クスリのアオキホールディングス の歴史

更新:

1985年、青木桂生氏が石川県金沢市で創業。全店への調剤併設、食品スーパーの連続M&Aによるフード&ドラッグ化、イオンとの資本提携解消までの沿革と経緯を執筆。

創業

1985年

創業者

青木桂生

創業地

石川県金沢市

直近売上高(2025/5)

5,015億円

長期業績と転換点(1997/5〜2026/5)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ加賀の老舗薬局の十六代目は、1985年に別会社を興してドラッグストア業態へ転じたのか
A 青木桂生氏は1869年創業の青木二階堂薬局の十六代目で、家業は調剤を中心とする個人薬局だった。1985年1月、青木桂生氏は資本金1,500万円で株式会社クスリのアオキを石川県金沢市泉野出町に設立した。同じ1985年に父の薬局から独立し、調剤中心の薬局から物販を併せ持つドラッグストア業態を始めた。既存の薬局を残したまま別会社を興したのは、薬種を売る業種にとどまらず、品揃えと売場を自分たちで設計できる新業態を一から築くためである
Q なぜ2004年に売場を400坪型へ広げ、後の食品スーパー取り込みの土台にしたのか
A 2004年10月、クスリのアオキは石川県白山市に売場面積400坪超の大型店「北安田店」を新規出店した。従来の300坪型では調剤と物販を置くと売場が埋まり、生鮮を扱う余地が残らなかった。新規出店としては初の400坪型で、調剤併設と食品取扱を同時に置ける売場として、後の生鮮食品導入につながる店舗フォーマットの先行例となった。広い売場を業態の標準に据えたことが、青果・精肉・惣菜まで品揃えに収める食品強化の前提を整え、後年の食品スーパー吸収を受け止める形になった。
Q なぜ2021年以降、北陸の食品スーパー十数社を相次いで吸収し、M&Aで生鮮を取り込んだのか
A 2021年6月、クスリのアオキは完全子会社のナルックスを通じて、石川県金沢市を地盤とする食品スーパー・スーパーマルモのスーパーマーケット事業を会社分割で承継した。青果・精肉・惣菜といった生鮮の調達網と店舗運営ノウハウを、自社単独では築きにくい領域として地場スーパーの取り込みで補う狙いだった。スーパーマルモを皮切りに、食品スーパーの取り込みは連続して進んだ。M&Aは店舗数の積み増しにとどまらず、生鮮MDの強化と好立地物件の確保を同時に進める手段として使われた

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1985年〜 北陸3県の薬局チェーンとイオン系仕入連合への参画

クスリのアオキホールディングスの業績推移:単体

売上高(億円)
  1. 1985年 クスリのアオキを設立
  2. 1986年 石川県1号店を金沢市に出店
  3. 1995年 本部兼集配センターを新設
  4. 1996年 青木二階堂薬局・草山商事を合併
  5. 1997年 富山県1号店を砺波市に出店
  6. 1997年 ツルハと業務提携・資本提携
  7. 2003年 イオンと業務提携・資本提携

加賀の旧家・青木家と明治2年創業の薬局を母体とした法人化

クスリのアオキの母体は、加賀前田家の本陣を務めた旧家・青木家[1]が営む薬局にさかのぼる。青木家は上杉家の家臣だった二階堂氏が石川県白山市(旧松任市)に移って青木姓に改め、室町時代から400年にわたり年寄役と本陣を兼ねてきた家柄で、青木桂生氏はその十六代目にあたる。[2]家業の薬局「青木二階堂薬局」は1869年の創業で、1976年に有限会社青木二階堂薬局として法人化された。[3][4]青木桂生氏はこの老舗薬局の跡継ぎとして育ち、後にドラッグストア業態への転換を主導した。

