オリックス の歴史

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創業 1964年
創業地 大阪市中央区高麗橋
創業 1964年4月、日綿実業・日商・岩井産業の3商社と三和銀行など5銀行が資本金1億
1964年4月、日綿実業・日商・岩井産業の3商社と三和銀行など5銀行が資本金1億円を持ち寄り、大阪市中央区高麗橋にオリエント・リース株式会社を設立した。米国のUSリーシング社と提携して業態ごと輸入し、実務は三和銀行から移った専任副社長の乾恒雄氏が引っ張った。創立3年目には出向社員を全て親会社へ帰し、プロパー社員だけの体制へ切り替えている。ただし1969年前後には後発が相次いで生まれ、1971年初めには国内に20社近くが並んだ。8社合弁という出自は、どの系列にも属さない身軽さを最初から与えた。
決断 貸す側から、資産を自ら持つ側へ、一貫して寄せてきた。1980年に社長に就任した宮
貸す側から、資産を自ら持つ側へ、一貫して寄せてきた。1980年に社長に就任した宮内義彦氏は、料率競争でリースの利幅が細るなか証券・不動産・球団まで取得を重ね、1989年にはみずから「リース」の看板を下ろして商号をオリックスへ改めた。1998年にはニューヨーク証券取引所へ上場し、米国会計基準と開示に自社を晒して多角化の歯止めを外部の目に委ねた。2014年には事業投資会社への転換を掲げ、借入で資産を膨らませる融資型から自己資金を入れる投資型へ収益の作り方を変えた。以後、2014年に買収した弥生を2022年に売却し、関西空港の運営権を取り、東芝にも出資する買い手になった。
現況 祖業のリースは10あるセグメントの一つにすぎず、利益の源泉は企業買収と空港運営へ
祖業のリースは10あるセグメントの一つにすぎず、利益の源泉は企業買収と空港運営へ移っている。2025年3月期のセグメント利益5,447億円は、事業投資・コンセッションの989億円が最大で、法人営業・メンテナンスリース903億円、保険744億円、不動産705億円と続く。不動産は2018年にTOBをかけ翌年に完全子会社化した大京、資産運用は2013年にオランダのロベコを約2,400億円で買収したに発するORIX Europeの444億円が支える。同期の営業収益は2兆8,748億円、総資産は16.9兆円で、利益はリース料ではなく投資先の売却損益で動く。
競合 同じリースから出発した各社とは、もはや同じ市場にいない。三菱HCキャピタルや東京
同じリースから出発した各社とは、もはや同じ市場にいない。三菱HCキャピタルや東京センチュリーが合併で規模を積み上げ金融の内側で戦ってきたのに対し、オリックスは1988年の阪急ブレーブス取得で金融の外へ出て、2004年には赤字続きの近鉄バファローズとの球団統合にまで踏み切った。宣伝費として赤字を許す球界の前提を、採算で置き換える側に立った。一方、個人向け金融では新生銀行を傘下に収めたSBIホールディングスに規模で及ばず、2024年3月にオリックス・クレジットの株式66%をNTTドコモへ譲った。現在は空港運営や旅館、再生可能エネルギー、航空機を自ら持って回し、値がついた順に売る事業投資会社へ移った。
長期業績の推移 1965〜2026年
オリックス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円)純利益率(%)
1997年3月期〜2026年3月期

第1章 1964年〜 米国から輸入したリース業を根づかせ、独立経営の足場を固めるまで

1964年〜商社3社と銀行5社が資本金1億円を持ち寄った合弁会社

オリエント・リースの設立準備としてリースの研究が始まったのは1962年である。リース業そのものは第二次世界大戦後の米国に起こり、金融機能を担う会社としては1952年にUSリーシング社ができている。日本初のリース会社の誕生は1963年だった。1964年4月17日には、日綿実業・日商・岩井産業の三商社に三和銀行・東洋信託銀行・日本勧業銀行・神戸銀行・日本興業銀行の五銀行を加えた出資者が資本金1億円を出し合い、オリエント・リース株式会社が大阪市中央区高麗橋に発足した。設立にあたっては米国のUSリーシング社と提携し、リース業の実体と経営のノウハウについて資料と意見の提供を受けている。

