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歴史概要 — 現在に至るあゆみ 主要な意思決定と帰結のまとめ

創業地神奈川県横浜市
創業年1945
上場年1961
創業者天野修一
現代表-
従業員数5,541

戦後復興期の起業独立系・個人創業1945年11月、終戦直後の横浜で天野修一が横浜機器を設立し、タイムレコーダーの製造から出発した。創業6年後には工業用真空掃除機の研究に着手し、1973年には駐車場管理機器を発売する。単一商品で勝負するのではなく、精密機械の技術を隣接領域へ広げていく習慣を、創業者本人が早くから持っていた。1964年に米国子会社、1972年にベルギー子会社を設けるなど海外進出も早く、創業30年弱でタイム情報・パーキング・環境機器という三つの事業の基礎が出来上がっていた。

多角化・事業拡張連続買収(ロールアップ)海外展開・グローバル化この三事業並走の素地が、1990年代以降の海外M&Aで生きた。1990年に米国パイオニアエクリプス、1991年に米国シンシナティタイムを買収し、2002年にはオムロンから駐車場設備事業を譲り受けて国内パーキングを業界上位へ押し上げた。いずれも新しい本業を立てるのではなく、既存の三事業を各国・各地で買い増す動きである。だからこそ経営は創業者個人の独創に頼らずに回り、天野家が早くに退いた後も、社内昇進の社長が同じ買収で売上を積み上げられた。

1931年創業の天野製作所を源流に、改称と主要買収で現在のアマノへ 国産タイムレコーダーの源流から横浜機器・天野特殊機械を経て現社名へ。米欧亜の買収で多角化を進めた系譜
1931 1939 1945/1949/1953 1956 1966 2026 天野製作所 1931年個人創業 天野製作所 1939年株式会社設立 横浜機器 1945年設立 天野製作所 1949年解散 天野特殊機械 1953年設立 天野特殊機械 1956年天野特殊機械を合併・改称 アマノ 1966年アマノに改称
1931年創業の天野製作所を源流に、改称と主要買収で現在のアマノへ 国産タイムレコーダーの源流から横浜機器・天野特殊機械を経て現社名へ。米欧亜の買収で多角化を進めた系譜
1931 1939 1945/1949/1953 1956 1966 2026 天野製作所 1931年個人創業 天野製作所 1939年株式会社設立 横浜機器 1945年設立 天野製作所 1949年解散 天野特殊機械 1953年設立 天野特殊機械 1956年天野特殊機械を合併・改称 アマノ 1966年アマノに改称
アマノ:売上高の内訳と営業利益率(PL 分解 × 営業利益率)
営業利益(億円)販管費(億円)売上原価(億円)営業利益率(%)
歴代社長
FY92
FY93
FY94
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FY19
FY20
FY21
FY22
FY23
FY24
春田薫代表取締役社長中島泉代表取締役社長津田博之代表取締役社長山﨑学代表取締役社長
アマノ:投資CF(M&A・設備投資ほか/事業施策と紐付き)
投資CF(億円)
韓国ウェイトゥーテックを買収2024
ベトナムにアマノ ベトナムを設立2020
メキシコにアマノ タイム&エコロジー メキシコを設立2016
米国アキュタイム システムズとアキュテック システムズを買収2010

