創業1975年11月、神奈川県綾瀬市において名幸電子工業株式会社(メイコーの旧社名)が設立された。創業者は名屋佑一郎氏(1943年12月生まれ、当時31歳)で、前職は昭和無線工業株式会社である。設立目的は「プリント配線板の製造販売」、創業時の製品は両面プリント配線板の販売を中心とした。1970年代後半の日本電子機器産業の急成長期に、その中核部品としてのプリント配線板専業メーカーとしての自己定義を出発点に置いた。
決断1980年12月の多層プレス機導入による多層板への進出、1997年11月のビルドアップ新工法生産能力確立、1998年12月の中国広東省進出、2005年7月の中国武漢進出、2007年1月のベトナム進出を経て、創業30年で国内(神奈川・山形・福島・宮城)と中国(広東・武漢)・ベトナム(ハノイ・ホアビン)の生産拠点網を確立した。2000年12月の日本証券業協会への株式登録、2004年12月のジャスダック上場、2021年6月の東証一部、2022年4月のプライム市場移行を経て、東証プライム上場企業としての制度的位置づけを完了した。
課題FY24(2025年3月期)連結売上高2,068億円・営業利益190億円・純利益149億円と過去最高水準を記録したが、中国武漢工場への依存度が高い事業構造からベトナム工場群への戦略的シフトを進める局面にある。創業者・名屋佑一郎社長の在任50年(2025年時点で82歳)は日本の上場企業として極めて稀な長期経営事例であり、坂手敦副社長・名屋茂常務(創業者長男)への次世代承継準備が中期的な経営課題である。
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歴史概略
1975年〜1995年1975年創業──プリント配線板専業の出発と国内一貫生産体制
名屋佑一郎による創業──昭和無線工業からの独立
1975年11月、神奈川県綾瀬市において名幸電子工業株式会社(メイコーの旧社名)が設立された。創業者は名屋佑一郎氏(1943年12月生まれ、当時31歳)で、前職は昭和無線工業株式会社である。設立目的は「プリント配線板の製造販売」、創業時の製品は両面プリント配線板の販売を中心とした。1970年代後半は日本の電子機器産業(VHS・カラーテレビ・電卓・初期のパーソナルコンピュータ)が急成長した時期で、その中核部品としてプリント配線板の国内需要が拡大する局面にあった。創業者は名屋家の同族支配のもと、創業当初から「専業メーカー」としての自己定義を貫いた。
1978年4月、電子応用機器製品の開発を目的にシステム開発部を設置した。これは現在のメイコーテクノ・メイコーテックの前身となるグループ会社の出発点である。創業3年目で本業のプリント配線板に加えて電子応用機器の事業領域に踏み出した格好で、専業メーカーとしての主軸は維持しつつ、周辺領域への展開を始動した。1978年10月には基板の最終検査工程用に自社専用の基板検査機を開発、自社開発技術の確立にも踏み出した。
国内一貫生産体制と多層板への進出
1980年9月、神奈川県綾瀬市の新本社事務所・工場を新設し、設計から最終製品までの一貫生産体制を確立した。創業から5年目で国内生産の中核拠点が固まった。同年12月には多層プレス機を導入し、多層プリント配線板(多層板)の製造を開始した。両面板(2層)から多層板への進出は、プリント配線板業界における高付加価値化の典型的なステップで、メイコーは創業5年目で高密度実装が要求される高付加価値領域に踏み出した。1981年12月には世界で初めてマルチビデオプロセッサーを開発、研究開発を通じた独自技術の確立にも取り組んだ。
1982年3月、片面プリント配線板の製造を目的にマルチテック株式会社を設立(現メイコーテック)した。事業領域の拡張に伴うグループ会社の分社化である。同年9月にはコスミック・コモドールジャパンとの合弁で山形名幸電子株式会社を設立、プリント配線板の製造合弁会社として生産体制を拡張した。1990年6月には福島工場を新設、国内生産能力を増強した。1991年4月、商号を株式会社メイコーに変更、現社名(メイコー)が確立された。創業16年で「名幸電子工業」から「メイコー」への商号変更を経て、ブランドの統一を完了した。
1997年ビルドアップ新工法と国内R&D拠点
1997年11月、山形工場敷地内に「ビルドアップ新工法」(多層基板を順次積層して製造する高密度実装技術)による基板製造のための建屋を新築した。ビルドアップ基板は、当時の携帯電話・ノートPCの小型化・高性能化に対応するための高密度実装技術で、メイコーは国内大手プリント配線板メーカーとして新工法の生産能力を確立した。創業22年で、両面板→多層板→ビルドアップ基板という製品ポートフォリオの高度化を完了した。
以降は執筆中