  • 近代中小企業 1993年1月号
    • [1]青木桂生氏の生家・青木家は加賀前田家の本陣を務めた旧家
  • 北陸経済研究 1999年6月号
    • [2]青木家は上杉家家臣・二階堂氏が松任(現白山市)へ移り青木姓へ改名、室町時代から年寄役兼本陣を務め、青木桂生氏で16代目
    • [3]家業の薬局「青木二階堂薬局」は明治2年(1869年)創業
  • 有価証券報告書
    • [4]1976年に有限会社青木二階堂薬局として法人化(前身)

1985年1月、青木桂生氏は資本金1,500万円で株式会社クスリのアオキ[5]を石川県金沢市泉野出町に設立した。同じ1985年に父の薬局から独立し、調剤中心の薬局から物販を併せ持つドラッグストア業態を始めた。[6]翌1986年3月には金沢市にチェーン店舗第1号を開き[7]、個人薬局の延長から店舗チェーンへ事業形態を切り替えた。青木桂生氏は「業種から脱皮して全く新しい業態を自分たちが開拓していくのが一番の仕事」(近代中小企業 1993/01)と語り[8]、「健康・美・衛生」を掲げて従来の薬局にない品揃えで売場をつくった。経営面では勘や度胸に頼らない「科学的な経営」を掲げ、仕組みの構築と社会[9]との調和を重視する方針を早くから打ち出した。

  • 有価証券報告書
    • [5]1985年1月 資本金1,500万円で株式会社クスリのアオキを石川県金沢市泉野出町に設立
    • [7]1986年3月 金沢市にチェーン店舗第1号(石川県1号店)を出店
  • 近代中小企業 1993年1月号
    • [6]昭和60年(1985年)に父の薬局から独立しドラッグストア業態を始めた
    • [8]青木桂生は「業種から脱皮して全く新しい業態を…開拓していくのが一番の仕事」(近代中小企業 1993/01)と語り、「健康・美・衛生」を掲げた
    • [9]勘や度胸でなく「科学的な経営」(仕組みの構築と社会との調和)を掲げた
  • 近代中小企業 1993年1月号
    • [1]青木桂生氏の生家・青木家は加賀前田家の本陣を務めた旧家
    • [6]昭和60年(1985年)に父の薬局から独立しドラッグストア業態を始めた
    • [8]青木桂生は「業種から脱皮して全く新しい業態を…開拓していくのが一番の仕事」(近代中小企業 1993/01)と語り、「健康・美・衛生」を掲げた
    • [9]勘や度胸でなく「科学的な経営」(仕組みの構築と社会との調和)を掲げた
  • 北陸経済研究 1999年6月号
    • [2]青木家は上杉家家臣・二階堂氏が松任(現白山市)へ移り青木姓へ改名、室町時代から年寄役兼本陣を務め、青木桂生氏で16代目
    • [3]家業の薬局「青木二階堂薬局」は明治2年(1869年)創業
  • 有価証券報告書
    • [4]1976年に有限会社青木二階堂薬局として法人化(前身)
    • [5]1985年1月 資本金1,500万円で株式会社クスリのアオキを石川県金沢市泉野出町に設立
    • [7]1986年3月 金沢市にチェーン店舗第1号(石川県1号店)を出店

金沢から広げた多店舗化と「健康・美・衛生」業態の確立

設立後のクスリのアオキは、本拠の金沢市に加えて松任市や小松市へ店舗網を広げ[10]、石川県内で多店舗化を図った。単体売上高は1992年5月期の15億円から1993年5月期23億円[11]、1994年5月期31億円へと年々積み上がり、1995年5月期には42億円を見込むまでに伸びた。1993年の時点では資本金2,500万円・従業員約70名・年商25億円規模[12]に達し、ドラッグストアの適正規模として売場400坪程度と150坪程度の二つの店舗形態を商圏に応じて使い分けた。青木桂生氏は3年以内に売上50億円、将来は100億円を目標に掲げ[13]、物流センターの建設と本部機能の強化を進めた。

