1957年〜 世田谷の薬局からチェーン化と店頭登録まで
サンドラッグの業績推移:単体
- 1957年 故名誉会長多田幸正氏が「フタバ薬局」を個人開業
- 1965年 サンドラッグを設立しチェーン展開を開始
- 1980年 有限会社サンドラッグを株式会社に改組し株式会社サンドラッグを設立
- 1980年 郊外型ドラッグストアを開店
- 1985年 売上・受発注情報のオンライン化を開始
- 1986年 ピッキングシステムの物流センターを開設
- 1987年 本社を移転
個人薬局から有限会社・チェーン展開へ
1957年12月、多田幸正氏が東京都世田谷区千歳船橋で「フタバ薬局」を個人開業した[1]。わずか5坪(約16.5㎡)の小さな薬局からの出発だった[2]。創業者の多田氏は1927年生まれで、戦後復興期の東京で事業を始めた。8年後の1965年4月に有限会社サンドラッグへと改め[3]、ここからチェーン展開を始めた。社名「サンドラッグ」を名乗るのはこの法人化からで、それまでは個人薬局として営まれた創業期があったことをうかがわせる。
- 証券アナリストジャーナル 32(9)(日本証券アナリスト協会・1994年9月, 多田幸正)
- [1]1957年12月 世田谷区千歳船橋で「フタバ薬局」として個人開業(社名「サンドラッグ」は1965年4月の有限会社化から)
- [2]創業店は世田谷区千歳船橋の5坪(約16.5㎡)の個人薬局
- サンドラッグ 有価証券報告書 第62期(2025年3月期)【沿革】
- [3]1965年4月 有限会社サンドラッグへ改組(社名サンドラッグの起点・チェーン展開開始)
1980年7月、有限会社を株式会社に改組し、株式会社サンドラッグが発足した[4]。同年12月には東京都八王子市に郊外型ドラッグストアを開店した[5]。市街地の薬局とは立地条件の異なる郊外型の店舗形態へと舵を切った選択である。1957年の創業から23年を経て、サンドラッグは複数店舗チェーンとしての形を整えた。創業者の多田氏は1980年から1994年まで社長を務め[6]、チェーン化の基盤を作った。
- サンドラッグ 有価証券報告書 第62期(2025年3月期)【沿革】
- [4]1980年7月 株式会社サンドラッグへ改組(発足)
- [5]1980年12月 八王子市に郊外型ドラッグストアを開店
- サンドラッグ 有価証券報告書 第62期(2025年3月期)【役員の状況】
- [6]多田幸正が1980〜1994年に社長(1994年に才津達郎へ交代)
- 証券アナリストジャーナル 32(9)(日本証券アナリスト協会・1994年9月, 多田幸正)
- [1]1957年12月 世田谷区千歳船橋で「フタバ薬局」として個人開業(社名「サンドラッグ」は1965年4月の有限会社化から)
- [2]創業店は世田谷区千歳船橋の5坪(約16.5㎡)の個人薬局
- サンドラッグ 有価証券報告書 第62期(2025年3月期)【沿革】
- [3]1965年4月 有限会社サンドラッグへ改組(社名サンドラッグの起点・チェーン展開開始)
- [4]1980年7月 株式会社サンドラッグへ改組(発足)
- [5]1980年12月 八王子市に郊外型ドラッグストアを開店
- サンドラッグ 有価証券報告書 第62期(2025年3月期)【役員の状況】
- [6]多田幸正が1980〜1994年に社長(1994年に才津達郎へ交代)
物流とPOSへの先行投資 ── 1985年のオンライン化
1985年2月、サンドラッグは売上・受発注情報のオンライン化を開始[7]した。1980年代前半は流通業全般でPOS導入が始まった時期にあたるが、ドラッグストア業界ではコンピュータシステムの本格導入はまだ一般的でなかった。1986年12月には東京都国立市にピッキングシステムを備えた物流センターを開設し[8]、1991年11月には全店舗にPOSレジを導入した[9]。創業者の多田氏が率いる時期に、チェーンとして比較的早い段階でこれらの設備投資を実施したことは、後の高効率店舗運営の前提となった。
- サンドラッグ 有価証券報告書 第62期(2025年3月期)【沿革】
- [7]1985年2月 売上・受発注情報のオンライン化を開始
- [8]1986年12月 国立市にピッキングシステムの物流センターを開設
- [9]1991年11月 全店舗にPOSレジを導入
