1929年〜 訪問販売の祖業と一族経営による化粧品グループの形成
- 1929年鈴木忍が個人事業として創業
- 1940年個人事業を化しポーラ化粧品本舗を設立
- 1946年鈴木忍がポーラ商事を設立し販売部門を独立
- 1958年取引先と商品輸出契約を締結
- 1974年寶麗化粧品有限公司を設立し香港での販売を本格化
- 1984年オルビスを設立
- 1987年通信販売事業を首都圏で本格展開
ポーラ・オルビスホールディングスの業績推移:単体
出所:有価証券報告書等
静岡で生まれた訪問販売の原型
1929年9月、創業者の鈴木忍氏は静岡県静岡市で個人事業として化粧品の製造販売を開始した。当時の化粧品業界は資生堂・クラブ化粧品・ヘチマコロンといった老舗が百貨店・小売店経由の対面販売を主流としていたなか、鈴木氏は得意先を訪問して肌の状態を見ながら商品を勧める方式を選んだ。販売員が顧客の自宅へ足を運び、肌質・年齢・季節に合わせた製品を選定する流通モデルは、当時としては異端の手法だった。鈴木氏は「顧客の肌に触れる時間を販売の核心に据える」という発想で訪問販売を始め、これがのちのポーラブランドの根幹となる。 [1][2][3]
- ポーラ・オルビスホールディングス 有価証券報告書 第20期(2025年12月期)【沿革】
- [1]1929年9月 鈴木忍氏が静岡県静岡市で個人事業として化粧品の製造販売を開始
- [2]創業者の氏名は鈴木忍
- [3]得意先を訪問する訪問販売方式を採用(ポーラブランドの根幹)
1940年12月、事業規模の拡大に伴い個人事業を株式会社化し、株式会社ポーラ化粧品本舗(現ポーラ化成工業株式会社)を設立した。1943年8月にポーラ化成工業株式会社へ社名変更し、戦時統制経済下でも化粧品製造の認可を維持した。戦後、1946年7月に鈴木忍氏は販売部門を製造から独立させ、ポーラ商事株式会社(現株式会社ポーラ)を設立した。販売を製造から切り離す決断により、訪問販売員の組織化と製品開発を別組織に任せる分業が始まった。1948年7月には株式会社ポーラ化粧品本舗に社名を戻し、製造のポーラ化成と販売のポーラ商事という二層構造を確立した。 [4][5][6][7]
- ポーラ・オルビスホールディングス 有価証券報告書 第20期(2025年12月期)【沿革】
- [4]1940年12月 個人事業を株式会社化し㈱ポーラ化粧品本舗(現ポーラ化成工業㈱)を設立
- [5]1943年8月 ポーラ化成工業㈱へ社名変更
- [6]1946年7月 鈴木忍が販売部門を独立させポーラ商事㈱(現㈱ポーラ)を設立
- [7]1948年7月 ㈱ポーラ化粧品本舗に社名を戻した
- ポーラ・オルビスホールディングス 有価証券報告書 第20期(2025年12月期)【沿革】
- [1]1929年9月 鈴木忍氏が静岡県静岡市で個人事業として化粧品の製造販売を開始
- [2]創業者の氏名は鈴木忍
- [3]得意先を訪問する訪問販売方式を採用(ポーラブランドの根幹)
- [4]1940年12月 個人事業を株式会社化し㈱ポーラ化粧品本舗(現ポーラ化成工業㈱)を設立
- [5]1943年8月 ポーラ化成工業㈱へ社名変更
- [6]1946年7月 鈴木忍が販売部門を独立させポーラ商事㈱(現㈱ポーラ)を設立
- [7]1948年7月 ㈱ポーラ化粧品本舗に社名を戻した
二代鈴木常司氏による拡大と1984年オルビス設立
1954年、創業者の長男である鈴木常司氏が2代目社長に就任した。鈴木常司氏は1996年までの約42年間にわたって社長を務め、ポーラブランドの全国展開と海外進出を主導した。1958年4月には香港の取引先と商品輸出契約を締結し、海外市場へ初進出した。1967年6月にPOLA COSMETICS(THAILAND)CO.,LTD.を設立してタイに進出、1974年1月には寶麗化粧品(香港)有限公司を設立して香港での販売を本格化させた。アジア市場への展開は1960〜70年代に進み、訪問販売モデルを輸出するという発想で各国に現地法人を設立した。 [8][9][10][11]
- 近代中小企業 21(1)(270)(同朋舎, 1988年1月)
- [8]創業者の長男 鈴木常司氏が2代目社長に就任
- ポーラ・オルビスホールディングス 有価証券報告書 第20期(2025年12月期)【沿革】
- [9]1958年4月 香港の取引先と商品輸出契約を締結し海外初進出
- [10]1967年6月 POLA COSMETICS(THAILAND)CO.,LTD.を設立しタイ進出
- [11]1974年1月 寶麗化粧品(香港)有限公司を設立し香港販売を本格化
1984年6月、鈴木常司氏は通信販売事業を担うオルビス株式会社を設立した。訪問販売のポーラとは別ブランドで、当時急成長していた通信販売市場に参入する判断だった。1987年5月にオルビスは通信販売事業を首都圏で本格展開し、1988年1月に全国展開へ拡大した。化粧品の通信販売は商品のサンプルを顧客に直送し、肌質に合った製品を自宅で試してもらうモデルで、訪問販売とは異なる顧客接点を設けた。1999年9月にはオルビス・ザ・ネット(インターネット販売サイト)を稼働させ、通信販売からEコマースへの移行を業界に先駆けて開始した。2000年8月にはオルビス・ザ・ショップ1号店を出店し、店舗販売も始めた。 [12][13][14][15][16]
- ポーラ・オルビスホールディングス 有価証券報告書 第20期(2025年12月期)【沿革】
