2006年〜 東京大学発の創薬ベンチャー設立とPDPS確立
ペプチドリームの業績推移:単体
- 2006年 菅裕明氏と窪田規一氏がペプチドリームを設立
- 2006年 東京大学からフレキシザイムの独占的通常実施権を取得
- 2007年 ニューヨーク州立大学から基本特許の独占的通常実施権を取得
- 2009年 本社を東京都目黒区(東京大学先端科学技術研究センター内)に移転
- 2010年 本社とラボ機能を移転
- 2010年 創薬開発プラットフォームシステム(PDPS)を確立
- 2013年 創業7年でのマザーズ上場と、製薬大手への技術提供を収益源とする研究開発受託モデルの確立 自社で薬を売るか、大手に技術を渡すか——赤字が常のバイオ業界で、窪田規一社長はなぜ黒字の単独経営を組み立てたか
フレキシザイム技術を母体とした起業
2006年7月、東京都千代田区において、東京大学先端科学技術研究センター教授だった菅裕明氏と、日産自動車・株式会社JGSを経て創薬ビジネス経験を積んだ窪田規一氏の2人を共同創業者として、ペプチドリーム株式会社が設立された。研究室は東京大学先端科学技術研究センター内に置かれ、菅氏が開発した「フレキシザイム」と呼ばれる人工RNA触媒の技術を母体に、特殊環状ペプチドを合成・スクリーニングする創薬基盤の事業化が起業の核となった。設立後ほどなくして、同年12月に東京大学から、翌2007年5月にニューヨーク州立大学から、フレキシザイム関連特許の第三者へのサブライセンス権付き独占的通常実施権を取得した。創業者2人が研究と経営をそれぞれ担う典型的なアカデミア発スタートアップとして始まった。 [1][2][3][4][5][6][7]
- ペプチドリーム 有価証券報告書 第19期(2024年12月期)【沿革】
- [1]2006年7月、東京都千代田区でペプチドリーム株式会社が設立された
- [2]菅裕明氏は設立時に東京大学先端科学技術研究センター教授だった
- [3]菅裕明氏と窪田規一氏の2人が共同創業者である
- [5]研究室は東京大学先端科学技術研究センター内に置かれた
- [6]2006年12月に東京大学からフレキシザイム関連特許のサブライセンス権付き独占的通常実施権を取得
- [7]2007年5月にニューヨーク州立大学からフレキシザイム関連特許のサブライセンス権付き独占的通常実施権を取得
- ペプチドリーム 有価証券報告書 第19期(2024年12月期)【役員の状況】
- [4]窪田規一氏は日産自動車・株式会社JGSを経た(1976年日産自動車入社、2000年JGS設立)
2009年3月に本社を東京都目黒区に移し、2010年4月にはラボ機能を東京大学駒場リサーチキャンパスKOL内に集約。同年10月、同社独自の創薬開発プラットフォームシステム(PDPS:Peptide Discovery Platform System)の確立を公式に発表した。PDPSは、フレキシザイムを用いて1,000兆種類規模のペプチドライブラリーから医薬品候補を絞り込む独自基盤で、製薬企業に対するライセンス供与と共同研究契約を主な収益源とする「研究開発受託型バイオベンチャー」というビジネスモデルを築いた時期にあたる。 [8][9][10]
- ペプチドリーム 有価証券報告書 第19期(2024年12月期)【沿革】
- [8]2009年3月に本社を東京都目黒区に移転した
- [9]2010年4月にラボ機能を東京大学駒場リサーチキャンパスKOL内に集約した
- [10]2010年10月に独自の創薬開発プラットフォームシステム(PDPS)の確立を公式発表した
- ペプチドリーム 有価証券報告書 第19期(2024年12月期)【沿革】
- [1]2006年7月、東京都千代田区でペプチドリーム株式会社が設立された
- [2]菅裕明氏は設立時に東京大学先端科学技術研究センター教授だった
- [3]菅裕明氏と窪田規一氏の2人が共同創業者である
- [5]研究室は東京大学先端科学技術研究センター内に置かれた
- [6]2006年12月に東京大学からフレキシザイム関連特許のサブライセンス権付き独占的通常実施権を取得
- [7]2007年5月にニューヨーク州立大学からフレキシザイム関連特許のサブライセンス権付き独占的通常実施権を取得
- [8]2009年3月に本社を東京都目黒区に移転した
- [9]2010年4月にラボ機能を東京大学駒場リサーチキャンパスKOL内に集約した
- [10]2010年10月に独自の創薬開発プラットフォームシステム(PDPS)の確立を公式発表した
- ペプチドリーム 有価証券報告書 第19期(2024年12月期)【役員の状況】
- [4]窪田規一氏は日産自動車・株式会社JGSを経た(1976年日産自動車入社、2000年JGS設立)
マザーズ上場と単独経営の最終形
2013年6月、東京証券取引所マザーズ市場に株式を上場した。創業から7年での上場で、上場時の連結売上高はFY13に8.2億円。設立から上場までの7年で、武田薬品工業・アステラス製薬・Bristol Myers Squibb・Novartisなど内外大手製薬とのライセンス契約・共同研究契約を矢継ぎ早に締結しており、研究開発受託料の積み上がりが収益の柱だった。 [11][12]
- ペプチドリーム 有価証券報告書 第8期(2014年6月期)【沿革】
- [11]2013年6月、東京証券取引所マザーズ市場に上場した
- [12]設立(2006/7)から上場(2013/6)まで約7年だった
2015年12月、東証マザーズから市場第一部へ市場変更。当時の売上高は2016年6月期に43.3億円、設立から9年での1部昇格は東大発バイオベンチャーとして異例の速さだった。 [13][14]
- ペプチドリーム 有価証券報告書 第10期(2016年6月期)【沿革】
- [13]2015年12月に東証マザーズから市場第一部へ市場変更した
- [14]設立(2006/7)から市場第一部昇格(2015/12)まで約9年だった
- ペプチドリーム 有価証券報告書 第8期(2014年6月期)【沿革】
- [11]2013年6月、東京証券取引所マザーズ市場に上場した
- [12]設立(2006/7)から上場(2013/6)まで約7年だった
- ペプチドリーム 有価証券報告書 第10期(2016年6月期)【沿革】
- [13]2015年12月に東証マザーズから市場第一部へ市場変更した
- [14]設立(2006/7)から市場第一部昇格(2015/12)まで約9年だった