決断の理由 — クリティカルな歴史の転換点を読み解く

Q なぜアマノは創業まもないころからタイムレコーダー一本に絞らなかったのか
A 創業者の天野修一氏は、海軍技師として原価計算や規格・能率の改善に取り組むなかで精密機械の技術を培い、それを時間記録という一分野に閉じ込めなかった。横浜機器が1945年にタイムレコーダー製造で発足したのち、1951年には工業用真空掃除機の研究・製造に着手し、1973年には駐車場管理機器を発売した。いずれも精密機械という共通の技術を隣接領域へ広げる動きで、創業30年弱でタイム情報・パーキング・環境機器の3事業の素地ができた。単一商品の浮き沈みに業績を委ねない多角化の体質が、早くから経営に組み込まれていた。
Q なぜアマノは1990年代以降、新しい本業を立てずに海外M&Aで成長したのか
A アマノはタイム情報・パーキング・環境機器の3事業を早くに持っていたため、成長を新規事業ではなく既存事業の各国・各分野への買い増しに求めた。1990年に米国パイオニアエクリプス(清掃機器)、1991年に米国シンシナティタイム(タイム・パーキング)を買収し、2002年にはオムロンから駐車場設備事業の営業権を譲り受けて国内パーキングを業界上位へ押し上げた。いずれも既存3事業の地理的・領域的な積み増しであり、創業者個人の独創に頼らずに回る仕組みだった。創業家の天野家が経営を退いた後も、社内昇進の社長が同じ買収の型で売上を積み上げられた
Q なぜアマノは2023年に海外子会社経営出身の山﨑学氏を社長に据えたのか
A 海外M&Aで広げた事業を束ねるには、国内営業ではなく海外子会社の経営を実地で知る経営者が要る。2023年4月就任の山﨑学社長は、時間情報事業本部長やアマノUSAホールディングス会長兼社長を歴任した海外子会社経営の出身で、国内営業畑から昇格した中島泉氏・津田博之氏ら歴代社長とは経歴が異なる。就任から1年強で英国ハイヤーテクニシャンズグループと韓国ウェイトゥーテックを買収し、香港やタイにも拠点を新設した。買収先は長く中心だった北米から欧州・東南アジア・韓国へと多極化している。

歴史詳細 - 4つの時代区分で読み解く

1931年〜1944年 個人会社天野製作所の創業と国産タイムレコーダーの誕生

売上高と利益率の推移
売上高(億円

海軍技師・天野修一とタイムレコーダー国産化への着想

アマノの源流は、海軍技師であった天野修一氏が国産タイムレコーダーの事業化を志したところにさかのぼる。天野氏は1890年に三重県で生まれ、大阪高等工業学校を経て海軍委託学生から海軍技師となり、約15年間を海軍で過ごした[1]。海軍工廠の工務係長を務めた大正初期、年度末に予算を使い切る慣行を不合理と考えた天野氏は原価計算の必要を痛感し、工程ごとの作業時間を金額に換算するため英国製のタイムスタンプを購入した[2]。これが時間記録機器との最初の接点であり、後年のタイムレコーダー国産化の発想につながった。

天野氏は1925年6月に海軍を退官し、名古屋の木工場や岩手での合板会社設立を経て、藤沢の東京螺子製作所の工場長などを務めた[3]。また鉄道省の三等寝台制度の提案やJISの前身となる規格制定の委員も嘱託で担い、規格と能率の知見を広げた[5]。この間、壊れにくい機械をつくれば後々のためになると考え、ワーレンモーターを用いた電気式タイムレコーダーを構想した。やがて知人を介して東京・大崎の工場主にその設計を譲ったものの、資金も工員も整わなかったため、世話をした工員への責任から天野氏自身が経営に乗り出した[4]。タイムレコーダーの研究から事業化へ踏み込む転機であった。

個人会社天野製作所の創業と戦時下の法人化

1931年11月、天野修一氏は東京・蒲田に資金3,000円・従業員4名で個人会社天野製作所を創業した[6]。当時のタイムレコーダーは輸入品が主流で、国産化は冒険であった。ゼンマイ式の機械制御が一般的だった時代に、天野製作所はワーレンモーターで作動する電気式という新方式に挑み、試作品を繰り返し壊しながら、出退勤時刻を記録するためのカード差込口を備えた国産タイムレコーダー第1号機を完成させた[7]。1932年5月には特許を出願し、第1号機は東京瓦斯電気(現いすゞ自動車)に納入されて高い評価を得て、1台280円で16台の本生産につながった[8]

日中戦争下で軍需が拡大すると、海軍当局は軍機に属する機器を民需品と同じ工場で生産することを問題視し、専門工場の建設を求めた[10]。これを受けて天野製作所は1939年に横浜・菊名へ主力を移し、資本金19万9,800円で株式会社天野製作所を設立した[9]。新会社の営業目的は兵器および精密計器の製造販売とされ、民生用タイムレコーダーを本旨としてきた事業に軍需が深く入り込んでいった。第一銀行の明石照男頭取の融資を得て菊名工場を整え、戦時下では海軍向けの軍需生産を担った。個人会社天野製作所も並行して存続し、タイムレコーダーの生産を続けた[11]

