1981年〜 沼田昭二氏の個人スーパーから業務スーパー1号店まで
- 1981年沼田昭二氏が屋号「フレッシュ石守」として食品スーパーを兵庫県加古川市神野町石守に開業
- 1985年有限会社フレッシュ石守を兵庫県加古川市に設立
- 1991年株式会社フレッシュ石守に組織変更
- 1992年中国の自社グループ工場として大連福来休食品有限公司を中国遼寧省に設立
- 2000年業務スーパー本部としてFC体制をスタートさせ、業務スーパー1号店を兵庫県三木市に開店
- 2001年株式会社フレッシュ石守が旧株式会社神戸物産を吸収合併し、社名を株式会社神戸物産に変更
- 2001年地方エリアFC体制をスタートさせ、業務スーパーエリアFC契約の1号店を新潟県燕市に開店
神戸物産の業績推移:単体
出所:有価証券報告書等
大手スーパー寡占下で地方店主が選んだ「製造を持つ」逆張り
1981年4月、創業者の沼田昭二氏は兵庫県加古川市神野町石守に屋号「フレッシュ石守」の食品スーパーを個人創業した。当時の小売業界はダイエー・イトーヨーカ堂・ジャスコといった大手チェーンが全国展開を進め、地方の個人経営スーパーは仕入れ価格・店舗運営コスト・店舗ブランドのいずれの面でも大手に対抗できない状況にあった。沼田氏はこの状況下で、大手スーパーと同じ土俵で戦っても勝てないと判断した。後年同氏は流通面の差別化ではなく食品製造の自社化を競争の軸に据える方向を選んだと振り返っており、技術領域での競争を起業の出発点に置いた。個人店主が大手チェーンとの差別化策として「製造」に目を向けたことが、後の神戸物産の事業モデルを規定する選択になった。 [1][2][3][4]
- 神戸物産 有価証券報告書【沿革】
- [1]1981年4月 沼田昭二が屋号「フレッシュ石守」の食品スーパーを兵庫県加古川市神野町石守に個人創業
- [2]創業者は沼田昭二
- [3]屋号は「フレッシュ石守」、所在は兵庫県加古川市神野町石守
- 神戸新聞(2021年2月2日)
- [4]後年沼田氏は流通面の差別化でなく食品製造の自社化を競争の軸に据えたと述べた(発言「技術で勝負しようと思った」)
1985年11月、有限会社フレッシュ石守を兵庫県加古川市に設立し、個人事業から法人化した。1986年10月にフレッシュ石守伊川谷店を神戸市西区に、1988年6月にフレッシュ石守稲美店を兵庫県加古郡稲美町に開業し、加古川を起点に播磨・神戸エリアでの店舗数を増やした。1991年4月には株式会社フレッシュ石守へ組織変更した。1980年代後半から1990年代前半は、地方の食品スーパーが続々と廃業・吸収される時期だった。フレッシュ石守は店舗数で大手に対抗できる規模ではなかったが、加古川を本拠とする地域密着型店舗の運営を続け、後の業務スーパーFC展開の前段となる店舗運営ノウハウと食品調達ネットワークを蓄積した。 [5][6][7][8]
- 神戸物産 有価証券報告書【沿革】
- [5]1985年11月 有限会社フレッシュ石守を兵庫県加古川市に設立し法人化
- [6]1986年10月 フレッシュ石守伊川谷店を神戸市西区に開業
- [7]1988年6月 フレッシュ石守稲美店を兵庫県加古郡稲美町に開業
- [8]1991年4月 株式会社フレッシュ石守へ組織変更
1992年7月、フレッシュ石守は中国遼寧省に大連福来休食品有限公司を設立した。日本の食品スーパー、特に地方の中小企業が中国に自社工場を持つのは異例で、当時の日本企業の中国進出は大手商社や食品メーカーが中心だった。沼田氏は加古川の食品スーパー経営者として中国の生産コストの低さと農産品の質を見極め、自社工場による食品の現地生産と日本への輸入を計画した。後年沼田氏はウォルマート・マクドナルド・ケンタッキーフライドチキンといった欧米小売・外食大手が製販一体型の事業モデルを採っている点を引き合いに出しており、製造から販売までを一社で完結させる構想を1990年代初頭の中国進出時点で持っていた。 [9][10][11]
- 神戸物産 有価証券報告書【沿革】
- [9]1992年7月 大連福来休食品有限公司を中国遼寧省に設立
- [10]設立法人は大連福来休食品有限公司、所在は中国遼寧省(海外生産拠点の第一号)
- ダイヤモンド・チェーンストアオンライン(2010年9月1日、ダイヤモンド・リテイルメディア)
