2006年2010年2020年2026年
創業社長の関係
創業
1910年10月、工作機械の輸入商だった山口武彦氏が、日本銀行副総裁の高橋是清氏の後援を得て資本金5万円の日本酸素合資会社を東京・京橋に興した。ドイツから持ち帰った酸素熔接の技術が出発点である。1918年に株式会社へ改組し、1937年に日本理化工業、1955年に日本酸素へ戻した。創業家出身の社長は名簿では確認できない。
社長登用の傾向
社長任期の傾向
任期
最も長いのは市原裕史郎氏の7年で、2014年11月の三菱ケミカルホールディングスによる公開買付と2018年12月の欧州プラクスエア事業の取得をまたいだ。直近3代は2年8か月・7年・就任5年目である。案件の重い局面ほど任期が延び、移行を終えた代は短く交代しているように見える。
いまの体制への含意
含意
上場を保ったまま三菱ケミカルホールディングスの連結子会社であり、資本の親と独立した取締役会が併存する。社長は生え抜きから出るが、合併相手方の社長を承継の列へ入れた例が一度ある。海外を歩いた経歴が要件に加わり、濱田敏彦氏は米マチソン・トライガスと日酸TANAKAの経営を経て就いた。
| 氏名 | 社長在任期間 退任年は推定 | 在任年数 推定 | 状況 | 出自 | 役職 | 在任中の決断 | 施策 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 松枝寛祐(2006年就任) | 2006〜2010年2006年就任 | 4年 | 退任 | 生え抜き | 代表取締役・取締役社長 | ||
| 川口恭史(2010年就任) | 2010〜2012年2010年就任 | 2年 | 退任 | — | 代表取締役・取締役社長 | ||
| 田邉信司(2012年就任) | 2012〜2014年2012年就任 | 2年 | 退任 | 生え抜き | 代表取締役・取締役社長 | ||
| 市原裕史郎(2014年就任) | 2014〜2021年2014年就任 | 7年 | 退任 | 生え抜き | 代表取締役社長CEO | 決断2018年プラクスエア欧州事業の取得 | |
| 濱田敏彦(2021年就任) | 2021年〜現任2021年就任 | 6年 | 現任 | 生え抜き | 代表取締役社長CEO | 1981年4月に日本酸素へ入社した。2002年7月に米国のマチソン・トライガス社でエグゼクティブ・バイスプレジデント、2006年4月に半導体ガス事業部長を務めた。同社は1983年3月に買収した特殊ガス事業を母体とし、1999年7月の合併で生まれた米国拠点である。2014年6月に日酸TANAKAへ移り、2016年6月に専務取締役、2017年6月に代表取締役社長へ就任した。2020年6月に取締役副社長執行役員として本体へ戻った。 |