  • 近代中小企業 1993年1月号
    • [10]金沢市に加え松任市・小松市へ店舗展開(1993年時点)
    • [12]1993年時点で資本金2,500万円・従業員約70名・年商25億円、店舗形態は400坪程度と150坪程度の2タイプ
    • [13]3年以内に売上50億円・将来100億円を目標に掲げ、物流センター建設と本部強化を進めた
  • ボイス情報「成長続くディスカウントショップの実態」1995年4月
    • [11]単体売上高 1992年5月期15億円→1993年5月期23億円→1994年5月期31億円→1995年5月期42億円(見込)

多店舗化を支える基盤として、1995年9月に石川県松任市松本町へ本部兼集配センターを新設し[14]、本部機能と物流拠点を1カ所に集約した。1996年11月には家業の青木二階堂薬局と草山商事を合併して5[15]店舗を取り込み、本社を松任市松本町へ移した。中小薬局を吸収しながら店舗網を広げる手法を北陸で早くから運用し、1990年代半ばまでに県外へ店舗網を広げる前提条件を整えた。

  • 有価証券報告書
    • [14]1995年9月 本部兼集配センターを石川県松任市松本町に新設
    • [15]1996年11月 青木二階堂薬局・草山商事を合併し5店舗承継、本社を松任市松本町へ移転
  • 近代中小企業 1993年1月号
    • [10]金沢市に加え松任市・小松市へ店舗展開(1993年時点)
    • [12]1993年時点で資本金2,500万円・従業員約70名・年商25億円、店舗形態は400坪程度と150坪程度の2タイプ
    • [13]3年以内に売上50億円・将来100億円を目標に掲げ、物流センター建設と本部強化を進めた
  • ボイス情報「成長続くディスカウントショップの実態」1995年4月
    • [11]単体売上高 1992年5月期15億円→1993年5月期23億円→1994年5月期31億円→1995年5月期42億円(見込)
  • 有価証券報告書
    • [14]1995年9月 本部兼集配センターを石川県松任市松本町に新設
    • [15]1996年11月 青木二階堂薬局・草山商事を合併し5店舗承継、本社を松任市松本町へ移転

北陸3県への広域出店と仕入連合・調剤併設の先取り

1997年4月、クスリのアオキは富山県砺波市に富山県1号店を出した[16]。同年9月には福井県福井市にも1号店を構え[17]、石川を本拠とする店舗網を1年で北陸3県へ広げた。1999年5月期には売上高が約130億円に達し、店舗数は37店(石川県28・富山県[18]8・福井県1)を数えて、北陸で最大規模のドラッグストアとなった。クスリのアオキは石川県内のドミナント形成を進めつつ、富山・福井での市場拡大と定着に照準を定め、数年後の売上200億円を次の目標に置いた[19]

  • 有価証券報告書
    • [16]1997年4月 富山県1号店を砺波市に出店
    • [17]1997年9月 福井県1号店を福井市に出店し北陸3県へ
  • 北陸経済研究 1999年6月号
    • [18]1999年5月期 売上高約130億円、店舗数37店(石川28・富山8・福井1)で北陸最大規模
    • [19]石川県内ドミナント形成と富山・福井の市場拡大を進め、数年後の売上200億円を目標

仕入と運営の面では、1997年11月にまず地元の食品スーパー大手アルビスと共同出店を目的に資本・業務提携を結び[20]、翌12月には北海道を地盤とするドラッグストア大手ツルハとも商品仕入の相互協力を目的に資本・業務提携[21]を締結した。さらに1998年3月にはアルビスからドラッグ部門[22]の営業を譲り受け、店舗4店舗を加えるとともに、アルビスのスーパー部門との相乗効果を見込んだ。1999年7月には石川県白山市に有限会社二階堂を設立し[23]、後の持株会社の原型を整えた。2001年9月にはイオンウエルシアとの業務提携[24]を通じてドラッグストア共同仕入連合「ハピコム」へ加わり、2003年1月にはイオン本体とも業務・資本提携[25]を結んでPB商品の共同開発や経営支援の枠組みを得た。北陸の中堅チェーンが大手の調達網と全国スケールの仕入条件に連なる流れを、この時期につくった。

