1976年〜 西尾の1店舗から東海ドミナント戦略の確立まで
- 1976年 スギ薬局を創業
- 1982年 スギ薬局を設立
- 1997年 本社を西尾市から移転
- 1998年 スギ薬局日進物流センターが稼動
- 2000年 安売りによらない調剤併設ドラッグストアへの業態転換 利益の出ない調剤をなぜ全店の柱に据えたのか——上場を機に杉浦広一が掲げた「日本初のビジネスモデル」
- 2000年 大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場に株式を上場
薬剤師夫妻による調剤併設薬局の創業
1976年12月、薬剤師の杉浦広一氏が愛知県西尾市で「スギ薬局」を創業した。広一氏は1950年生まれ、1974年に岐阜薬科大学を卒業して鬼頭天昌堂薬局に入社し、そのわずか2年後、26歳での独立だった。妻・杉浦昭子氏も薬学部出身の薬剤師であり、夫妻は自らの資格を足場に、医薬品・健康食品・化粧品・日用品の販売と処方せん調剤を1店舗で併せ持つ調剤併設型の小型店として出発した。 [1][2][3]
- スギホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [1]1976年12月 愛知県西尾市でスギ薬局を創業
- 中部財界 43(9)(中部財界社, 2000年9月)
- [2]杉浦広一は1950年生まれ・1974年岐阜薬科大学卒・鬼頭天昌堂薬局に入社・26歳でスギ薬局を創業
- 証券アナリストジャーナル 38(8)(日本証券アナリスト協会, 2000年8月・杉浦広一発言)
- [3]妻・杉浦昭子も薬学部出身の薬剤師(副社長)
当時の日本のドラッグストア業界は黎明期にあり、医薬品の値引きを制限する再販売価格維持制度と薬剤師の常駐義務という規制環境のもとで、薬局は地域密着の小規模経営が主流だった。そのなかで杉浦氏は「物販で薬を売るだけでなく医療に役立ちたい」という思いから、創業当初より処方せん調剤を経営の柱に据えた。1982年3月には愛知県西尾市で株式会社スギ薬局として法人格を取得し、家族経営から組織的な事業運営へ移行した。 [4][5]
- 証券アナリストジャーナル 38(8)(日本証券アナリスト協会, 2000年8月・杉浦広一発言)
- [4]「物販で薬を売るだけでなく医療に役立ちたい」との思いから創業当初より処方せん調剤を経営の柱に据えた
- スギホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [5]1982年3月 愛知県西尾市に株式会社スギ薬局を設立(法人化)
- スギホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [1]1976年12月 愛知県西尾市でスギ薬局を創業
- [5]1982年3月 愛知県西尾市に株式会社スギ薬局を設立(法人化)
- 中部財界 43(9)(中部財界社, 2000年9月)
- [2]杉浦広一は1950年生まれ・1974年岐阜薬科大学卒・鬼頭天昌堂薬局に入社・26歳でスギ薬局を創業
- 証券アナリストジャーナル 38(8)(日本証券アナリスト協会, 2000年8月・杉浦広一発言)
- [3]妻・杉浦昭子も薬学部出身の薬剤師(副社長)
- [4]「物販で薬を売るだけでなく医療に役立ちたい」との思いから創業当初より処方せん調剤を経営の柱に据えた
東海ドミナントと調剤併設型ドラッグストアの確立
多店舗化に本格的に踏み出したのは、二号店を出した1988年だった。以後、薬剤師を常駐させる調剤併設型ドラッグストアのチェーン展開を進め、平成に入ってからはほぼ年を追うごとに出店を重ねた。出店の軸は、創業地である愛知を中心とする東海地方に置かれた。 [6]
- 中部財界 43(9)(中部財界社, 2000年9月)
- [6]1988年に二号店を出店してチェーン化に着手し、以後 薬剤師常駐の調剤併設型ドラッグストアを多店舗展開(平成以降は年単位で出店拡大)
出店は単なる多店舗化ではなく、愛知・岐阜・三重の東海3県に店舗網を密に重ねるドミナント戦略を採った。一定の商圏に集中して店を構えることで、知名度やチラシ効果、在庫効率を高め、近隣店どうしで品目を融通し合える利点を生かす狙いがあった。店舗はいずれも保険薬局の認可を受けた調剤併設型で、150坪前後の中型店から300坪級の大型店まで、地域特性に合わせて構えた。 [7][8]
- 証券アナリストジャーナル 38(8)(日本証券アナリスト協会, 2000年8月・杉浦広一発言)
- [7]愛知・岐阜・三重の東海3県でドミナント出店(商圏集中で知名度・チラシ効果・在庫効率を高め、近隣店で品目を融通=面分業に不可欠)
- 中部財界 43(9)(中部財界社, 2000年9月)
- [8]全店が保険薬局の認可を受けた調剤併設型で、店舗は150坪前後の中型店から300坪級の大型店まで
杉浦氏が見据えていたのは、院内処方から院外処方への転換、すなわち医薬分業の進展だった。院外へ出る処方せんはやがて急増すると読み、その受け皿となるべく全店調剤併設という業態を磨いた。利益の出にくい調剤をあえて主軸に据える選択は、安さと売場面積を競う当時のドラッグストア業界では異色であり、これが後の差別化の核となった。 [9]
- 証券アナリストジャーナル 38(8)(日本証券アナリスト協会, 2000年8月・杉浦広一発言)
