ショーボンドホールディングス の歴史

創業

1958年

創業者

上田昭

創業地

東京都世田谷区

直近売上高(2025/6)

907億円

長期業績と転換点(1996/6〜2025/6)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ塩ビ配管の町工場が1960年代に『コンクリートを直す』専業へ進んだのか
A 当時の土木は新設が当たり前で、補修という市場そのものが存在しなかった。だれも手を付けていない空白を、官公庁を最初の顧客に押さえることで先行者として握れると読んだ判断にあった。1958年に上田昭氏が31歳で設立した昭和工業は、翌1959年に八久和ダムの排水路でエポキシ樹脂が補修に使える経験を得て自社接着剤を開発した。決定的だったのは1964年の新潟地震で、落橋した昭和大橋の床版補修に建設省土木研究所の推薦で同社のエポキシ樹脂が採用されたことである。官との接点が、補修という事業領域を同社が定義する立場へ押し上げた。
Q なぜ1975年に製造部門を切り離し補修工事専業へ集中したのか
A 官公庁向けの橋梁補修は1件平均300万円前後の小型工事で、規模を前提とするゼネコンには採算が合わない。逆に言えば、材料も施工も自前で一貫させ、低単価多件数を回す体制を持てる会社だけが利益を出せる市場だった。そこで1975年4月、上田昭氏は製造・研究を「ショーボンド化学」として分離し、社名を「ショーボンド建設」へ改めて工事会社へ集中した。さらに二代目の桧垣茂氏が営業所別に利益管理する制度を敷き、全国約60の所長に独立採算の責任を負わせて「60人の経営者がいるようなもの」と呼ばれる収益基盤を築いた
Q なぜ2010年代以降に株主還元の引き上げと海外出資へ余資を向けたのか
A 2013年の「社会資本メンテナンス元年」以降、補修・補強の予算が単年度から複数年単位で確定する状態へ転じ、補修専業の同社は国内官需だけで潤沢な現金を生む体質になった。国内の高収益が安定したからこそ、稼いだ現金を株主と海外開拓へ配り直せた。2025年6月期はROE14.5%・総還元性向93.0%まで高め、16期連続増配と自己株式50億円取得を実施した。一方で余資は海外補修へ充て、2019年に三井物産と合弁SB&Mを設立し、2023年に北米のStructural Technologiesへ出資して海外市場の開拓に向けた

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1958年〜 塩ビ配管の町工場が見つけた『コンクリートを直す』という空白市場

ショーボンドホールディングスの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1958年 昭和工業として創業
  2. 1960年 本社を移転しショーボンド事業に参入
  3. 1962年 SBアンカー(ガラスカプセル入り鉄筋埋込固定用接着剤)を開発
  4. 1963年 社名をショーボンドに変更
  5. 1964年 新潟地震で落橋した昭和大橋床版の復旧工事に採用
  6. 1975年 補修専業への集中——製造・研究を「ショーボンド化学」へ分離した1975年の分社 公共投資の削減と金融引き締めのなかで、上田昭社長はなぜ接着剤メーカーの体質を捨て工事会社へ業態転換したのか
  7. 1979年 「ビックス工法」(コンクリートのひび割れに樹脂系接着剤を注入する工法)を開発

八久和ダム排水路と昭和大橋床版──偶然の補修現場が会社の道筋を決めた

1958年6月4日、上田昭氏が31歳で[1]「昭和工業株式会社」を東京都世田谷区に設立した[2]。創業時の主力は硬質塩化ビニールの加工と配管工事で、石油化学コンビナートの塩ビ工事を請け負う社員5名の町工場[3]だった。翌1959年、東北電力八久和ダムの排水路でひび割れ補修に立ち会い[4]、塩化ビニール板を内張りする際にエポキシ樹脂で補修できた経験から、同年9月にエポキシ樹脂系高性能強力接着剤を自社開発した[5]。「ショーボンド」の登録商標を付して同年11月から生産を始め[6]、四日市工場などを生産拠点に据えて[7]用途別の接着剤を順次製品化した。1961年には既存の4営業所に10営業所を加え[8]、全国的な販売体制を敷いた。

  • ショーボンド統合報告書2025
    • [1]創業者の上田昭は設立時に31歳だった
    • [2]1958年6月4日に上田昭が「昭和工業株式会社」を東京都世田谷区に設立した
    • [3]設立当初は硬質塩化ビニールの加工と配管工事が中心で社員5名の町工場だった
    • [5]1959年9月にエポキシ樹脂系高性能強力接着剤を自社で開発した
    • [6]「ショーボンド」の登録商標を付して1959年11月から接着剤の生産を始めた
  • 証券 1987年7月号
    • [4]1959年に東北電力八久和ダム建設現場の排水路でひび割れ補修の案件に立ち会った
    • [7]生産拠点として川口工場・四日市工場を設置
    • [8]1961年に既存の4営業所へ10営業所を追加し全国的な販売体制を整備

1960年に本社を東京都千代田区へ移し、川口工場を新設して[9]ショーボンドの販売・施工を始めた。土木建設業界に受け入れられやすくするため、全製品とも主剤と硬化剤の配合比率を整数比に揃え[10]、現場での誤配合を防いだ。1963年6月には社名を「株式会社ショーボンド」へ改め[11]、建設業の東京都知事登録を受けて工事請負体制を確立した。転機は1964年6月の新潟地震で、竣工間もない昭和大橋が落橋し、床版に無数のひびわれが発生した[12]。当時建設省土木研究所が同社の補修材料の実験を進めており、その推薦で復旧工事に同社のエポキシ樹脂が採用された[13]。工事は同年冬に完了し、施工後50年以上を経た追跡調査でも強度が保たれている[14]

  • 有価証券報告書
    • [9]1960年に本社を東京都千代田区へ移し川口工場を新設してショーボンドの販売・施工を開始した
    • [10]全製品とも主剤と硬化剤の配合比率を整数比に揃え現場での誤配合を防ぐ工夫を施した
    • [11]1963年6月に社名を「株式会社ショーボンド」に改称した
  • ショーボンド統合報告書2025
    • [12]1964年6月の新潟地震で竣工間もない昭和大橋が落橋し床版に無数のひびわれが発生した
    • [13]建設省土木研究所の推薦で昭和大橋復旧工事に同社のエポキシ樹脂が採用された
    • [14]昭和大橋の復旧工事は1964年冬に完了・施工後50年以上を経た追跡調査でも強度を保持

昭和大橋の復旧を機に、同社は橋梁補修工事の分野へ本格的に参入した[15]。1965年3月には日本道路公団と共同で開発した道路橋伸縮装置「カットオフジョイント」を名神高速道路の一宮〜小牧間で試験施工し[16]、高速道路建設の波に乗って全国の橋梁へ採用を広げた。1969年2月、建設業の登録を東京都知事から建設大臣許可へ切り替え[17]、補修に特化した特殊工事会社として全国へ営業拠点を展開する足場を得た。エポキシ樹脂系接着剤を土木業界へ日本で最も早く持ち込んだ同社にとって、施工実績の欠如は当初の壁であり、東京大学生産技術研究所に委託してデータを揃えてもなお採用まで時間を要した[18]