- [11]沼田氏はウォルマート・マクドナルド・KFC が製販一体型モデルを採ると述べた(発言裏付け)
- 神戸物産 有価証券報告書【沿革】
- [1]1981年4月 沼田昭二が屋号「フレッシュ石守」の食品スーパーを兵庫県加古川市神野町石守に個人創業
- [2]創業者は沼田昭二
- [3]屋号は「フレッシュ石守」、所在は兵庫県加古川市神野町石守
- [5]1985年11月 有限会社フレッシュ石守を兵庫県加古川市に設立し法人化
- [6]1986年10月 フレッシュ石守伊川谷店を神戸市西区に開業
- [7]1988年6月 フレッシュ石守稲美店を兵庫県加古郡稲美町に開業
- [8]1991年4月 株式会社フレッシュ石守へ組織変更
- [9]1992年7月 大連福来休食品有限公司を中国遼寧省に設立
- [10]設立法人は大連福来休食品有限公司、所在は中国遼寧省(海外生産拠点の第一号)
- 神戸新聞(2021年2月2日)
- [4]後年沼田氏は流通面の差別化でなく食品製造の自社化を競争の軸に据えたと述べた(発言「技術で勝負しようと思った」)
- ダイヤモンド・チェーンストアオンライン(2010年9月1日、ダイヤモンド・リテイルメディア)
- [11]沼田氏はウォルマート・マクドナルド・KFC が製販一体型モデルを採ると述べた(発言裏付け)
中国・大連工場での製販一体ビジネスモデルの試作
大連福来休食品有限公司の設立から、フレッシュ石守は中国産食材の自社生産・自社輸入による食品供給網の構築を始めた。冷凍野菜・冷凍食品・調味料などのカテゴリーで、現地工場での原材料調達から加工・冷凍・輸出までを一貫して行う体制を整えた。同時期、日本国内の食品スーパーは商品の仕入れを問屋や食品メーカーに依存しており、沼田氏は問屋経由で仕入れて売買差益を上乗せして流すだけの構造を「流通」と呼んで批判的に位置づけていた。中国工場による自社生産は、商社・問屋・メーカーを介さない直接調達を可能とし、小売店頭価格を業界平均より低く設定する原資となった。 [12]
- ダイヤモンド・チェーンストアオンライン(2010年9月1日、ダイヤモンド・リテイルメディア)
- [12]沼田氏は問屋経由の売買差益を上乗せする構造を「流通」と呼んで批判的に位置づけた(発言裏付け)
1990年代後半、中国産食材の自社輸入で蓄積した低価格商品の品揃えを、加古川エリアの店舗運営に活かした。だが地方スーパー1社の販売規模では、中国工場のフル稼働を支えるには不十分だった。沼田氏は工場のフル稼働と販売規模拡大を同時に達成する手段として、フランチャイズ方式による業務用食品スーパーチェーンの全国展開を構想した。一般消費者向けではなく、外食店・給食施設・個人事業主など「業務用」を主たる顧客とすることで、まとめ買いによる大口販売と冷凍食品中心の品揃えが両立する事業領域を見出した。一般スーパーの大手が手薄な業務用市場と、自社中国工場の供給力を組み合わせる事業設計が、業務スーパー1号店の前段で固まった。
同じ従業員数で売上を2倍にすれば1人当たりコストを半減できるという沼田氏の発想は、業務スーパーの店舗当たり販売規模を最大化する戦略の根拠となった。一般消費者向けスーパーが取り扱う1点1点の商品の利益率を上げるのではなく、業務用の大容量パッケージで販売単価を上げ、店舗当たり売上を大手スーパー並みに引き上げる方向を選んだ。冷凍食品中心の品揃えは、生鮮品のロスがなく在庫回転を計画的に管理できる点でも業務用に向いていた。1990年代末の構想は、加古川の地方スーパー経営から全国チェーン展開への発想転換を含み、製販一体ビジネスモデルの完成形に向けた最後の試作段階にあたる。 [13]
- 日経クロストレンド(2021年9月13日、日経BP)
- [13]沼田氏は同じ従業員数で売上を2倍にすればコストを半減できると述べた(発言裏付け)
- ダイヤモンド・チェーンストアオンライン(2010年9月1日、ダイヤモンド・リテイルメディア)
- [12]沼田氏は問屋経由の売買差益を上乗せする構造を「流通」と呼んで批判的に位置づけた(発言裏付け)
- 日経クロストレンド(2021年9月13日、日経BP)
- [13]沼田氏は同じ従業員数で売上を2倍にすればコストを半減できると述べた(発言裏付け)
業務スーパー1号店と社名変更 ── 製販一体モデルの確立