  • 有価証券報告書
    • [20]1997年11月 アルビスと資本・業務提携(共同出店等を目的)
    • [21]1997年12月 ツルハと資本・業務提携(商品仕入等の相互協力を目的)
    • [22]1998年3月 アルビスから営業譲受(4店舗追加)。譲受はドラッグ部門でスーパー部門との相乗効果を企図
    • [23]1999年7月 有限会社二階堂を石川県白山市に設立(後の持株会社の原型)
    • [24]2001年9月 イオンウエルシアと業務提携しハピコムグループへ加入
    • [25]2003年1月 イオン本体と業務・資本提携(商品の共同開発等を目的)

医薬分業への対応も早かった。北陸は処方箋の発行率が低い水準にあったが、クスリのアオキは「逆にそれだけ顧客本位の医薬分業体制が組める余地が残っている」(北陸経済研究 1999/06)とみて、採算ラインを超える発行率になっても応じられるよう全店舗に調剤スペースを設け、薬剤師を配置した[26]。薬剤師は社長をはじめ役員にも有資格者が多く、1999[27]年の時点で合計70人近くを擁し、「健康・美・衛生のトータルアドバイザー」を掲げて調剤を組み込んだ業態を整えた。2003年3月にはアルビスとの提携を解消[28]した。2003年8月、創業者の青木桂生氏は代表取締役会長へ退き[29]、実弟の青木保外志氏が2代目の代表取締役社長に就いた。北陸3県のドミナント形成と仕入連合への参画で独立資本のまま規模を伸ばしたクスリのアオキは、業界の寡占化が進む2000年代後半へ向け、店舗の大型化と上場という次の一手の準備に入った。

  • 北陸経済研究 1999年6月号
    • [26]北陸は処方箋発行率が低いが「顧客本位の医薬分業の余地」とみて、全店舗に調剤スペースを設け薬剤師を配置(1999年時点)
    • [27]薬剤師は社長・役員にも有資格者が多く1999年時点で計70人近く、「健康・美・衛生のトータルアドバイザー」を標榜
  • 有価証券報告書
    • [28]2003年3月 アルビスとの提携を解消
    • [29]2003年8月 青木桂生が代表取締役会長へ、実弟・青木保外志が2代目代表取締役社長に就任
  • 有価証券報告書
    • [16]1997年4月 富山県1号店を砺波市に出店
    • [17]1997年9月 福井県1号店を福井市に出店し北陸3県へ
    • [20]1997年11月 アルビスと資本・業務提携(共同出店等を目的)
    • [21]1997年12月 ツルハと資本・業務提携(商品仕入等の相互協力を目的)
    • [22]1998年3月 アルビスから営業譲受(4店舗追加)。譲受はドラッグ部門でスーパー部門との相乗効果を企図
    • [23]1999年7月 有限会社二階堂を石川県白山市に設立(後の持株会社の原型)
    • [24]2001年9月 イオンウエルシアと業務提携しハピコムグループへ加入
    • [25]2003年1月 イオン本体と業務・資本提携(商品の共同開発等を目的)
    • [28]2003年3月 アルビスとの提携を解消
    • [29]2003年8月 青木桂生が代表取締役会長へ、実弟・青木保外志が2代目代表取締役社長に就任
  • 北陸経済研究 1999年6月号
    • [18]1999年5月期 売上高約130億円、店舗数37店(石川28・富山8・福井1)で北陸最大規模
    • [19]石川県内ドミナント形成と富山・福井の市場拡大を進め、数年後の売上200億円を目標
    • [26]北陸は処方箋発行率が低いが「顧客本位の医薬分業の余地」とみて、全店舗に調剤スペースを設け薬剤師を配置(1999年時点)
    • [27]薬剤師は社長・役員にも有資格者が多く1999年時点で計70人近く、「健康・美・衛生のトータルアドバイザー」を標榜

