三菱倉庫 の歴史

創業

1887年

創業者

岩崎彌太郎

創業地

東京都深川

直近売上高(2025/3)

2,840億円

長期業績と転換点(1996/3〜2025/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1887年の発足時に、三菱倉庫は独立系の倉庫業者と違う形で出発できたのか
A 三菱グループの海運・貿易そのものが、運ぶ荷の保管需要を絶えず供給したためである。荷を自ら集めねばならない独立系の倉庫業者と違い、グループの取引が保管する荷を生む構図だった。1887年、海運貿易が拡大する明治期に三菱為換店の倉庫業務を継承し、東京・深川に有限責任東京倉庫会社として発足した。深川は隅田川と運河が交わる水運の要衝で、1907年には神戸港で荷揚げから保管までを一貫して扱う海陸一貫施設を整えた。保管を港湾オペレーションと結びつけた点が独立系と一線を画し、1918年に三菱倉庫へ商号を変えた
Q なぜ1962年に、倉庫会社が倉庫用地を不動産へ転用したのか
A 倉庫業は土地を大量に使う事業ゆえ、都市化で倉庫の適地が郊外へ移ると都心の旧用地が遊休資産として余ったからである。簿価の低い旧倉庫用地をそのまま建て替えれば、賃貸ビルの投資利回りは倉庫単体では得難い水準に届いた。1962年、三菱倉庫は東京・深川にコンピュータ・倉庫・住宅の複合賃貸ビルを建て、不動産事業へ本格進出した。以降、不動産は売上構成こそ2割以下にとどまる一方、利益の6割を稼ぐ事業に育ち、物流が売上・不動産が利益という二事業体制が半世紀にわたり会社を支えた
Q なぜ2025年に、自前主義を貫いてきた三菱倉庫がM&A1,000億円と物流不動産へ進んだのか
A 国内倉庫の拡大余地が細り、二事業を別会計で運んできた稼ぎ方だけでは事業利益を伸ばしにくくなったからである。そこで成長の半分を買収と資産回転に求め、両事業の接点へ資本を集める設計に改めた。2022年6月に就任した斉藤秀親社長は挑戦する風土の醸成を掲げ、2025年3月の経営計画[2025-2030]で2030年度の事業利益630億円、期間中のM&A投資1,000億円以上を打ち出した。物流事業者としての施設選定力と荷役・配送サービスを差別化に据えた物流不動産へ進み、政策保有株売却を原資にROE10%を狙う資本政策を併せた

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1880年〜 倉庫業から陸海空物流と不動産の二本柱を築くまで

  1. 1887年有限責任東京倉庫会社として設立
  2. 1893年東京倉庫株式会社に改組・商号変更
  3. 1907年神戸港で海陸一貫取扱施設を完成
  4. 1918年三菱倉庫株式会社に商号変更
  5. 1931年日本初のトランクルームサービスを開始
  6. 1962年コンピュータ専用賃貸ビル事業を開始、不動産事業に本格進出
  7. 2010年富士物流の株式公開買付けを実施し連結子会社化

三菱倉庫の業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書等

三菱為換店から独立した倉庫会社の誕生

1887年4月、三菱為換店(1880年開業)の倉庫業務を継承し、東京・深川に有限責任東京倉庫会社を設立した。深川は隅田川と運河が交差する水運の要衝で、倉庫業の立地として適していた。1892年に大阪支店、1902年に神戸支店を開設し、三大都市圏に拠点を構えた。1907年には神戸港に海陸一貫取扱施設を完成させ、海運貨物を船から倉庫まで一貫して扱う港湾運送事業の体制を整えた。倉庫での保管だけでなく荷揚げから配送までを自社で管理する手法は、後の総合物流企業の骨格を形作った。三菱グループ各社の海運・貿易取引を基盤にした保管需要と、港湾での一貫オペレーションが結びついた点は、独立系倉庫業者と一線を画した。 [1][2][3][4]

    • [1]1887年4月 三菱為換店の倉庫業務を継承し東京・深川に有限責任東京倉庫会社を設立
    • [2]三菱為換店は1880年(明治13年)開業(七つ蔵の建設)
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [3]1892年3月 大阪支店、1902年12月 神戸支店を開設
    • [4]1907年11月 神戸港で海陸一貫取扱施設(海陸連絡業=後の港湾運送事業)を完成