  • 証券 1987年7月号
    • [15]1964年7月の昭和大橋床版補修工事で橋梁補修工事分野へ本格参入
    • [16]1965年3月に日本道路公団と共同開発した道路橋伸縮装置「カットオフジョイント」を名神高速道路の一宮〜小牧間で試験施工した
  • 有価証券報告書
    • [17]1969年2月に建設業の登録が東京都知事から建設大臣許可へ昇格した
  • 橋梁 1987年9月号
    • [18]エポキシ樹脂系接着剤を日本で最初に土木業界へ導入・東京大学生産技術研究所へ委託してデータを整備
  • ショーボンド統合報告書2025
    • [1]創業者の上田昭は設立時に31歳だった
    • [2]1958年6月4日に上田昭が「昭和工業株式会社」を東京都世田谷区に設立した
    • [3]設立当初は硬質塩化ビニールの加工と配管工事が中心で社員5名の町工場だった
    • [5]1959年9月にエポキシ樹脂系高性能強力接着剤を自社で開発した
    • [6]「ショーボンド」の登録商標を付して1959年11月から接着剤の生産を始めた
    • [12]1964年6月の新潟地震で竣工間もない昭和大橋が落橋し床版に無数のひびわれが発生した
    • [13]建設省土木研究所の推薦で昭和大橋復旧工事に同社のエポキシ樹脂が採用された
    • [14]昭和大橋の復旧工事は1964年冬に完了・施工後50年以上を経た追跡調査でも強度を保持
  • 証券 1987年7月号
    • [4]1959年に東北電力八久和ダム建設現場の排水路でひび割れ補修の案件に立ち会った
    • [7]生産拠点として川口工場・四日市工場を設置
    • [8]1961年に既存の4営業所へ10営業所を追加し全国的な販売体制を整備
    • [15]1964年7月の昭和大橋床版補修工事で橋梁補修工事分野へ本格参入
    • [16]1965年3月に日本道路公団と共同開発した道路橋伸縮装置「カットオフジョイント」を名神高速道路の一宮〜小牧間で試験施工した
  • 有価証券報告書
    • [9]1960年に本社を東京都千代田区へ移し川口工場を新設してショーボンドの販売・施工を開始した
    • [10]全製品とも主剤と硬化剤の配合比率を整数比に揃え現場での誤配合を防ぐ工夫を施した
    • [11]1963年6月に社名を「株式会社ショーボンド」に改称した
    • [17]1969年2月に建設業の登録が東京都知事から建設大臣許可へ昇格した
  • 橋梁 1987年9月号
    • [18]エポキシ樹脂系接着剤を日本で最初に土木業界へ導入・東京大学生産技術研究所へ委託してデータを整備

製造を切り離し『特殊土木工事会社』へ──1975年の社名変更が示した路線

1970年、橋梁の床版補強を目的とする「鋼板接着工法」を開発した[19]。従来は架け替えるほかなかった橋梁床版を、既存構造を生かしたまま補強する工法[20]で、1990年代以降の床版補強・耐震補強工事を担う技術基盤となった。1972年度には建設省建設技術研究補助金を受けて「橋梁床版の補強工法の研究・開発」に成果をあげ[21]、その後も建設省建築研究所の日米共同大型耐震実験でひび割れ注入補修技術が高い評価を得た[22]。もっとも社内には、接着剤メーカーとして出発した製造・研究部門[23]と、官需中心の特殊土木工事を担う工事部門が一つの会社に同居していた。

  • 証券 1987年7月号
    • [19]1970年に橋梁の床版補強を目的とする「鋼板接着工法」を独自開発した
    • [20]鋼板接着工法は既存の橋梁床版を生かしたまま補強する工法
    • [21]1972年に建設省建設技術研究補助金を受けて「橋梁床版の補強工法の研究・開発」に成果を収めた
  • 橋梁 1987年9月号
    • [22]建設省建築研究所の日米共同大型耐震実験でひび割れ注入補修技術が高い評価
  • 橋梁 1975年5月号
    • [23]1975年の分社まで接着剤メーカーとしての製造・研究部門と工事部門が同一法人に併存

1975年4月、上田昭社長は社名を「株式会社ショーボンド」から「ショーボンド建設株式会社」へ変更し[24]、同時に製造・研究部門を分離して「ショーボンド化学株式会社」(資本金3千万円)を設立した[25]。資本金は2億円から4.6億円へ積み増し[26]、本社は創業以来の神田小川町から新宿へ移した[27]。分離の狙いは、創業のころからの接着剤メーカーとしての体質を一変させ、工事会社としての性格を強める[28]ことにあった。総需要抑制に始まる公共投資の削減と金融引き締めが深まるなかで、自社施工と管理の一貫性をさらに確立する判断だった[29]。営業所は4カ所を新設し、分離時点で43拠点を数えた[30]

  • 有価証券報告書
    • [24]1975年4月に社名を「株式会社ショーボンド」から「ショーボンド建設株式会社」へ変更した
    • [25]1975年4月に製造・研究部門を分離して「ショーボンド化学株式会社」(資本金3千万円)を設立した
    • [26]1975年に資本金を2億円から4.6億円へ増資し本社を新宿へ移した
    • [30]1975年の製造分離時点で営業所網は43拠点を数えた
  • 橋梁 1975年5月号
    • [27]1975年の本社移転先は神田小川町から新宿
    • [28]分社の狙いは接着剤メーカーとしての体質の転換と工事会社としての性格の強化
    • [29]分社の背景は総需要抑制に始まる公共投資の削減と金融引き締め・自社施工と管理の一貫性の確立

同じ1975年4月、石川島播磨重工業の資金部で外国室部長補佐を務めていた桧垣茂氏が同社へ移籍した[31]。シンガポール造船所の建設にあたって外債発行と海外資金の導入を担い[32]、現地法人で経理を任された財務畑で、上田社長を補佐する立場に就いた。民間市場の開拓では1974年に大阪へ「昭和工事」を設けたのを皮切りに補修工事会社を4社設立し[33]、1976年には原材料・貸材の調達を専門とする昭和資材を置いた[34]。1977年には研究施設を川口工場内から大宮市へ移して「中央技術研究所」として新設し[35]、同年4月には関東地区を担うショーボンド化工株式会社(現・化工建設)を設立した[36]。化学技術と土木技術の融合で新材料・新工法を開発する体制[37]が、ここで整った。

  • 道路建設 1993年2月号
    • [31]1975年4月に石川島播磨重工業から桧垣茂氏が移籍
    • [32]桧垣茂氏は石川島播磨重工業でシンガポール造船所向けの外債発行・海外資金導入と現地法人の経理を担当
  • 証券 1987年7月号
    • [33]1974年に大阪へ昭和工事を設立し以後同種の補修工事会社を計4社設立
    • [34]1976年に原材料・貸材の調達を専門とする昭和資材を設立
  • 有価証券報告書
    • [35]1977年に研究施設を埼玉県川口工場内から大宮市へ移転し「中央技術研究所」として新設した
    • [36]1977年4月に関連会社ショーボンド化工株式会社(現・化工建設)を設立した
  • ショーボンド統合報告書2025
    • [37]化学技術と土木技術の融合による新材料・新工法の開発体制
  • 証券 1987年7月号
    • [19]1970年に橋梁の床版補強を目的とする「鋼板接着工法」を独自開発した
    • [20]鋼板接着工法は既存の橋梁床版を生かしたまま補強する工法
    • [21]1972年に建設省建設技術研究補助金を受けて「橋梁床版の補強工法の研究・開発」に成果を収めた
    • [33]1974年に大阪へ昭和工事を設立し以後同種の補修工事会社を計4社設立
    • [34]1976年に原材料・貸材の調達を専門とする昭和資材を設立
  • 橋梁 1987年9月号
    • [22]建設省建築研究所の日米共同大型耐震実験でひび割れ注入補修技術が高い評価
  • 橋梁 1975年5月号
    • [23]1975年の分社まで接着剤メーカーとしての製造・研究部門と工事部門が同一法人に併存
    • [27]1975年の本社移転先は神田小川町から新宿
    • [28]分社の狙いは接着剤メーカーとしての体質の転換と工事会社としての性格の強化
    • [29]分社の背景は総需要抑制に始まる公共投資の削減と金融引き締め・自社施工と管理の一貫性の確立
  • 有価証券報告書
    • [24]1975年4月に社名を「株式会社ショーボンド」から「ショーボンド建設株式会社」へ変更した
    • [25]1975年4月に製造・研究部門を分離して「ショーボンド化学株式会社」(資本金3千万円)を設立した
    • [26]1975年に資本金を2億円から4.6億円へ増資し本社を新宿へ移した
    • [30]1975年の製造分離時点で営業所網は43拠点を数えた
    • [35]1977年に研究施設を埼玉県川口工場内から大宮市へ移転し「中央技術研究所」として新設した
    • [36]1977年4月に関連会社ショーボンド化工株式会社(現・化工建設)を設立した
  • 道路建設 1993年2月号
    • [31]1975年4月に石川島播磨重工業から桧垣茂氏が移籍
    • [32]桧垣茂氏は石川島播磨重工業でシンガポール造船所向けの外債発行・海外資金導入と現地法人の経理を担当
  • ショーボンド統合報告書2025
    • [37]化学技術と土木技術の融合による新材料・新工法の開発体制

