日本電気硝子 の歴史

創業

1944年

創業者

※日本電気

創業地

滋賀県大津市

直近売上高(2025/12)

3,114億円

長期業績と転換点(1996/3〜2025/12)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1949年の独立後に特殊ガラスの隙間市場を選んだのか
A 1949年の独立後、日本電気硝子が建築・自動車・瓶ガラスの大市場ではなく、競合の少ない特殊ガラスの隙間市場を選んだのは、もとが大手電機NECの一部門でありながら、独立時の従業員90名という中小の規模で外販を前提とする経営に転じたためである。大手が居並ぶ大市場では戦えず、技術難度が高く参入者の少ない領域に活路を求めた。1951年に管ガラスの自動管引で蛍光灯用ガラスを量産化し、1962年には手吹きが主流だった魔法瓶用ガラスを機械化量産へ進めた。大手の来ない隙間を機械化量産で押さえる稼ぎ方が、ここで型として固まった。
Q なぜ1964年に滋賀高月へCRT専用工場を集中立地したのか
A 1964年に資本金3億円・売上高約38億円の会社が約20億円を投じて滋賀県高月へCRT専用工場を集中立地したのは、旭硝子が米コーニング技術でCRTガラスを独占するなか、テレビ需要の急拡大で電機大手が供給先を二社に分ける「二社購買」の第二社枠が開いたためである。蛍光灯時代に培った、隙間を機械化量産で押さえる稼ぎ方をテレビ用ガラスへ持ち込んだ判断であった。この集中立地で東芝・松下・ソニーら大手の二社購買に食い込み、1991年に国内シェア57%で首位へ立つ。少数の大口顧客へ大量供給する事業構造が、ここで固まった。
Q なぜ2023年以降のEGP2028で拡大期の資産整理を先行させたのか
A 2023年からの中期経営計画「EGP2028」で、日本電気硝子が事業で稼ぐ前に拡大期の資産整理を先行させたのは、主力の液晶基板ガラスが韓国・台湾・中国勢の内製化と後発参入で価格下落し、2008年3月期に3,683億円あった売上が2015年3月期に1,926億円へ半減するなど、ディスプレイ依存の事業構造が利益を維持できなくなったためである。藤沢事業場跡地などの売却で固定資産売却収入490億円を回収し、採算が悪化した韓国の液晶成形拠点を清算した。過去の拡大が残した負担を落とし、半導体関連へ資源を回す整理を先行させた。

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1944年〜 管ガラスからCRTへ至るニッチ特殊ガラスメーカーの社運を賭けた選択

日本電気硝子の業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1944年 日本電気(NEC)の子会社として設立
  2. 1949年 日本電気硝子として独立
  3. 1951年 管ガラスの自動管引に成功
  4. 1960年 オーエンズ・イリノイから管ガラス技術を導入
  5. 1964年 ブラウン管(CRT)ガラスへの後発参入と滋賀高月へのCRT専用工場の新設 テレビは本当に普及するのか——世間の評価が定まらぬなか、資本金3億円の会社が20億円を一つの工場に置けるか
  6. 1965年 テレビ用ブラウン管ガラスの製造開始
  7. 1976年 ガラスファイバ(強化プラスチック用)の生産開始

従業員わずか90名で再出発したNECからの独立会社

日本電気硝子の源流は、1944年に日本電気(NEC)が真空管・ブラウン管用ガラスの内製化を目的に設立した子会社である。戦後の財閥解体で住友系のNECから分離され、1949年12月に独立会社として再出発したときには、従業員はわずか90名しかいなかった。大手電機メーカーの一部門から独立した経緯でありながら、独立系の特殊ガラスメーカーとしての実態はまさしく中小企業にすぎない小さな規模であった。戦後の混乱のなかで、他のガラスメーカーがなかなか手を出さない技術的に難易度の高い特殊ガラス領域に活路を見出していくほかないという、厳しい事業環境からの出発であった状況のなかで独立を果たした。 [1][2][3]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [1]1944年に日本電気(NEC)が真空管・ブラウン管用ガラス内製化を目的に子会社として設立(設立1944年10月31日、当時の親会社は日本電気=住友通信工業)
    • [2]戦後の財閥解体で住友系のNECから分離独立。1949年12月1日を会社創立日とする
    • [3]独立(1949年)時の従業員は90名

