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  "title": "日本酸素ホールディングスの歴史概略",
  "sections": [
    {
      "start_year": 1910,
      "end_year": 2000,
      "main_title": "日本酸素・国内産業ガス首位の100年",
      "subsections": [
        {
          "title": "在日米国人技師が始めた酸素製造の創業期",
          "text": "日本酸素株式会社は1910年（明治43年）に東京で創業した、日本初の本格的な酸素製造会社である。在日米国人技師が酸素の工業的製造技術を国内へ持ち込み、邦人実業家との共同で設立された。創業時の主力商品は溶接・切断用の工業用酸素で、当時拡大しつつあった造船・鉄工業の需要を取り込んだ。1920年代には液体酸素の製造に成功し、1930年代に入ると鉄鋼業の発展に伴って酸素需要が急増した。戦時下では軍需向けの酸素・水素供給で生産能力を拡大し、戦後の復興期には国内産業ガス市場の最大シェアを長期にわたり保持する地位を確立した。\n\n戦後の高度成長期、日本酸素は鉄鋼・造船・自動車・電力・化学プラントへの酸素・窒素・アルゴン供給網を全国に張り巡らした。1949年5月に東京証券取引所市場第一部へ株式を上場し、1950年代から1970年代にかけては国内の高炉メーカー（新日鉄、川崎製鉄、神戸製鋼など）と長期供給契約を結んで巨大な需要を確保した。同社の収益基盤は「オンサイト型」と呼ばれる、顧客プラントに併設した深冷分離装置による現地供給と、ボンベ・液化ガスの広域配送網による「ローカル型」の二本柱で構成され、産業ガスのストック型ビジネスモデルが定着した。半導体・液晶産業の勃興期である1980年代後半からは、超高純度の窒素・水素・アルゴン・特殊ガスの安定供給能力が新たな競争優位の源泉となった。",
          "references": []
        },
        {
          "title": "大陽東洋酸素との合併で「大陽日酸」発足",
          "text": "2000年4月、日本酸素は東京・大阪を地盤とする大陽東洋酸素株式会社と対等合併し、商号を「大陽日酸株式会社」と改めた。大陽東洋酸素は1907年創業の東洋酸素と1920年代創業の大陽酸素という二つの老舗酸素メーカーが合併した会社で、関西・中部地区で日本酸素に次ぐ第二位の地位を持っていた。大陽日酸の発足によって国内産業ガス業界における日本酸素グループのシェアは40%超に達し、エア・ウォーター・大陽日酸の二強体制と、海外メジャー（エアプロダクツ、リンデ、エア・リキード）との競合構図が固まる。同合併は産業ガス業界における国内最大の再編案件として記録され、その後の20年間の業界構造を方向づけた。\n\n2004年8月には三菱化学（現三菱ケミカル）の出資を受け入れ、三菱グループの一員として産業ガス事業のグローバル展開を本格化させる体制を整えた。大陽日酸時代は2000年代から2010年代にかけて、米国・欧州・東南アジアの産業ガス会社を相次いで買収し、海外売上比率を50%超に引き上げる積極的なグローバル化戦略を実行した。2014年には米国第4位の産業ガス会社「Matheson Tri-Gas」を完全子会社化し、北米市場の地位を確立。2018年にはドイツの産業ガス大手プラクスエアの欧州事業を取得し、欧州での足場を一気に広げた。創業から110年を経て、国内首位から「世界の産業ガスメジャー」の一角へと位置取りを変える組み替えが進んだ。",
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  ],
  "summary": {
    "title": "サマリー",
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