公共投資抑制下で発見した『不況に強い補修需要』と二部上場前夜

1980年代に入っても、国の財政負担軽減を理由に公共事業費は抑制され[38]、道路事業費の伸びは低いままだった。だが道路事業費の中身を見ると、橋梁補修・舗装補修等の維持的経費は支出のウエイトを年々増しており[39]、予算配分は新設から維持管理へ移り始めていた。同社は1979年に、トンネルの継ぎ目の漏水を防ぐ「トンネル目地導水工法」[40]と、コンクリートのひび割れにエポキシ樹脂を注入して耐久力を回復する「ビックス工法」を開発し、建築物の補修分野へも参入した[41]。1980〜83年にかけては高欄・橋脚橋台等への橋梁補修工法を相次いで開発している[42]。1983年には自発光式道路標識装置の開発に着手し[43]、橋梁以外へ事業領域を広げた。

  • 証券 1987年7月号
    • [38]1980年代は国の財政負担軽減により公共事業費が抑制され道路事業費の伸びは低水準
    • [39]道路事業費のうち橋梁補修・舗装補修等の維持的経費は支出ウエイトが年々上昇
    • [41]ビックス工法の開発により建築物の補修分野へ参入
    • [42]1980年代前半に高欄・橋脚橋台等への橋梁補修工法を相次いで開発
    • [43]1983年に自発光式道路標識装置の開発に着手した
  • ショーボンド建設公式年表 2005
    • [40]1979年に「トンネルの目地導水工法」を開発した

受注は施主別に見ると官公庁へ大きく偏っていた[44]。1986年6月期の完成工事高21,369百万円[45]のうち、地方自治体が10,450百万円(48.9%)、建設省4,591百万円(21.5%)、道路三公団4,805百万円(22.5%)、国鉄・鉄建公団1,051百万円(4.9%)で、官公庁向けが計98%近くを占めた[46]。完成工事高の約80%は橋梁を対象とする工事で、うち約90%が補修[47]だった。年間工事件数は約7,000件、1件あたりの平均請負金額は3百万円程度[48]で、小型多種の受注構造が定着していた。施工の大半は約600社の外注業者へ委託し[49]、社員は資材調達・外注手配・現場管理を担った。

  • 証券 1987年7月号
    • [44]1986年6月期の完成工事高は施主別で官公庁向けに偏在
    • [45]1986年6月期の完成工事高は21,369百万円だった
    • [46]1986年6月期の完成工事高は地方自治体48.9%・建設省21.5%・道路三公団22.5%・国鉄鉄建公団4.9%で官公庁向けが計98%近くを占めた
    • [47]完成工事高のうち約80%が橋梁対象・そのうち約90%が補修工事
    • [48]年間工事件数 約7,000件・1件あたり平均請負金額 3百万円程度
    • [49]施工の大半を約600社の外注業者へ委託

1985年6月期に第三者割当増資を実施し、利益剰余金の積み増しとあわせて株主資本比率は1984年6月期末の25.8%から1986年6月期末の33.0%へ上昇した[50]。完成工事高は最近10年で1982年6月期を除き増収を続け[51]、1986年6月期は売上高228億円・経常利益14億円[52]・純利益5億円に達した。営業拠点も事業の拡大にあわせて広げ、上場前には17支店50営業所を構えた[53]。1987年5月7日[54]、同社は東京証券取引所市場第二部へ株式を上場した。株主構成は社員持株会35.8%・上田昭氏34.1%[55]と創業者と社員が過半を握る形のまま、公開市場へ出た。

  • 証券 1987年7月号
    • [50]株主資本比率は1984年6月期末25.8%から1986年6月期末33.0%へ上昇した
    • [51]最近10年間の完成工事高は1982年6月期を除き増収
    • [52]1986年6月期は売上高228億円・経常利益14億円に達した
    • [53]1987年上場時点の営業拠点は17支店50営業所
    • [55]上場時の株主構成は社員持株会35.8%・上田昭氏34.1%だった
  • 有価証券報告書
    • [54]1987年5月7日に東京証券取引所市場第二部へ株式を上場した
  • 証券 1987年7月号
    • [38]1980年代は国の財政負担軽減により公共事業費が抑制され道路事業費の伸びは低水準
    • [39]道路事業費のうち橋梁補修・舗装補修等の維持的経費は支出ウエイトが年々上昇
    • [41]ビックス工法の開発により建築物の補修分野へ参入
    • [42]1980年代前半に高欄・橋脚橋台等への橋梁補修工法を相次いで開発
    • [43]1983年に自発光式道路標識装置の開発に着手した
    • [44]1986年6月期の完成工事高は施主別で官公庁向けに偏在
    • [45]1986年6月期の完成工事高は21,369百万円だった
    • [46]1986年6月期の完成工事高は地方自治体48.9%・建設省21.5%・道路三公団22.5%・国鉄鉄建公団4.9%で官公庁向けが計98%近くを占めた
    • [47]完成工事高のうち約80%が橋梁対象・そのうち約90%が補修工事
    • [48]年間工事件数 約7,000件・1件あたり平均請負金額 3百万円程度
    • [49]施工の大半を約600社の外注業者へ委託
    • [50]株主資本比率は1984年6月期末25.8%から1986年6月期末33.0%へ上昇した
    • [51]最近10年間の完成工事高は1982年6月期を除き増収
    • [52]1986年6月期は売上高228億円・経常利益14億円に達した
    • [53]1987年上場時点の営業拠点は17支店50営業所
    • [55]上場時の株主構成は社員持株会35.8%・上田昭氏34.1%だった
  • ショーボンド建設公式年表 2005
    • [40]1979年に「トンネルの目地導水工法」を開発した
  • 有価証券報告書
    • [54]1987年5月7日に東京証券取引所市場第二部へ株式を上場した

1987年〜 二部上場と阪神・淡路大震災が確立させた『耐震補修専業』のブランド

ショーボンドホールディングスの業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1987年 東京証券取引所市場第二部に株式上場
  2. 1989年 コンクリートのアルカリ骨材反応による劣化対策工法を開発
  3. 1989年 東京証券取引所市場第一部銘柄に指定
  4. 1992年 初代社長の上田昭氏が会長に退き、桧垣茂が二代社長に就任
  5. 1995年 阪神・淡路大震災で補強済み橋脚に被害なく耐震補修工法が市場の標準に
  6. 1996年 研究所を移転し補修工学研究所として新設
  7. 2004年 完成工事の瑕疵による指名停止と早期退職プログラム実施で連結純損失54.7億円を計上