2004年〜 400坪型店舗化・上場・調剤併設率の確立とドラッグ単業時代

クスリのアオキホールディングスの業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2004年 売場面積400坪超の大型店を初出店
  2. 2006年 東京証券取引所市場第二部に株式を上場
  3. 2006年 青木二階堂を設立
  4. 2012年 群馬県1号店を伊勢崎市に出店
  5. 2013年 200店舗を達成
  6. 2013年 全店に調剤を組み込み、「調剤併設率70%」を掲げる 処方箋の発行率が低い北陸で、クスリのアオキはなぜ調剤を店舗モデルの軸に据えたのか
  7. 2016年 持株会社体制へ移行、クスリのアオキHDを東京証券取引所一部上場

400坪型店舗と上場による出店加速・全国ドミナント拡張

2004年10月、クスリのアオキは石川県白山市に売場面積400坪超の大型店「北安田店」を新規出店[30]した。新規出店としては初の400坪型で、調剤併設と食品取扱を同時に置ける売場として、後の生鮮食品導入につながる店舗フォーマットの先行例となった。翌2005年11月には新潟県上越市に新潟県1号店を構え、北陸4県目[31]への進出で隣県へのドミナント拡張に乗り出した。2006年2月には東京証券取引所市場第二部へ株式を上場し[32]、創業21年で株式市場からの資金調達ルートを得た。

  • 有価証券報告書
    • [30]2004年10月 白山市に売場面積400坪超の大型店「北安田店」を新規出店(新規出店として初の400坪型)
    • [31]2005年11月 新潟県1号店を上越市に出店(北陸4県目)
    • [32]2006年2月 東京証券取引所市場第二部へ上場

上場後は出店の速度が上がり、2007年3月の金沢市玉鉾店で100店舗、2008[33]年8月には長野県長野市に長野県1号店を開いて信越方面へ進んだ。2011年3月には東証一部へ指定替えとなり、2012年4[34]月の群馬県伊勢崎市を皮切りに北関東へも入った。2016年11月には株式交換でクスリのアオキホールディングスを設立し、東証一部へ持株会社として再上場して本体を完全子会社とした[35]。この持株会社体制は、当時は大型M&A実績を伴わなかったものの、後の食品スーパー連続M&Aの受け皿として後年に効いた。店舗数は2016年2月に300店舗、近畿・関東の主要県へ1号店を相次いで構え、2018年11月には500店舗へと、3年で300[36]から500店へ伸びた。2019年5月には石川県白山市横江町へ新本社を移し[37]、地場に本社を残したまま業容を広げた。

  • 有価証券報告書
    • [33]2007年3月 金沢市玉鉾店で100店舗、2008年8月 長野県1号店(長野市)
    • [34]2011年3月 東証一部へ指定替え、2012年4月 群馬県1号店(伊勢崎市)で北関東へ
    • [35]2016年11月 株式交換でクスリのアオキHDを設立・東証一部へ持株会社として再上場、本体は完全子会社
    • [36]2016年2月 300店舗、2018年11月 500店舗(約3年で300→500店)
    • [37]2019年5月 新本社が稼働(石川県白山市横江町)
  • 有価証券報告書
    • [30]2004年10月 白山市に売場面積400坪超の大型店「北安田店」を新規出店(新規出店として初の400坪型)
    • [31]2005年11月 新潟県1号店を上越市に出店(北陸4県目)
    • [32]2006年2月 東京証券取引所市場第二部へ上場
    • [33]2007年3月 金沢市玉鉾店で100店舗、2008年8月 長野県1号店(長野市)
    • [34]2011年3月 東証一部へ指定替え、2012年4月 群馬県1号店(伊勢崎市)で北関東へ
    • [35]2016年11月 株式交換でクスリのアオキHDを設立・東証一部へ持株会社として再上場、本体は完全子会社
    • [36]2016年2月 300店舗、2018年11月 500店舗(約3年で300→500店)
    • [37]2019年5月 新本社が稼働(石川県白山市横江町)

