1969年〜 16社の共同出資で生まれた興銀系総合リース会社
- 1969年 パシフィック・リースを設立
- 1981年 商号を興銀リースに変更
- 1987年 IBJ Leasing (UK) Ltd. を設立
日本興業銀行が音頭を取った16社連合
1969年12月、日本興業銀行(現みずほ銀行)の主導で[1]、産業界を代表する事業会社・生命保険会社など計16社が資本金5億円を出し合い、株式会社パシフィック・リース[2]が東京で設立された。リース事業協会が1969年7月に8社で発足した直後で[3]、いざなぎ景気下のリース第一次設立ラッシュに位置する銀行系総合リース会社の一社だった。当時のリース業は1964年設立のオリエント・リース(現オリックス)が先行して普及を進めていた段階で、興銀は単独で参入する道を選ばず、複数の事業会社・生保を相乗りさせる形で出発した。出資者の幅広さは取引顧客の幅広さを意味し、銀行のシンジケート融資と同様に多数の株主を抱えるリース会社の運営手法は、案件発掘から与信判断までを共有する枠組みとして1970年代の事業拡大を支えた。
- みずほリース 有価証券報告書【沿革】
- [1]日本興業銀行は現みずほ銀行
- [2]1969年12月、日本興業銀行主導で16社が資本金5億円を出資し株式会社パシフィック・リースを東京で設立
- リース事業協会沿革資料
- [3]リース事業協会は1969年7月に8社で発足
1972年に建設機械と船舶のリース事業を始め[4]、1981年11月には商号を興銀リース株式会社へ変更した[5]。「パシフィック」という汎用名から、出自である日本興業銀行の冠を掲げる名称への切り替えで、興銀の取引法人を顧客基盤として明示する選択だった。1982年に航空機レバレッジドリースを[6]、1985年には国内初の鉄道車両リースを手掛[7]けて専門領域を広げた。リース業はこの時期、設備投資の節税効果と簿外化を求める法人需要で二桁成長が続き、興銀リースは興銀の大企業取引網に乗る形でファイナンスリース料収入を伸ばした。長銀系の日本リースが本業のリースよりも長銀の別働隊としてのファイナンス業に傾き、1998年に負債2兆3,000億円で会社更生法の適用を申請[8]する事例が後に出るが、興銀リースは主力事業のリース・割賦に経営資源を寄せ続け、銀行系リース会社の分岐を分けた。
- みずほリース 有価証券報告書【沿革】
- [4]1972年に建設機械と船舶のリース事業を開始
- [5]1981年11月に商号を興銀リース株式会社へ変更
- [6]1982年に航空機レバレッジドリースを開始
- [7]1985年に国内初の鉄道車両リースを手掛けた(序数: 国内初)
- [8]長銀系の日本リースは1998年に負債2兆3,000億円で会社更生法の適用を申請
- みずほリース 有価証券報告書【沿革】
- [1]日本興業銀行は現みずほ銀行
- [2]1969年12月、日本興業銀行主導で16社が資本金5億円を出資し株式会社パシフィック・リースを東京で設立
- [4]1972年に建設機械と船舶のリース事業を開始
- [5]1981年11月に商号を興銀リース株式会社へ変更
- [6]1982年に航空機レバレッジドリースを開始
- [7]1985年に国内初の鉄道車両リースを手掛けた(序数: 国内初)
- [8]長銀系の日本リースは1998年に負債2兆3,000億円で会社更生法の適用を申請
- リース事業協会沿革資料
- [3]リース事業協会は1969年7月に8社で発足
海外進出第一波 ── 英国・タイ・フィリピン
1987年2月、興銀リースは英国にIBJ Leasing (UK) Ltd[9].(現Mizuho Leasing (UK) Ltd.)を設立し、日系企業の欧州進出に伴う設備リース需要を取り込む拠点を整えた。1992年2月にはタイのKrung Thai IBJ Leasing Co., Ltd.の持分を取得し[10]、1998年1月にフィリピンのJapan PNB[11] Leasing and Finance Corporationへの出資を行うなど、東南アジアと欧州に拠点を相次いで設けた。プラザ合意後の円高で日系メーカーがアジア現地生産を広げ、現地法人の機械設備・社用車のリース需要が立ち上がった時期と重なる。興銀リースは興銀の海外現地法人や、合弁先の現地金融機関との二人三脚で参入する手法を採り、自前の海外網を一から構築する道は選ばなかった。
- みずほリース 有価証券報告書【沿革】
- [9]1987年2月、英国にIBJ Leasing (UK) Ltd.(現Mizuho Leasing (UK) Ltd.)を設立
- [10]1992年2月、タイのKrung Thai IBJ Leasing Co., Ltd.の持分を取得
- [11]1998年1月、フィリピンのJapan PNB Leasing and Finance Corporationへ出資
国内でも事業会社の連結子会社化を進め、1993年12月に八重洲リース(現エムエル・エステート[12])、1996年7月にケイエル・レンタルを設立した[13]。1998年4月の興銀オートリース設立、1999年2月の日産リース株式取得[14]、2000年6月のセゾンオートリースシステムズ(現みずほオートリース)の株式取得と続き、オートリース分野では2002年10月にセゾンオートリースシステムズを存続会社[15]として興銀オートリースを合併させ、自動車関連の連結子会社群をオートリース機能に集約した。多角化というよりも、リース・割賦・オートリースという同心円内のサブ機能を子会社として並列に並べる構造だった。
- みずほリース 有価証券報告書【沿革】
- [12]1993年12月、八重洲リース(現エムエル・エステート)を設立
- [13]1996年7月、ケイエル・レンタルを設立
- [14]1998年4月の興銀オートリース設立、1999年2月の日産リース株式取得、2000年6月のセゾンオートリースシステムズ(現みずほオートリース)株式取得
- [15]2002年10月、セゾンオートリースシステムズを存続会社として興銀オートリースを合併
- みずほリース 有価証券報告書【沿革】
- [9]1987年2月、英国にIBJ Leasing (UK) Ltd.(現Mizuho Leasing (UK) Ltd.)を設立
- [10]1992年2月、タイのKrung Thai IBJ Leasing Co., Ltd.の持分を取得
- [11]1998年1月、フィリピンのJapan PNB Leasing and Finance Corporationへ出資
- [12]1993年12月、八重洲リース(現エムエル・エステート)を設立
- [13]1996年7月、ケイエル・レンタルを設立
- [14]1998年4月の興銀オートリース設立、1999年2月の日産リース株式取得、2000年6月のセゾンオートリースシステムズ(現みずほオートリース)株式取得
- [15]2002年10月、セゾンオートリースシステムズを存続会社として興銀オートリースを合併