東証二部から一部へ──公共投資が減るほど受注が増える逆相関の発見

1987年5月の東証二部上場から2年半を経た1989年12月、同社は東証一部銘柄に指定替えとなった[56]。1991年7月には本社を新宿区から千代田区へ戻した。バブル崩壊後の景気停滞のなかでも受注は減らず、売上高は1987年6月期の253億円から1993年6月期の447億円へ7期で1.8倍[57]、経常利益も同じ期間に16億円から32億円へ伸びた。橋梁補修は1件あたりの工事金額が小さく需要が全国に散らばるため、建設市場のなかではニッチ市場と見られていた[58]。その市場で同社は2番手企業の10倍の売上規模を持ち[59]、受注面・施工面で他社を圧倒していた。

  • 有価証券報告書
    • [56]1989年12月に東証一部銘柄に指定替えとなった
  • 投資月報 1994年6月号
    • [57]売上高は1987年6月期253億円から1993年6月期447億円へ7期で1.8倍に伸びた
    • [58]橋梁補修は1件あたり工事金額が小さく需要が全国に分散する建設市場のニッチ
    • [59]2番手企業の売上規模は同社の10分の1程度

1992年4月、上田昭社長は「65歳になったら第一線を引く」[60]という自らの哲学に従って会長へ退き、桧垣茂氏が二代社長に就任した[61]。石川島播磨重工業から移って上田社長を補佐すること17年を経ての昇格だった[62]。桧垣社長は就任にあたり、自身に創業者ほどのリーダーシップはなく会社も一人で引っぱれる規模ではなくなったとして、以後は組織管理へ移すと述べた[63]。基本の路線は継ぐが、社員が何でも言えて何でもやれる会社にしたい[64]というのが、その経営方針だった。上田会長の在任中、同社は営業を正攻法に限って政治家を頼らない方針を採り[65]、バブル期にも財テクへ手を出さなかった。

  • 道路建設 1993年2月号
    • [60]上田昭氏の退任理由は「65歳になったら第一線を引く」という自身の哲学
    • [61]1992年4月に上田昭社長が会長に退き桧垣茂が二代社長に就任した
    • [62]桧垣茂氏は1975年の移籍から17年間 上田昭社長を補佐
    • [63]桧垣社長は就任時に創業者型のリーダーシップから組織管理への移行を表明
    • [64]桧垣社長の経営方針は社員が何でも言えて何でもやれる会社づくり
    • [65]営業は正攻法に限り政治家を頼らない方針・バブル期にも財テクへ不参加

1995年7月、メカニカル継手「ストラブカップリング」を製造・販売する部門をショーボンド化学から分離し、「ショーボンドカップリング株式会社」を設立した[66]。建設市況が悪化してゼネコンが受注競争に苦しむなかでも、顧客の約9割が官公庁である同社は、不況期に補正予算で公共支出が増えると受注が積み上がり[67]、1996年6月期まで5期連続で最高益を更新した[68]。橋梁新設のビッグプロジェクトが瀬戸大橋を最後にほぼ一巡する一方、未補修の老朽化した橋梁は全国で12万カ所、市場規模は約1兆円と推定され[69]、橋梁のメンテナンスは有望市場として注目を集めた。

  • 有価証券報告書
    • [66]1995年7月にメカニカル継手「ストラブカップリング」部門をショーボンド化学から分離して「ショーボンドカップリング株式会社」を設立した
  • 実業往来 1997年6月号
    • [67]顧客の約9割が官公庁で不況期の補正予算により受注が増える収益構造
    • [68]1996年6月期まで5期連続で最高益を更新
    • [69]未補修の老化した橋梁は全国で12万カ所・市場規模は約1兆円と推定された
  • 有価証券報告書
    • [56]1989年12月に東証一部銘柄に指定替えとなった
    • [66]1995年7月にメカニカル継手「ストラブカップリング」部門をショーボンド化学から分離して「ショーボンドカップリング株式会社」を設立した
  • 投資月報 1994年6月号
    • [57]売上高は1987年6月期253億円から1993年6月期447億円へ7期で1.8倍に伸びた
    • [58]橋梁補修は1件あたり工事金額が小さく需要が全国に分散する建設市場のニッチ
    • [59]2番手企業の売上規模は同社の10分の1程度
  • 道路建設 1993年2月号
    • [60]上田昭氏の退任理由は「65歳になったら第一線を引く」という自身の哲学
    • [61]1992年4月に上田昭社長が会長に退き桧垣茂が二代社長に就任した
    • [62]桧垣茂氏は1975年の移籍から17年間 上田昭社長を補佐
    • [63]桧垣社長は就任時に創業者型のリーダーシップから組織管理への移行を表明
    • [64]桧垣社長の経営方針は社員が何でも言えて何でもやれる会社づくり
    • [65]営業は正攻法に限り政治家を頼らない方針・バブル期にも財テクへ不参加
  • 実業往来 1997年6月号
    • [67]顧客の約9割が官公庁で不況期の補正予算により受注が増える収益構造
    • [68]1996年6月期まで5期連続で最高益を更新
    • [69]未補修の老化した橋梁は全国で12万カ所・市場規模は約1兆円と推定された

補強済み橋脚は無傷だった──阪神・淡路が証明した耐震補修の市場

1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生した[70]。高速道路の高架橋が倒壊するなど社会インフラに被害が生じた一方で、震災直前に同社が補強を施していた橋脚には被害がなく[71]、同社の耐震補強工法が注目を集めた。復旧の現場では、メンテナンス専業として蓄積した補修ノウハウと全国47都道府県に置いた営業所網[72]が効き、阪神高速道路や東海道新幹線をはじめ阪神エリア各地の復旧・復興に同社の技術が投入された[73]。震災の教訓を踏まえて日本各地で耐震補強工事が大幅に増え、1997年6月期の売上高は981億円に達した[74]

  • ショーボンド統合報告書2025
    • [70]1995年1月17日に阪神・淡路大震災が発生した
    • [71]震災直前に補強を施した橋脚は無被害
    • [73]震災直前に補強を施していた橋脚には被害がなく阪神高速道路や東海道新幹線の復旧に同社技術が投入された
    • [74]震災後の耐震補強工事の増加により1997年6月期売上高 981億円
  • 実業往来 1997年6月号
    • [72]全国47都道府県に営業所を配置

震災翌年の1996年6月、同社は中央技術研究所を埼玉県大宮市から茨城県つくば市へ移し、「補修工学研究所」として新設した[75]。約2万1千平方メートルの敷地[76]に大型実験棟・移動載荷試験棟・供試体製作棟の3棟[77]と、材料研究を主とする研究棟・本館を配し、実構造物への適用を確かめる大型実験装置や環境条件設定装置を備えた。耐震デバイスの開発に力を入れ、橋桁の落橋を防ぐ「緩衝チェーン」などの新製品が生まれた[78]。震災後、高速道路の橋脚耐震工事は建設省主導で1995年度から3年計画として大々的に始まり[79]、同社の橋脚工事の受注も急増した。

  • 有価証券報告書
    • [75]1996年6月に中央技術研究所を埼玉県大宮市から茨城県つくば市へ移転し「補修工学研究所」として新設した
  • 実業往来 1997年6月号
    • [76]補修工学研究所は約2万1千平方メートルの敷地を備えた
    • [77]補修工学研究所は大型実験棟・移動載荷試験棟・供試体製作棟の3棟と研究棟・本館で構成
    • [79]高速道路の橋脚耐震工事は建設省主導で1995年度から3年計画として実施
  • ショーボンド統合報告書2025
    • [78]耐震デバイス開発から橋桁の落橋を防ぐ「緩衝チェーン」が誕生