- [12]1984年6月 鈴木常司が通信販売事業のオルビス㈱を設立
- [13]1987年5月 オルビスが通信販売事業を首都圏で本格展開
- [14]1988年1月 通信販売事業を全国へ拡大
- [15]1999年9月 オルビス・ザ・ネットを稼働しインターネット販売を開始
- [16]2000年8月 オルビス・ザ・ショップ1号店を出店し店舗販売を開始
ポーラ本体も1989年4月にオーダーシステム化粧品「APEX-i(現アペックス)」を全国発売し、訪問販売員が顧客の肌測定データに基づいて処方を組み立てる仕組みを導入した。同年からはポーラブランドのAPEX-iコーナーが百貨店化粧品売場への進出を開始し、訪問販売だけに依存しない販路の多角化を進めた。1996年に2代目鈴木常司氏が退任し、甥にあたる鈴木郷史氏が3代目社長に就任した。鈴木郷史氏は2005年1月に全国20社あった販売会社をポーラ販売株式会社として統合し、訪問販売員の管理体制を一本化した。4月にはエステと化粧品店を融合した集客型店舗「ポーラ ザ ビューティー」の展開を開始し、訪問販売員が常駐する店舗型サロンへ業態を拡張した。 [17][18][19][20][21]
- ポーラ・オルビスホールディングス 有価証券報告書 第20期(2025年12月期)【沿革】
- [17]1989年4月 オーダーシステム化粧品「APEX-i(現アペックス)」を全国発売
- [18]同年からAPEX-iコーナーが百貨店化粧品売場へ進出開始(販路多角化)
- [19]1996年 2代目鈴木常司が退任し甥の鈴木郷史氏が3代目社長に就任
- [20]2005年1月 全国20社の販売会社をポーラ販売㈱として統合
- [21]2005年4月 集客型店舗「ポーラ ザ ビューティー」の展開を開始
- 近代中小企業 21(1)(270)(同朋舎, 1988年1月)
- [8]創業者の長男 鈴木常司氏が2代目社長に就任
- ポーラ・オルビスホールディングス 有価証券報告書 第20期(2025年12月期)【沿革】
- [9]1958年4月 香港の取引先と商品輸出契約を締結し海外初進出
- [10]1967年6月 POLA COSMETICS(THAILAND)CO.,LTD.を設立しタイ進出
- [11]1974年1月 寶麗化粧品(香港)有限公司を設立し香港販売を本格化
- [12]1984年6月 鈴木常司が通信販売事業のオルビス㈱を設立
- [13]1987年5月 オルビスが通信販売事業を首都圏で本格展開
- [14]1988年1月 通信販売事業を全国へ拡大
- [15]1999年9月 オルビス・ザ・ネットを稼働しインターネット販売を開始
- [16]2000年8月 オルビス・ザ・ショップ1号店を出店し店舗販売を開始
- [17]1989年4月 オーダーシステム化粧品「APEX-i(現アペックス)」を全国発売
- [18]同年からAPEX-iコーナーが百貨店化粧品売場へ進出開始(販路多角化)
- [19]1996年 2代目鈴木常司が退任し甥の鈴木郷史氏が3代目社長に就任
- [20]2005年1月 全国20社の販売会社をポーラ販売㈱として統合
- [21]2005年4月 集客型店舗「ポーラ ザ ビューティー」の展開を開始
中国本土進出とブランド多角化の助走
2004年10月、上海宝麗妍貿易有限公司を設立して中国本土に進出した。1958年の香港進出から46年を経て、本土市場での販売拠点を構えた決断である。中国市場は人口規模と中間層拡大の両面で日本化粧品メーカーにとって最大の成長機会となり、ポーラも訪問販売モデルを中国に持ち込む試みを進めた。一方、オルビス事業も2006年7月に台灣奥蜜思股份有限公司を設立して台湾へ進出し、ポーラとオルビスがそれぞれ独自にアジア展開する体制が整った。 [22][23][24]
- ポーラ・オルビスホールディングス 有価証券報告書 第20期(2025年12月期)【沿革】
- [22]2004年10月 上海宝麗妍貿易有限公司を設立し中国本土へ進出
- [23]1958年の香港進出から2004年まで46年(算術整合)
- [24]2006年7月 台灣奥蜜思股份有限公司を設立しオルビス事業で台湾進出
2005年12月、オルビスはプライバシーマークを取得し、訪問販売員が扱う顧客情報の管理体制を制度化した。訪問販売ビジネスは顧客の自宅情報・肌情報・家族構成といった個人情報の蓄積が事業の核心であり、個人情報保護法施行(2005年4月)への対応は業態維持の前提条件だった。同じ2005年には2017年中期経営計画の策定に向けた前段として、グループ内の事業再編が議論された。販売会社の統合・ポーラ ザ ビューティー展開・プライバシーマーク取得は、いずれも訪問販売モデルを近代化するための施策だった。 [25]
- ポーラ・オルビスホールディングス 有価証券報告書 第20期(2025年12月期)【沿革】
- [25]2005年12月 オルビスがプライバシーマークを取得
- ポーラ・オルビスホールディングス 有価証券報告書 第20期(2025年12月期)【沿革】
- [22]2004年10月 上海宝麗妍貿易有限公司を設立し中国本土へ進出
- [23]1958年の香港進出から2004年まで46年(算術整合)
- [24]2006年7月 台灣奥蜜思股份有限公司を設立しオルビス事業で台湾進出
- [25]2005年12月 オルビスがプライバシーマークを取得