創業者長男・青木宏憲社長就任と調剤併設モデルの確立

店舗網の拡大と並行して、クスリのアオキは調剤併設を競争軸に据えた。2013年6月に200店舗、翌7月には調剤併設100[38]店舗(100薬局)を達成し、店舗数と調剤併設の両輪を同時に伸ばした。2014年5月には青木桂生氏の長男・青木宏憲氏が代表取締役社長に就任した[39]。東京理科大学薬学部を出て大塚製薬を経た薬剤師資格者で、2003年の入社後に調剤事業や営業の責任者を歴任しており[40]、創業者一族の3代目への継承は調剤併設率引き上げを軸とする戦略と重なった。

  • 有価証券報告書
    • [38]2013年6月 200店舗、2013年7月 調剤併設100店舗(100薬局)
    • [39]2014年5月 青木桂生の長男・青木宏憲が代表取締役社長に就任
    • [40]青木宏憲は東京理科大薬学部→大塚製薬を経た薬剤師資格者、2003年入社後に調剤・営業の責任者を歴任

青木宏憲社長のもとで調剤併設率は経営の主要指標に位置づけられ、2010年代後半を通じて引き上げが続いた。2010年代の日本では薬価改定と門前薬局批判を背景に、ドラッグストア併設の調剤薬局が患者利便と医療費抑制の両面で政策的に後押しされ、クスリのアオキの調剤強化は政策の追い風と経営戦略がかみ合った。FY18(2019年5月期)の連結売上高は2,508億円[41]、営業利益141億円、調剤併設率は約47%に達し、北陸地場の中堅チェーンから全国チェーン候補へと立ち位置を変えた。2020年代に入って加速する食品スーパー連続M&Aは、この10年で整えた持株会社体制と財務基盤の上に組み立てられた。

  • 有価証券報告書
    • [41]FY18(2019年5月期)連結売上高2,509億円・営業利益141億円・調剤併設率約47%
  • 有価証券報告書
    • [38]2013年6月 200店舗、2013年7月 調剤併設100店舗(100薬局)
    • [39]2014年5月 青木桂生の長男・青木宏憲が代表取締役社長に就任
    • [40]青木宏憲は東京理科大薬学部→大塚製薬を経た薬剤師資格者、2003年入社後に調剤・営業の責任者を歴任
    • [41]FY18(2019年5月期)連結売上高2,509億円・営業利益141億円・調剤併設率約47%

2021年〜 食品スーパーM&Aと「ワンストップショッピング」業態への転換

クスリのアオキホールディングスの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2021年 食品スーパー連続M&Aによる「フード&ドラッグ」への業態転換 生鮮を自前で築くのは難しい——ドラッグストアの空白地を、青木宏憲はなぜ地場スーパーの連続買収で埋めたのか
  2. 2022年 一二三屋・ホーマス・キリンヤ・フードパワーセンター・バリューを吸収合併
  3. 2025年 1000店舗を達成

食品スーパー連続M&Aによる生鮮の取り込み

2021年6月、クスリのアオキは完全子会社のナルックスを通じて、石川県金沢市を地盤とする食品スーパー・スーパーマルモのスーパーマーケット事業を会社分割で承継[42]した。食品スーパー事業への本格参入の出発点で、青果・精肉・惣菜といった生鮮の調達網と店舗運営ノウハウを、自社単独では築きにくい領域として地場スーパーの取り込みで補う狙いだった。青木宏憲社長は、金沢市の森本エリアのようにドラッグストアの出店空白地で地元スーパーが生活基盤を担ってきた構造を挙げ[43]、その役割を取り込む意図があったと説明した。

  • 有価証券報告書
    • [42]2021年6月 スーパーマルモ(金沢地盤)のSM事業をナルックス経由・会社分割で承継
    • [43]ドラッグストアの出店空白地で地元スーパーが生活基盤を担う構造を取り込む意図(森本エリアを例示)

