タカラトミーの歴史
沿革
1924年に富山栄市郎氏が東京で創業した富山玩具製作所が起源。
1961年発売のプラレールを主力ブランドに育て、2006年にはタカラと合併した。トミカ・リカちゃんなどの自社ブランドと1998年に得たハスブロ商品の独占販売権を収益源とする玩具メーカーで、国内が売上の8割弱を占める。
1953年〜三陽工業の設立と「プラレール」の発売
- 三陽玩具製作所を改組して、三陽工業を設立[3]
- タカラの前身、佐藤ビニール工業所を設立[4]
- 営業部門を分離独立、販売子会社富山商事を設立[3]
- プラスチック・レールを使用した鉄道玩具「プラレール」を発売[3]
- 三陽工業をトミー工業に、富山商事をトミーに、それぞれ商号変更[3]
- 本社社屋を新築[3]
- TOMY (Hong Kong) Ltd.を設立[3]
- 西独子会社トミー・シュピールバーレンを設立[5]
- 本社ビル本館を新築[3]
- 香港・米国へ現地法人設立[6]
- 売上高
筆者所見
トミーの海外進出は、販路の拡大より、バイヤーに渡っていた利益と市場の情報を自社へ取り込む手段だった。輸出だけでは利益をバイヤーに吸い取られ、現地の市場情報も入手できないとして、同社は直接進出に転換した[1]。1970年8月に香港へ設けた現地法人が、その最初の拠点になった[2]。国内の玩具市場の小ささを前提に置く発想は、米国の愛称に寄せた1963年の社名にも表れていた。自前の海外進出は、生産を低コストの地に、企画・開発を東京に置く分業を定着させた。
- [1]日経ビジネス 1977年10月24日号「トミー工業。ヒット玩具続々、ミニ多国籍企業に」
- [2]タカラトミー 有価証券報告書 第74期(2025年3月期)【沿革】
1982年〜東京・流山の工場閉鎖とタイ・香港への生産移管
- TOMY UK Ltd.を設立[3]
- 東京ディズニーランドにオフィシャルスポンサーとして参加[3]
- フランスにTOMY France SARL.を設立[3]
- トミー流通サービス(現タカラトミーマーケティング)を設立[3]
- 流山工場の閉鎖と分社化[7]
- タイにTOMY(Thailand)を設立[3]
- ユージンを設立[3]
- 販売子会社旧トミーを吸収合併、同時に商号をトミーに変更[3]
- トミー興産(現タカラトミーアイビス)を設立[3]
- シンガポール生産撤退[8]
- ユーメイト(現タカラトミーアーツ)を設立[3]
- トミーテックを設立[3]
- ユーエース(現タカラトミーマーケティング)を設立[3]
- トミーシステムデザイン(現タカラトミーアイビス)を設立[3]
- 日本証券業協会に株式を店頭登録[3]
- TOMY Corporationを設立[3]
- ハスブロ社より同社・同社グループ商品の日本における独占的販売権を取得[3]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[3]
- 東京証券取引所市場第一部に指定[3]
- ウォルト・ディズニー・インターナショナル・ジャパンとライセンス契約を締結[3]
筆者所見
1980年代後半のトミーの再編は、円高への守りである以上に、製造業からの業態の転換だった。1986年11月に東京・流山の2工場を閉鎖し、約600名の希望退職を募集した[7]。1991年11月にはシンガポールでの玩具製造を中止し、生産をタイ・香港へ移管した[8]。国内2工場の閉鎖とシンガポール生産撤退を経て、本社の役割は企画・開発と販売に絞られた。工場に縛られない体制が、1998年のハスブロ商品の独占販売権の取得の素地になった。
- [7]日経ビジネス「トミー工業 第2幕に入った再編劇」(1989年1月16日)
- [8]日経ビジネス「トミー シンガポール生産撤退 技術拠点へ転換し円満に」(1992年5月18日)
2001年〜タカラ合併によるタカラトミー発足とTPG提携
- トミーデベロップメントセンター(現タカラトミーアイビス)を設立[3]
- ハートランド(現タカラトミーアーツ)を設立[3]
