1982年〜 ベイシア祖業としての作業服専門小売創業と全国網構築
ワークマンの業績推移
- 1982年 ワークマン設立
- 1982年 流通センターを開設
- 1988年 100号店を開店
- 1992年 営業店舗数200店舗を達成
- 1994年 蘭豆を形式上の存続会社として合併し商号をワークマンへ変更
- 1997年 日本証券業協会に株式を店頭登録
- 2000年 500号店を開店
いせやの1店舗としての業態開発と1982年の法人化
1980年、いせや(後のベイシア)の創業者・土屋嘉雄氏は、関西で人気を集める作業着小売店の存在を有望な市場と判断し、いせやの1店舗として「ワークマン」業態を群馬県に開いた。職人・建設従事者向けの作業着というニッチ市場への参入で、競合チェーンがおらず職人の指名買いが多いという市場特性が、業態の経済性を成立させる条件だった。1982年8月、ワークマンをフランチャイズで本格展開するために株式会社ワークマンを設立した。設立目的のもう片方はベイシアグループにおける経営者の育成で、子会社として独立させることで人材を育てる設計でもあった。創業時から「しない経営」を志向し、徹底したマニュアル化・標準化で「FCを誰がやっても儲かる仕組み」を作り込んだ点が独特である。設立翌月の1982年9月には流通センターを群馬県高崎市に開設、創業直後から物流インフラに着手した。 [1][2][3]
- ワークマン 有価証券報告書
- [1]いせや(後のベイシア)の創業者は土屋嘉雄氏
- ワークマン 有価証券報告書【沿革】
- [2]1982年8月 株式会社ワークマン設立
- [3]1982年9月 流通センターを群馬県高崎市に開設
実は法人格上の出発はやや複雑である。1979年11月設立の「株式会社蘭豆」(旧社名あっぷるでーと、1987年12月商号変更)が形式上の存続会社で、群馬県伊勢崎市の同地で先行設立されていた。事業実体としてのワークマン創業は1982年8月で、1994年4月に株式会社蘭豆を形式上の存続会社として合併し商号を株式会社ワークマンへ変更することで、法人格を実質と一致させる組織再編を完了した。創業者・土屋嘉雄氏は初代代表取締役社長を山根定美氏に委ね、自らは取締役会長としてグループ全体を統括する所有と経営の分離体制を最初期から敷いた点が特徴的である。 [4][5][6][7]
- ワークマン 有価証券報告書【沿革】
- [4]1979年11月 株式会社蘭豆(旧社名あっぷるでーと、1987年12月商号変更)を群馬県伊勢崎市で設立(形式上の存続会社)
- [5]事業実体としてのワークマン創業は1982年8月
- [6]1994年4月 株式会社蘭豆を形式上の存続会社として合併し商号を株式会社ワークマンへ変更
- ワークマン 有価証券報告書
- [7]創業者は土屋嘉雄氏(いせや/ベイシアグループ創業者)
- ワークマン 有価証券報告書
- [1]いせや(後のベイシア)の創業者は土屋嘉雄氏
- [7]創業者は土屋嘉雄氏(いせや/ベイシアグループ創業者)
- ワークマン 有価証券報告書【沿革】
- [2]1982年8月 株式会社ワークマン設立
- [3]1982年9月 流通センターを群馬県高崎市に開設
- [4]1979年11月 株式会社蘭豆(旧社名あっぷるでーと、1987年12月商号変更)を群馬県伊勢崎市で設立(形式上の存続会社)
- [5]事業実体としてのワークマン創業は1982年8月
- [6]1994年4月 株式会社蘭豆を形式上の存続会社として合併し商号を株式会社ワークマンへ変更
フランチャイズ専業モデルと100号店・500号店達成──全国網の構築