1997年2月に発表した1997年6月期の中間決算では、売上341億円(前年同期比78.1%増)[80]、営業利益34.8億円(同57.7%増)、経常利益37.1億円(同59.6%増)[81]を計上した。橋脚工事の売上は前中間期の20億円(構成比10.4%)から118億円(同34.6%)へ約6倍に伸びた[82]。施工能力が追いつかず、受注残高は1995年7月の180億円から1996年7月の456億円、1996年12月には566億円まで膨らんだ[83]。もっとも橋脚工事の発注急増は一時的との見方が強く、ゼネコンの参入による競争激化で完成工事高総利益率は4ポイント低下していた[84]

  • 実業往来 1997年6月号
    • [80]1997年2月の中間決算で売上341億円(前年同期比78.1%増)を計上した
    • [81]1997年6月期中間決算の営業利益 34.8億円(前年同期比57.7%増)・経常利益 37.1億円(同59.6%増)
    • [82]1997年6月期中間期の橋脚工事売上 118億円(構成比34.6%)・前中間期の約6倍
    • [83]受注残高は1995年7月 180億円→1996年7月 456億円→1996年12月 566億円
    • [84]ゼネコンの参入による競争激化で完成工事高総利益率が4ポイント低下
  • ショーボンド統合報告書2025
    • [70]1995年1月17日に阪神・淡路大震災が発生した
    • [71]震災直前に補強を施した橋脚は無被害
    • [73]震災直前に補強を施していた橋脚には被害がなく阪神高速道路や東海道新幹線の復旧に同社技術が投入された
    • [74]震災後の耐震補強工事の増加により1997年6月期売上高 981億円
    • [78]耐震デバイス開発から橋桁の落橋を防ぐ「緩衝チェーン」が誕生
  • 実業往来 1997年6月号
    • [72]全国47都道府県に営業所を配置
    • [76]補修工学研究所は約2万1千平方メートルの敷地を備えた
    • [77]補修工学研究所は大型実験棟・移動載荷試験棟・供試体製作棟の3棟と研究棟・本館で構成
    • [79]高速道路の橋脚耐震工事は建設省主導で1995年度から3年計画として実施
    • [80]1997年2月の中間決算で売上341億円(前年同期比78.1%増)を計上した
    • [81]1997年6月期中間決算の営業利益 34.8億円(前年同期比57.7%増)・経常利益 37.1億円(同59.6%増)
    • [82]1997年6月期中間期の橋脚工事売上 118億円(構成比34.6%)・前中間期の約6倍
    • [83]受注残高は1995年7月 180億円→1996年7月 456億円→1996年12月 566億円
    • [84]ゼネコンの参入による競争激化で完成工事高総利益率が4ポイント低下
  • 有価証券報告書
    • [75]1996年6月に中央技術研究所を埼玉県大宮市から茨城県つくば市へ移転し「補修工学研究所」として新設した

桧垣茂二代社長の『純利益管理』──60の営業所長を経営者にした合理化

桧垣茂社長[85]は自社の競争力の源泉を「ショーボンドの歴史は合理化の歴史だった」[86]と語った。社内で「純利益管理」と呼ぶ仕組み[87]では、営業所がそれぞれ管理会計上の損益計算書と貸借対照表を持ち、所長が期初に直接人件費などの総費用と工事費・原材料費の直接原価を見積もって営業所の「純利益」計画を立てた。特徴は、支店と本社の人件費を各営業所へ配賦するレートを、営業所の人件費に連動させた[88]点にある。東北支社管内では1000円の人件費に対し本社配賦費410円・支店配賦費890円[89]が設定され、1000円余分に残業すると1300円が営業所の経費へ自動的に上乗せされた。

  • 日経ビジネス 1995年10月2日号
    • [85]桧垣茂は1995年時点でショーボンド建設の社長だった
    • [86]桧垣茂社長による発言
    • [87]社内で「純利益管理」と呼ぶ営業所単位の管理会計
    • [88]本社・支店の配賦費は各営業所の人件費に連動
    • [89]東北支社管内の配賦レートは人件費1000円あたり本社410円・支店890円

工事代金の回収や原料在庫も営業所の貸借対照表に反映され、未回収の工事代金は売掛金、原料在庫は棚卸資産として計上して[90]、見合う資金には金利が発生した。下請け協力会社の工事代を圧縮するため、所長は協力会社の統合や資金繰りにも目を配った[91]。グループ会社が生産する樹脂などの原料についても、市場の同種製品より高ければ「なぜ高いのだ」と所長から不満が出る仕組み[92]で、コスト意識が薄れやすい製造部門を引き締めた。年間5,000件、1987年当時で1件平均250万円[93]という小型工事を全国で消化するため、下請け協力会社の作業員をジョイントから鉄壁の修理まで1人でこなせるよう多能工化した[94]。所長のボーナスは業績に連動して同じ役職でも年収に100万円程度の差が付き[95]、桧垣社長はこの姿を「60人の経営者がいるようなもの」[96]と表現した。

  • 日経ビジネス 1995年10月2日号
    • [90]未回収の工事代金は営業所BSの売掛金・原料在庫は棚卸資産に計上し金利が発生
    • [91]営業所長は下請け協力会社の統合や資金繰りにも関与
    • [92]グループ会社製の原料価格が市場品より高い場合は営業所長から異議が出る仕組み
    • [93]工事は年間5,000件・1987年の1件平均売上高 250万円
    • [94]下請け協力会社の作業員をジョイントから鉄壁修理まで担える多能工へ教育
    • [95]営業所長の年収は業績連動で同一役職でも100万円程度の差
    • [96]桧垣茂社長による発言

1997年6月期の売上高981億円をピークに[97]、公共投資の継続的な縮減で2000年代の業績は下落へ転じた。1998年に桧垣社長から経営を引き継いだ上谷章夫三代社長[98]の在任中、連結売上高は2000年6月期777億円・2002年6月期585億円・2003年6月期441億円・2004年6月期353億円[99]と推移し、7年で64%減少して最高益更新の記録は途切れた。2004年6月期には完成工事の欠陥による指名停止が重なり、修補費用14.9億円・関係会社株式減損6.6億円・早期退職7.5億円からなる特別損失29.9億円[100]を計上、連結純損失は54.7億円と創業以来最大の赤字になった。2005年に四代社長へ就いた石原一裕[101]は固定費の圧縮と道路以外の周辺領域への営業強化で立て直し、2007年6月期に連結純利益19.1億円まで戻した[102]