独立後に選んだ事業領域は、建築・自動車・瓶ガラスといった既存の大市場ではなく、競合の少ないニッチ分野であった。1951年には管ガラスの自動管引に成功して蛍光灯用ガラスを量産化することに成功し、1960年には米オーエンズ・イリノイから管ガラス技術を導入して技術基盤を強化した。手吹きが主流だった魔法瓶用ガラスも1962年には機械化量産を開始し、1985年度には国内シェア100パーセントに到達するまでに至っている。大手の参入しない隙間市場を機械化で押さえ込むという、後のCRT参入にも通じる事業選択の独特な型が、独立から十数年の1950年代後半に形作られていった重要な局面である。1962年にはさらに超耐熱結晶化ガラス「ネオセラム」の生産にも乗り出していた。 [4][5][6][7][8]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [4]1951年1月 管ガラスの自動管引に成功し蛍光灯用ガラスを量産化
    • [5]1960年3月 米オーエンズ・イリノイからガラス管・棒の製造に関し技術導入
    • [6]1962年7月 魔法瓶用ガラスの機械化量産を開始
    • [8]1962年4月 超耐熱結晶化ガラス「ネオセラム」の生産開始
    • [7]魔法瓶用ガラスは1985年度時点で国内シェア100%
  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [1]1944年に日本電気(NEC)が真空管・ブラウン管用ガラス内製化を目的に子会社として設立(設立1944年10月31日、当時の親会社は日本電気=住友通信工業)
    • [2]戦後の財閥解体で住友系のNECから分離独立。1949年12月1日を会社創立日とする
    • [4]1951年1月 管ガラスの自動管引に成功し蛍光灯用ガラスを量産化
    • [5]1960年3月 米オーエンズ・イリノイからガラス管・棒の製造に関し技術導入
    • [6]1962年7月 魔法瓶用ガラスの機械化量産を開始
    • [8]1962年4月 超耐熱結晶化ガラス「ネオセラム」の生産開始
    • [3]独立(1949年)時の従業員は90名
    • [7]魔法瓶用ガラスは1985年度時点で国内シェア100%

滋賀高月への20億円の集中立地とCRT第二社としての参入

1958年頃、日本電気硝子はCRT(テレビ用ブラウン管ガラス)への参入を模索し始めたが、米オーエンズ・イリノイからの技術導入の許可を日本政府が六年もの間にわたって出さなかった。既に旭硝子が米コーニング技術で国内のCRTガラスを独占しており、新規参入は許されない情勢のなかにあったためである。転機となったのは1963年で、テレビ需要の急速な拡大を受けて「第二社」の参入許可がようやく下りた。翌1964年、資本金3億円・売上高約38億円の会社が、約20億円を投じてCRT専用工場を滋賀県高月の湖北地区に新設するという、社運を賭けた集中立地を決断した。1959年4月には藤沢工場を新設しており、既に工場の拡張計画は動き出していた。 [9][10]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [9]1964年12月 滋賀高月工場を開設(総投資額約20億円・資本金3億円)。売上高約38億円は単体1965年3月期38億円と整合
    • [10]1959年4月 藤沢工場を新設

立地の決定を主導した長崎準一(後の三代社長)はこう語っている。「昭和三十九年、いよいよCRTの生産を始めることになった。我々は将来この事業は必ず巨大なものになり得ると考えた。ところが世間はそのようには見ていなかった」「一貫して伸びる見込みがある事業は進出する時期に早晩を問うべきでない。やる以上はその性格にふさわしい規模でやる必要があると考え、CRTの専用工場を建設する計画を立てた」(染色研究1981年1月)。余裕ある敷地・豊富な工業用水・交通の便・良質の労働力といった条件を基準に湖北を選び、生産拡張のレイアウトまで事前に織り込んだ周到な立地決定であり、1972年10月には本社を東京都港区から滋賀県大津市に移転する。 [11][12]

  • 日本電気硝子 歴代社長一覧(有価証券報告書【役員の状況】)
    • [11]立地決定を主導した長崎準一は3代社長
  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [12]1972年10月 本社を東京都港区から滋賀県大津市に移転
  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [9]1964年12月 滋賀高月工場を開設(総投資額約20億円・資本金3億円)。売上高約38億円は単体1965年3月期38億円と整合
    • [10]1959年4月 藤沢工場を新設
    • [12]1972年10月 本社を東京都港区から滋賀県大津市に移転
  • 日本電気硝子 歴代社長一覧(有価証券報告書【役員の状況】)
    • [11]立地決定を主導した長崎準一は3代社長

