関西電力 の歴史

更新:

創業

1951年

創業者

※関西配電+日本発送電

創業地

大阪市北区

直近売上高(2026/3)

40,566億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1960年代に水力中心だった関西電力は、原子力へ主力を移し若狭湾へ集中立地したのか
A 1950年代の関西は供給力不足が慢性化し、燃料を輸入に頼る火力は調達価格の変動が収益を揺らした。そこで燃料費の影響を受けにくい原子力をベースロード電源に据え、製造業需要を安定して賄う道を選んだ。広い用地が取りやすく自然災害の少ない若狭湾沿岸が立地に選ばれ、1962年に福井県美浜町を建設地と決めた。1970年に美浜発電所1号機が日本の電力会社で初の商用運転に入り、続けて高浜・大飯を同じ湾沿いに並べる集中立地で建設と運営の効率を高め、2010年には発電電力量の約5割を原子力が占める国内最大の原発依存会社となった
Q なぜ2020年に地域独占の関西電力は、取締役会の過半数を社外取締役とする指名委員会等設置会社へ移ったのか
A 地域独占で外部の監視が働きにくい関西電力では、原発立地自治体との関係を内輪で抱え込む経営が長く続き、不正の発見を遅らせた。2019年9月、福井県高浜町の元助役から会長・社長を含む役職員75名が総額約3億6000万円相当を受領していた事実が報道で発覚し、関西電力が2018年に作った社内調査報告書を取締役会にも株主総会にも諮っていなかったと判明した。原発事業を続ける正当性まで疑われたため、2020年6月に指名委員会等設置会社へ移り取締役会の過半数を社外取締役で構成して、経営の判断と監督を社外の目に開いた
Q なぜ2023年以降の関西電力は、原発依存の電力会社からデータセンターへ10年1兆円超を投じる会社へ転じたのか
A 関西の電力需要が伸び悩む一方、生成AIの普及でデータセンターの電力需要が急に膨らむと見込まれ、自ら需要をつくり出す側へ回るほうが成長余地が大きいと関西電力は判断した。再稼働した原発の低コスト電源と、子会社オプテージの情報通信網、不動産開発の用地という既存の強みを束ねれば参入しやすい。2023年5月に米CyrusOneと折半出資で関西電力サイラスワンを設立し、首都圏と関西圏で総受電容量900MW級のハイパースケール拠点を開発する森望社長は10年で1兆円超を投じる計画を示し、原発7基体制で2024年3月期に過去最高益を上げた稼ぐ力を、この投資の原資に充てる

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1951年〜 電気事業再編成による発足と黒部川第四発電所の建設

  1. 1951年 電気料金の引き上げが認可
  2. 1951年 電気事業再編成令により発足
  3. 1951年 太田垣士郎氏が社長に就任
  4. 1956年 黒部川第四発電所の事業主体に決定
  5. 1957年 原子力部を設置
  6. 1961年 火力設備の出力が水力設備を上回る
  7. 1963年 黒部川第四発電所が竣工

電気事業再編成が生んだ関西の一社

1951年5月1日、電気事業再編成令にもとづき、日本発送電と九つの配電会社が解散し[1]、発送配電を一貫して営む9社が発足した。関西電力はその一社として、日本発送電から8億4000万円、関西配電から8億5000万円の現物出資[2]を受け、資本金16億9000万円をもって設立[3]された。発足時の発電設備は水力113万kWと火力115万kWの合計228万kW[4]、年間販売電力量は5655百万kWh、年度末の契約口数は268万3000口[5]だった。会長には堀新氏、社長には太田垣士郎氏が就き[6]、本社を大阪市北区梅ケ枝町に置いた[7]。同年7月に大阪証券取引所、8月に東京証券取引所へ株式を上場[8]し、額面500円の株式338万株のうち関西配電分が170万株、日本発送電分が168万株[9]を占めた。

  • 証券 1951年10(24)「新規上場会社紹介 東京、中部、関西電力」
    • [1]1951年5月1日 電気事業再編成令により日本発送電と9配電会社が解散、発送配電一貫の9社が発足
    • [2]設立時の現物出資 日本発送電8億4000万円・関西配電8億5000万円
    • [6]設立時の会長 堀新・社長 太田垣士郎
    • [9]上場株式338万株(額面500円)、関西配電分170万株・日本発送電分168万株
  • 関西電力 有価証券報告書【沿革】
    • [3]設立時資本金 16億9000万円
    • [4]設立当初の発電設備 水力1,130,126kW・火力1,153,580kW・合計2,283,706kW
    • [5]設立当初の年間販売電力量5,655百万kWh・年度末契約口数2,683千口
    • [7]設立時の本社 大阪市北区梅ヶ枝町
    • [8]1951年7月 大阪証券取引所上場、1951年8月 東京証券取引所上場

発足直後の関西電力が抱えた課題は需要の伸びに供給が追いつかないことで、管内の電力需要は年10%程度の増加が続いていた[10]。1951年度から1953年度までの3年間で水力65万kW・火力32万kWの合計97万kWを開発する計画[11]を立てても、平水年で年30億kWh以上の不足が残る[12]見通しだった。1951年、関西電力は公益事業委員会へ料金の改定を申請し、定額電灯40%、従量電灯26%、大口電灯31%の引き上げ[13]が認められた。申請の理由には物件費と人件費の上昇、需要増にともなう修繕費の増加[14]、減価償却費の増加が挙げられている。その後は合理化で原価の上昇を吸収し、1954年10月から1968年まで料金を改定しなかった[15]

