1971年〜 ニシカワ商会期 ── 駐禁看板からパークロック販売、病院駐車場代行へ
- 1985年 パーク二四を設立
西川清氏が脱サラで興したニシカワ商会と祖業の駐禁看板
1971年8月、工業用ファスナーメーカーで営業マンを務めていた西川清氏が、勤務先の方針と折り合わず独立して株式会社ニシカワ商会を東京都内に設立した。当初は事業内容を決め切れずに始まったが、街中で目にした「駐車禁止」の張り紙からニーズを感じ取り、駐禁看板の製造販売を祖業に据えた。ただし看板はコンクリート土台を伴う重量物で運送コストが高く単価も低かったため、事業を拡大する手段としては限界があった。 [1][2][3]
- 商工ジャーナル(商工中金経済研究所, 2000年3月)
- [1]1971年8月 西川清氏が株式会社ニシカワ商会を東京都内に設立
- [2]創業者は西川清氏(工業用ファスナーメーカーの営業職から独立)
- [3]祖業は駐禁看板(駐車禁止の張り紙からニーズを着想)の製造販売
その限界を解いたのが、代官山の料理屋で偶然目にした日本信号製の無人駐車場ロック装置「パークロック」である。日本信号にはツテがなかったが、西川清氏は通い詰めて販売権を獲得した。日本信号は別の商社にパークロックの販売を任せていたが販売実績が伸びず、ベンチャー企業のニシカワ商会へ販路を委ねた。1971年11月に日本信号との販売代理店契約を締結し、駐車場機器を仕入れて販売する事業の足場を構えた。 [4]
- 商工ジャーナル(商工中金経済研究所, 2000年3月)
- [4]日本信号製の無人駐車場ロック装置「パークロック」の販売権を獲得
- 商工ジャーナル(商工中金経済研究所, 2000年3月)
- [1]1971年8月 西川清氏が株式会社ニシカワ商会を東京都内に設立
- [2]創業者は西川清氏(工業用ファスナーメーカーの営業職から独立)
- [3]祖業は駐禁看板(駐車禁止の張り紙からニーズを着想)の製造販売
- [4]日本信号製の無人駐車場ロック装置「パークロック」の販売権を獲得
聖路加国際病院から東京都内の主要病院へ拡張
西川清氏は、当時の病院駐車場が無料で運用されていながら不法駐車で患者が利用できない状況に着眼し、聖路加国際病院(東京・築地)への納入を皮切りにパークロックを売り込んだ。病院側は不法駐車問題の解消と駐車場収入の獲得を同時に得られる契約を歓迎し、東京都内の主要な病院(私立系・国立系の両方)でパークロックの販売と無人駐車場の管理代行の受注が広がった。設立3年目(1973年頃)に年商1.3億円を確保し、東京都心部の主要病院との取引で安定収益を抱える中小企業の体裁が整った。 [5][6]
- 商工ジャーナル(商工中金経済研究所, 2000年3月)
- [5]聖路加国際病院(東京・築地)を皮切りに病院駐車場へパークロックを納入
- [6]設立3年目(1973年頃)に年商1.3億円を確保
ところが、この安定収益を得た西川清氏は事業を伸ばすより私生活を優先する時期に入り、ニシカワ商会は1990年頃までの約20年間、東京都内の病院駐車場運営を主力とする中小企業にとどまった。西川清氏自身が後年、「30歳そこそこで会社を作って、それが当たってしまった。なんだ世の中、金稼ぐのは簡単だ。そう慢心してしまったんです。それから約20年間は悪くなるとがむしゃらにやって、よくなると怠ける。そんな繰り返しでした」(商工ジャーナル 2000/3)と振り返っている。1988年7月期のニシカワ商会は、東京都の西五反田に本社を構え、売上高15.8億円・利益0.3億円・従業員数36名の中小企業であった。 [7]
- 商工ジャーナル(商工中金経済研究所, 2000年3月)
- [7]西川清氏が安定収益に慢心し約20年を中小企業のまま過ごしたと後年述懐
- 商工ジャーナル(商工中金経済研究所, 2000年3月)
- [5]聖路加国際病院(東京・築地)を皮切りに病院駐車場へパークロックを納入
- [6]設立3年目(1973年頃)に年商1.3億円を確保
- [7]西川清氏が安定収益に慢心し約20年を中小企業のまま過ごしたと後年述懐
パーク24株式会社の設立と1990年の日本信号との販売代理店契約継続
1985年8月、駐車場の保守及び運営管理を目的としてパーク24株式会社が東京都品川区西五反田一丁目に資本金10百万円で設立された。社名「パーク二四」は24時間営業の駐車場ビジネスを志向する事業構想と、創業者・西川清氏の姓「西(ニシ=二四)」を掛けた由来を併せ持つ。設立から数年は鉄道高架下や民間遊休地を借り受けて駐車場として運営する仲介モデルと、駐車場機器の販売・保守を組み合わせた事業構造で、月極駐車場の運営代行が中心の小規模事業であった。 [8][9][10][11]
- パーク24 有価証券報告書 第41期(2025年10月期)【沿革】
- [8]1985年8月 駐車場の保守及び運営管理を目的にパーク24株式会社を設立
- [9]設立地は東京都品川区西五反田一丁目
- [10]設立時の資本金10百万円
- [11]社名「パーク二四」は24時間サービスを志向する事業構想と、創業者・西川清氏の姓「西(ニシ=二四)」を掛けた由来の二重の由来(公式50周年サイト)
1990年11月に日本信号株式会社との販売代理店契約を締結し、駐車場機器(ロック装置・料金徴収機)の調達ルートを整えた。機械装置販売モデルでは設置主体が個別オーナーに分散するため、規模拡大の手段としては不十分であった点が、次の業態転換を促す課題となった。 [12]
- パーク24 有価証券報告書 第41期(2025年10月期)【沿革】
- [12]1990年11月 日本信号株式会社との販売代理店契約を締結(駐車場機器の調達ルート確保)
- パーク24 有価証券報告書 第41期(2025年10月期)【沿革】
- [8]1985年8月 駐車場の保守及び運営管理を目的にパーク24株式会社を設立
- [9]設立地は東京都品川区西五反田一丁目
- [10]設立時の資本金10百万円
- [12]1990年11月 日本信号株式会社との販売代理店契約を締結(駐車場機器の調達ルート確保)
- [11]社名「パーク二四」は24時間サービスを志向する事業構想と、創業者・西川清氏の姓「西(ニシ=二四)」を掛けた由来の二重の由来(公式50周年サイト)