1988年3月、山形県酒田市に100号店「酒田バイパス店」を開店した。創業6年で3桁店舗達成は、フランチャイズ専業の運営モデルがスケールメリットを発揮した結果で、加盟店募集にあたってラジオ・テレビCMで認知度向上を図った。本社直接運営でなくFC加盟店主に店舗運営を委ねる構造は、本社の少数精鋭で店舗網を拡大できる利点を持つ反面、商品供給とFC支援の本部機能の充実が要求される。同年1月の東京本部開設・新潟・長野・栃木の地区本部新設、翌1989年の茨城・南東北地区本部新設で、群馬ドミナントから東日本へ展開を本格化した。1996年6月の岐阜地区本部開設で東海地区に踏み込み、2003年5月の大阪地区本部開設で西日本展開を本格化、2011年5月の福岡地区本部開設で九州に達した。創業から約20年を経て全国出店をほぼ完了する経緯である。 [8][9][10][11][12][13]
- ワークマン 有価証券報告書【沿革】
- [8]1988年3月 山形県酒田市に100号店「酒田バイパス店」を開店
- [9]昭和63年1月 ワークマン東京本部を開設、同年4月 新潟・長野・栃木の地区本部を設置
- [10]1989年 9月 南東北地区本部、同年11月 茨城地区本部を設置
- [11]平成8年(1996)6月 岐阜地区本部を設置(東海地区)
- [12]平成15年(2003)5月 大阪地区本部を設置(大阪府岸和田市)
- [13]平成23年(2011)5月 福岡地区本部を設置(福岡県大野城市)
2000年11月には奈良県大和郡山市で500号店を開店、西日本展開の節目を迎えた。1997年9月の日本証券業協会店頭登録(公開市場入り)時点で、ワークマンの体制はFC193店舗・直営103店舗(うち業務委託90店舗)、作業着の国内市場規模700億円に対して全国展開を行うのはワークマン1社のみだった。山根定美代表取締役社長は「13年後の2010年までに全国に1,300店舗を展開しナショナルチェーンとしての体制を目指したい」(証券アナリストジャーナル 1997/11)と方針を公表した。2004年12月のジャスダック証券取引所上場、2010年4月の大阪証券取引所JASDAQ上場(JASDAQ証券取引所と大阪証券取引所の合併に伴う)、2011年7月の東京証券取引所JASDAQ上場(東京・大阪証券取引所統合に伴う)と、上場市場の変遷を経た。ただし上場後も筆頭株主はベイシア系の「ベイシア興業」で、上位株主はベイシアの創業家・土屋家が占め、資本面ではグループの祖業としての位置を維持したうえでの公開だった。 [14][15][16][17][18]
- ワークマン 有価証券報告書【沿革】
- [14]2000年11月 奈良県大和郡山市に500号店(大和郡山店)を開店
- [15]1997年9月 日本証券業協会に株式を店頭登録
- [16]2004年12月 ジャスダック証券取引所に上場(店頭登録取消)
- [17]2010年4月 大阪証券取引所JASDAQに上場(JASDAQ証券取引所と大阪証券取引所の合併に伴う)
- [18]2011年7月 東京証券取引所JASDAQ(スタンダード)に上場(東京・大阪証券取引所統合に伴う)
- ワークマン 有価証券報告書【沿革】
- [8]1988年3月 山形県酒田市に100号店「酒田バイパス店」を開店
- [9]昭和63年1月 ワークマン東京本部を開設、同年4月 新潟・長野・栃木の地区本部を設置
- [10]1989年 9月 南東北地区本部、同年11月 茨城地区本部を設置
- [11]平成8年(1996)6月 岐阜地区本部を設置(東海地区)
- [12]平成15年(2003)5月 大阪地区本部を設置(大阪府岸和田市)
- [13]平成23年(2011)5月 福岡地区本部を設置(福岡県大野城市)
- [14]2000年11月 奈良県大和郡山市に500号店(大和郡山店)を開店
- [15]1997年9月 日本証券業協会に株式を店頭登録
- [16]2004年12月 ジャスダック証券取引所に上場(店頭登録取消)
- [17]2010年4月 大阪証券取引所JASDAQに上場(JASDAQ証券取引所と大阪証券取引所の合併に伴う)
- [18]2011年7月 東京証券取引所JASDAQ(スタンダード)に上場(東京・大阪証券取引所統合に伴う)