1918年3月に「三菱倉庫株式会社」へ商号を変更し、三菱グループの物流中核を自任した。1931年には東京・江戸橋(現在の日本橋)で日本初のトランクルームサービスを開始した。法人向けの大量保管が中心だった倉庫業に、個人の家財や美術品の保管という新市場を切り開いた一手だった。戦後は1946年の財閥解体で三菱本社から資本的に独立し、1949年に東証に上場した。三菱グループ各社との取引関係は維持しつつ、独立した上場企業として経営する体制に切り替わった。グループ荷主からの安定需要と市場経由の資金調達を両立させた構図は、戦後の再建期に倉庫業者が迫られた資本基盤の立て直しを、取引基盤を失わずにこなす手立てとして働いた。 [5][6][7]

    • [5]1918年3月 三菱倉庫株式会社へ商号変更
    • [6]1931年1月 東京・江戸橋(現・日本橋)で日本初のトランクルームサービスを開始
    • [7]1949年5月 東京証券取引所に株式を上場

江戸橋(現在の日本橋)の地には、三菱の祖・岩崎弥太郎が1876年に建てた煉瓦造りの倉庫があった。この倉庫は1923年の関東大震災で焼失し、跡地には地下1階・地上6階建ての鉄筋コンクリート造「江戸橋倉庫ビル」が1930年、竹中工務店の施工で再建された。客の荷物を預かる倉庫という用途上、耐震・耐火性を徹底する設計が採られ、地盤改良のため長さ20メートルを超える松杭が敷地全体で約4000本打ち込まれた。1931年のトランクルームサービス開始は、震災の教訓を踏まえて建て直されたこの新しい建物とともに始まった。 [8][9][10]

  • 週刊東洋経済(2014年6月14日号)
    • [8]江戸橋の地には三菱の祖・岩崎弥太郎が1876年(明治9年)に建てた煉瓦造りの倉庫があった
    • [9]1923年の関東大震災で焼失、1930年に竹中工務店の施工で地下1階・地上6階建ての鉄筋コンクリート造「江戸橋倉庫ビル」として再建
    • [10]地盤改良のため長さ20メートルを超える松杭を敷地全体で約4000本打ち込んだ
    • [1]1887年4月 三菱為換店の倉庫業務を継承し東京・深川に有限責任東京倉庫会社を設立
    • [2]三菱為換店は1880年(明治13年)開業(七つ蔵の建設)
    • [5]1918年3月 三菱倉庫株式会社へ商号変更
    • [6]1931年1月 東京・江戸橋(現・日本橋)で日本初のトランクルームサービスを開始
    • [7]1949年5月 東京証券取引所に株式を上場
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [3]1892年3月 大阪支店、1902年12月 神戸支店を開設
    • [4]1907年11月 神戸港で海陸一貫取扱施設(海陸連絡業=後の港湾運送事業)を完成
  • 週刊東洋経済(2014年6月14日号)
    • [8]江戸橋の地には三菱の祖・岩崎弥太郎が1876年(明治9年)に建てた煉瓦造りの倉庫があった
    • [9]1923年の関東大震災で焼失、1930年に竹中工務店の施工で地下1階・地上6階建ての鉄筋コンクリート造「江戸橋倉庫ビル」として再建
    • [10]地盤改良のため長さ20メートルを超える松杭を敷地全体で約4000本打ち込んだ

倉庫用地からビル賃貸へ ── 不動産事業の始まり

1962年11月、東京・深川にコンピュータ・倉庫・住宅の複合賃貸ビルを建設し、不動産事業に本格参入した。コンピュータの普及に伴う専用室の需要に着目し、倉庫業で保有していた都心部の自社用地を転用した一手である。1973年には東京・新川にコンピュータ専用賃貸ビル「東京ダイヤビルディング」を建設し、以降もダイヤビルシリーズを順次増設した。倉庫業は土地を大量に使う事業で、都市化の進展で倉庫適地が郊外へ移るにつれ、都心の旧倉庫用地は不動産開発の対象に変わった。土地の簿価が低いまま都心化の恩恵を受けた旧倉庫用地は、建替え時の賃貸ビル投資の利回りを押し上げ、倉庫単体では得難い収益水準を生んだ。 [11][12]

    • [11]1962年11月 東京・深川にコンピュータ・倉庫・住宅の複合賃貸ビルを建設し不動産事業に本格進出
    • [12]1973年9月 東京・新川にコンピュータ専用賃貸ビル「東京ダイヤビルディング」を建設

