1878年5月、東京株式取引所が設立免許を取得し、翌6月に大阪株式取引所も同じく免許を受けた。両取引所は近代日本の資本市場の出発点として別々に歩み、戦時中の証券市場統制を経たのち、1949年4月に会員組織の東京証券取引所・大阪証券取引所として再設立された。同年5月に株券売買が再開され、1956年4月に債券市場、1961年10月に市場第二部制度を導入した。続いて1966年10月に国債市場、1970年5月に転換社債市場、1973年12月に外国株市場を東京証券取引所が立ち上げた。株券にとどまらない取扱商品が、戦後復興期から高度成長期にかけて整った。証券取引所は売買インフラの中立性が信用の源泉となる業態であり、商品の幅が広がるほど運営の安定性と資金調達機能の厚みは増す。発行体と投資家の双方を国内取引所のなかにつなぎ留める基盤が、東京と大阪の並走によって築かれた時期である。
1969年7月、東京証券取引所株価指数(TOPIX)の算出・公表が始まり、日本株市場を代表する指数として国内外の投資家に定着した。大阪証券取引所は1980年代前半、上場基準を緩和した新2部市場を設け、銀行借り入れや時価発行増資で大企業に劣後していた中堅・中小企業に株式市場への道を開いた。当時の理事長・山内宏は、投資家保護と自己責任の意識がまだ追いつかない段階で米ナスダックのような市場をいきなり作るのは時期尚早と判断し、中小企業の資金調達を支えるという現実的な役割に新2部の狙いを絞り込んだ。1985年10月、東京証券取引所が国債先物市場を開設、1988年9月には東京・大阪両取引所がそれぞれ株価指数先物市場を開設した。
大証が導入した日経平均株価先物は開設半年足らずで1日平均売買金額が現物市場の5、6倍に達し、東証のTOPIX先物をも上回る規模に育ち、山内は『大証の存在意義は新しい試みへの挑戦の場であり続けることにある』との考えで先物・オプションへの傾斜を進めた。翌1989年、大阪証券取引所が日経225オプション市場を、10月に東京証券取引所が株価指数オプション市場を開いた。1990年5月には東京証券取引所が国債先物オプション市場を立ち上げた。現物・債券・デリバティブが同じ資本市場インフラに並ぶ構造を、両取引所が10年弱で整えた。デリバティブ市場の整備は機関投資家のリスクヘッジ需要に応じた動きで、海外勢を東京・大阪の市場へ呼び込む下地ともなった。とりわけ大阪は日経225オプションの先行で派生商品の存在感を高めていた。
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|---|---|---|---|---|
| 1878〜2000年1878年の免許から電子取引所への転換まで | 東京株式取引所設立免許 | ★ | ||
| 大阪株式取引所設立免許 | ★ | |||
| 会員組織として東京・大阪証券取引所が設立 | ★ | |||
| 株券の売買を開始 | ★ | |||
| 債券市場を開設 | ★ | |||
| 市場第二部制度を導入 | ★ | |||
| 東京証券取引所、国債市場を開設 | ★ | |||
| 東京証券取引所株価指数(TOPIX)算出開始 | ★ | |||
| 東京証券取引所、国債先物市場を開設 | ★★ | |||
| 株価指数先物市場を開設 | ★ | |||
| 大阪証券取引所、株価指数オプション市場を開設 | ★ | |||
| 東京証券取引所、TDnet稼働 | ★ | |||
| 東京証券取引所、株券売買立会場を閉場 | ★★ | |||
| 大阪証券取引所、立会場廃止 | ★ | |||
| 東京証券取引所、新興企業向け市場「マザーズ」を開設 | ★★ | |||
| 大阪証券取引所、ナスダック・ジャパン市場を開設 | ★ | |||
| 2001〜2007年東証・大証の株式会社化と東京証券取引所グループの設立 | 大阪証券取引所、会員組織からに組織変更 | ★ | ||
| 東京証券取引所、会員組織からに組織変更 | ★★ | |||
| 米田道生 | 東京証券取引所グループ設立 | ★ | ||
| 2008〜2012年大証のジャスダック取得と合併、東証arrowheadの稼働 | 米田道生 | 公開買付けによる傘下入れと、分立していた新興市場の統合 2008年12月25日、大阪証券取引所が公開買付けで株式会社ジャスダック証券取引所の議決権76.1%を取得して子会社化し、2009年9月24日に完全子会社化、2010年4月1日に吸収合併したうえで、同年10月にヘラクレス・JASDAQ・NEOを市場統合して新JASDAQ市場を開設した一連の経営判断。米田道生氏が社長を務めた時期にあたる。 詳細を読む | ★★★ | |
| 米田道生 | 東京証券取引所、現物取引システム「arrowhead」稼働 | ★ | ||
| 米田道生 | 大阪証券取引所とジャスダック証券取引所が合併 | ★ | ||
| 2013〜2018年東証グループと大証の合併による日本取引所グループの発足 | 斉藤惇 | 国内2大市場の経営統合による日本取引所グループの発足 2011年11月22日に統合契約を締結し、2012年7月11日から実施した公開買付けを経て、2013年1月1日に東京証券取引所グループと大阪証券取引所が合併し、日本取引所グループ(JPX)が発足した経営統合。法的な存続会社は大阪証券取引所で、初代グループCEOには斉藤惇氏が就任した。 詳細を読む | ★★★ | |
| 清田瞭 | 清田瞭がグループCEOに就任 | ★ | ||
| 2019〜2026年東京商品取引所の買収と新市場区分、山道裕己体制と社員インサイダー疑い | 清田瞭 | 東京商品取引所の公開買付完了 | ★★ | |
| 清田瞭 | 東京証券取引所の新市場区分開始 | ★★ | ||
| 山道裕己 | 山道裕己がグループCEOに就任 | ★ | ||
| 山道裕己 | 東京証券取引所社員のインサイダー取引規制違反疑いで監視委調査 | ★ | ||
| 山道裕己 | FY24(2025年3月期)当期利益610億円で2期連続過去最高 | ★ |
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事実根拠:出所(日本取引所グループ)