1969年〜 アーケードから家庭用ゲームへ、IPで世界市場を開拓した創業期
コナミグループの業績推移
- 1969年 上月景正が大阪でジュークボックスの修理・レンタル業を創業
- 1978年 アーケードゲーム市場に本格参入
- 1985年 アーケード専業から家庭用ゲームへ ── 任天堂プラットフォームでの多角展開 ロケーション売りに天井のあるアーケード事業を、コナミはなぜ家庭用ゲーム機に懸けたか
- 1997年 Konami Gaming,Inc.を設立
- 1999年 遊戯王オフィシャルカードゲームの発売 ── 紙のトレーディングカードで拓いたIP収益の新機軸 ゲームソフト以外の市場に、コナミはなぜ『遊戯王』のカードで踏み込んだか
- 2001年 フィットネス大手のピープルを友好的TOBで子会社化
- 2006年 純粋持株会社へ移行
ジュークボックス修理業から生まれたゲームメーカー
1969年3月、上月景正は大阪でジュークボックスの修理・レンタル業を創業した。修理業で培った電子機器の技術を活かし、1973年にコナミ工業株式会社を設立してアミューズメント機器の製造を始めた。1970年代後半からアーケードゲームの開発に参入し、1981年に「スクランブル」「フロッガー」が北米市場でヒットしてアーケードゲームメーカーとしての国際的知名度を得た。1982年に米国現地法人Konami of Americaを設立し、1984年には英国とドイツにも拠点を置いて海外での営業体制を敷いた。創業から10年余りで北米市場の足場を築き、国内のアミューズメント機器メーカーから輸出型の開発企業へと転換した。 [1][2][3][4][5][6]
- コナミグループ 有価証券報告書【沿革】
- [1]1969年3月 上月景正が大阪でジュークボックスの修理・レンタル業を創業
- [2]創業者は上月景正
- [3]1973年 コナミ工業株式会社を設立しアミューズメント機器の製造を開始
- [4]1981年に「スクランブル」「フロッガー」が北米市場でヒット
- [5]1982年 米国現地法人Konami of Americaを設立
- [6]1984年に英国(Konami Ltd 1984/5)・ドイツ(Konami GmbH 1984/12)に拠点を設置
1984年に大阪証券取引所新二部に上場し、1988年には東京・大阪証券取引所の第一部に指定された。上場と並行してファミリーコンピュータ向けタイトルの開発を加速させ、1985年の「グラディウス」を皮切りに「悪魔城ドラキュラ」(1986年)、「がんばれゴエモン」「魂斗羅」とヒットシリーズを送り出した。アーケードで培った開発力を家庭用ゲーム機に転用し、任天堂プラットフォーム上のサードパーティーとしての地位を固めた。上場で得た資金は開発投資に回り、1980年代後半に蓄積した知的財産群が後のプラットフォーム転換を支える資産になった。家庭用ゲーム市場での成功で、コナミの収益基盤はアーケード単体からマルチプラットフォームへと広がった。 [7][8][9][10]
- コナミグループ 有価証券報告書【沿革】
- [7]1984年 大阪証券取引所新二部に上場
- [8]1988年 東京・大阪証券取引所市場第一部に上場(指定)
- [9]1985年「グラディウス」(ファミコン向け)を発売
- [10]「悪魔城ドラキュラ」は1986年9月26日にFCディスクシステムで発売
- コナミグループ 有価証券報告書【沿革】
- [1]1969年3月 上月景正が大阪でジュークボックスの修理・レンタル業を創業
- [2]創業者は上月景正
- [3]1973年 コナミ工業株式会社を設立しアミューズメント機器の製造を開始
- [4]1981年に「スクランブル」「フロッガー」が北米市場でヒット
- [5]1982年 米国現地法人Konami of Americaを設立
- [6]1984年に英国(Konami Ltd 1984/5)・ドイツ(Konami GmbH 1984/12)に拠点を設置
- [7]1984年 大阪証券取引所新二部に上場
- [8]1988年 東京・大阪証券取引所市場第一部に上場(指定)
- [9]1985年「グラディウス」(ファミコン向け)を発売
- [10]「悪魔城ドラキュラ」は1986年9月26日にFCディスクシステムで発売
「メタルギアソリッド」700万本超とPS世代のIP国際化
1990年代、コナミはPlayStationプラットフォームへの対応で売上規模を伸ばした。1995年前後に「実況パワフルプロ野球」「ウイニングイレブン」を投入してスポーツゲーム分野での地位を固め、1998年1月に発売した「メタルギアソリッド」は小島秀夫監督のもと世界累計販売700万本を超えるヒットとなった。映画的な演出とステルスアクションの融合はゲーム表現の幅を広げ、コナミの名を世界に知らしめた。PlayStationの普及と自社タイトルの国際化が重なり、海外売上比率が上向く転換点となった。スポーツゲームとアクションゲームの双方でシリーズを持つ陣容が、家庭用ゲーム事業の収益の安定性を高めた。 [11][12][13]