1963年に自動車運送事業に本格進出し、倉庫保管から配送まで一貫して手がける物流体制を整えた。1970年1月には米国カリフォルニア州に倉庫会社を設立し、海外進出の第一歩を記した。1971年には航空貨物取扱事業にも参入し、陸海空の総合物流企業としての骨格が出そろった。不動産と物流を主柱とする収益構造は1960年代に原型ができあがり、以降半世紀以上にわたって三菱倉庫の経営を特徴づけている。高度成長期の荷動き拡大と都心地価の上昇が重なった1960年代から1970年代初頭にかけて、物流の多モード化と不動産の高度化が同時並行で進んだ。単一事業に依存しない収益分散の設計を、時代の追い風を借りて10年ほどで固めた格好である。 [13][14][15][16]

    • [13]1963年4月 自動車運送事業に本格進出
    • [14]1970年1月 米国カリフォルニア州に倉庫会社を設立(海外進出の第一歩)
    • [15]1971年4月 航空貨物取扱事業に本格進出(陸海空の総合物流体制を構築)
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [16]現地企業を取り込む本格的な海外M&Aは2023年のCavalier買収まで持ち越し
    • [11]1962年11月 東京・深川にコンピュータ・倉庫・住宅の複合賃貸ビルを建設し不動産事業に本格進出
    • [12]1973年9月 東京・新川にコンピュータ専用賃貸ビル「東京ダイヤビルディング」を建設
    • [13]1963年4月 自動車運送事業に本格進出
    • [14]1970年1月 米国カリフォルニア州に倉庫会社を設立(海外進出の第一歩)
    • [15]1971年4月 航空貨物取扱事業に本格進出(陸海空の総合物流体制を構築)
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [16]現地企業を取り込む本格的な海外M&Aは2023年のCavalier買収まで持ち越し

100周年と「倉庫改造元年」の高機能化投資

1987年4月に創立100周年を迎えた。1992年には各店に高機能倉庫を一斉に建設し(約25,000坪)、「倉庫改造元年」を宣言した。老朽化した倉庫を温度管理や自動化設備を備えた施設へ更新する投資である。同年9月には神戸・ハーバーランドに商業施設・オフィスビルの賃貸施設を建設し、不動産事業の対象をオフィスから商業施設まで広げた。1995年1月の阪神大震災で神戸地区の施設は被災したが、同年2月にはオランダに運送取扱会社を設立して欧州物流拠点の整備に着手した。バブル崩壊で国内景気が冷え込むなかでも、倉庫の設備投資と海外展開を止めなかった点が、後の景気回復期に投資の手戻りを生まずに済む土台になった。 [17][18][19][20]

    • [17]1987年4月 創立100周年
    • [18]1992年 各店に高機能倉庫を一斉建設(約25,000坪)し「倉庫改造元年」と宣言
    • [20]1995年1月 阪神大震災で被災、同年2月 オランダに運送取扱会社を設立
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1992年9月 神戸・ハーバーランドに商業施設・オフィスビルの賃貸施設を建設

1984年のシンガポール進出から始まった東南アジアの拠点網は、1985年香港、1989年タイ、1993年インドネシア、1996年中国、1998年マレーシア、2011年ベトナムへ順次拡大した。日系メーカーの海外生産シフトに合わせて物流拠点を整備する戦略だったが、海外売上高は全体の中で限定的にとどまった。三菱グループの取引基盤を活かした国内事業が収益の中心で、海外展開のペースは緩やかだった。日系荷主の後ろをついていく拠点展開は現地企業を顧客にする踏み込みを伴わず、海外ネットワークの厚みより国内収益の安定が優先された。現地企業そのものを取り込むかたちの本格的な海外M&Aは、2023年のCavalier買収まで持ち越された。 [21][22]

    • [21]東南アジア拠点網: シンガポール1984年、香港1985年、タイ1989年、インドネシア1993年、中国1996年、マレーシア1998年、ベトナム2011年
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [22]現地企業そのものを取り込む本格的な海外M&Aは2023年のCavalier買収まで持ち越し
    • [17]1987年4月 創立100周年
    • [18]1992年 各店に高機能倉庫を一斉建設(約25,000坪)し「倉庫改造元年」と宣言
    • [20]1995年1月 阪神大震災で被災、同年2月 オランダに運送取扱会社を設立
    • [21]東南アジア拠点網: シンガポール1984年、香港1985年、タイ1989年、インドネシア1993年、中国1996年、マレーシア1998年、ベトナム2011年
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1992年9月 神戸・ハーバーランドに商業施設・オフィスビルの賃貸施設を建設
    • [22]現地企業そのものを取り込む本格的な海外M&Aは2023年のCavalier買収まで持ち越し