- [9]医薬分業の進展(処方せんの院外化)を見据え、全店調剤併設をその受け皿に位置づけた
- 中部財界 43(9)(中部財界社, 2000年9月)
- [6]1988年に二号店を出店してチェーン化に着手し、以後 薬剤師常駐の調剤併設型ドラッグストアを多店舗展開(平成以降は年単位で出店拡大)
- [8]全店が保険薬局の認可を受けた調剤併設型で、店舗は150坪前後の中型店から300坪級の大型店まで
- 証券アナリストジャーナル 38(8)(日本証券アナリスト協会, 2000年8月・杉浦広一発言)
- [7]愛知・岐阜・三重の東海3県でドミナント出店(商圏集中で知名度・チラシ効果・在庫効率を高め、近隣店で品目を融通=面分業に不可欠)
- [9]医薬分業の進展(処方せんの院外化)を見据え、全店調剤併設をその受け皿に位置づけた
株式上場と「調剤で全国へ」
業績は急拡大した。連結売上高は1996年度の88億円から2000年2月期には292億円へと3年間で3.3倍に伸び、同期の経常利益は19億円を計上した。2000年時点で資本金は26億3283万円、従業員は406名、店舗は愛知・岐阜・三重を中心に93店舗を数えた。売上のおよそ6割弱を医薬品・化粧品が占め、その粗利率は約75%に達していた。 [10][11][12]
- 中部財界 43(9)(中部財界社, 2000年9月)
- [10]連結売上高 1996年度88億円→2000年2月期292億円(3年で3.3倍)・経常利益19億円
- [11]2000年時点で資本金26億3283万円・従業員406名・店舗93店舗
- 証券アナリストジャーナル 38(8)(日本証券アナリスト協会, 2000年8月・杉浦広一発言)
- [12]売上の6割弱を医薬品・化粧品が占め、その粗利率は約75%
2000年6月、スギ薬局は大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場に株式を上場した。発足したばかりの新興企業向け市場での公開であり、同社は中期計画として2005年2月期に東海3県で(処方せん調剤を除く)売上高1000億円・300店を掲げ、全店に薬剤師を常駐させる調剤併設の方針を継続するとした。次期は売上高390億円を計画していた。 [13][14][15]
- スギホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [13]2000年6月 大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場に株式を上場
- 証券アナリストジャーナル 38(8)(日本証券アナリスト協会, 2000年8月・杉浦広一発言)
- [14]中期計画として2005年2月期に東海3県で(処方せん調剤を除く)売上高1000億円・300店を掲げ、全店に薬剤師を常駐させる方針を継続
- 中部財界 43(9)(中部財界社, 2000年9月)
- [15]次期(2001年2月期)は売上高390億円を計画
翌2001年8月には東京証券取引所市場第一部および名古屋証券取引所市場第一部へ同時上場し、新興市場への公開からわずか1年余りで本格上場を果たした。利益の薄い調剤をあえて全店に併設する業態は当時のアナリストに懐疑的に見られることもあったが、杉浦氏は調剤併設型ドラッグストアを「日本初のビジネスモデル」と位置づけ、東海ドミナントを足場に西日本へ出店を広げる全国チェーン化の意思を明確にしていた。 [16][17]
- スギホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [16]2001年8月 東京証券取引所市場第一部・名古屋証券取引所市場第一部に同時上場
- 証券アナリストジャーナル 38(8)(日本証券アナリスト協会, 2000年8月・杉浦広一発言)
- [17]調剤併設型ドラッグストアを「日本初のビジネスモデル」と位置づけ、西日本への出店強化で全国チェーン化を志向
- 中部財界 43(9)(中部財界社, 2000年9月)
- [10]連結売上高 1996年度88億円→2000年2月期292億円(3年で3.3倍)・経常利益19億円
- [11]2000年時点で資本金26億3283万円・従業員406名・店舗93店舗
- [15]次期(2001年2月期)は売上高390億円を計画
- 証券アナリストジャーナル 38(8)(日本証券アナリスト協会, 2000年8月・杉浦広一発言)
- [12]売上の6割弱を医薬品・化粧品が占め、その粗利率は約75%
- [14]中期計画として2005年2月期に東海3県で(処方せん調剤を除く)売上高1000億円・300店を掲げ、全店に薬剤師を常駐させる方針を継続
- [17]調剤併設型ドラッグストアを「日本初のビジネスモデル」と位置づけ、西日本への出店強化で全国チェーン化を志向
- スギホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- [13]2000年6月 大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場に株式を上場
- [16]2001年8月 東京証券取引所市場第一部・名古屋証券取引所市場第一部に同時上場