1945年〜1989年 終戦直後のタイムレコーダー専業から事業多角化へ

売上高と利益率の推移
売上高(億円

横浜機器設立と天野特殊機械への商号変更

1945年11月、終戦直後の横浜で横浜機器が設立され、タイムレコーダー・タイムスタンプの製造を開始した[12]。戦前に個人会社・株式会社天野製作所で国産タイムレコーダーを事業化していた天野修一氏が経営に加わり[13]、戦後復興期の事務機器需要に応じてタイム情報機器専業の企業として再出発した(戦前の株式会社天野製作所は別法人で、1949年に解散)[14]。1951年4月には工業用真空掃除機等の研究・製造を開始し、後に環境機器事業として独立する清掃機器分野の起点を作った[15]。創業6年で2事業を並走させる多角化の素地が既に見られた。

1956年10月、天野特殊機械を吸収合併し商号を天野特殊機械に変更した[16]。創業者・天野家による経営の安定化と、機械製造メーカーとしての法人格確立が同時に進んだ局面である。1961年10月には東京証券取引所第二部に上場し、創業16年で資本市場経由での成長基盤を整えた[17]。タイムレコーダー・真空掃除機の2事業を持つ地方発の精密機械メーカーが、東京市場経由で全国展開を始める転機となった。

米州・欧州への早期海外進出と駐車場機器事業の起点

1964年7月、米国ニューヨークに子会社アマノタイムシステムを設立(1977年にアマノアメリカへ社名変更)、北米市場初進出を果たした[18]。当時の日本の中小機械メーカーとしては早期の海外展開であり、タイムレコーダー輸出を起点に北米事業の足場を作った。1966年6月には商号をアマノ株式会社に変更し、創業者の姓を冠した現社名とした[19]。1967年8月には東京証券取引所第一部に上場、創業22年で大企業ステージへの格上げを完了した[20]

1968年6月にはコンピューター就業管理システム「アレコデータ」を発売し[21]、機械式タイムレコーダーから電子・IT就業管理への業態転換の起点を作った。1972年3月にはベルギーに子会社アマノヨーロッパN.V.を設立、欧州市場初進出[22]。1972年4月には大阪証券取引所第一部にも上場し、東京・大阪の二市場体制を整えた[23]。1973年4月には駐車場管理機器を発売し[24]、後に主力へ成長するパーキング機器事業を始めた。創業30年弱でタイムレコーダー(就業管理)・清掃機器(環境)・パーキングの3事業の基盤を整え、米・欧の海外拠点も配置した。なお有価証券報告書の報告セグメントは時間情報システム事業・環境関連システム事業の2区分で、パーキングは時間情報システム事業に含まれる[25]

1990年〜2010年 米欧パーキング事業の本格化と春田薫社長体制の業績拡大

売上高と利益率の推移
売上高(億円

北米清掃機器・タイム事業のM&A連鎖

1978年12月、米国カリフォルニアに製造子会社アマノアメリカマニュファクチュアリングを設立、北米生産拠点の整備を開始した[26]。1981年1月にはコンピュータータイムレコーダー「インテレコーダー」を発売し[27]、主力商品のIT化を本格化した。1982年7月には清掃機器を発売し、環境機器事業を本格立ち上げ[28]。1987年3月には神奈川県津久井町に津久井工場(後に相模原工場)を建設し、主力国内生産拠点を整えた[29]。1988年6月にはベルギーにアマノエレクトロニクスヨーロッパを設立、欧州生産拠点を設けた[30]。1990年3月には米国デラウェア州に持株会社アマノインターナショナルUSA(後にアマノUSAホールディングスに商号変更)を設立、北米持株会社体制を整備した[31]