物流センターとPOSの整備は、人件費比率と販管費比率を業界水準より低く抑える土台になった。後年のサンドラッグが達成した低い販管費比率の源流は、1980年代後半のシステム投資[10]にさかのぼる。1985年から1991年の6年間に進めた投資は[11]、店舗あたりの取扱品目と回転率を引き上げ、特売中心の集客でも採算が取れる構造を作った。ドラッグストア業態では、粗利率の高い医薬品と粗利率の低い食品・日用品を組み合わせて店舗全体の収益を確保するのが一般的だが、サンドラッグはこの構造をシステム投資で支えた。
- 東洋経済オンライン(2021年5月13日, 東洋経済新報社)
- [10]後年の低い販管費比率(販管費比率20%以下)の源流が1980年代のシステム投資
- サンドラッグ 有価証券報告書 第62期(2025年3月期)【沿革】
- [11]1985〜1991年の6年間にシステム・物流投資を実施(1985/2 オンライン化〜1991/11 全店POS)
- サンドラッグ 有価証券報告書 第62期(2025年3月期)【沿革】
- [7]1985年2月 売上・受発注情報のオンライン化を開始
- [8]1986年12月 国立市にピッキングシステムの物流センターを開設
- [9]1991年11月 全店舗にPOSレジを導入
- [11]1985〜1991年の6年間にシステム・物流投資を実施(1985/2 オンライン化〜1991/11 全店POS)
- 東洋経済オンライン(2021年5月13日, 東洋経済新報社)
- [10]後年の低い販管費比率(販管費比率20%以下)の源流が1980年代のシステム投資
1994年店頭登録時の事業基盤 ── 売上279億円・資本金26億円
1994年8月19日、サンドラッグは日本証券業協会に株式[12]を店頭登録し、資本金は26億8百万円となった[13]。創業から37年、株式会社化から14年を経ての公開だった。この間、サンドラッグはチェーン展開と物流・POS投資を並行して進め、店舗運営のコスト構造を業界平均より低い水準に持ち込んでいた。後年の才津社長のインタビューによれば、店頭登録の時期の売上高は279億円規模だったという[14]。店頭登録は資本市場からの調達手段を得る制度的な意味を持ち、続く全国展開と物流網拡大の資金源となった。
- サンドラッグ 有価証券報告書 第62期(2025年3月期)【沿革】
- [12]1994年8月19日 日本証券業協会に株式を店頭登録(店頭公開)
- [13]店頭登録時 資本金26億8百万円
- 東洋経済オンライン(2021年5月13日, 東洋経済新報社)
- [14]店頭登録時の売上高は279億円規模(才津社長 後年談)
創業者の多田氏は店頭登録と同じ1994年に社長を退き、後任には専務だった才津達郎氏が昇格した[15]。創業期から店頭登録までの37年は、創業家による経営の延長線上で進められた時代で、業態は東京近郊のドラッグストアチェーンに限定されていた。次の段階で必要だったのは、関東以外への展開と、医薬品以外の領域(食品・日用品の比率拡大、ディスカウントストア業態への進出)である。1994年8月の店頭登録と同年の社長交代が重なったことで、続く20年の高度成長を支える事業基盤と経営体制の引き継ぎが完了した。創業者の多田氏は2001年に逝去し[16]、創業期の経営判断を直接知る人物は経営から退いた。創業家との関係は、多田直樹氏・多田高志氏を取締役として残す形で継続した[17]。
- サンドラッグ 有価証券報告書 第62期(2025年3月期)【役員の状況】
- [15]1994年 多田幸正が社長を退き才津達郎が昇格
- [17]多田直樹・多田高志が取締役として継続(多田直樹は2001年6月に非業務執行取締役、多田高志は2017年6月に取締役就任)
- [16]多田幸正名誉会長が2001年1月24日に肺がんで逝去(社葬2月28日 築地本願寺・参列約1,100人)
- サンドラッグ 有価証券報告書 第62期(2025年3月期)【沿革】
- [12]1994年8月19日 日本証券業協会に株式を店頭登録(店頭公開)
- [13]店頭登録時 資本金26億8百万円
- 東洋経済オンライン(2021年5月13日, 東洋経済新報社)
- [14]店頭登録時の売上高は279億円規模(才津社長 後年談)
- サンドラッグ 有価証券報告書 第62期(2025年3月期)【役員の状況】
- [15]1994年 多田幸正が社長を退き才津達郎が昇格
- [17]多田直樹・多田高志が取締役として継続(多田直樹は2001年6月に非業務執行取締役、多田高志は2017年6月に取締役就任)
- [16]多田幸正名誉会長が2001年1月24日に肺がんで逝去(社葬2月28日 築地本願寺・参列約1,100人)