電機大手の二社購買とCRTが売上の54パーセントを占めた構造

1965年には白黒CRT用ガラスの量産を開始し、続く1967年にはカラーCRTにも展開して事業の幅を広げた。旭硝子の独占体制だったこの市場で、同社は「二社購買」の第二社として東芝・松下電器・ソニー・NEC・三菱電機といった国内の主要な電機大手を顧客として次々に取り込み、1991年には国内シェア57パーセントで首位に立つまでに成長を遂げている。1971年12月には滋賀県能登川町に能登川工場を開設し、生産能力をさらに積み上げた。世界的にはCRT用ガラスの特許を米コーニングとオーエンズ・イリノイの二社が握っていて新規参入の余地が事実上存在しなかったことも、同社のポジションを結果的に保護する役割を果たした。 [13][14][15][16]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [13]1965年12月 白黒CRT用ガラスの量産開始
    • [14]1967年11月 カラーCRT用ガラスの製造開始
    • [16]1971年12月 能登川工場を開設
    • [15]1991年(カラーTVブラウン管ガラス)国内シェア57%で首位。東芝・松下・ソニー・NEC・三菱電機が顧客

1973年には東京・大阪両証券取引所市場第二部に株式を上場し、続く1976年にはガラスファイバ(強化プラスチック用)生産を開始、そして1983年には市場第一部への指定替えを果たしている。CRT事業の収益を足場として、資本市場での評価と事業多角化を同時に押し出していた時期である。1984年1月には米国シカゴに駐在員事務所を開設し、海外展開の準備も整えた。FY1981の時点ではCRT用ガラスが売上の54パーセントを占めるCRT中心の部材メーカーであり、テレビ需要と命運を共にする事業構造が1980年代前半にはっきりと確立する格好となった。CRTへの集中投資は、後のFPD時代への転換を迫られたときに重い負担となった。 [17][18][19][20][21]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [17]1973年4月 東京・大阪両証券取引所市場第二部に上場
    • [18]1976年10月 ガラスファイバ(強化プラスチック用)生産開始
    • [19]1983年9月 東京・大阪両証券取引所市場第一部に指定替え
    • [20]1984年1月 米国シカゴに駐在員事務所を開設
    • [21]FY1981時点でCRT用ガラスが売上の54%
  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [13]1965年12月 白黒CRT用ガラスの量産開始
    • [14]1967年11月 カラーCRT用ガラスの製造開始
    • [16]1971年12月 能登川工場を開設
    • [17]1973年4月 東京・大阪両証券取引所市場第二部に上場
    • [18]1976年10月 ガラスファイバ(強化プラスチック用)生産開始
    • [19]1983年9月 東京・大阪両証券取引所市場第一部に指定替え
    • [20]1984年1月 米国シカゴに駐在員事務所を開設
    • [15]1991年(カラーTVブラウン管ガラス)国内シェア57%で首位。東芝・松下・ソニー・NEC・三菱電機が顧客
    • [21]FY1981時点でCRT用ガラスが売上の54%

1987年〜 TFT液晶基板への主力転換とディスプレイ市況下落による収益悪化の局面

日本電気硝子の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1987年 TFT液晶ディスプレイ用基板ガラスの生産開始
  2. 1988年 合弁会社「オーアイ・エヌイージー・ティービー・プロダクツInc.」を設立
  3. 1991年 子会社「ニッポン・エレクトリック・グラス・マレーシアSdn.Bhd.」を設立
  4. 1991年 カラーTVブラウン管ガラスで国内シェア1位
  5. 1993年 溶融炉に酸素燃焼方式を導入
  6. 1994年 電子デバイス用ガラス等でISO9001認証を取得
  7. 2000年 オーバーフロー法による液晶ディスプレイ用基板ガラスの生産開始