スーパーマルモを皮切りに、食品スーパーの取り込みは連続して進んだ。2022年3月には一二三屋・ホーマス・キリンヤ[44]を同時に吸収合併してフードパワーセンター・バリューもグループに収め、北陸の食品スーパー再編が本格化した。その後も三崎ストアー(2022年12月)、サンエー(2023[45]年3月)、にしがき(2023年10月)、中尾(2023年11月)と断続的に十数社規模を取り込み、2024年3月にはウッドペッカーのホームセンター事業[46]も譲り受けて、ドラッグストア・食品スーパー・ホームセンターへと業態を広げた。2025年1月の設立40周年前後には計6[47]社を一括で取り込み、生鮮を備えた店舗網の拡大を加速させた。M&Aは店舗数の積み増しにとどまらず、生鮮MDの強化と好立地物件の確保を同時に進める手段として使われた。

  • 有価証券報告書
    • [44]2022年3月 一二三屋・ホーマス・キリンヤを同時吸収合併、フードパワーセンター・バリューもグループ化
    • [45]三崎ストアー(2022/12)・サンエー(2023/3)・にしがき(2023/10)・中尾(2023/11)を順次取り込み
    • [46]2024年3月 ウッドペッカーのホームセンター事業を譲受(ドラッグ+食品+ホームセンターへ多角化)
    • [47]2025年1月 設立40周年、2025年2月に計6社を一括取り込み
  • 有価証券報告書
    • [42]2021年6月 スーパーマルモ(金沢地盤)のSM事業をナルックス経由・会社分割で承継
    • [44]2022年3月 一二三屋・ホーマス・キリンヤを同時吸収合併、フードパワーセンター・バリューもグループ化
    • [45]三崎ストアー(2022/12)・サンエー(2023/3)・にしがき(2023/10)・中尾(2023/11)を順次取り込み
    • [46]2024年3月 ウッドペッカーのホームセンター事業を譲受(ドラッグ+食品+ホームセンターへ多角化)
    • [47]2025年1月 設立40周年、2025年2月に計6社を一括取り込み
    • [43]ドラッグストアの出店空白地で地元スーパーが生活基盤を担う構造を取り込む意図(森本エリアを例示)

EDLP・生鮮・ドミナント3本柱と1,000店舗・5,000億円の前倒し達成

M&Aと並行して、青木宏憲社長は2022年2月に第三次中期経営計画(5ヵ年)を示し、食品強化・調剤併設率70%・ドミナント化の3戦略[48]を重点に据えた。数値を直接狙うのではなく顧客の支持を積み上げた結果として、2026年に売上5,000億円へ到達する順序を経営の前提[49]に置いた。価格政策では日替わり特売ではなく、日配品のような日常品を毎日安く出すEDLP(Everyday Low Price)へ切り替え、特売主導から日常買いの価格設定へと軸を移した[50]。フード売上構成比は2010年代の数%から2020[51]年代に二桁台へ伸び、ドラッグストアでありながら食品スーパーに近い客層を取り込む業態へ変わった。

  • 統合報告書2025
    • [48]2022年2月 第三次中期経営計画の3戦略=食品強化・調剤併設率70%・ドミナント化
    • [51]フード売上構成比が2010年代の数%から2020年代に二桁台へ
    • [49]2026年に売上5,000億円到達を目標(数値を直接狙わず顧客支持の積み上げを前提)
    • [50]日替わり特売でなく日配品を毎日安く出すEDLPへ切替(特売主導→日常買いの価格設定)