2012年〜 不動産が利益の過半を稼ぐ「倉庫会社」の安定成長と転換

  1. 2012年松井明生が社長に就任
  2. 2014年東京・日本橋の倉庫ビルを建て替えオフィスビルに転換
  3. 2017年藤倉正夫が社長に就任
  4. 2022年斉藤秀親が社長に就任
  5. 2022年東証プライム市場に移行

三菱倉庫の業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書等

不動産セグメントが支えた利益構造

物流事業と不動産事業の二セグメント体制は2000年代を通じて定着した。不動産事業のセグメント利益は2006年3月期に105億円、物流事業は30億円で、利益ベースでは不動産が物流の3倍以上を稼ぐ構造だった。倉庫業の利幅は薄く、東京ダイヤビルディングや神戸ハーバーランドなどの賃貸不動産が高い利益を安定して生んだ。不動産セグメントの利益は2006年以降も100億円前後で推移し、営業収益全体に占める割合は2割以下ながら利益の過半を占める時期が長く続いた。売上と利益の重心が食い違う構造は、倉庫本業の拡大投資と高収益な不動産の稼得を切り離して運営する発想と親和した。グループ内では「倉庫会社」の看板のまま不動産利益を享受する独自のポジションが定着した。

2010年9月、富士物流に対するTOB(株式公開買付け)を実施し、同社及び子会社10社を連結子会社化した。買付価格は1株450円、投資額は最大約104億円だった。富士物流は電機・電子部品の輸送に強みを持ち、緊急パーツ配送網の国内ネットワークを有していた。このM&Aで物流事業の売上高はFY10の1,396億円からFY11に1,579億円へ拡大し、企業物流の一括受注(3PL)体制を強化した。三菱倉庫にとって過去最大のM&Aで、自前成長主体の経営から方針を切り替えた案件だった。倉庫機能を核に3PLの受託領域を広げる動きは、荷主側の物流アウトソースの広がりと足並みがそろった。保管業から輸送・流通加工まで一貫した業務を取り込み、物流セグメントの売上を13%押し上げた。 [23][24]

日本橋再開発と都心不動産の高度化

2014年9月、東京・日本橋に所有する倉庫ビル(本店事務所・トランクルーム)を建て替え、オフィスビルへ転換した。1931年に日本初のトランクルームを開業した江戸橋の地で、約80年を経て倉庫からオフィスビルへの転換が完了した。本店事務所と賃貸オフィス、トランクルームを集約した複合ビルは、倉庫用地を不動産として高度利用する三菱倉庫の戦略の延長上にあった。都心部に残した旧倉庫用地は、単純な売却ではなく自社開発のオフィスへ転換して保有を続けた。賃料水準の高い中央区・港区の物件が、不動産セグメントの安定収益を支える骨格となった。藤倉正夫は2019年の新中期経営計画発表時にイノベーション創出を経営方針として打ち出し、本社・トランクルーム・賃貸オフィスを一棟に重ねる手法を旧倉庫用地の高度化モデルとして全国展開する方針を示した。 [25][26]

連結営業収益はFY18(2019年3月期)に2,271億円、FY19(2020年3月期)に2,290億円とコロナ前のピークを記録した。物流事業の売上高は1,889億円、不動産事業は401億円で、売上構成比は物流が83%を占める。利益構造は逆で、不動産事業のセグメント利益108億円に対し物流事業は71億円と、不動産が利益の6割を稼いだ。コロナ禍の2021年3月期でも不動産事業のセグメント利益は100億円を維持し、景気変動に強い賃貸収入が経営の安定性を支えた。物流セグメントが荷動きの減少で収益を落としても、賃料契約が固定化された不動産セグメントは収益水準を保ちやすい。主柱2つの構造は単なる売上分散ではなく、景気サイクルが異なる収益源を抱き合わせる仕掛けとして働いた。

建て替えに際しては、旧建物の外壁の7割を残し、地上5階までの石造り部分を保存する形で工事を進めた。全面的な取り壊しの方が工期・費用とも抑えられたが、この場所が三菱倉庫にとって発祥の地であること、東京都選定歴史的建造物であること、周辺地域からも存続を望む声があったことから保存を選んだ。建設当時に打ち込まれた松杭のうち約1500本を新たに引き抜いたところ、いずれも80年以上を経て腐食が見られず、昭和初期の基礎工事の堅牢さを裏付けた。新しい18階建てのビルは、7階と6階の間に免震層を設け、地震・災害への備えを一段と高めている。 [27][28][29][30]