  • 証券アナリストジャーナル 1971年9巻2号(宮内義彦)
    • [1]1962年 オリエント・リースが設立準備のためリース研究に着手
    • [2]1952年 金融機能を営む米USリーシング社の設立
    • [3]1963年 日本で初のリース会社設立
    • [5]設立時資本金 1億円
    • [7]設立にあたり米USリーシング社と提携し資料・意見の提供を受けた
  • オリックス 有価証券報告書【沿革】
    • [4]出資は日綿実業・日商・岩井産業の3商社と三和銀行・東洋信託銀行・日本勧業銀行・神戸銀行・日本興業銀行の5銀行
    • [6]1964年4月17日 大阪市中央区高麗橋にオリエント・リース株式会社を設立

初代社長は日綿実業社長の福井慶三氏が兼任し、実務は専任副社長の乾恒雄氏が引っ張った。乾氏は1933年3月に慶應義塾大学経済学部を卒業して三十四銀行(現・三和銀行)へ入行し、1963年5月に取締役ニューヨーク支店長、1964年4月にオリエント・リース代表取締役副社長、1967年8月に社長へ昇格している。創業時のメンバー13人は、出資者である三和銀行、日綿実業、日商、岩井産業から集められた。乾氏は三和銀行出身という出自を自ら捨てて独立路線を採り、設立から22年後の1986年には従業員が約1150人まで増え、その3分の1を中途入社者が占めた。

  • 日経ビジネス 1986年12月8日号
    • [8]初代社長は日綿実業社長の福井慶三氏が兼任
    • [9]実務を担ったのは専任副社長の乾恒雄氏
    • [10]乾恒雄氏 1933年3月 慶應義塾大学経済学部卒業、三十四銀行(現・三和銀行)入行
    • [11]乾恒雄氏 1963年5月 三和銀行取締役ニューヨーク支店長、1964年4月 オリエント・リース代表取締役副社長、1967年8月 社長昇格
    • [12]創業時のメンバーは13人、出資者の三和銀行・日綿実業・日商・岩井産業から招集
    • [13]1986年時点の従業員 約1150人、うち3分の1が中途入社
参考文献[1]-[13]
  • 証券アナリストジャーナル 1971年9巻2号(宮内義彦)
    • [1]1962年 オリエント・リースが設立準備のためリース研究に着手
    • [2]1952年 金融機能を営む米USリーシング社の設立
    • [3]1963年 日本で初のリース会社設立
    • [5]設立時資本金 1億円
    • [7]設立にあたり米USリーシング社と提携し資料・意見の提供を受けた
  • オリックス 有価証券報告書【沿革】
    • [4]出資は日綿実業・日商・岩井産業の3商社と三和銀行・東洋信託銀行・日本勧業銀行・神戸銀行・日本興業銀行の5銀行
    • [6]1964年4月17日 大阪市中央区高麗橋にオリエント・リース株式会社を設立
  • 日経ビジネス 1986年12月8日号
    • [8]初代社長は日綿実業社長の福井慶三氏が兼任
    • [9]実務を担ったのは専任副社長の乾恒雄氏
    • [10]乾恒雄氏 1933年3月 慶應義塾大学経済学部卒業、三十四銀行(現・三和銀行)入行
    • [11]乾恒雄氏 1963年5月 三和銀行取締役ニューヨーク支店長、1964年4月 オリエント・リース代表取締役副社長、1967年8月 社長昇格
    • [12]創業時のメンバーは13人、出資者の三和銀行・日綿実業・日商・岩井産業から招集
    • [13]1986年時点の従業員 約1150人、うち3分の1が中途入社

第2章 1985-1997 (気が向いたら執筆します!) レンタカー・生保・阪急ブレーブス取得とオリックスへの改称

第3章 1998-2007 (気が向いたら執筆します!) ニューヨーク上場と山一信託買収、委員会等設置会社と近鉄球団統合

第4章 2008-2013 (気が向いたら執筆します!) リーマン後の社長交代と中国本社設立、Robeco買収

第5章 2014-2018 (気が向いたら執筆します!) 融資から自己資金による事業投資へ、ハートフォード生命と関西エアポート

第6章 2019-2026 (気が向いたら執筆します!) 大京の完全子会社化と再エネ買収、オリックス・クレジット売却

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歴史年表 1964〜2025年

オリックスの沿革1964〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1964〜1984年米国から輸入したリース業を根づかせ、独立経営の足場を固めるまで福井慶三オリエント・リース設立★
福井慶三東京支店を開設★
乾恒雄株式額面変更目的で同名会社に吸収合併★
乾恒雄大阪証券取引所市場第二部に上場★
乾恒雄Orient Leasing(Hong Kong)Ltd.設立★
乾恒雄日本企業初のアジアダラー債を発行★
乾恒雄オリエント・オート・リース設立★
乾恒雄ファミリー信販設立★
宮内義彦宮内義彦氏が社長に就任(第3代)★
1985〜1997年レンタカー・生保・阪急ブレーブス取得とオリックスへの改称宮内義彦バジェット・レンタカー設立★
宮内義彦証券会社に資本参加★
宮内義彦プロ野球球団・阪急ブレーブスを取得★★
宮内義彦リース専業からの脱皮と金融サービス業への多角化