  • 有価証券報告書・決算短信(各6月期)
    • [97]1997年6月期の売上高 981億円が業績のピーク
    • [99]連結売上高は2000年6月期777億円・2002年6月期585億円・2003年6月期441億円・2004年6月期353億円と推移した
  • 有価証券報告書
    • [98]1998年に桧垣社長から上谷章夫が三代社長として経営を引き継いだ
    • [101]2005年に石原一裕が四代社長へ就任した
  • 2004年6月期決算短信
    • [100]2004年6月期は特別損失29.9億円(修補費用14.9億・関係会社株式減損6.6億・早期退職7.5億)で連結純損失54.7億円を計上した
  • 有価証券報告書(2007年6月期)
    • [102]2007年6月期に連結純利益19.1億円まで回復した
  • 日経ビジネス 1995年10月2日号
    • [85]桧垣茂は1995年時点でショーボンド建設の社長だった
    • [86]桧垣茂社長による発言
    • [87]社内で「純利益管理」と呼ぶ営業所単位の管理会計
    • [88]本社・支店の配賦費は各営業所の人件費に連動
    • [89]東北支社管内の配賦レートは人件費1000円あたり本社410円・支店890円
    • [90]未回収の工事代金は営業所BSの売掛金・原料在庫は棚卸資産に計上し金利が発生
    • [91]営業所長は下請け協力会社の統合や資金繰りにも関与
    • [92]グループ会社製の原料価格が市場品より高い場合は営業所長から異議が出る仕組み
    • [93]工事は年間5,000件・1987年の1件平均売上高 250万円
    • [94]下請け協力会社の作業員をジョイントから鉄壁修理まで担える多能工へ教育
    • [95]営業所長の年収は業績連動で同一役職でも100万円程度の差
    • [96]桧垣茂社長による発言
  • 有価証券報告書・決算短信(各6月期)
    • [97]1997年6月期の売上高 981億円が業績のピーク
    • [99]連結売上高は2000年6月期777億円・2002年6月期585億円・2003年6月期441億円・2004年6月期353億円と推移した
  • 有価証券報告書
    • [98]1998年に桧垣社長から上谷章夫が三代社長として経営を引き継いだ
    • [101]2005年に石原一裕が四代社長へ就任した
  • 2004年6月期決算短信
    • [100]2004年6月期は特別損失29.9億円(修補費用14.9億・関係会社株式減損6.6億・早期退職7.5億)で連結純損失54.7億円を計上した
  • 有価証券報告書(2007年6月期)
    • [102]2007年6月期に連結純利益19.1億円まで回復した

2008年〜 持株会社化・笹子事故・国土強靭化40兆円──インフラメンテナンスの時代へ

ショーボンドホールディングスの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2008年 株式移転によりショーボンドHDを設立、東京証券取引所一部に上場
  2. 2011年 化工建設をショーボンド建設に承継させる簡易吸収分割を実施
  3. 2017年 岸本達也氏がショーボンド建設社長に就任
  4. 2018年 岸本達也氏がショーボンドHD代表取締役社長に昇格
  5. 2019年 三井物産との合弁による海外メンテナンス——2019年に始めた段階展開 国内が国策で拡大するなかで、岸本達也社長はなぜ三井物産と組んで海外の補修事業へ乗り出したのか
  6. 2020年 CPAC社との合弁CPAC SB&M Lifetime Solutionをバンコクに設立
  7. 2023年 インフラ補修事業者Structural Technologies, LLCに出資

2008年の持株会社化と2012年の笹子事故──老朽化対策の国策化

2008年1月、株式移転により持株会社「ショーボンドホールディングス株式会社」を設立し[103]、東証一部へ上場した。HD化の目的は機動的な経営判断とグループ各社の採算性・事業責任の明確化[104]に置かれ、持株会社が経営戦略と資源配分を担い、ショーボンド建設(施工)・ショーボンド化学(樹脂材料)・ショーボンドカップリング(継手)が分野別に業務執行する体制を組んだ。2005〜07年にはモルガン・スタンレーやブルー・スカイ・キャピタル等から複数の大量保有報告書が提出され、2007年8月には15%超の買付に対する情報提供要求プランを取締役会で決議しており[105]、買収防衛策の整備と並行した持株会社化だった。2008年7月の3社完全子会社化[106]、2010年の石原一裕社長から藤井宗司氏への建設社長交代、2011年1月の化工建設承継[107]で、グループ内の事業重複を整理し終えた。

  • ショーボンドHD第1期有価証券報告書
    • [103]2008年1月に株式移転により持株会社「ショーボンドホールディングス株式会社」を設立し東証一部に上場した
    • [104]HD化の目的は機動的な経営判断とグループ各社の採算性・事業責任の明確化
    • [105]2007年8月に15%超の買付に対する情報提供要求プランが取締役会決議された
  • 有価証券報告書
    • [106]2008年7月にショーボンド化学・化工建設・ショーボンドカップリングを100%子会社化した
    • [107]2011年1月の化工建設承継でグループ内事業重複の整理を完了した

2011年3月の東日本大震災の後、政府は国土強靭化基本計画にもとづく取り組みを進め[108]、耐震補強・点検事業の予算化を始めた。続く2012年12月、中央自動車道の笹子トンネルで天井板が崩落し、走行中の自動車3台を巻き込んで9人が死亡する事故[109]が起きた。事故を機に国内のインフラ老朽化対策は急務となり、2013年の道路法改正で道路構造物の5年に1度の省令点検が義務化され[110]、インフラ長寿命化基本計画が策定された。政府は2013年を社会資本メンテナンス元年と定め[111]、以後の各種施策を積み重ねてきた。

  • ショーボンド統合報告書2025
    • [108]2011年の東日本大震災後に国土強靭化基本計画にもとづく取り組みを推進
    • [109]2012年12月に中央自動車道の笹子トンネルで天井板が崩落し走行中の自動車3台を巻き込んで9人が死亡する事故が発生した
    • [110]2013年に道路法が改正されて道路構造物の5年に1度の省令点検が義務化された
    • [111]2013年は関係者の間で「社会資本メンテナンス元年」と呼ばれた

2015年度からは国土交通省と高速道路各社による高速道路リニューアルプロジェクトが事業規模5.6兆円で始まり[112]、2030年度までの工程で進んでいる。2017年、藤井宗司社長は岸本達也氏に建設社長を譲り、岸本氏は2018年9月にHD社長へ昇格して[113]二代目の持株会社社長となった。岸本氏は1986年から2001年まで熊谷組に勤めた橋梁設計出身[114]で、原子力開発室土木技術部で設計を、横浜支店でコンサルタント対応を担った。2001年4月にショーボンド建設へ入社し、2011年の取締役執行役員、2015年の取締役副社長を経て社長へ就いた[115]実務家である。

  • ショーボンド統合報告書2025
    • [112]2015年から国土交通省と高速道路各社による「高速道路リニューアルプロジェクト」が事業規模5.6兆円で始動した
  • 日刊工業新聞 2018年9月
    • [113]2017年に藤井社長が岸本達也に建設社長を譲り岸本氏は2018年9月にHD社長へ昇格して二代目の持株会社社長となった
  • 道路構造物ジャーナルNET インタビュー
    • [114]岸本氏は元・熊谷組(1986〜2001年勤務)の橋梁設計出身で原子力開発室や横浜支店でコンサルタント・設計対応を担った
  • 有価証券報告書(役員の状況)
    • [115]岸本達也氏は2001年4月にショーボンド建設へ入社し2011年 取締役執行役員・2015年 取締役副社長を経て社長へ就任
  • ショーボンドHD第1期有価証券報告書
    • [103]2008年1月に株式移転により持株会社「ショーボンドホールディングス株式会社」を設立し東証一部に上場した
    • [104]HD化の目的は機動的な経営判断とグループ各社の採算性・事業責任の明確化
    • [105]2007年8月に15%超の買付に対する情報提供要求プランが取締役会決議された
  • 有価証券報告書
    • [106]2008年7月にショーボンド化学・化工建設・ショーボンドカップリングを100%子会社化した
    • [107]2011年1月の化工建設承継でグループ内事業重複の整理を完了した
  • ショーボンド統合報告書2025
    • [108]2011年の東日本大震災後に国土強靭化基本計画にもとづく取り組みを推進
    • [109]2012年12月に中央自動車道の笹子トンネルで天井板が崩落し走行中の自動車3台を巻き込んで9人が死亡する事故が発生した
    • [110]2013年に道路法が改正されて道路構造物の5年に1度の省令点検が義務化された
    • [111]2013年は関係者の間で「社会資本メンテナンス元年」と呼ばれた
    • [112]2015年から国土交通省と高速道路各社による「高速道路リニューアルプロジェクト」が事業規模5.6兆円で始動した
  • 日刊工業新聞 2018年9月
    • [113]2017年に藤井社長が岸本達也に建設社長を譲り岸本氏は2018年9月にHD社長へ昇格して二代目の持株会社社長となった
  • 道路構造物ジャーナルNET インタビュー
    • [114]岸本氏は元・熊谷組(1986〜2001年勤務)の橋梁設計出身で原子力開発室や横浜支店でコンサルタント・設計対応を担った
  • 有価証券報告書(役員の状況)
    • [115]岸本達也氏は2001年4月にショーボンド建設へ入社し2011年 取締役執行役員・2015年 取締役副社長を経て社長へ就任