  • 週刊東洋経済(2014年6月14日号)
    • [27]建て替えでは旧建物の外壁の7割(地上5階までの石造り部分)を保存
    • [28]保存した理由は発祥の地であること・東京都選定歴史的建造物であること・周辺地域からの存続要望
    • [29]建設当時の松杭約1500本を引き抜いたが80年以上を経て腐食が見られなかった
    • [30]新しい18階建てのビルは7階と6階の間に免震層を設置
    • [25]2014年9月 東京・日本橋に所有する倉庫ビル(本店事務所・トランクルーム)を建て替えオフィスビルへ転換
    • [26]藤倉正夫は2017年6月社長就任。2019年の新中期経営計画でイノベーション創出を経営方針に打ち出した
  • 週刊東洋経済(2014年6月14日号)
    • [27]建て替えでは旧建物の外壁の7割(地上5階までの石造り部分)を保存
    • [28]保存した理由は発祥の地であること・東京都選定歴史的建造物であること・周辺地域からの存続要望
    • [29]建設当時の松杭約1500本を引き抜いたが80年以上を経て腐食が見られなかった
    • [30]新しい18階建てのビルは7階と6階の間に免震層を設置

2023年〜 M&A1,000億円と物流不動産で自前主義を脱する経営計画

  1. 2023年米国Cavalier Logisticsグループ4社を連結子会社化
  2. 2025年経営計画[2025-2030]を発表

三菱倉庫の業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書等

日系荷主追随からCavalier買収による現地企業取込みへ

2022年6月に斉藤秀親が社長に就任し、海外展開の加速を経営方針の柱に据えた。斉藤は就任翌年に変革の歩みを進め海外事業展開に注力する方針を表明し、2023年10月に米国の持株会社を通じてCavalier Logisticsグループを構成する米国・英国の4社を連結子会社化した。三菱倉庫にとって海外での本格的なM&Aで、富士物流以来13年ぶりの買収案件である。2025年1月には持株会社と米国3社を合併してグループ内の組織を整理した。従来の海外展開は日系企業の海外進出に伴う拠点整備が中心だったが、Cavalier買収は現地の物流企業そのものを取り込む方針への切り替えだった。日系荷主の後追いという制約から抜け、現地顧客基盤と米英のフォワーディング機能をまとめて取得する手法は、40年近く続いた海外事業モデルを更新した。 [31][32][33][34]

  • 三菱倉庫 有価証券報告書【役員の状況】
    • [31]2022年6月 斉藤秀親が社長に就任
    • [32]斉藤秀親は変革の歩みを進め海外事業展開に注力する方針を表明
    • [33]2023年10月 米国持株会社を通じてCavalier Logisticsグループ(米英4社)を連結子会社化
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [34]2025年1月 持株会社と米国3社を合併しグループ内組織を整理

FY22(2023年3月期)の連結営業収益は3,005億円と初めて3,000億円を超えた。物流事業は2,631億円、セグメント利益187億円で、コロナ後の海上運賃高騰と国際物流需要の増加が寄与した。FY24(2025年3月期)は営業収益2,840億円、経常利益186億円、純利益318億円を記録した。純利益が経常利益を132億円上回ったのは政策保有株の売却益によるもので、後述する経営計画の資本政策の一環として実施した売却である。海上運賃の反動減で営業段階の利益が平準化する一方、保有株売却益が純利益を押し上げる構図は、成長投資の原資を既存事業の外側から生み出す資本政策である。三菱グループ内の持ち合いを整理しつつ資本効率を高める動きは、海外M&Aの資金確保とROE目標の達成を同時に狙う設計でもある。純利益の構造が一時的であっても、財務余力の確保という実質の効果を残した。

  • 三菱倉庫 有価証券報告書【役員の状況】
    • [31]2022年6月 斉藤秀親が社長に就任
    • [32]斉藤秀親は変革の歩みを進め海外事業展開に注力する方針を表明
    • [33]2023年10月 米国持株会社を通じてCavalier Logisticsグループ(米英4社)を連結子会社化
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [34]2025年1月 持株会社と米国3社を合併しグループ内組織を整理