2000年3月、フレッシュ石守は業務スーパー本部としてフランチャイズ体制を発足させ、業務スーパー1号店を兵庫県三木市に開店した。フランチャイズ方式を採用した理由は、自社直営での全国展開には店舗投資と人材確保の負担が重く、加盟店舗のオーナー資本を活用することで全国展開のスピードを上げる狙いがあった。加盟店オーナーは独立採算で店舗を運営し、神戸物産は本部として商品供給と業態運営ノウハウを提供する分業体制となった。中国・大連工場で生産した冷凍食品を中心とする自社PB商品が、各FC店舗の品揃えの中核を占めた。製造(中国工場)→卸(神戸物産本部)→販売(FC店舗)の3工程を経営的に一体運営する製販一体ビジネスモデルが、業務スーパー1号店の開店で具体化した。 [14][15]
- 神戸物産 有価証券報告書【沿革】
- [14]2000年3月 業務スーパー本部としてFC体制を発足、業務スーパー1号店を兵庫県三木市に開店
- [15]業務スーパー1号店の所在は兵庫県三木市
2001年10月、フレッシュ石守は旧株式会社神戸物産を吸収合併し、社名を株式会社神戸物産に変更した。「神戸物産」の社名は業務用食品の卸売・小売業を全国展開する会社という事業構成を示すもので、加古川の地方スーパーから卒業して全国規模の業務用食品事業会社へ移行する意図を社名で示した。同年12月には地方エリアFC体制を発足し、業務スーパーエリアFC契約の1号店を新潟県燕市に開店した。2002年6月には横浜営業所FC関東本部を設置し、業務スーパー関東1号店を神奈川県海老名市に開店した。神戸物産は本社のある加古川を起点としつつ、エリアFCと営業所体制を組み合わせて関東・新潟・東北へFC網を広げた。2000年から2005年までの5年間で、業務スーパーは数十店舗規模のFCチェーンへ成長した。 [16][17][18]
- 神戸物産 有価証券報告書【沿革】
- [16]2001年10月 フレッシュ石守が旧株式会社神戸物産を吸収合併し社名を株式会社神戸物産に変更
- [17]2001年12月 地方エリアFC体制を発足、エリアFC契約1号店を新潟県燕市に開店
- [18]2002年6月 横浜営業所FC関東本部を設置、関東1号店を神奈川県海老名市に開店
2004年1月には神戸物産(香港)有限公司を中国香港に設立し、海外生産拠点群の統括会社を作った。同年2月には中国山東省に神戸物産(安丘)食品有限公司を設立し、中国国内の自社工場を増やした。同年8月には大連福来休食品有限公司の所有全株式を神戸物産(香港)有限公司に譲渡し、海外生産拠点を香港子会社の傘下に再編した。海外生産拠点群の統括体制が整い、中国国内に複数の自社工場を持つ食品事業会社としての構造ができあがった。2004年11月には直営店として「神戸クック デリ」(現馳走菜)1号店を兵庫県加古郡稲美町に開店し、惣菜事業への参入も果たした。業務スーパーFC事業を主軸としつつ、海外生産拠点と惣菜直営店を組み合わせた事業構成が、上場前夜の2005年時点で出揃った。 [19][20][21]
- 神戸物産 有価証券報告書【沿革】
- [19]2004年1月 神戸物産(香港)有限公司を中国香港に設立(海外生産拠点群の統括会社)
- [20]2004年2月 神戸物産(安丘)食品有限公司を中国山東省に設立
- [21]2004年11月 直営店「神戸クック デリ」(現馳走菜)1号店を兵庫県加古郡稲美町に開店
- 神戸物産 有価証券報告書【沿革】
- [14]2000年3月 業務スーパー本部としてFC体制を発足、業務スーパー1号店を兵庫県三木市に開店
- [15]業務スーパー1号店の所在は兵庫県三木市
- [16]2001年10月 フレッシュ石守が旧株式会社神戸物産を吸収合併し社名を株式会社神戸物産に変更
- [17]2001年12月 地方エリアFC体制を発足、エリアFC契約1号店を新潟県燕市に開店
- [18]2002年6月 横浜営業所FC関東本部を設置、関東1号店を神奈川県海老名市に開店
- [19]2004年1月 神戸物産(香港)有限公司を中国香港に設立(海外生産拠点群の統括会社)
- [20]2004年2月 神戸物産(安丘)食品有限公司を中国山東省に設立
- [21]2004年11月 直営店「神戸クック デリ」(現馳走菜)1号店を兵庫県加古郡稲美町に開店