1985年から1989年にかけて、社長の宮内義彦氏がリース専業のオリエント・リースをM&Aで多角化し、1989年の商号変更で総合金融サービス企業へ主軸を移した経営判断。証券・不動産・インテリアからプロ野球球団まで、本業の周辺へ連続して参入した。

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★★★
宮内義彦アイルランドにORIX Aviation Systems Limited設立★★
宮内義彦オリックス・オマハ生命保険設立★★
1998〜2007年ニューヨーク上場と山一信託買収、委員会等設置会社と近鉄球団統合宮内義彦山一信託銀行を買収★★
宮内義彦外部の市場規律を経営に取り込むことを目的とした海外市場での株式公開

1998年9月、オリックスはニューヨーク証券取引所に株式を上場し、日本の金融サービス会社として海外の資本市場に初めて加わった。宮内義彦社長は、厳しい米国の会計基準と情報開示に自社を晒し、外部の目で経営を律する道具として上場を用いた。

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★★★
宮内義彦社外取締役選任、指名・報酬委員会設置★
藤木保彦藤木保彦氏が社長に就任(第4代)★
藤木保彦委員会等設置会社へ移行★
藤木保彦球団の数を一つ減らす統合と、そこから広がったプロ野球再編

2004年6月、オリックスはパ・リーグの傘下球団オリックス・ブルーウェーブに、経営難の大阪近鉄バファローズを統合することで合意した。統合は史上初の選手会ストと新規参入問題へ発展し、最終的にセ・パ12球団の二リーグ制が維持された。宣伝装置としての球団経営を事業として問い直した経営判断。

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★★★
藤木保彦Houlihan Lokeyを買収★★
2008〜2013年リーマン後の社長交代と中国本社設立、Robeco買収梁瀬行雄梁瀬行雄氏が社長に就任(第5代)★
梁瀬行雄中国本社(欧力士投資有限公司)設立★
井上亮井上亮氏が社長就任(第6代)★
井上亮2,551億円を投じた資産運用事業への本格進出

2013年2月19日にオランダの協同組合系金融機関ラボバンクとの間で株式売買契約を締結し、同年7月1日にラボバンクが保有していた資産運用会社ロベコ(Robeco Groep N.V.)の普通株式の約90.01%を取得して連結子会社とした経営判断。株式の取得価額総額は2,551億円で、現金2,305億円と自己株式194億円で支払った。

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★★★
2014〜2018年融資から自己資金による事業投資へ、ハートフォード生命と関西エアポート井上亮リース・融資という金融の型を捨て、自己資金を投じる側への立ち位置の移行

リーマンショック後、オリックスは借り入れで利益を膨らませる融資(デット)中心の商売から、自己資金を投じてリターンを狙うエクイティ型の事業投資へ大きく転じた。旅館やホテルの運営、中堅企業への出資まで幅を広げ、リースの草分けが"事業投資会社"へと業態そのものを組み替えた経営判断。

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★★★
井上亮ハートフォード生命保険を買収★★
井上亮関西エアポートを仏VINCI Airportsと共同設立★★
2019〜2026年大京の完全子会社化と再エネ買収、オリックス・クレジット売却井上亮マンション大手・大京のTOBによる完全子会社化

2018年10月26日、議決権の66%を保有していた上場子会社でマンション大手の大京について、その普通株式を公開買付けにより取得することを決議した経営判断。買付けは同年12月10日に成立し、大京は2019年1月に東京証券取引所の上場を廃止して完全子会社となった。すでに支配下にある子会社の少数株主からの買い取りであるため、この取引は資本取引として処理され、営業権(のれん)は発生していない。

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★★★
井上亮Elawan Energy S.L.を買収★★
井上亮通期当期純利益3,173億円を計上★
井上亮オリックス・クレジット株式66%をNTTドコモに譲渡★
髙橋英丈髙橋英丈氏が社長兼COOに就任(第7代)★
出典・参考 3件
出典・参考
  • オリックス 有価証券報告書【沿革】
  • 証券アナリストジャーナル 1971年9巻2号(宮内義彦)
  • 日経ビジネス 1986年12月8日号

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