CRT全盛期に打ったTFT基板ガラスへの先行投資

1987年10月、日本電気硝子はTFT液晶ディスプレイ用基板ガラスの生産を新たに開始した。1982年10月時点では液晶テレビ市場はまだどこにも存在しておらず、ノートPCやワープロの小型モニタ向けの用途が中心である、ごく地味な需要しかない新領域にすぎなかった状況である。CRTがちょうど収益ピークに向かっていた最中に、あえて次世代のFPDへと先行投資するという判断は、表舞台で評価を得にくい目立たない布石であったけれども、その十年以上にわたる技術の蓄積が、のちに2000年代の世界シェア獲得につながる決定的な伏線となる、決定的な戦略判断であった。1988年5月には米国に合弁会社を設立し海外生産体制の布石も打っていた。 [22][23]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [22]1987年10月 TFT液晶ディスプレイ用基板ガラスの生産開始
    • [23]1988年5月 米国に合弁会社(オーアイ・エヌイージー・ティービー・プロダクツInc.)を設立

決定打となったのは、2000年1月のオーバーフロー法による液晶基板ガラス生産の本格的な開始である。米コーニングが先行していたオーバーフロー法を独自に実用化したことで、高品質のTFT基板ガラスを安定して供給できる体制を整えた格好となった。2002年には韓国に、2003年には台湾にと、ディスプレイ産業の集積地へ連続して現地法人を設立し、サムスン・LGディスプレイ・AUOといった液晶パネル大手の集中購買に対応するための現地溶解・成形・後加工の一貫供給体制を整えた。CRTからFPDへの世代交代を、顧客・立地・工法の三つの面から先取りしていく動きとして特徴づけられる重要な展開であり、後の世界シェア獲得を決定づけた局面である。 [24][25]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [24]2000年1月 オーバーフロー法による液晶ディスプレイ用基板ガラスの生産開始
    • [25]2002年11月 韓国に子会社、2003年11月 台湾に子会社を設立
  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [22]1987年10月 TFT液晶ディスプレイ用基板ガラスの生産開始
    • [23]1988年5月 米国に合弁会社(オーアイ・エヌイージー・ティービー・プロダクツInc.)を設立
    • [24]2000年1月 オーバーフロー法による液晶ディスプレイ用基板ガラスの生産開始
    • [25]2002年11月 韓国に子会社、2003年11月 台湾に子会社を設立

FY07のピークと14年後の半減

液晶テレビ市場の爆発的な拡大の波に乗り、FY07(2008年3月期)には連結売上高3,683億円・営業利益1,009億円(営業利益率二十七・4パーセント)という会社史上のピークに到達した。FY07時点の日本電気硝子は、米コーニングに次ぐ世界第二位の液晶基板ガラスメーカーとして、CRTからの脱却をほぼ完遂して新しい主力事業に据えた姿であった。リーマンショック後の需要調整を経た後でも、FY10には売上高3,902億円と再び過去最高に迫る好業績を示しており、ディスプレイ用ガラスを軸にした事業モデルが会社全体の成長の原動力となり、CRTで稼いだ利益をTFT基板への再投資に振り向ける循環が回っていた重要な局面である。2007年6月には井筒雄三が代表取締役社長に就任している。 [26]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書【役員の状況】
    • [26]2007年6月 井筒雄三が代表取締役社長に就任

しかしFY11以降、液晶基板ガラスの価格下落と、韓国・台湾・中国勢による内製化と後発参入の動きの拡大によって、収益は急激に悪化していくこととなった。FY14(2015年3月期)には売上高が1,926億円までピークの半分近くにまで落ち込み、営業利益率もわずか二・7パーセントまで低下している。CRTでの成功パターンだった先行投資と大口顧客の集中購買という事業構造が、ディスプレイの価格主導型の市場では利益の維持を保証しないことが明らかになった局面である。2015年6月に就任した八代社長松本元春の下で、2016年2月に半導体用サポートガラス生産を開始するなど、ディスプレイ依存からの脱却の模索が始まった局面となる。 [27][28]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書【役員の状況】
    • [27]松本元春(沿革・sources.yamlの旧表記=松本元治)は8代社長。4代は岸田清作。2015年6月就任
  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [28]2016年2月 半導体用サポートガラスの生産開始
  • 日本電気硝子 有価証券報告書【役員の状況】
    • [26]2007年6月 井筒雄三が代表取締役社長に就任
    • [27]松本元春(沿革・sources.yamlの旧表記=松本元治)は8代社長。4代は岸田清作。2015年6月就任
  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [28]2016年2月 半導体用サポートガラスの生産開始

