西独リンデ社装置を導入し液体酸素・液体窒素・アルゴンガスの製造を開始