創業地東京都
創業年1923
上場年1949
創業者柳町政之助
1923年〜 関東大震災直後の創業から東証一部上場までの建築設備サブコン形成
1923 高砂煖房工事株式会社として設立
1943 高砂熱学工業株式会社に改称
1949 建設業法による建設大臣登録(イ)第558号を完了
1949 大阪支店開設
1952 札幌出張所開設
1969 東京証券取引所市場第二部に上場
1967年3月期 単体
売上高 105億円
純利益 3億円
純利益率 3.8%
1969年3月期 単体
売上高 129億円
純利益 3億円
純利益率 2.6%

高砂熱学工業は1923年11月、旧高砂工業の煖房工事部の権利義務一切を継承し、高砂煖房工事株式会社として東京で設立された。関東大震災直後の首都圏で建築需要が立ち上がるなか、近代建築の不可欠設備となりつつあった暖房工事の専業会社として船出した。1943年7月には社名を高砂熱学工業へ改め、蒸気暖房から冷房・換気・熱源を含む建築熱環境工学全般へ事業領域を広げた。戦後は1949年3月の大阪支店を皮切りに札幌・名古屋・九州・東北へ拠点を広げ、同年10月には建設大臣登録を完了した。ゼネコン直系ではない専業独立系サブコンとして受注を伸ばし、設立から46年後の1969年11月、東京証券取引所市場第二部に上場した

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1970年〜 上場後の海外展開と多角化
1971 大阪証券取引所市場第二部に上場
1972 日本開発興産株式会社を設立
1980 T.T.E.エンジニアリング(マレーシア)Sdn.Bhd.を設立
1980 海外事業本部開設
1984 総合研究所新設
2003 高砂建築工程(北京)有限公司を設立
1970年3月期 単体
売上高 196億円
純利益 5億円
純利益率 2.6%
2007年3月期 連結
売上高 2,175億円
純利益 33億円
純利益率 1.5%

1973年8月の東証一部昇格の前後から、高砂熱学工業は本業の設備工事と並行して関連事業の子会社化に動いた。1972年には日本開発興産・日本ピーマック・日本エスエフを相次いで設立し、不動産・ビル管理と空調機器製造を本業の前後工程として取り込む。海外では1980年4月に海外事業本部を開き、同年11月のマレーシアを皮切りに1984年タイ、1994年香港、2003年北京、2005年シンガポール、2007年ベトナムへ現地法人を広げた。狙いは日系製造業の海外工場という顧客が日本企業の市場で、本社経由の指名受注により国内同様の競争構造で受注を取る堅実な路線だった。1984年12月には総合研究所を新設し、省エネ・クリーンルーム技術の自社研究に着手した

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2008年〜 クリーンルーム・データセンター・脱炭素への再構築
2010 大阪証券取引所での株式上場を廃止
2012 株式会社丸誠を連結子会社化
2013 グリーン・エアプラザを開設
2014 高砂丸誠エンジニアリングサービス株式会社が発足
2017 在インドのインテグレーテッド・クリーンルーム・テクノロジーズPvt.Ltd.を連結子会社化
2020 高砂熱学イノベーションセンター開設
2008年3月期 連結
売上高 2,434億円
純利益 30億円
純利益率 1.2%
2025年3月期 連結
売上高 3,817億円
純利益 276億円
純利益率 7.2%

2008年以降、高砂熱学工業の連結売上高は2,000億円台前半で伸び悩み、経常利益率も2〜4%台にとどまった。転機はクリーンルームへの傾注だった。2015年にインドのICTを持分法適用とし、2017年11月に連結子会社化して半導体工場の設計・施工技術を取り込む。半導体とデータセンターの設備投資を受注に結びつけ、連結売上高は2015年3月期の2,435億円から2019年3月期に3,198億円へ拡大し、経常利益率も3.5%から6%前後へ改善した。2019年4月に大内厚から小島和人へ社長が交代し、2025年3月期は売上3,816億円・経常利益率9.2%に達した。脱炭素・水素・再エネを次の成長領域に据え、施工会社から技術主導の企業へ事業構造を組み替えた。

