ダイレックス買収による二業態化 ── ドラッグストアとディスカウントストアの二本立てへ
2009年実施首都圏で磨いた低コストのドラッグストアが、なぜ九州のディスカウントストアを丸ごと取り込んだのか
- 概要
- 2009年、サンドラッグは九州・中四国でディスカウントストアを展開するダイレックスの全株式を95億円で取得し、完全子会社化した。売上高約2,300億円のドラッグストア専業が、年商900億円近いディスカウントストアを一度に取り込み、都市はドラッグストア、地方は生鮮を含むディスカウントストアという二業態体制へ移った経営判断。
- 背景
- サンドラッグは低コスト運営を武器に首都圏中心のドラッグストアで高い収益性を保っていたが、その強みは人口の多い商圏で最もよく効き、地方の薄い商圏まで同じ店の形で延ばすには限界があった。相手のダイレックスはMBOで非公開化され投資ファンドの傘下にあった、九州地盤の低コストなディスカウントストアだった。
- 内容
- 2009年11月18日、リサ・パートナーズが運営するファンドが持つダイレックス全株を95億円で取得すると発表した。リサ側が公開買付けで全株をそろえ、12月25日に株式譲渡を受けて完全子会社化した。ダイレックスは2009年2月期に売上高896億8,300万円・営業利益11億3,800万円、九州・沖縄を軸に136店の規模だった。
- 含意
- ディスカウントストア事業は連結売上の32%(2015年3月期)から43%(2025年3月期)へと二本目の柱に育ち、ダイレックス社長を務めた貞方宏司が2019年に本体社長へ昇格した。都市と地方を業態で使い分ける体制は、その後の規模拡大の土台になった。
強みの効く商圏を、別の業態で埋める
この買収の核心は、自社のドラッグストアが最もよく効く商圏の外側を、性格の違う業態で埋めた点にある。都市と近郊で磨いた低コストの店は、人口の薄い地方までそのまま延ばすと採算が合いにくい。サンドラッグは、その空白を自前の出店で埋めるのではなく、生鮮まで扱うディスカウントストアという別の答えを持つ会社を丸ごと取り込んだ。同じ低コスト経営という土台を共有しながら、客層と立地の違いで二つの業態を使い分ける——創業者の代からの商圏へのこだわりが、業態の二本立てという形で結実したとみることができる。
もっとも、二業態化は規模を押し上げる一方で、性格の異なる事業を一つの会社で回す難しさも抱える。食品や生鮮の比率が高いディスカウントストアは、医薬品・化粧品を軸とするドラッグストアより粗利が薄く、売上が伸びても利益率が同じように伸びるとは限らない。業界がマツキヨココカラやウエルシア・ツルハといった兆円単位の統合へ動くなかで、サンドラッグは大型再編に加わらず、二業態と緩やかな提携で独自の道を選んでいる。都市のドラッグストアと地方のディスカウントストアをどう束ね続けるか——2009年の買収でくだした選択は、いまも問われ続けている。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
都市と近郊で突き詰めたドラッグストアの高収益
サンドラッグは1994年の店頭登録と同じ年に才津達郎が社長へ就き、1980年代から物流とPOSに先んじて投じた低コスト運営を武器に、首都圏を軸とするドラッグストアチェーンとして伸びていた。販売費と一般管理費の比率を業界水準より低い20%以下に抑え、2009年の時点で経常利益率6.5%という高い収益性を保っていた。ただ、この強みは人口の多い都市とその近郊の商圏で最もよく効くもので、買い手の薄い地方まで同じ店の形で広げるには無理があった[1]。
商圏の大きさに応じて店の形を変える発想は、創業者の多田幸正の代からのものだった。多田は、人口30万〜50万人の大商圏は駅前の繁盛店、人口10万〜15万人の中商圏は生鮮小売業者と組んだ100坪型、人口5万人以下の小商圏は地元スーパーとの共同出店という具合に、立地に合わせて業態を作り分けてきたと語っている。都市はドラッグストア、人口の少ない地方は生鮮を含む品揃えで日常需要をまとめて取り込む——後年の二業態体制につながる発想は、この創業期の商圏戦略にすでに芽があった[2]。
相手はMBOで非公開化した九州のディスカウントストア