店舗数は2022年2月に800店舗、2023年5月に900店舗[52]、2025年3月の千葉県市原市馬立店で1,000店舗に達した。FY23(2024年5月期)の連結売上高は4,369億円[53]、営業利益186億円、調剤併設率は約58%、FY24(2025年5月期)には連結売上高5,014億円[54]、営業利益266億円、純利益は前期比45%増の177億円となった[55]。第三次中期経営計画が掲げた1,000店舗と売上5,000億円は、いずれも1年前倒[56]しで実現した。一方で調剤併設率70%は2026年5月期時点でも未達の見通しで、ドラッグストア・食品スーパー・調剤を束ねる構造のなかで、処方箋応需と保険薬局指定という調剤併設の物理的な制約が残った。2024年5月11日には創業者の青木桂生氏が逝去し、3代目[57]青木宏憲社長による経営の継続体制が定着した。

  • 有価証券報告書
    • [52]800店舗(2022/2)・900店舗(2023/5)・1,000店舗(2025/3 千葉県市原市馬立店)
    • [53]FY23(2024年5月期)連結売上高4,369億円・営業利益186億円・調剤併設率約58%
    • [54]FY24(2025年5月期)連結売上高5,014億円・営業利益266億円
    • [56]中期経営計画の1,000店舗・売上5,000億円をいずれも1年前倒しで達成
    • [55]FY24 純利益177億円(前期比45%増)
    • [57]2024年5月11日 創業者・青木桂生が逝去、3代目・青木宏憲社長による継続体制が定着
  • 統合報告書2025
    • [48]2022年2月 第三次中期経営計画の3戦略=食品強化・調剤併設率70%・ドミナント化
    • [51]フード売上構成比が2010年代の数%から2020年代に二桁台へ
    • [49]2026年に売上5,000億円到達を目標(数値を直接狙わず顧客支持の積み上げを前提)
    • [50]日替わり特売でなく日配品を毎日安く出すEDLPへ切替(特売主導→日常買いの価格設定)
  • 有価証券報告書
    • [52]800店舗(2022/2)・900店舗(2023/5)・1,000店舗(2025/3 千葉県市原市馬立店)
    • [53]FY23(2024年5月期)連結売上高4,369億円・営業利益186億円・調剤併設率約58%
    • [54]FY24(2025年5月期)連結売上高5,014億円・営業利益266億円
    • [56]中期経営計画の1,000店舗・売上5,000億円をいずれも1年前倒しで達成
    • [55]FY24 純利益177億円(前期比45%増)
    • [57]2024年5月11日 創業者・青木桂生が逝去、3代目・青木宏憲社長による継続体制が定着

クスリのアオキホールディングスの沿革1985〜2026年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
クスリのアオキを設立
石川県1号店を金沢市に出店
本部兼集配センターを新設
青木二階堂薬局・草山商事を合併
富山県1号店を砺波市に出店
ツルハと業務提携・資本提携
二階堂を設立
イオンウエルシアと業務提携(ハピコムグループ加入)
イオンと業務提携・資本提携★★
売場面積400坪超の大型店を初出店★★
東京証券取引所市場第二部に株式を上場
青木二階堂を設立
群馬県1号店を伊勢崎市に出店
200店舗を達成
全店に調剤を組み込み、「調剤併設率70%」を掲げる処方箋の発行率が低い北陸で、クスリのアオキはなぜ調剤を店舗モデルの軸に据えたのか 詳細を読む★★★
青木宏憲持株会社体制へ移行、クスリのアオキHDを東京証券取引所一部上場★★
青木宏憲新本社稼働
青木宏憲食品スーパー連続M&Aによる「フード&ドラッグ」への業態転換生鮮を自前で築くのは難しい——ドラッグストアの空白地を、青木宏憲はなぜ地場スーパーの連続買収で埋めたのか 詳細を読む★★★
青木宏憲一二三屋・ホーマス・キリンヤ・フードパワーセンター・バリューを吸収合併★★
青木宏憲1000店舗を達成
青木宏憲創業家主導での買収防衛策導入とイオンとの資本業務提携解消議決権4割超を握る青木家は、なぜ「毒薬」で単独路線を選んだのか 詳細を読む★★★
出典・参考

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