クスリのアオキの母体は、加賀前田家の本陣を務めた旧家・青木家[1]が営む薬局にさかのぼる。青木家は上杉家の家臣だった二階堂氏が石川県白山市(旧松任市)に移って青木姓に改め、室町時代から400年にわたり年寄役と本陣を兼ねてきた家柄で、青木桂生氏はその十六代目にあたる。[2]家業の薬局『青木二階堂薬局』は1869年の創業で、1976年に有限会社青木二階堂薬局として法人化された。[3][4]青木桂生氏はこの老舗薬局の跡継ぎとして育ち、後にドラッグストア業態への転換を主導した。
1985年1月、青木桂生氏は資本金1,500万円で株式会社クスリのアオキ[5]を石川県金沢市泉野出町に設立した。同じ1985年に父の薬局から独立し、調剤中心の薬局から物販を併せ持つドラッグストア業態を始めた。[6]翌1986年3月には金沢市にチェーン店舗第1号を開き[7]、個人薬局の延長から店舗チェーンへ事業形態を切り替えた。青木桂生氏は『業種から脱皮して全く新しい業態を自分たちが開拓していくのが一番の仕事』[引用元](近代中小企業 1993/01)と語り[8]、『健康・美・衛生』を掲げて従来の薬局にない品揃えで売場をつくった。経営面では勘や度胸に頼らない『科学的な経営』を掲げ、仕組みの構築と社会[9]との調和を重視する方針を早くから打ち出した。
設立後のクスリのアオキは、本拠の金沢市に加えて松任市や小松市へ店舗網を広げ[10]、石川県内で多店舗化を図った。単体売上高は1992年5月期の15億円から1993年5月期23億円[11]、1994年5月期31億円へと年々積み上がり、1995年5月期には42億円を見込むまでに伸びた。1993年の時点では資本金2,500万円・従業員約70名・年商25億円規模[12]に達し、ドラッグストアの適正規模として売場400坪程度と150坪程度の二つの店舗形態を商圏に応じて使い分けた。青木桂生氏は3年以内に売上50億円、将来は100億円を目標に掲げ[13]、物流センターの建設と本部機能の強化を進めた。
多店舗化を支える基盤として、1995年9月に石川県松任市松本町へ本部兼集配センターを新設し[14]、本部機能と物流拠点を1カ所に集約した。1996年11月には家業の青木二階堂薬局と草山商事を合併して5[15]店舗を取り込み、本社を松任市松本町へ移した。中小薬局を吸収しながら店舗網を広げる手法を北陸で早くから運用し、1990年代半ばまでに県外へ店舗網を広げる前提条件を整えた。
1997年4月、クスリのアオキは富山県砺波市に富山県1号店を出した[16]。同年9月には福井県福井市にも1号店を構え[17]、石川を本拠とする店舗網を1年で北陸3県へ広げた。1999年5月期には売上高が約130億円に達し、店舗数は37店(石川県28・富山県[18]8・福井県1)を数えて、北陸で最大規模のドラッグストアとなった。クスリのアオキは石川県内のドミナント形成を進めつつ、富山・福井での市場拡大と定着に照準を定め、数年後の売上200億円を次の目標に置いた[19]。
仕入と運営の面では、1997年11月にまず地元の食品スーパー大手アルビスと共同出店を目的に資本・業務提携を結び[20]、翌12月には北海道を地盤とするドラッグストア大手ツルハとも商品仕入の相互協力を目的に資本・業務提携[21]を締結した。さらに1998年3月にはアルビスからドラッグ部門[22]の営業を譲り受け、店舗4店舗を加えるとともに、アルビスのスーパー部門との相乗効果を見込んだ。1999年7月には石川県白山市に有限会社二階堂を設立し[23]、後の持株会社の原型を整えた。2001年9月にはイオンウエルシアとの業務提携[24]を通じてドラッグストア共同仕入連合『ハピコム』へ加わり、2003年1月にはイオン本体とも業務・資本提携[25]を結んでPB商品の共同開発や経営支援の枠組みを得た。北陸の中堅チェーンが大手の調達網と全国スケールの仕入条件に連なる流れを、この時期につくった。
医薬分業への対応も早かった。北陸は処方箋の発行率が低い水準にあったが、クスリのアオキは『逆にそれだけ顧客本位の医薬分業体制が組める余地が残っている』[引用元](北陸経済研究 1999/06)とみて、採算ラインを超える発行率になっても応じられるよう全店舗に調剤スペースを設け、薬剤師を配置した[26]。薬剤師は社長をはじめ役員にも有資格者が多く、1999[27]年の時点で合計70人近くを擁し、『健康・美・衛生のトータルアドバイザー』[引用元]を掲げて調剤を組み込んだ業態を整えた。2003年3月にはアルビスとの提携を解消[28]した。2003年8月、創業者の青木桂生氏は代表取締役会長へ退き[29]、実弟の青木保外志氏が2代目の代表取締役社長に就いた。北陸3県のドミナント形成と仕入連合への参画で独立資本のまま規模を伸ばしたクスリのアオキは、業界の寡占化が進む2000年代後半へ向け、店舗の大型化と上場という次の一手の準備に入った。
2004年10月、クスリのアオキは石川県白山市に売場面積400坪超の大型店『北安田店』を新規出店[30]した。新規出店としては初の400坪型で、調剤併設と食品取扱を同時に置ける売場として、後の生鮮食品導入につながる店舗フォーマットの先行例となった。翌2005年11月には新潟県上越市に新潟県1号店を構え、北陸4県目[31]への進出で隣県へのドミナント拡張に乗り出した。2006年2月には東京証券取引所市場第二部へ株式を上場し[32]、創業21年で株式市場からの資金調達ルートを得た。