決算期の変更とPPG買収による事業ポートフォリオの組み替え

FY17(2017年12月期)から決算期を三月末から12月末へと変更し、グローバル連結管理の統一を図ることとなった。同じ2017年9月には、米PPG Industriesから欧州・米国のガラス繊維事業(英国・オランダ・米国の三拠点)を取得し、複合材事業を海外展開する動きに打って出た。ディスプレイ事業への依存度を下げ、複合材と電子デバイスを新たな成長軸に据え直す事業ポートフォリオの組み替えが本格化した時期であり、同社の歴史のなかでも戦略転換の節目となる一連の動きとして整理できる局面となっていた。2005年1月の坡州電気硝子設立以来の韓国事業も、この時期には岐路に立たされていた。 [29][30][31]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [29]決算期を3月末から12月末へ変更(変更後の最初の12月期=2017年12月期)
    • [30]2017年9月 米PPG Industriesから欧州・米国のガラス繊維事業(英国・オランダ・米国の3拠点)を取得
    • [31]2005年1月 坡州電気硝子を韓国に設立

同時期の電子デバイス事業では、2011年の化学強化ガラス「Dinorex」の生産開始、2016年の半導体用サポートガラスの投入、そして2020年には世界最薄のフォルダブル用ガラスの開発と、スマートフォン・半導体向けの新規製品を連続して投入した。液晶基板ガラスのコモディティ化が進んでいくなかで、より高付加価値な特殊ガラスへと事業の重心を移していく戦略である。ただしFY19前後の業績は、ディスプレイ事業の市況悪化を複合材・電子デバイスが補いきれず、FY19(2019年12月期)には特別損失399億円を計上して親会社株主に帰属する純損失337億円に転落し、PPG買収の後処理が現実化する局面ともなった。 [32]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [32]2011年 化学強化ガラス「Dinorex」生産開始、2016年 半導体用サポートガラス投入、2020年 世界最薄フォルダブル用ガラス開発
  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [29]決算期を3月末から12月末へ変更(変更後の最初の12月期=2017年12月期)
    • [30]2017年9月 米PPG Industriesから欧州・米国のガラス繊維事業(英国・オランダ・米国の3拠点)を取得
    • [31]2005年1月 坡州電気硝子を韓国に設立
    • [32]2011年 化学強化ガラス「Dinorex」生産開始、2016年 半導体用サポートガラス投入、2020年 世界最薄フォルダブル用ガラス開発

2017年〜 EGP2028による事業構造改革と半導体関連への転換

日本電気硝子の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2017年 米PPGからの欧州・米国ガラス繊維事業(英国・オランダ・米国の3拠点)の取得 液晶基板ガラスへの依存をどう解くか——松本元春社長はガラス繊維の世界規模化に約600億円を投じた
  2. 2019年 営業利益159億円・親会社株主純損失336億円
  3. 2022年 岸本暁が代表取締役社長に就任
  4. 2023年 営業損失△104億円・純損失△261億円
  5. 2024年 ガラス製造のカーボンニュートラル技術を提供するエンジニアリング事業に参入

複合材買収の代償となったPPG事業の減損と後処理

2017年のPPG買収は、ガラス繊維事業の世界二強への飛躍を狙った踏み込んだ動きであったが、中国メーカーとの価格競争と欧州市場の需要の低迷によって、収益は想定を下回る厳しい展開となった。FY19の減損損失の計上は、複合材事業の構造的な赤字体質を対外的にも明らかにすることとなり、以後の経営は拡大したポートフォリオをどう絞り込むかという、重い問いに直面した。2017年に買収したオランダ子会社は2023年9月には破産手続きの開始とともに連結から除外されることとなり、PPG買収案件の後処理が続いていく局面となった。2006年8月設立の中国合弁会社は2015年6月に完全子会社化されていた。 [33][34]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [33]2017年買収のオランダ子会社(エレクトリック・グラス・ファイバ・NL)は2023年9月(26日)に破産手続き開始で連結除外
    • [34]2006年8月設立の中国合弁会社(電気硝子(上海))を2015年6月に完全子会社化