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決断の理由 — クリティカルな歴史の転換点を読み解く

Q なぜ1943年に「煖房」から「熱学」へ社名を変えたのか
A 蒸気暖房という単一技術だけでは、近代建築が冷房・換気・熱源まで求める時代に専業会社として生き残れないと見たためである。高砂熱学工業は1923年に旧高砂工業の煖房工事部を継承し蒸気暖房の専業として発足したが、戦時期に軍需工場や官庁施設の空調・熱処理需要が拡大した。そこで1943年7月、社名を「高砂熱学工業株式会社」へ改称している。「煖房」から「熱学」への商号変更は、暖房という一技術から建築熱環境工学全般へ事業領域を広げる宣言であり、半導体クリーンルームまで含む現在の事業はこの「熱学」の延長線上にある
Q なぜ1984年に設備施工業では珍しい総合研究所を新設したのか
A ゼネコンや顧客の仕様どおりに施工する受託業者のままでは差別化できず、自ら熱環境工学を研究して提案する技術ベンダーへ転じる必要があると判断したためと推定される。高砂熱学は電気・通信まで一括で請け負う総合化を選ばず空調・熱源の「熱学」に専門性を集中させており、1984年12月、東京都内に総合研究所(現・高砂熱学イノベーションセンター)を新設した。ここで省エネ・クリーンルーム・熱搬送の応用研究を進めたことが、半導体製造工場やデータセンターという高付加価値領域での競争力の源泉となった
Q なぜ2017年にインドのICTを連結子会社化したのか
A 半導体製造工程に不可欠なクリーンルームの設計施工技術を、自社研究だけでなく買収でも取り込み、立ち上がる需要を受注へ結びつける必要があると見たためである。高砂熱学は2015年12月にインドのICTを持分法適用関連会社化し、2017年11月に株式の追加取得で連結子会社化した。半導体・液晶・データセンターの設備投資が連続するなか、ICTで取り込んだ技術がこの需要を受注に結びつけ、連結売上高は2015年3月期2,435億円から2019年3月期3,198億円へ拡大、経常利益率も6%水準へ改善した

出典・参考文献

歴史概要

  • 高砂熱学工業 有価証券報告書【沿革】
    • [1] 1923年11月に高砂煖房工事株式会社として設立された(旧高砂工業の煖房工事部を継承)
    • [2] 1943年7月に社名を高砂熱学工業へ改称した
    • [3] 1949年3月の大阪支店を皮切りに支店網を拡大し、同年10月に建設大臣登録を完了した
    • [4] 設立から46年後の1969年11月に東京証券取引所市場第二部へ上場した
    • [5] 1973年8月に東証・大証の市場第一部へ指定替された
    • [6] 1972年に日本開発興産・日本ピーマック・日本エスエフを相次いで設立した
    • [7] 1980年の海外事業本部開設・マレーシア進出を皮切りにタイ・香港・北京・シンガポール・ベトナムへ現地法人を設立した
    • [8] 1984年12月に総合研究所(現・高砂熱学イノベーションセンター)を新設した
    • [10] 2015年12月にインドのICTを持分法適用関連会社化し、2017年11月に連結子会社化した
  • 高砂熱学工業 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [9] 2008年以降の連結売上高は2,000億円台前半・経常利益率2〜4%台にとどまった
    • [11] 連結売上高は2015年3月期2,435億円から2019年3月期3,198億円へ拡大し、経常利益率は3.5%から6.0%前後へ改善した
    • [12] 2019年4月に大内厚から小島和人へ社長交代、2025年3月期の連結売上高3,816億円・経常利益率9.2%に達した

決断の理由

  • 高砂熱学工業 有価証券報告書【沿革】
    • [1] 1923年に旧高砂工業の煖房工事部を継承し蒸気暖房の専業として発足した
    • [2] 1943年7月に社名を「高砂熱学工業株式会社」へ改称した
    • [3] 「煖房」から「熱学」への改称は建築熱環境工学全般へ領域を広げる宣言で、現在の事業はこの延長線上にある
    • [4] 電気・通信まで一括する総合化を選ばず空調・熱源の「熱学」に専門性を集中させた
    • [5] 1984年12月に総合研究所(現・高砂熱学イノベーションセンター)を新設した
    • [6] 総合研究所での応用研究が半導体製造工場・データセンターでの競争力の源泉となった
    • [7] 2015年12月にインドのICTを持分法適用関連会社化した
    • [8] 2017年11月に株式の追加取得でICTを連結子会社化した
  • 高砂熱学工業 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [9] 連結売上高は2015年3月期2,435億円から2019年3月期3,198億円へ拡大し経常利益率も改善した