1983年〜 横浜緑区の1号店から神奈川ドミナントの構築まで
クリエイトSDホールディングスの業績推移:単体
- 1983年 みどりドラッグストアを設立
- 1990年 クリエイトエス・ディーに商号変更
- 1991年 本社を移転
- 1998年 ヤマモトを設立
- 2004年 ジャスダック市場に株式を公開
- 2006年 ヤマモトに商号変更し通常のへ移行
- 2008年 クリエイトエス・ディーHDに商号変更
創業地に固執した神奈川県限定の出店戦略
1983年5月、創業者の山本久雄氏が横浜市緑区に有限会社[1]みどりドラッグストアを[2]設立し、ドラッグストア事業を始めた[3]。1948年4月生まれの山本氏は当時35歳で[4]、関東のドラッグストア業界がチェーン化の助走期にあった時期に、神奈川県内の店舗1号店からチェーン展開を開始した[5]。1980年代の神奈川は高度成長期に流入した人口が郊外住宅地に定着し、家庭用医薬品・日用雑貨の購買需要が県内全域で増加した時期で、既存の薬局・薬店が個人商店中心の業態から脱却する余地が大きかった。山本氏は他県への進出を抑えて神奈川県内に出店を集中させ、限定エリア内の店舗密度を上げる戦略で参入した。
- 有価証券報告書
- [1]1983年5月 山本久雄が横浜市緑区に有限会社みどりドラッグストアを設立しドラッグストア事業を創業
- [2]創業時の社名「有限会社みどりドラッグストア」
- [3]創業者の氏名「山本久雄」
- [4]山本久雄は1948年4月生まれ(有報役員: 昭和23年4月7日生)
- [5]山本久雄は創業時35歳(1983-1948=35)
1990年に同社は株式会社クリエイトエス・ディーへ商号を変更し[6]、有限会社の枠を超えた多店舗展開の体制を整えた。1991年には本社を横浜市緑区(現青葉区)荏田西へ移し[7]、神奈川県中央部のドミナント形成の拠点を整備した。1998年4月には山本氏が町田市に有限会社ヤマモト[8](現クリエイトSDホールディングス)を新設し、不動産事業を担う持株機能の前身を作った。同時期のドラッグストア業界では関東中心のマツモトキヨシ、関西発のサンドラッグ、東海発のスギ薬局など複数の大手が広域展開へ動き、神奈川県内も他県発の競合チェーンの出店圧力が強まっていた。山本氏は競合の広域戦略とは対照的に、神奈川県内の出店密度をさらに高める集中戦略を継続した。
- クリエイトエス・ディー公式沿革
- [6]1990年 商号を株式会社クリエイトエス・ディーへ変更
- [7]1991年 本社を横浜市緑区(現青葉区)荏田西へ移転
- 有価証券報告書
- [8]1998年4月 町田市に有限会社ヤマモト(現クリエイトSDホールディングス)を設立
2002年8月には山本氏が代表取締役会長へ移り[9]、事業会社クリエイトエス・ディーの経営から世代交代の準備を始めた。2005年12月の東証二部上場[10]、2007年5月の東証一部上場という3[11]段階の上場プロセスを進め、神奈川県内のドミナント密度と店舗オペレーションの効率性が機関投資家から評価された。県内集中戦略は規模では他県発の競合に劣ったが、既存店成長率の安定性で他社と差別化した。
- 有価証券報告書
- [9]2002年8月 山本久雄が代表取締役会長へ就任
- クリエイトSDホールディングス公式企業情報
- [10]2005年12月 東証二部へ上場
- [11]2007年5月 東証一部へ上場(東証一部銘柄に指定)
- 有価証券報告書
- [1]1983年5月 山本久雄が横浜市緑区に有限会社みどりドラッグストアを設立しドラッグストア事業を創業
- [2]創業時の社名「有限会社みどりドラッグストア」
- [3]創業者の氏名「山本久雄」
- [4]山本久雄は1948年4月生まれ(有報役員: 昭和23年4月7日生)
- [5]山本久雄は創業時35歳(1983-1948=35)
- [8]1998年4月 町田市に有限会社ヤマモト(現クリエイトSDホールディングス)を設立
- [9]2002年8月 山本久雄が代表取締役会長へ就任
- クリエイトエス・ディー公式沿革
- [6]1990年 商号を株式会社クリエイトエス・ディーへ変更
- [7]1991年 本社を横浜市緑区(現青葉区)荏田西へ移転
- クリエイトSDホールディングス公式企業情報
- [10]2005年12月 東証二部へ上場
- [11]2007年5月 東証一部へ上場(東証一部銘柄に指定)
横須賀から茅ヶ崎まで ── 県内全域への面的展開
1990年代後半から2000年代にかけて、神奈川県内のクリエイトエス・ディー店舗数は急増した。横浜市の北部・西部・港北エリアから始まり、川崎・湘南・横須賀・相模原などの県内主要都市へ面的に拡張する出店パターンで、特定の市区町村に集中出店して認知度を獲得した後に隣接エリアへ広げる方式を採用した。医薬品・化粧品・日用雑貨を軸に、菓子・飲料・冷凍食品といった準食品商材も品揃えに加える複合業態をとり、来店頻度の高い食品で集客し利益率の高い化粧品・医薬品で収益を確保する構成は、その後のドラッグストア業界の主流モデルと重なるものだった。
2000年代前半は神奈川県内の郊外型ショッピングセンター開発が加速した時期だが、クリエイトエス・ディーは出店密度を高める集中戦略を継続した。同社のFY11連結売上高は1697億円に達し、神奈川県内で地域ドミナントを形成した。特定エリアへの出店集中は物流や本部管理の効率に資する形となり、規模で先行する他県発の競合とは異なる成長経路をたどった。