- トミーゼネラルサービス(現タカラトミーアイビス)を設立[3]
- 中国にTOMY (Shenzhen)を設立[3]
- 中国にTOMY (Shanghai)を設立[3]
- 和興(現タカラトミーアーツ)の株式を取得し子会社化[3]
- タカラと合併契約を締結[3]
- 子会社ユージンがJASDAQ証券取引所に上場[3]
- 玩具菓子事業を分社化してすばる堂を設立[3]
- タカラと合併[3]
- タカラトミーに商号変更[3]
- 香港にアジア支店を設立[3]
- 東京都葛飾区立石に本社ビル新館を新築[3]
- TPGとの戦略的資本・事業提携を発表[3]
- キデイランドの株式を取得し子会社化[3]
- 買収防衛策を導入[3]
- 中国生産拠点の環境変化に伴いベトナムでの生産を開始[3]
- インデックス・HDとの業務提携を発表・第三者割当増資を引受け[3]
- ユージン(現タカラトミーアーツ)を完全子会社化[3]
- ティーツーアイエンターテイメントの株式を追加取得し子会社化[3]
- ユージンが子会社3社と合併、タカラトミーアーツに商号変更[3]
- 丸の内キャピタルとの戦略的資本・事業提携を発表[3]
- 千葉県市川市に市川物流センターを開設[3]
- 米国のRC2 Corporationの株式公開買付を開始[3]
- TOMY Internationalグループの買収を完了し連結子会社化[3]
- Boon及びKeen Distributionの両社を事業譲渡により取得[3]
- タカラトミーマーケティングがタカラトミーロジスティクスを吸収合併[3]
- 子会社3社が合併、タカラトミーアイビスに商号変更[3]
- TPGとの戦略的資本・事業提携を解消[3]
筆者所見
タカラとの合併は、二つの玩具会社を一つにしたが、資本の独立を外部に委ねる期間の始まりでもあった。2006年3月にタカラと合併し、2007年3月にはTPGとの戦略的資本・事業提携を発表した[3]。統合の直後に投資ファンドを株主に迎えたのは、合併だけでは財務の基盤が整わなかったためである。2011年3月に米国RC2の株式公開買付を開始し、2014年12月にTPGとの提携を解消した[3]。外部資本に依存した8年間は、規模の代償に重い海外子会社を残した。
- [3]有価証券報告書(2026年6月24日)
2015年〜外部社長による回復と中長期経営戦略2030
- TOMY Asia Limitedを設立[3]
- 丸の内キャピタルとの戦略的資本・事業提携を解消[3]
- ハロルド・ジョージ・メイ氏が社長就任
- アジア支店の事業をTOMY Asia Limitedに移管[3]
- ティンカーベルの全株式を売却[3]
- シンガポールにTOMY SOUTHEAST ASIAを設立[3]
- ベトナムにTOMY (Vietnam)を設立[3]
- TOMY InternationalがFat Brain Holdingsの持分を取得し子会社化[3]
- 社長直轄組織としてCSR推進室を新設[11]
- 東京証券取引所の市場区分見直しによりプライム市場に移行[3]
- 米国にT-Licensing Inc.を設立[3]
- 創業100周年[12]
- 中長期経営戦略2030を発表[9]
- 買収防衛策を廃止[3]
- TOMY Internationalののれん減損損失を計上[10]
- 監査等委員会設置会社への移行
筆者所見
2015年以降の回復は、ハロルド・ジョージ・メイ氏の社長起用で執行を外部へ預けた判断に始まるが、2011年に買収した米国事業の重さは解消されなかった。2024年5月に中長期経営戦略2030を発表し、2025年6月に買収防衛策を廃止した[9][3]。防衛策の廃止で、同社は株主の評価を直接受ける立場を選んだ。2026年2月にはTOMY Internationalののれん減損損失を計上した[10]。買収から15年を経ても、海外子会社の収益力は課題であり続けた。
- [9]会社IR「統合報告書 2024」(2024年)
- [3]有価証券報告書(2026年6月24日)
- [10]臨時報告書