経営計画[2025-2030] ── M&A1,000億円と物流不動産

2025年3月に発表した経営計画[2025-2030]は、2030年度の事業利益目標630億円を掲げた。うち50%を既存事業のオーガニック成長、残りをM&Aと資産回転型ビジネスで達成する計画とする。期間中のM&A投資は1,000億円以上を見込み、2030年度にM&A等の成長投資から200億円程度の利益貢献を想定する。営業収益2,840億円の企業が6年間で1,000億円以上のM&Aを計画する規模は、三菱倉庫の歴史において前例がない。自前主義で積み上げてきた過去の拡大と比べ、買収による非連続成長を前提に置く設計は、137年続いた経営スタイルそのものを書き換える。既存事業の50%オーガニック成長目標は従来ペースの延長線上に収まる一方、残る50%をM&Aと資産回転で取りに行く配分が計画の骨格である。斉藤秀親は成長のために挑戦する風土の醸成を強調し、計画達成の前提に組織文化の転換を据える方針を示した。 [35][36][37][38]

  • 経営計画[2025-2030]説明会
    • [35]2025年3月 経営計画[2025-2030]を発表、2030年度の事業利益目標630億円
    • [36]期間中のM&A投資は1,000億円以上を見込む
    • [37]斉藤秀親は成長のために挑戦する風土の醸成を強調
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [38]本文の137年は1887年設立を起点に数えた年数で創業年と整合する

物流不動産への進出も計画の柱に据えた。物流事業者としてのスペック選定力や、テナントへの荷役・配送・流通加工サービスの提供を差別化要因に据え、新規開発だけでなく既存物流不動産の取得とバリューアップも検討する。資産回転型ビジネスでは、既存賃貸不動産のファンド売却益、分譲マンション利益、AM事業のフィービジネスを含め、2030年度に100億円以上の利益を見込む。ROE10%を財務目標に掲げ、政策保有株の売却(期間中1,000億円規模)と総還元性向60%で純資産を増やさずに維持する方針を示した。物流と不動産を別会計で運営した過去とは異なり、両セグメントの接点に資本投下を集中させる資産配分は、二本柱経営から「二本柱シナジー経営」への踏み込みである。 [39][40]

  • 経営計画[2025-2030]説明会
    • [39]資産回転型ビジネス(ファンド売却益・分譲マンション利益・AM事業フィー)で2030年度に100億円以上の利益を見込む
    • [40]ROE10%目標、政策保有株売却(期間中1,000億円規模)、総還元性向60%
  • 経営計画[2025-2030]説明会
    • [35]2025年3月 経営計画[2025-2030]を発表、2030年度の事業利益目標630億円
    • [36]期間中のM&A投資は1,000億円以上を見込む
    • [39]資産回転型ビジネス(ファンド売却益・分譲マンション利益・AM事業フィー)で2030年度に100億円以上の利益を見込む
    • [40]ROE10%目標、政策保有株売却(期間中1,000億円規模)、総還元性向60%
    • [37]斉藤秀親は成長のために挑戦する風土の醸成を強調
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [38]本文の137年は1887年設立を起点に数えた年数で創業年と整合する

三菱倉庫の沿革1887〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
有限責任東京倉庫会社として設立★★★
大阪支店を開設
東京倉庫株式会社に改組・商号変更★★
神戸支店を開設
神戸港で海陸一貫取扱施設を完成★★★
三菱倉庫株式会社に商号変更★★★
門司支店を開設
横浜支店を開設
日本初のトランクルームサービスを開始★★★
名古屋支店を開設
東京証券取引所に株式を上場
福岡支店を開設
コンピュータ専用賃貸ビル事業を開始、不動産事業に本格進出★★
自動車運送事業に本格進出★★
米国カリフォルニア州に倉庫会社を設立★★
航空貨物取扱事業に本格進出★★
東京・新川にコンピュータ専用賃貸ビル(東京ダイヤビルディング)を建設★★
シンガポールに運送取扱会社を設立★★
情報関連事業会社を設立
創立100周年★★
番尚志インドネシアに倉庫会社を設立
番尚志阪神大震災で被災★★
番尚志中国に倉庫会社を設立★★
番尚志冷蔵倉庫業に本格進出
番尚志横浜・ポートサイド地区に商業施設を建設
岡本哲郎岡本哲郎が社長に就任
岡本哲郎富士物流の株式公開買付けを実施し連結子会社化★★★
松井明生松井明生が社長に就任
松井明生東京・日本橋の倉庫ビルを建て替えオフィスビルに転換★★★
藤倉正夫藤倉正夫が社長に就任
斉藤秀親東証プライム市場に移行
斉藤秀親斉藤秀親が社長に就任★★
斉藤秀親米国Cavalier Logisticsグループ4社を連結子会社化★★★
斉藤秀親経営計画[2025-2030]を発表★★
出典・参考

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