買収の相手となったダイレックスは、1988年に佐賀市でサガカメラとして生まれ、1991年にサンクスジャパンへ社名を変えたのち、九州から中四国へディスカウントストアを広げた会社である。食品や日用品を郊外の大型店で安く売る業態で、生鮮まで含む品揃えを持つ点がドラッグストアと違った。2004年にJASDAQへ株式を上場したが、2007年に経営陣による買収(MBO)で株式を非公開化し、2008年に上場を廃止していた[3]。
MBO後のダイレックスは、投資ファンドのリサ・パートナーズが運営するリサ・コーポレート・ソリューション・ファンドの傘下にあった。2009年2月期の売上高は896億円台、営業利益は約11億円で、九州・沖縄を中心に136店を構える規模だった。低コスト経営を身上とする点はサンドラッグと重なり、地方の薄い商圏で強い集客力を持つ店網は、都市型のドラッグストアが手薄な領域をちょうど埋める形になっていた[4]。
決断
リサ・パートナーズ保有の全株を95億円で取得
2009年11月18日、サンドラッグはダイレックスの全株式を95億円で取得し、子会社にすると発表した。株式を握っていたのはリサ・コーポレート・ソリューション・ファンド投資事業有限責任組合と、その運営にあたるリサ・パートナーズであり、両者との合意にもとづく取得だった。リサ側が公開買付けで残る株式を集めて全株をそろえ、サンドラッグがそれをまとめて買い取る段取りで、株式の譲渡は12月25日、この日をもってダイレックスは完全子会社となった[5][6]。
取得したダイレックスは、2009年2月期に売上高896億8,300万円・営業利益11億3,800万円をあげ、九州・沖縄を軸に中四国まで136店を構えていた。売上高2,300億円規模のサンドラッグ本体に対し、年商900億円近い相手を一度に取り込む大型の買収であり、九州で手薄だったサンドラッグの販売網を一気に厚くする意味を持った[7]。
都市はドラッグ、地方はディスカウントという棲み分け
買収の狙いは、二つの業態を客層と立地で使い分けることにあった。サンドラッグは、ダイレックスを取り込めば医薬品や化粧品の販売力を九州へ広げ、グループとしての地域シェアを高められると見た。後年、才津は、西日本で商品を仕入れる力を持つダイレックスを土台に、東日本や田舎の立地へ広げていく道筋を語っている。人口の多い都市圏はドラッグストア、人口の少ない地方は生鮮を含むディスカウントストアという棲み分けが、この買収で描いた絵だった[8][9]。
結果
二業態が経営の二本目の柱に育つ
買収から数年で、ディスカウントストアはサンドラッグの二本目の柱に育った。2015年3月期のディスカウントストア事業は売上高1,440億円で、連結売上の32%を占めた。ドラッグストア事業3,017億円と合わせ、都市の医薬品・化粧品と地方の食品・日用品を両輪で回す形が定着した。安さと生鮮で日常需要をまとめて取り込むダイレックスの店は、ドラッグストアが入りにくい商圏でサンドラッグの版図を広げた[10]。
その後もディスカウント事業は伸び続け、2025年3月期には売上高3,423億円・営業利益179億円まで拡大し、連結売上の43%を占めるに至った。ドラッグストア事業4,596億円と肩を並べる規模である。経営の面でも二業態は融け合い、ダイレックス社長を務めた貞方宏司が2019年に本体の社長へ昇格した。九州のディスカウントストアを率いた経営者が全社を動かす立場に就いたことは、買収で得た事業が中核へ移ったことを映していた[11][12]。
- 流通ニュース(2009年11月18日)「サンドラッグ/年商896億円のディスカウントストア、ダイレックス子会社化」
- ダイヤモンド・チェーンストアオンライン(2009年11月19日)「【サンドラッグ】ディスカウントストアのダイレックス買収、95億円で」
- M&A Online(2009年11月18日)「サンドラッグ〈9989〉、九州を中心にディスカウントストアを運営するダイレックスを子会社化」
- ダイレックス株式会社 沿革ページ(https://www.ds-direx.co.jp/company/history/)
- 週刊粧業オンライン(2020年6月8日)「第21回「五島列島との深い絆」」
- 東洋経済オンライン(2021年5月13日)「サンドラッグ「実力派会長」の電撃辞任に映る焦燥」
- 流通ニュース(2019年4月24日)「貞方宏司取締役が社長に昇任」
- サンドラッグ 有価証券報告書(2015年3月期・2025年3月期)【セグメント情報】
- 証券アナリストジャーナル 32(9)(日本証券アナリスト協会・1994年9月, 多田幸正)