上場後は出店の速度が上がり、2007年3月の金沢市玉鉾店で100店舗、2008[33]年8月には長野県長野市に長野県1号店を開いて信越方面へ進んだ。2011年3月には東証一部へ指定替えとなり、2012年4[34]月の群馬県伊勢崎市を皮切りに北関東へも入った。2016年11月には株式交換でクスリのアオキホールディングスを設立し、東証一部へ持株会社として再上場して本体を完全子会社とした[35]。この持株会社体制は、当時は大型M&A実績を伴わなかったものの、後の食品スーパー連続M&Aの受け皿として後年に効いた。店舗数は2016年2月に300店舗、近畿・関東の主要県へ1号店を相次いで構え、2018年11月には500店舗へと、3年で300[36]から500店へ伸びた。2019年5月には石川県白山市横江町へ新本社を移し[37]、地場に本社を残したまま業容を広げた。
店舗網の拡大と並行して、クスリのアオキは調剤併設を競争軸に据えた。2013年6月に200店舗、翌7月には調剤併設100[38]店舗(100薬局)を達成し、店舗数と調剤併設の両輪を同時に伸ばした。2014年5月には青木桂生氏の長男・青木宏憲氏が代表取締役社長に就任した[39]。東京理科大学薬学部を出て大塚製薬を経た薬剤師資格者で、2003年の入社後に調剤事業や営業の責任者を歴任しており[40]、創業者一族の3代目への継承は調剤併設率引き上げを軸とする戦略と重なった。
青木宏憲社長のもとで調剤併設率は経営の主要指標に位置づけられ、2010年代後半を通じて引き上げが続いた。2010年代の日本では薬価改定と門前薬局批判を背景に、ドラッグストア併設の調剤薬局が患者利便と医療費抑制の両面で政策的に後押しされ、クスリのアオキの調剤強化は政策の追い風と経営戦略がかみ合った。FY18(2019年5月期)の連結売上高は2,508億円[41]、営業利益141億円、調剤併設率は約47%に達し、北陸地場の中堅チェーンから全国チェーン候補へと立ち位置を変えた。2020年代に入って加速する食品スーパー連続M&Aは、この10年で整えた持株会社体制と財務基盤の上に組み立てられた。
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|---|---|---|---|---|
| 1985〜2003年北陸3県の薬局チェーンとイオン系仕入連合への参画 | クスリのアオキを設立 | ★ | ||
| 石川県1号店を金沢市に出店 | ★ | |||
| 本部兼集配センターを新設 | ★ | |||
| 青木二階堂薬局・草山商事を合併 | ★ | |||
| 富山県1号店を砺波市に出店 | ★ | |||
| ツルハと業務提携・資本提携 | ★ | |||
| 二階堂を設立 | ★ | |||
| イオンウエルシアと業務提携(ハピコムグループ加入) | ★ | |||
| イオンと業務提携・資本提携 | ★★ | |||
| 2004〜2020年400坪型店舗化・上場・調剤併設率の確立とドラッグ単業時代 | 売場面積400坪超の大型店を初出店 | ★★ | ||
| 東京証券取引所市場第二部に株式を上場 | ★ | |||
| 青木二階堂を設立 | ★ | |||
| 群馬県1号店を伊勢崎市に出店 | ★ | |||
| 200店舗を達成 | ★ | |||
| 全店に調剤を組み込み、「調剤併設率70%」を掲げる クスリのアオキが、ドラッグストアの全店に調剤スペースと薬剤師を置き、調剤を併設した売場を標準形とする収益モデルを築いた経営判断。2013年に調剤併設100薬局へ達し、2022年の第三次中期経営計画では『調剤併設率70%』を数値目標に掲げた。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 青木宏憲 | 持株会社体制へ移行、クスリのアオキHDを東京証券取引所一部上場 | ★★ | ||
| 青木宏憲 | 新本社稼働 | ★ | ||
| 2021〜2025年食品スーパーM&Aと「ワンストップショッピング」業態への転換 | 青木宏憲 | 食品スーパー連続M&Aによる「フード&ドラッグ」への業態転換 2021年6月のスーパーマルモの事業承継を皮切りに、クスリのアオキは地場の食品スーパーを会社分割・株式取得・吸収合併で連続して取り込み、ドラッグストアに生鮮と調剤を組み合わせた『フード&ドラッグ』へ業態を組み替えた経営判断。3代目・青木宏憲社長が主導した。 詳細を読む | ★★★ | |
| 青木宏憲 | 一二三屋・ホーマス・キリンヤ・フードパワーセンター・バリューを吸収合併 | ★★ | ||
| 青木宏憲 | 1000店舗を達成 | ★ | ||
| 青木宏憲 | 創業家主導での買収防衛策導入とイオンとの資本業務提携解消 2026年1月16日、クスリのアオキホールディングスが、20%以上の株式取得に対する買収防衛策の導入と、20年以上続いたイオンとの資本業務提携の解消を決めた経営判断。防衛策は2026年2月17日の臨時株主総会で賛成55.5%の薄氷で可決された。創業家の青木宏憲社長が主導した。 詳細を読む | ★★★ |
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事実根拠:出所(クスリのアオキホールディングス)