- コナミグループ 有価証券報告書【沿革】
- [11]1995年前後に「実況パワフルプロ野球」「ウイニングイレブン」を投入しスポーツゲーム分野で地位を確立
- [12]1998年1月「メタルギアソリッド」発売(小島秀夫監督)
- コナミグループ 公式発表
- [13]「メタルギアソリッド」世界累計販売700万本超
1991年にコナミ工業からコナミに商号変更し、「工業」の枠を超えたエンタテインメント企業への転身を示した。1993年には本社を大阪から東京都港区に移し、情報発信と人材採用の拠点を首都圏に置いた。1997年には米国ネバダ州ラスベガスにKonami Gaming, Inc.を設立し、カジノ向けゲーミング機器事業に参入した。アーケード技術をカジノ機器に転用する発想は、コナミが既存技術を新しい規制市場で再利用する手筋の一例である。ゲーミング&システム事業は後にグループの安定収益源へと育ち、北米カジノ市場でのシェア拡大によりデジタルエンタテインメント以外で利益を支える柱となった。 [14][15][16]
- コナミグループ 有価証券報告書【沿革】
- [14]1991年 コナミ工業からコナミに商号変更
- [15]1993年 本社を東京都港区に移転
- [16]1997年 米国ネバダ州ラスベガスにKonami Gaming, Inc.を設立(カジノ向けゲーミング機器事業に参入)
- コナミグループ 有価証券報告書【沿革】
- [11]1995年前後に「実況パワフルプロ野球」「ウイニングイレブン」を投入しスポーツゲーム分野で地位を確立
- [12]1998年1月「メタルギアソリッド」発売(小島秀夫監督)
- [14]1991年 コナミ工業からコナミに商号変更
- [15]1993年 本社を東京都港区に移転
- [16]1997年 米国ネバダ州ラスベガスにKonami Gaming, Inc.を設立(カジノ向けゲーミング機器事業に参入)
- コナミグループ 公式発表
- [13]「メタルギアソリッド」世界累計販売700万本超
フィットネスとカジノ ── 異質3事業を同時に抱えた多角化
1990年代後半から2000年代初頭にかけて、コナミは事業の多角化に動いた。1999年にロンドン証券取引所、2002年にニューヨーク証券取引所へ上場し、海外資本市場でのアクセスを広げた。2001年2月にはフィットネスクラブ大手のピープル(現コナミスポーツ)を友好的TOBで子会社化し、デジタル以外の事業領域へ踏み込んだ。同年8月にはハドソンに資本参加し、「桃太郎電鉄」等のゲームタイトルを自社の知的財産として取り込んだ。海外上場による資金調達とM&Aを組み合わせて事業の幅を広げた時期で、ゲーム・フィットネス・カジノという性格の違う3領域に同時に足場を構え、収益源を分散させる狙いを持った。 [17][18][19][20]
- コナミグループ 有価証券報告書【沿革】
- [17]1999年 ロンドン証券取引所に上場
- [18]2002年 ニューヨーク証券取引所に上場
- [19]2001年2月 フィットネス大手ピープル(現コナミスポーツ)を友好的TOBで子会社化
- [20]2001年8月 ハドソンに資本参加(桃太郎電鉄等のIPを取り込み)
2005年にラスベガスでゲーミング機器の新社屋を完成させ、カジノ向け筐体の開発と製造の拠点を北米に持った。2006年3月にはデジタルエンタテインメント事業を会社分割してコナミデジタルエンタテインメントを設立し、コナミ本体は純粋持株会社に移行した。事業別子会社体制の導入は、ゲーム・スポーツ・ゲーミングという性格の違う事業を独立に管理し、経営判断の速度を高める狙いがあった。持株会社化によって各事業の損益が個別に見え、資源配分の意思決定も透けて見えた。この分社化は後にモバイルシフトへ動く際の組織の柔軟性も支えた。 [21][22]
- コナミグループ 有価証券報告書【沿革】
- [21]2005年 ラスベガスにゲーミング機器の新社屋を完成
- [22]2006年3月 デジタルエンタテインメント事業を会社分割しコナミデジタルエンタテインメントを設立・コナミ本体は純粋持株会社へ移行
- コナミグループ 有価証券報告書【沿革】
- [17]1999年 ロンドン証券取引所に上場
- [18]2002年 ニューヨーク証券取引所に上場
- [19]2001年2月 フィットネス大手ピープル(現コナミスポーツ)を友好的TOBで子会社化
- [20]2001年8月 ハドソンに資本参加(桃太郎電鉄等のIPを取り込み)
- [21]2005年 ラスベガスにゲーミング機器の新社屋を完成
- [22]2006年3月 デジタルエンタテインメント事業を会社分割しコナミデジタルエンタテインメントを設立・コナミ本体は純粋持株会社へ移行