国土強靭化40兆円下で達成した11期連続増収増益とROE14.5%

2018年度からは国土強靭化3か年緊急対策が事業規模7兆円で始まり[116]、2021年度からの5か年加速化対策では15兆円へ拡大した[117]。2025年6月には2026年度からの5年間を対象とする「第1次国土強靭化実施中期計画」が20兆円強の規模で閣議決定され[118]、橋梁の修繕措置完了率を55%から80%へ、緊急輸送道路上の橋梁耐震化率を82%から88%へ[119]引き上げる数値目標が掲げられた。施策の進行にともなって新たな課題と対策が重ねられ、発注者は高速道路各社にとどまらず国・地方自治体へ広がっており[120]、同社グループもその変化への対応を進めている。

  • ショーボンド統合報告書2025
    • [116]2018年から国土強靭化3か年緊急対策が事業規模7兆円で始動した
    • [117]2021年から国土強靭化5か年加速化対策が15兆円へ拡大した
    • [118]2025年6月に「第1次国土強靭化実施中期計画」(2026〜2030年度)が20兆円超で閣議決定された
    • [119]第1次国土強靭化実施中期計画は橋梁の修繕措置完了率55%→80%・緊急輸送道路上の橋梁耐震化率82%→88%の数値目標を掲げた
    • [120]発注者は高速道路各社にとどまらず国・地方自治体へ拡大

この事業環境のもとで、同社の業績は2015年6月期から連続増収増益を続けた[121]。2025年6月期には連結売上高907億円[122]・営業利益208億円・営業利益率22.9%・親会社株主に帰属する当期純利益151億円[123]を計上し、ROE14.5%・自己資本比率81.4%[124]で11期連続の増収増益と16期連続の増配[125]を達成した。配当性向は60.1%、自己株式取得50億円を加えた総還元性向は93.0%[126]へ高まった。株主還元の方針も配当性向50%・総還元性向80%から、配当性向60%・総還元性向90%へ引き上げた[127]

  • ショーボンド統合報告書2025
    • [121]同社の業績は2015年6月期から連続増収増益を続けた
    • [123]2025年6月期の営業利益 208億円・親会社株主に帰属する当期純利益 151億円
    • [124]2025年6月期のROE14.5%・自己資本比率81.4%を記録した
    • [125]2025年6月期に11期連続の増収増益・16期連続の増配を達成した
    • [126]2025年6月期の配当性向は60.1%・総還元性向は93.0%へ高まった
    • [127]株主還元方針を配当性向50%・総還元性向80%から配当性向60%・総還元性向90%へ引き上げ
  • 有価証券報告書
    • [122]2025年6月期に連結売上高907億円・営業利益率22.9%を記録した

同期の工事売上高は824億円で前期比7.5%増[128]、2025年6月期末の社員数は1,051名[129]となった。女性比率14.4%、離職率2.3%、建設現場の4週8閉所実施率96.4%[130]で、閉所率は3期連続で上昇した。2025年10月には2020年から続けた東西カンパニー制を見直し[131]、全国規模で偏在する工事発注に応じて人員を配置できる体制へ改めた。中期経営計画2027は「事業性と社会性を追求した企業価値の向上」[132]を基本方針に、高難度・高単価工事の受注拡大に向けた競争力強化、海外事業のビジネスモデル再構築、DXによる生産性向上、資本コスト・株価を意識した経営、非財務資本の活用の5項目を掲げた。

  • ショーボンド統合報告書2025
    • [128]2025年6月期の工事売上高は824億円(前期比7.5%増)だった
    • [130]2025年6月期の女性比率14.4%・離職率2.3%・建設現場の4週8閉所実施率96.4%
    • [131]2025年10月に2020年から続けた東西カンパニー制を見直す組織変更を実施した
    • [132]中期経営計画2027は基本方針を「事業性と社会性を追求した企業価値の向上」とし5項目を掲げた
  • 有価証券報告書
    • [129]2025年6月期末の社員数は1,051名だった
  • ショーボンド統合報告書2025
    • [116]2018年から国土強靭化3か年緊急対策が事業規模7兆円で始動した
    • [117]2021年から国土強靭化5か年加速化対策が15兆円へ拡大した
    • [118]2025年6月に「第1次国土強靭化実施中期計画」(2026〜2030年度)が20兆円超で閣議決定された
    • [119]第1次国土強靭化実施中期計画は橋梁の修繕措置完了率55%→80%・緊急輸送道路上の橋梁耐震化率82%→88%の数値目標を掲げた
    • [120]発注者は高速道路各社にとどまらず国・地方自治体へ拡大
    • [121]同社の業績は2015年6月期から連続増収増益を続けた
    • [123]2025年6月期の営業利益 208億円・親会社株主に帰属する当期純利益 151億円
    • [124]2025年6月期のROE14.5%・自己資本比率81.4%を記録した
    • [125]2025年6月期に11期連続の増収増益・16期連続の増配を達成した
    • [126]2025年6月期の配当性向は60.1%・総還元性向は93.0%へ高まった
    • [127]株主還元方針を配当性向50%・総還元性向80%から配当性向60%・総還元性向90%へ引き上げ
    • [128]2025年6月期の工事売上高は824億円(前期比7.5%増)だった
    • [130]2025年6月期の女性比率14.4%・離職率2.3%・建設現場の4週8閉所実施率96.4%
    • [131]2025年10月に2020年から続けた東西カンパニー制を見直す組織変更を実施した
    • [132]中期経営計画2027は基本方針を「事業性と社会性を追求した企業価値の向上」とし5項目を掲げた
  • 有価証券報告書
    • [122]2025年6月期に連結売上高907億円・営業利益率22.9%を記録した
    • [129]2025年6月期末の社員数は1,051名だった

三井物産・タイCPAC・米STとの3点海外展開──補修ノウハウの輸出戦略

2019年4月、ショーボンドホールディングスは三井物産と合弁会社「SHO-BOND & MITインフラメンテナンス株式会社」(SB&M、出資比率はショーボンド51%・三井物産49%)[133]を設立し、メンテナンス事業の海外展開を始めた。老朽化が深刻になりつつある海外のインフラへ自社の補修技術を持ち込むもので、世界62カ国・124拠点に及ぶ三井物産のネットワーク[134]を事業開発と販路に使う形を採った。2020年にはタイの複合企業サイアム・セメント・グループ(SCG)傘下のCPAC社と合弁会社「CPAC SB&M Lifetime Solution Co., Ltd.」をバンコクに設立し[135]、SCGの販売網を通じて東南アジアの案件を取り込む体制を敷いた。

  • ショーボンド統合報告書2025
    • [133]2019年4月に三井物産と合弁会社「SHO-BOND & MITインフラメンテナンス株式会社」(SB&M、出資比率SB51%・三井物産49%)を設立した
    • [134]三井物産は世界62カ国・124拠点のネットワークを持つ
    • [135]2020年にタイCPAC社との合弁会社「CPAC SB&M Lifetime Solution Co., Ltd.」をバンコクに設立した