2022年6月には八代の松本元春から九代岸本暁への社長交代が行われ、翌2023年5月にはディスプレイ事業の韓国拠点二社の清算が正式に公表された。液晶基板ガラス市場の構造的な縮小に対応するための、生産能力整理の一環としての動きである。FY23(2023年12月期)は売上高2,799億円・営業損失104億円・純損失262億円という赤字を計上する厳しい結果である。韓国拠点の清算に伴う減損損失126億円、複合材事業(主にマレーシア)の減損損失111億円などを含め、過去の拡大局面で積み上げてきた資産を圧縮していく局面が訪れた。2023年8月31日付で韓国子会社の解散・清算手続きに入っている。 [35][36][37]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書【役員の状況】
    • [35]2022年6月 松本元春(沿革の旧表記=松本元治・8代)から岸本暁(9代)へ社長交代
  • 日本電気硝子 有価証券報告書【沿革】
    • [36]2023年5月 ディスプレイ事業の韓国拠点2社の清算を公表
  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [37]2023年8月31日付で韓国子会社(日本電気硝子(韓国))の解散・清算手続きに入った
  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [33]2017年買収のオランダ子会社(エレクトリック・グラス・ファイバ・NL)は2023年9月(26日)に破産手続き開始で連結除外
    • [34]2006年8月設立の中国合弁会社(電気硝子(上海))を2015年6月に完全子会社化
    • [37]2023年8月31日付で韓国子会社(日本電気硝子(韓国))の解散・清算手続きに入った
  • 日本電気硝子 有価証券報告書【役員の状況】
    • [35]2022年6月 松本元春(沿革の旧表記=松本元治・8代)から岸本暁(9代)へ社長交代
  • 日本電気硝子 有価証券報告書【沿革】
    • [36]2023年5月 ディスプレイ事業の韓国拠点2社の清算を公表

EGP2028で半導体関連と超薄板ガラスを次の柱に据える方針

2023年からの中期経営計画「EGP2028」(Strong Growth)は、既存事業の収益基盤の強化と成長分野(半導体関連)へのリソース拡充を主要な柱に据え、2028年12月期には売上高4,000億円・営業利益500億円・営業利益率十二・5パーセント・ROE8パーセントという達成目標を掲げる内容である。財務戦略の面では政策保有株式の縮減(連結純資産比十・3パーセントから六・8パーセントへ)、ノンコア資産の圧縮(藤沢事業場跡地の売却などによって固定資産売却収入490億円)、自己株式取得200億円枠と1,000万株消却による株主還元など、同時並行的な施策を打ち出して会社の姿を組み替えていく中期計画の輪郭を対外的に示した節目である。 [38][39][40][41]

  • 日本電気硝子 決算説明会資料(2024年12月期)
    • [38]中期経営計画EGP2028の2028年12月期目標は売上高4,000億円・営業利益500億円・営業利益率12.5%・ROE8%
    • [39]政策保有株式を連結純資産比10.3%から6.8%へ縮減
    • [40]ノンコア資産圧縮で固定資産売却収入490億円
    • [41]自己株式取得200億円枠と1,000万株消却

成長分野の柱は二つに分かれている。一本目はディスプレイ事業で培ってきたオーバーフロー技術を応用した超薄板ガラス「Dinorex UTG」で、2024年のMotorola razr 50、2025年のXiaomi MIX Flip 2と続くフォルダブルスマートフォンへの採用拡大、および人工衛星のソーラーパネル用カバーガラスの展開が進んでいるところである。二本目は半導体用サポートガラス(FOWLP・2.5D/3Dパッケージング向け)とプローブカード用基板で、半導体関連の売上高を2028年に向けて引き上げる計画を立てている。ビアメカニクス社との共同開発による次世代半導体パッケージ向けガラスセラミックスコア基板「GCコア」も2028年頃の事業化を目指している段階にある重要な時期である。 [42]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [42]2024年6月 ビアメカニクス社との共同開発による次世代半導体パッケージ向けガラスセラミックスコア基板「GCコア」を開発(2028年頃事業化目標は未確認)
  • 日本電気硝子 決算説明会資料(2024年12月期)
    • [38]中期経営計画EGP2028の2028年12月期目標は売上高4,000億円・営業利益500億円・営業利益率12.5%・ROE8%
    • [39]政策保有株式を連結純資産比10.3%から6.8%へ縮減
    • [40]ノンコア資産圧縮で固定資産売却収入490億円
    • [41]自己株式取得200億円枠と1,000万株消却
  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [42]2024年6月 ビアメカニクス社との共同開発による次世代半導体パッケージ向けガラスセラミックスコア基板「GCコア」を開発(2028年頃事業化目標は未確認)

