日本酸素HD の歴史

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創業 1910年
母体 外国人技師+邦人実業家
創業地 東京都
創業 1908年、工作機械の輸入商だった山武商会の山口武彦氏がドイツから酸素熔接の技術
1908年、工作機械の輸入商だった山武商会の山口武彦氏がドイツから酸素熔接の技術を持ち帰った。山口は日本銀行副総裁・高橋是清の後援を得て、1910年10月に資本金5万円の日本酸素合資会社を東京・京橋に創立し、翌1911年5月に大崎へ酸素の製造・充填工場を建設する。当初の生産量は年間2万5,000立方メートルで、その大半は海軍工廠と民間造船所へ向かった。1918年7月に資本金100万円の株式会社へ改組すると、1927年からは輸入に依存していた空気分離装置の国産化に着手し、1935年に本邦初の空気分離装置を完成させる。1937年6月に日本理化工業へ改称し、1955年4月に東京製作所を分離して日本理化工業の名称を新会社へ継がせ、自らは日本酸素の商号へ戻した。
決断 設備を誰の敷地に置き、償却を誰が負うかで採算が決まってきた。1964年11月、需
設備を誰の敷地に置き、償却を誰が負うかで採算が決まってきた。1964年11月、需要家の工場内に空気分離装置を据えて配管で直送するオンサイトプラント第1号を周南で稼働させ、需要家との共同出資会社にして償却と運営費を分担させた。この方式が高収益を生み、1977年6月期には経常利益61億円、売上高経常利益率8%と化学業界で突出する。1980年代の半導体ブームでは同じ方式を踏襲しながら、1基20億円を超える設備を1984年からの1年余で全国5カ所に建て、償却を需要家と分担せず自社で負った。1985年の半導体不況で1986年6月期の経常利益は前年度比43%減、売上高経常利益率は3.2%と過去10年で最低へ沈む。同じ供給方式が、負担の置き場を変えただけで高収益にも失速にも変わった。
現況 利益が最も出るのは、2018年に外から取得した欧州である。2026年3月期の連結
利益が最も出るのは、2018年に外から取得した欧州である。2026年3月期の連結売上高は1兆3,596億円、営業利益は1,979億円だった。地域別の売上は日本4,062億円、米国3,605億円、欧州3,509億円とほぼ並ぶが、セグメント利益は欧州704億円に対し日本541億円、米国529億円で、利益率も欧州の20.1%が日本の13.3%を上回る。独リンデと米プラクスエアの統合で売却対象となった事業を49億ユーロで取得し、8年で最も採算の高い地域に育てた。国内では1964年に周南で始めた鉄鋼向けオンサイトが続き、2022年9月には日本製鉄との共同出資で君津サンソセンターを設立している。空気という無償の原料を、どの国の需要家の隣で液化するかが利益率の差を生んだ。
競合 同業が外資に買収された業界で、外資の再編が出した事業を取得した。1982年10月
同業が外資に買収された業界で、外資の再編が出した事業を取得した。1982年10月に英BOCが大阪酸素工業へ資本参加し、1983年8月には米エア・プロダクツが大同酸素株の25%を取得して、国内の同業は世界大手の傘下へ入った。2004年10月に国内2位の大陽東洋酸素と合併し、2014年11月には三菱ケミカルホールディングスの公開買付で連結子会社となりながら、上場と独立した取締役会を保っている。傘下へ入る側で終わらなかった代わりに、有利子負債は欧州の取得で1兆円近くまで膨らみ、2025年3月期に8,505億円へ戻すまで6年を要した。
長期業績の推移 1949〜2026年
日本酸素ホールディングス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2026年3月期