2023年7月には米国のインフラ補修事業者Structural Technologies, LLCへ出資した[136]。2024年7月にはショーボンド建設内に海外事業部を新設し[137]、自社の技術者が現地で施工指導にあたれるようにした。従来はSB&Mを通じて国内で使用実績のある工事材料を海外で販売するのが主な事業だった[138]が、現地から施工面での技術協力を求める声が増えたことを受けた転換である。海外事業部の設置により各地のニーズやインフラ関連の課題を具体的に収集できるようになり[139]、収集した情報をもとに今後展開する地域と事業戦略の検討を進めている。タイの合弁会社CPAC SB&M Lifetime Solutionは2025年6月期に創業以来初の黒字化を達成した[140]

  • ショーボンド統合報告書2025
    • [136]2023年7月に米国のインフラ補修事業者Structural Technologies, LLCに出資した
    • [137]2024年7月にショーボンド建設内に海外事業部を新設した
    • [138]従来の海外事業はSB&Mを通じた国内実績のある工事材料の販売が中心
    • [139]海外事業部の設置により現地のニーズとインフラ課題の情報収集が可能に
    • [140]タイの合弁会社CPAC SB&M Lifetime Solutionが2025年6月期に創業以来初の黒字化を達成した

2025年3月に発生したミャンマー地震は首都バンコクにも揺れが到達し[141]、高層ビルを中心に被害が出た。耐震補強への関心が高まったことを受け、同年9月にはバンコクでセミナーを開き、高層ビルのオーナーなど220名を超える来場者[142]へ耐震補強の必要性を訴えた。米国のStructural Technologies社は2025年6月期に業績を落としたものの受注残高を多く抱え[143]、同期にはインドとエルサルバドルの橋梁で同社工法の試験施工を実施した[144]。岸本社長は国内の道路構造物メンテナンスという幹を太らせながら、海外と道路以外の周辺領域という枝をどう伸ばすかを次の課題に据えた[145]

  • ショーボンド統合報告書2025
    • [141]2025年3月のミャンマー地震ではバンコクの高層ビルを中心に被害が出た
    • [142]2025年9月にバンコクで耐震補強セミナーを開催し高層ビルオーナー等220名超が参加した
    • [143]米Structural Technologies社は2025年6月期に業績が落ち込む一方で受注残高を多く保有
    • [144]米国Structural Technologies社はインド・エルサルバドルでも同社工法の試験施工を実施した
    • [145]国内の道路構造物メンテナンスを幹・海外と道路以外の周辺領域を枝とする経営方針
  • ショーボンド統合報告書2025
    • [133]2019年4月に三井物産と合弁会社「SHO-BOND & MITインフラメンテナンス株式会社」(SB&M、出資比率SB51%・三井物産49%)を設立した
    • [134]三井物産は世界62カ国・124拠点のネットワークを持つ
    • [135]2020年にタイCPAC社との合弁会社「CPAC SB&M Lifetime Solution Co., Ltd.」をバンコクに設立した
    • [136]2023年7月に米国のインフラ補修事業者Structural Technologies, LLCに出資した
    • [137]2024年7月にショーボンド建設内に海外事業部を新設した
    • [138]従来の海外事業はSB&Mを通じた国内実績のある工事材料の販売が中心
    • [139]海外事業部の設置により現地のニーズとインフラ課題の情報収集が可能に
    • [140]タイの合弁会社CPAC SB&M Lifetime Solutionが2025年6月期に創業以来初の黒字化を達成した
    • [141]2025年3月のミャンマー地震ではバンコクの高層ビルを中心に被害が出た
    • [142]2025年9月にバンコクで耐震補強セミナーを開催し高層ビルオーナー等220名超が参加した
    • [143]米Structural Technologies社は2025年6月期に業績が落ち込む一方で受注残高を多く保有
    • [144]米国Structural Technologies社はインド・エルサルバドルでも同社工法の試験施工を実施した
    • [145]国内の道路構造物メンテナンスを幹・海外と道路以外の周辺領域を枝とする経営方針

ショーボンドホールディングスの沿革1958〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
昭和工業として創業
本社を移転しショーボンド事業に参入★★
SBアンカー(ガラスカプセル入り鉄筋埋込固定用接着剤)を開発★★
社名をショーボンドに変更
新潟地震で落橋した昭和大橋床版の復旧工事に採用
道路橋伸縮装置「カットオフジョイント」を名神高速道路で試験施工
橋梁床版補強を目的とする「鋼板接着工法」を開発
補修専業への集中——製造・研究を「ショーボンド化学」へ分離した1975年の分社公共投資の削減と金融引き締めのなかで、上田昭社長はなぜ接着剤メーカーの体質を捨て工事会社へ業態転換したのか 詳細を読む★★★
社名をショーボンド建設に変更
研究所を移転し中央技術研究所として新設
「ビックス工法」(コンクリートのひび割れに樹脂系接着剤を注入する工法)を開発★★
「SBパネル」(プレキャスト版による橋梁床版打換工法)の開発に着手
「DDビックス工法」を日本電信電話・通信建築研究所と共同開発、建築物補修に採用
東京証券取引所市場第二部に株式上場
コンクリートのアルカリ骨材反応による劣化対策工法を開発
東京証券取引所市場第一部銘柄に指定
初代社長の上田昭氏が会長に退き、桧垣茂が二代社長に就任
阪神・淡路大震災で補強済み橋脚に被害なく耐震補修工法が市場の標準に
研究所を移転し補修工学研究所として新設
1997年6月期の売上高981億円・6期連続最高益
上谷章夫氏が社長に就任
連結売上高585億円・前期比27.7%減・営業利益▲66.1%減
連結売上高441億円・前期比24.7%減で2期連続急落
完成工事の瑕疵による指名停止と早期退職プログラム実施で連結純損失54.7億円を計上★★
石原一裕石原一裕氏が四代社長に就任
石原一裕株式移転によりショーボンドHDを設立、東京証券取引所一部に上場★★
石原一裕化工建設をショーボンド建設に承継させる簡易吸収分割を実施
岸本達也岸本達也氏がショーボンド建設社長に就任
岸本達也岸本達也氏がショーボンドHD代表取締役社長に昇格
岸本達也三井物産との合弁による海外メンテナンス——2019年に始めた段階展開国内が国策で拡大するなかで、岸本達也社長はなぜ三井物産と組んで海外の補修事業へ乗り出したのか 詳細を読む★★★
岸本達也CPAC社との合弁CPAC SB&M Lifetime Solutionをバンコクに設立
岸本達也インフラ補修事業者Structural Technologies, LLCに出資
岸本達也中期経営計画2027(2025〜2027年6月期)を策定
2020年から続けた東西カンパニー制を見直し
出典・参考
  • ショーボンド統合報告書2025
  • 証券 1987年7月号
  • 有価証券報告書
  • 橋梁 1987年9月号
  • 橋梁 1975年5月号
  • 道路建設 1993年2月号
  • ショーボンド建設公式年表 2005
  • 投資月報 1994年6月号
  • 実業往来 1997年6月号
  • 日経ビジネス 1995年10月2日号
  • 有価証券報告書・決算短信(各6月期)
  • 2004年6月期決算短信
  • 有価証券報告書(2007年6月期)
  • ショーボンドHD第1期有価証券報告書
  • 日刊工業新聞 2018年9月
  • 道路構造物ジャーナルNET インタビュー
  • 有価証券報告書(役員の状況)

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