2007年4月、本店所在地を町田市から横浜市青葉区へ移転[12]し、事業会社クリエイトエス・ディーの本拠地である神奈川県内に持株機能の前身も寄せた。2008年7月には有限会社ヤマモト(現クリエイトSDホールディングス)の不動産事業を新設分割でメディカルプランニングへ承継し[13]、商号を株式会社クリエイトエス・ディーホールディングスへ変更した[14]。事業会社のクリエイトエス・ディーとの株式交換契約を締結し、持株会社体制への移行準備を整えた。一連の組織再編は、ドラッグストア事業を主軸に介護・調剤など隣接領域へ展開する複合経営の受け皿として持株会社を機能させる狙いで設計された。持株会社化は単純な組織形態変更ではなく、神奈川県を起点として介護・調剤など隣接領域へ展開する多業態化の受け皿を整える狙いで進めた。
- 有価証券報告書
- [12]2007年4月 本店所在地を町田市から横浜市青葉区へ移転
- [13]2008年7月 不動産事業を新設分割で株式会社メディカルプランニングへ承継
- [14]2008年7月 商号を株式会社クリエイトエス・ディーホールディングスへ変更
- 有価証券報告書
- [12]2007年4月 本店所在地を町田市から横浜市青葉区へ移転
- [13]2008年7月 不動産事業を新設分割で株式会社メディカルプランニングへ承継
- [14]2008年7月 商号を株式会社クリエイトエス・ディーホールディングスへ変更
持株会社化と東証一部上場 ── 介護事業への進出
2008年10月、臨時株主総会で株式交換契約を承認し、商号を株式会社クリエイトSDホールディングスへ変更した。[15]同時に決算月を5月31日に変更し[16]、事業会社クリエイトエス・ディーに決算期を合わせた。2009年3月、株式交換により株式会社クリエイトエス・ディー[17]を完全子会社化し、東京証券取引所に上場した。神奈川地盤のドラッグストア事業会社を傘下に収め、同時に株式市場へ上場した。山本氏は持株会社の代表取締役会長に就き、事業会社の代表取締役会長も兼任した。経営の意思決定は持株会社と事業会社の取締役を兼任する経営陣が担う形で、創業期からの経営スタイルを持株会社体制でも維持した。
- 有価証券報告書
- [15]2008年10月 商号を株式会社クリエイトSDホールディングスへ変更
- [16]2008年10月 決算月を5月31日に変更
- [17]2009年3月 株式交換でクリエイトエス・ディーを完全子会社化し東京証券取引所に上場
2009年4月、持株会社は全株式取得によりウェルライフ株式会社を完全子会社化し、介護関連事業へ進出[18]した。ウェルライフは有料老人ホーム等を運営する事業者で、ドラッグストアの来店客層と高齢者ケア需要の親和性を取り込む狙いで取得された。2010年6月にはウェルライフからデイサービス事業を承継した株式会社サロンデイを設立し[19]、介護サービス事業を独立子会社として運営する体制を組んだ。ドラッグストア店舗の周辺に介護事業所を配置するクラスター戦略で、神奈川県内の中高年層向けに医薬品販売・介護サービスのワンストップ提供を志向した。
- 有価証券報告書
- [18]2009年4月 全株式取得でウェルライフ株式会社を完全子会社化(介護関連事業へ進出)
- [19]2010年6月 ウェルライフからデイサービス事業を承継した株式会社サロンデイを設立
2011年6月、廣瀬泰三氏が事業会社クリエイトエス・ディーへ入社[20]した。廣瀬氏は1958年5月生まれ[21]、1990年に株式会社コーエイドラッグを設立して代表取締役社長を務めた後、住商ドラッグストアーズの代表取締役社長を経ての転身であった。同年8月に取締役、2012年2月に取締役副社長へ昇格し、2012年8月にはクリエイトエス・ディー代表取締役社長兼[22]クリエイトSDホールディングス代表取締役社長に就任した。山本氏は代表取締役会長として残ったが、社長業務は廣瀬氏に委ねる形で経営の世代交代を進めた。創業家出身ではない外部経営者を社長に据えた人事であり、創業者の山本氏が経営の第一線を譲って会長として支える体制への転換点となった。
- 薬事日報 2012年7月30日
- [20]2011年6月 廣瀬泰三が事業会社クリエイトエス・ディーへ入社
- [22]2012年8月 廣瀬泰三がクリエイトエス・ディー兼クリエイトSDホールディングス代表取締役社長に就任
- 有価証券報告書
- [21]廣瀬泰三は1958年5月生まれ
- 有価証券報告書
- [15]2008年10月 商号を株式会社クリエイトSDホールディングスへ変更
- [16]2008年10月 決算月を5月31日に変更
- [17]2009年3月 株式交換でクリエイトエス・ディーを完全子会社化し東京証券取引所に上場
- [18]2009年4月 全株式取得でウェルライフ株式会社を完全子会社化(介護関連事業へ進出)
- [19]2010年6月 ウェルライフからデイサービス事業を承継した株式会社サロンデイを設立
- [21]廣瀬泰三は1958年5月生まれ
- 薬事日報 2012年7月30日
- [20]2011年6月 廣瀬泰三が事業会社クリエイトエス・ディーへ入社
- [22]2012年8月 廣瀬泰三がクリエイトエス・ディー兼クリエイトSDホールディングス代表取締役社長に就任