第1章 1910-1948 (気が向いたら執筆します!) 日本酸素の創立と大崎工場での酸素製造、ガス分離装置の内製化

第2章 1949-1979 (気が向いたら執筆します!) 上場と川崎工場での液化ガス製造、オンサイトプラントによる大口供給の開始

第3章 1980-2003 (気が向いたら執筆します!) 米国進出とトータルガスセンター網の整備、マチソン・トライガスによる米国事業の統合

第4章 2004-2026 (気が向いたら執筆します!) 大陽東洋酸素との合併と三菱ケミカルHD傘下入り、欧米ガス事業の買収による世界展開

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歴史年表 1910〜2024年

日本酸素ホールディングスの沿革1910〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1910〜1948年日本酸素の創立と大崎工場での酸素製造、ガス分離装置の内製化日本酸素を創立
酸素の製造、充填工場を東京大崎に新設
合資会社を株式会社に改組、商号を日本酸素株式会社に商号変更
ガス分離装置製作のため東京に蒲田製作所を設置
商号を日本理化工業に商号変更
大陽酸素を設立
1949〜1979年上場と川崎工場での液化ガス製造、オンサイトプラントによる大口供給の開始東京証券取引所に株式を上場
溶解アセチレン事業で三菱化成工業と業務提携
川崎工場を新設
液化酸素・液化窒素・液化アルゴンの製造を開始
東京製作所を分離し新会社に日本理化工業の名称を継承
日本酸素に商号変更
堺工場を新設
日本理化工業を吸収合併
オンサイトプラント第1号となる周南工場を新設
三菱油化と合弁会社鹿島酸素を設立
日本酸素と合弁会社富士酸素を設立
三菱商事と合弁会社ダイヤ冷機工業を設立
厚木工場を新設
1980〜2003年米国進出とトータルガスセンター網の整備、マチソン・トライガスによる米国事業の統合ジャパン・オキシジェン社を設立
日酸サーモを設立
トータルガスセンター第1号として岩手ガスセンターを設置
ナショナル・オキシジェン社を設立
特殊ガス事業を買収しマチソン・ガス・プロダクツ社を設立★★
産業ガスメーカーであるトライガス社を買収
5つの工事会社を統合しエヌエスエンジニアリングを設立
東洋酸素と合併★★
大陽東洋酸素に商号変更
マチソン・ガス・プロダクツ社とトライガス社が合併しマチソン・トライガス社を設立
家庭用品事業部門を会社分割し日酸サーモと統合してサーモスを設立★★
産業機材事業部門を会社分割し田中製作所と統合
フレックの全株式を味の素冷凍食品に譲渡
2004〜2026年大陽東洋酸素との合併と三菱ケミカルHD傘下入り、欧米ガス事業の買収による世界展開大陽東洋酸素と合併★★
大陽日酸に商号変更
川口恭史100%子会社のタイヨウニッポンサンソ・シンガポール社を通じてリーデン社を子会社化
市原裕史郎三菱ケミカルHDによる公開買付の成立により同社の連結子会社に★★
市原裕史郎エア・リキード社の米国産業ガス事業の一部を買収★★
市原裕史郎未参入だった欧州へ6,358億円を投じ、4極体制を構築した買収

2018年7月5日、大陽日酸(現・日本酸素ホールディングス)は米Praxair, Inc.との間で、同社の欧州事業に関連する法人の株式を取得する株式売買契約を締結した。同年12月3日に取得を完了し、支払対価は635,847百万円、全額が現金であった。受け入れた資産458,123百万円のうち有形固定資産は190,561百万円、無形資産は208,301百万円で、うち顧客に係る無形資産が203,900百万円を占める。引き受けた負債130,412百万円を差し引いた純額327,711百万円と支払対価の差から、のれん310,401百万円が生じた。

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★★★
市原裕史郎リンデ・ガス・ノース・アメリカ社の米国HyCO事業を買収
市原裕史郎持株会社体制に移行し日本酸素HDに商号変更★★
濱田敏彦日本製鉄との共同出資で君津サンソセンターを設立
濱田敏彦プラントエンジニアリング会社ポラリス社を買収
濱田敏彦ウェスファーマーズ・クリーンヒート・ガス社のLPガス販売事業を取得
出典・参考

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