同月1990年3月には米国パイオニアエクリプスを買収(清掃機器・溶剤の製造販売)、清掃機器事業の北米基盤を確立[32]。続く1991年12月には米国シンシナティタイム(タイムレコーダー・パーキングシステム)を買収し、北米タイム事業基盤を強化した[33]。1992年10月にはシンシナティタイムがアマノエレクトロニクスオブアメリカを吸収合併しアマノシンシナティに商号変更(後にアマノマクギャンに統合)、北米事業統合を実行した[34]。1995年4月には中国上海に安満能国際貿易を設立、中国市場進出[35]。1996年4月には韓国にアマノコーリアを設立、米国アキュタイムを買収(後にアマノマクギャンに統合)、北米タイム事業強化を続けた[36]。1998年2月にはインドネシアにPT.アマノインドネシアを設立、東南アジア展開を加速した[37]。1990年代を通じて米国を軸とする買収連鎖と欧州・アジアの拠点展開により、アマノは「日本発のグローバル小型精密機械メーカー」のポジションを得た[38]

駐車場事業の本格的成長基盤確立とパーキング事業の主力化

2002年3月には武蔵電機製作所(後のアマノ武蔵電機)を買収(清掃機器の国内製造強化)[39]、同年10月にはオムロンから駐車場設備事業の営業権を譲受け、駐車場事業の本格的な成長基盤を整えた[40]。これにより日本国内のパーキング事業が業界トップクラスのポジションへ躍進した。2007年4月にはオムロンティー・エー・エスから駐車場・駐輪場機器販売事業を譲受け、駐車場事業を更に強化[41]。同年6月には米国テリーマクギャン&アソシエイツを買収(アマノマクギャンに商号変更)、北米パーキング事業基盤を整えた[42]。同年7月にはベルギーに持株会社アマノヨーロッパホールディングスを設立、欧州統括会社体制を整えた[43]

2008年1月にはタイにアマノタイインターナショナルを設立、タイ進出を完了[44]。同月、フランス・モロッコのホロクオルツ/ホロスマート/ピアル等を持株会社経由で買収(駐車場機器メーカー群)、欧州駐車場事業の買収を実行した[45]。2010年2月には米国アキュタイムシステムズとアキュテックシステムズを買収、北米タイムシステム事業強化を継続した[46]。FY01(2002年3月期)の連結売上高630億円から、FY07(2008年3月期)売上934億円へ約1.5倍に拡大した時期である。

しかしリーマンショック直撃のFY08(2009年3月期)は売上918億円、純利益22億円と前期比約64%減益、FY09(2010年3月期)売上786億円・純利益10億円と業績は急減した。北米・欧州のパーキング・タイム事業の需要急減が、海外比率の高い同社の業績を直撃した。FY10(2011年3月期)売上833億円・純利益30.6億円で回復に転じたが、リーマン前ピーク超えはFY13(2014年3月期)売上1,021億円・純利益53億円までずれ込んだ。春田薫氏(FY92〜FY09)の社長在任末期は、グローバル金融危機からの再建に終始した局面である[47]

2011年〜2024年 中島泉・津田博之両社長体制の事業基盤再構築と山﨑学社長体制のグローバル拡大

売上高と利益率の推移
売上高(億円

中島泉社長による経営継続と国内パーキング事業の安定化

2011年4月、シンガポール子会社代表・パーキング事業本部長・総合戦略企画本部長を歴任した中島泉氏(1955年2月生、1978年4月入社)が代表取締役社長に就任した[48]。リーマンショックからの本格回復期と中期戦略の立案期にあたる中島社長体制では、国内パーキング事業の安定化と海外M&Aの選別実行が経営の中軸であった。2013年3月にはクレオの株式を取得(持分法適用関連会社化)[49]、2014年3月にはアマノパイオニアエクリプスがNilfisk-Advanceの木材床研磨機器部門を譲受け(北米清掃機器事業強化)[50]、2015年10月にはフランスのアーセージェーペー他3社を買収(欧州事業強化)[51]と、選別的M&Aで事業基盤を拡大した。