全電気溶融炉への転換とカーボンニュートラルへの取り組み

EGP2028を支える重要な技術基盤として、ガラス溶融工程の全電気溶融炉への切り替えを進めているところである。ディスプレイ事業では2018年時点ではほぼゼロであった全電気溶融比率が、2024年までには過半を超え、2025年上期までには大半の炉が全電気化へと切り替えられている状況にある。化石燃料の直接燃焼を廃することによってCO2排出を削減し、同時に炉内温度の安定化によって品質や生産性も改善するという効果が得られている。2024年10月にはガラス製造のカーボンニュートラル技術を外部に提供するエンジニアリング事業も新たに開始し、自社で蓄積したノウハウの外販化にも乗り出している段階である。 [43]

  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [43]2024年10月 ガラス製造のカーボンニュートラル技術を提供するエンジニアリング事業を開始

医薬用管ガラスでも全電気溶融技術の量産技術を確立し、マレーシア拠点での2026年一Q稼働を予定している段階に入っている状況である。耐熱ガラス分野では調理器のトッププレート用「StellaShine」を黒板市場へ参入させ、建築分野では防火ガラス「ファイアライト」と放射線遮蔽用ガラス「LXプレミアム」の拡販を進めているところである。ディスプレイ主力時代には周辺事業の扱いだった医療・耐熱・建築の各分野は、ポートフォリオ再編のプロセスの過程で成長投資の対象へと引き上げられ、同社の事業の幅を取り戻す役割を担うセグメントとして、戦略的にも重視されるべき対象へと位置づけ直されていった、重要な局面となった。

  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
    • [43]2024年10月 ガラス製造のカーボンニュートラル技術を提供するエンジニアリング事業を開始

日本電気硝子の沿革1944〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
日本電気(NEC)の子会社として設立
日本電気硝子として独立★★
管ガラスの自動管引に成功
藤沢工場を新設
オーエンズ・イリノイから管ガラス技術を導入★★
超耐熱結晶化ガラス「ネオセラム®」の生産開始
ブラウン管(CRT)ガラスへの後発参入と滋賀高月へのCRT専用工場の新設テレビは本当に普及するのか——世間の評価が定まらぬなか、資本金3億円の会社が20億円を一つの工場に置けるか 詳細を読む★★★
テレビ用ブラウン管ガラスの製造開始★★
カラーテレビ用ブラウン管ガラスの製造開始
能登川工場を新設
本社を移転
東京・大阪両証券取引所市場第二部に上場
ガラスファイバ(強化プラスチック用)の生産開始★★
東京・大阪両証券取引所市場第一部銘柄に指定
シカゴ駐在員事務所を開設
TFT液晶ディスプレイ用基板ガラスの生産開始★★
合弁会社「オーアイ・エヌイージー・ティービー・プロダクツInc.」を設立
子会社「ニッポン・エレクトリック・グラス・マレーシアSdn.Bhd.」を設立
カラーTVブラウン管ガラスで国内シェア1位
溶融炉に酸素燃焼方式を導入
電子デバイス用ガラス等でISO9001認証を取得
井筒雄三全事業場一括でISO14001認証を取得
井筒雄三オーバーフロー法による液晶ディスプレイ用基板ガラスの生産開始★★
井筒雄三子会社「日本電気硝子」を設立
井筒雄三井筒雄三が代表取締役社長に就任
有岡雅行連結売上高3,683億円・営業利益1,009億円を記録
有岡雅行有岡雅行が代表取締役社長に就任
有岡雅行化学強化専用ガラス(Dinorex®)の生産開始
松本元春連結売上高1,926億円まで落ち込み、営業利益52億円
松本元春松本元春が代表取締役社長に就任
松本元春米PPGからの欧州・米国ガラス繊維事業(英国・オランダ・米国の3拠点)の取得液晶基板ガラスへの依存をどう解くか——松本元春社長はガラス繊維の世界規模化に約600億円を投じた 詳細を読む★★★
松本元春営業利益159億円・親会社株主純損失336億円★★
岸本暁岸本暁が代表取締役社長に就任
岸本暁営業損失△104億円・純損失△261億円★★
岸本暁ガラス製造のカーボンニュートラル技術を提供するエンジニアリング事業に参入
岸本暁売上高3,114億円・営業利益341億円・営業利益率11.0%
出典・参考
  • 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
  • 染色研究(1981年1月)
  • 日本電気硝子 歴代社長一覧(有価証券報告書【役員の状況】)
  • 日本電気硝子 有価証券報告書【役員の状況】
  • 日本電気硝子 有価証券報告書【沿革】
  • 日本電気硝子 決算説明会資料(2024年12月期)

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