創業地東京都
創業年1910
上場年1949
創業者※外国人技師+邦人実業家
現代表濱田敏彦
従業員数19,754

1910年(明治43年)、在日米国人技師が酸素の工業的製造技術を国内に持ち込み、邦人実業家との共同で東京に「日本酸素株式会社」を設立した。日本初の本格的な酸素製造会社として、当時拡大しつつあった造船・鉄工業の溶接・切断用酸素需要を取り込んだ。1920年代に液体酸素の製造に成功し、戦後の高度成長期には新日鉄・川崎製鉄・神戸製鋼など国内高炉メーカーと長期供給契約を結んで国内産業ガス首位を100年近く保持した。1949年5月東証一部上場。

2000年4月、日本酸素は大陽東洋酸素と対等合併し「大陽日酸」に商号変更、国内産業ガスシェア40%超の二強体制(エア・ウォーター・大陽日酸)を確立した。2004年に三菱化学(現三菱ケミカル)の出資を受け、2014年に米国Matheson Tri-Gas、2018年に独プラクスエアの欧州事業を取得して海外売上比率を65%超に引き上げた。2020年10月には三菱ケミカルホールディングスの完全子会社化と同時に上場維持のまま「日本酸素ホールディングス」へ商号復活、創業時の社名と「Nippon Sanso」ブランドを110年ぶりに前面化した。

2025年3月期は連結売上高1兆2148億円・営業利益1582億円・当期純利益1027億円となり、3期連続で過去最高を更新した。海外売上比率は約65%、地域別では米州30%・欧州20%・アジアオセアニア15%とバランスが取れている。2025年6月開始の長期ビジョン「Our Vision 2030」は2030年3月期に売上高1兆5000億円・営業利益2000億円・ROE12%以上を掲げる。半導体材料事業と脱炭素関連事業の合計売上構成比を25%から40%水準へ引き上げる集中投資と、三菱ケミカルグループ内での独立経営の維持という二つの命題に同時対応する局面にある。

日本酸素ホールディングス:売上高の内訳と営業利益率(PL 分解 × 営業利益率)
売上高(億円)営業利益(億円)販管費(億円)売上原価(億円)営業利益率(%)
歴代社長
FY01
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FY30
松枝寛祐
代表取締役社長
川口恭史
代表取締役社長
田邉信司
代..
歴代社長
FY05
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FY24
松枝寛祐
代表取締役社長
川口恭史
代表取締役社長
田邉信司
代表取締役社長
市原裕史郎代表取締役社長濱田敏彦代表取締役社長
日本酸素ホールディングス:投資CF(M&A・設備投資ほか/事業施策と紐付き)
投資CF(億円)
日本製鉄株式会社より東日本製鉄所君津地区の空気分離装置の運転・整備等の業務移管を受け、共同出資による株式会社君津サンソセンターを設立。2022
会社分割(吸収分割)方式により持株会社体制に移行し、日本酸素ホールディングス株式会社に商号を変更。吸収分割承継会社を大陽日酸株式会社に商号変更し、日本での産業ガス及び関連機器の製造・販売に関する事業を承継。2020
新日鐵住金株式会社(現 日本製鉄株式会社)と共同出資により、株式会社八幡サンソセンター(現 株式会社九州サンソセンター)を設立。2016

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歴史概略

1910年〜2000日本酸素・国内産業ガス首位の100年

在日米国人技師が始めた酸素製造の創業期

日本酸素株式会社は1910年(明治43年)に東京で創業した、日本初の本格的な酸素製造会社である。在日米国人技師が酸素の工業的製造技術を国内へ持ち込み、邦人実業家との共同で設立された。創業時の主力商品は溶接・切断用の工業用酸素で、当時拡大しつつあった造船・鉄工業の需要を取り込んだ。1920年代には液体酸素の製造に成功し、1930年代に入ると鉄鋼業の発展に伴って酸素需要が急増した。戦時下では軍需向けの酸素・水素供給で生産能力を拡大し、戦後の復興期には国内産業ガス市場の最大シェアを長期にわたり保持する地位を確立した。

戦後の高度成長期、日本酸素は鉄鋼・造船・自動車・電力・化学プラントへの酸素・窒素・アルゴン供給網を全国に張り巡らした。1949年5月に東京証券取引所市場第一部へ株式を上場し、1950年代から1970年代にかけては国内の高炉メーカー(新日鉄、川崎製鉄、神戸製鋼など)と長期供給契約を結んで巨大な需要を確保した。同社の収益基盤は「オンサイト型」と呼ばれる、顧客プラントに併設した深冷分離装置による現地供給と、ボンベ・液化ガスの広域配送網による「ローカル型」の二本柱で構成され、産業ガスのストック型ビジネスモデルが定着した。半導体・液晶産業の勃興期である1980年代後半からは、超高純度の窒素・水素・アルゴン・特殊ガスの安定供給能力が新たな競争優位の源泉となった。

大陽東洋酸素との合併で「大陽日酸」発足

2000年4月、日本酸素は東京・大阪を地盤とする大陽東洋酸素株式会社と対等合併し、商号を「大陽日酸株式会社」と改めた。大陽東洋酸素は1907年創業の東洋酸素と1920年代創業の大陽酸素という二つの老舗酸素メーカーが合併した会社で、関西・中部地区で日本酸素に次ぐ第二位の地位を持っていた。大陽日酸の発足によって国内産業ガス業界における日本酸素グループのシェアは40%超に達し、エア・ウォーター・大陽日酸の二強体制と、海外メジャー(エアプロダクツ、リンデ、エア・リキード)との競合構図が固まる。同合併は産業ガス業界における国内最大の再編案件として記録され、その後の20年間の業界構造を方向づけた。

2004年8月には三菱化学(現三菱ケミカル)の出資を受け入れ、三菱グループの一員として産業ガス事業のグローバル展開を本格化させる体制を整えた。大陽日酸時代は2000年代から2010年代にかけて、米国・欧州・東南アジアの産業ガス会社を相次いで買収し、海外売上比率を50%超に引き上げる積極的なグローバル化戦略を実行した。2014年には米国第4位の産業ガス会社「Matheson Tri-Gas」を完全子会社化し、北米市場の地位を確立。2018年にはドイツの産業ガス大手プラクスエアの欧州事業を取得し、欧州での足場を一気に広げた。創業から110年を経て、国内首位から「世界の産業ガスメジャー」の一角へと位置取りを変える組み替えが進んだ。

以降は執筆中

参考文献・出所