業績はFY14(2015年3月期)売上1,098億円・純利益68億円からFY19(2020年3月期)売上1,331億円・純利益106億円へ約6年で売上21%・純利益57%の改善を達成した。中島氏の社長在任6年で、リーマン前ピーク超えの安定的事業基盤が確立された。2017年6月、中島氏は代表取締役会長に転じ、津田博之氏(1960年2月生、1982年4月入社)が代表取締役社長に就任した[52]

津田博之社長体制のコロナショック対応と山﨑学社長への承継

津田博之氏の社長在任は2017年6月から2023年3月までの約6年で、ちょうどコロナショック(2020年)を挟む局面となった[53]。FY19(2020年3月期)売上1,331億円・営業利益162億円のピークから、FY20(2021年3月期)売上1,136億円・営業利益99.3億円と前期比15%減・営業利益38%減と急減した。タイム情報事業はリモートワーク普及による就業管理ニーズの構造変化、パーキング事業は外出自粛・施設利用減による業績への影響、清掃機器も訪日インバウンドの消失と複合的に直撃された。

津田氏は経営計画の柔軟運用と、海外M&Aの継続実行で対応した。2018年2月にはアマノマクギャンがService Tracking SystemsのValet Parking事業を譲受け(北米パーキングサービス強化)[54]、2018年7月にはアマノセキュアジャパンを会社分割で設立(情報処理業務)[55]、2020年1月にはベトナムにアマノベトナムを設立(環境関連機器販売)[56]。コロナ後の業績はFY21(2022年3月期)売上1,184億円、FY22(2023年3月期)売上1,328億円と着実な回復軌道に乗った。津田氏は2023年4月、代表取締役会長に転じ、山﨑学氏(1962年9月生、1986年4月入社)が代表取締役社長に就任した[57]

2022年4月、東証市場区分見直しに伴いプライム市場へ移行(旧東証一部)、上場維持基準を満たした位置で経営継続[58]。アマノは1961年10月の二部上場、1967年8月の一部上場以降、半世紀以上にわたる東証一部上場の歴史を維持した[59]

山﨑学社長体制のM&A連鎖とグローバル拡大

2023年4月就任の山﨑学社長は、時間情報事業本部長・アマノUSAホールディングス会長兼社長(2018年10月)の経歴を持つ「海外子会社経営経験者」である点が、津田前社長までの国内営業出身者中心の系譜との違いである[60]。就任直後から海外M&A連鎖が加速し、2023年9月には英国ハイヤーテクニシャンズグループを買収(駐車場機器メーカー、欧州事業基盤拡大)[61]、2023年9月には香港にアマノテクニカルサービスを設立(香港事業拡張)[62]、2024年1月にはタイにアマノタイム&エアータイを設立(環境関連機器製造拠点)[63]、2024年2月には韓国ウェイトゥーテックを買収(韓国事業基盤拡大)[64]と、わずか1年強の間に欧州・東南アジア・韓国の3地域でのM&A・拠点設立を実行した。

業績はFY22(2023年3月期)売上1,328億円からFY24(2025年3月期)売上1,754億円・純利益178億円へ、就任2年で売上32%・純利益58%の拡大を達成した。営業利益率はFY22(2023年3月期)11.9%からFY24(2025年3月期)13.1%へ改善し、海外M&Aの規模拡大に対応した事業ポートフォリオの収益性向上が見られる。FY24時点の連結売上高1,754億円・営業利益230億円・経常利益246億円・純利益178億円は、創業以来の最高水準である。

現在のアマノは、創業者・天野家の経営は退き、サラリーマン経営者第4世代(山﨑学社長)による運用が定着している[65]。タイム情報・パーキング・環境機器(清掃機器)の3事業セグメントを横断するグローバル展開(米・欧・中・台・韓・タイ・印・尼・越・墨)と、M&A連鎖による事業基盤拡大が、現体制の経営の主軸である。1945年の終戦直後創業から80年を経て、年商1,754億円規模の中堅精密機械グローバルプレーヤーとしてのポジションを確立している[66]

出典

有価証券報告書 2024年度
アマノ FY24決算情報 2025年03月

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