  • 証券 1951年10(24)「新規上場会社紹介 東京、中部、関西電力」
    • [10]関西電力の電力需要量は年約10%増加の趨勢
    • [11]1951〜53年度の電源開発計画 水力65万kW・火力32万kW・計97万kW
    • [12]計画達成後も平水年で毎年30億kWh時以上の電力量が不足
    • [13]1951年の料金改定率 定額電灯40%・従量電灯26%・大口電灯31%
    • [14]値上げ理由=物件費・人件費の値上り、需要増に伴う修繕費の増嵩、減価償却金の増加
  • 『企業の歴史 : 明治百年』(経済春秋社, 1968)「関西電力」の項
    • [15]昭和29年(1954年)10月以来料金を改訂せず、1968年時点で全国最安の料金水準
  • 証券 1951年10(24)「新規上場会社紹介 東京、中部、関西電力」
    • [1]1951年5月1日 電気事業再編成令により日本発送電と9配電会社が解散、発送配電一貫の9社が発足
    • [2]設立時の現物出資 日本発送電8億4000万円・関西配電8億5000万円
    • [6]設立時の会長 堀新・社長 太田垣士郎
    • [9]上場株式338万株(額面500円)、関西配電分170万株・日本発送電分168万株
    • [10]関西電力の電力需要量は年約10%増加の趨勢
    • [11]1951〜53年度の電源開発計画 水力65万kW・火力32万kW・計97万kW
    • [12]計画達成後も平水年で毎年30億kWh時以上の電力量が不足
    • [13]1951年の料金改定率 定額電灯40%・従量電灯26%・大口電灯31%
    • [14]値上げ理由=物件費・人件費の値上り、需要増に伴う修繕費の増嵩、減価償却金の増加
  • 関西電力 有価証券報告書【沿革】
    • [3]設立時資本金 16億9000万円
    • [4]設立当初の発電設備 水力1,130,126kW・火力1,153,580kW・合計2,283,706kW
    • [5]設立当初の年間販売電力量5,655百万kWh・年度末契約口数2,683千口
    • [7]設立時の本社 大阪市北区梅ヶ枝町
    • [8]1951年7月 大阪証券取引所上場、1951年8月 東京証券取引所上場
  • 『企業の歴史 : 明治百年』(経済春秋社, 1968)「関西電力」の項
    • [15]昭和29年(1954年)10月以来料金を改訂せず、1968年時点で全国最安の料金水準

破砕帯に阻まれた黒部川第四発電所の工事

1950年代のなかばには全国で水力開発が最盛期を迎え、佐久間、田子倉、御母衣、奥只見といった[16]大規模地点が相次いで工事に入っていた。黒部川の電源開発は北陸電力・電源開発・関西電力の三社が計画しており[17]、1956年5月に電源開発調整審議会が事業主体を関西電力と決め[18]、同社は6月に出力25万8000kWの黒部川第四発電所[19]の計画を発表した。7月には長野県大町に建設事務所を開き[20]、工区ごとに特命で工事契約を結んだ。大町から赤沢岳を貫きダムサイトへ至る第三工区は熊谷組、[21]高さ182m・堤頂長526mのアーチダム本体は間組[22]、地下150mの発電所は大成建設が請け負い、鹿島建設・佐藤工業・清水建設なども工区を分担した。

  • 日本産業史 第2巻 建設・不動産(日本経済新聞社、1994年)「建設-巨大工事にいどむ」
    • [16]1950年代半ばは佐久間・田子倉・御母衣・奥只見が工事中で水力電源開発がピーク
    • [17]黒部の電源開発を北陸電力・電源開発・関西電力の三社が企画
    • [18]1956年5月 電源開発調整審議会が黒部第四の事業主体を関西電力に決定、6月に関電が発表
    • [19]黒部第四発電所の出力25.8万kW
    • [20]1956年7月 長野県大町に建設事務所を開設し特命で工事契約
    • [21]第三工区大町ルート=熊谷組、アーチダム本体(高さ182m・堤頂長526m)=間組、地下150mの発電所=大成建設、他に鹿島建設・佐藤工業・清水建設
    • [22]アーチダム本体 高さ182メートル・堤頂長526メートル

工事は大町ルートで80mにおよぶ破砕帯に突き当たり[23]、ダム地点では第7号台風、黒部ルートと地下発電所では高熱と高湿に見舞われた。28トンダンプ、ドリルジャンボー、ロッカーショベル、長大ベルトコンベヤー[24]といった大型の機械設備を編成して難所を抜き、工費は当初の370億円から500億円あまりへ膨らんだ[25]。竣工式は1963年6月に行われ[26]、佐久間と黒部第四に代表される大工事を通じて日本の土木事業では機械の導入が本格化した[27]。黒部第四の工事が進んだ時期は産業設備投資の波が全国をおおった時期[28]にもあたる。関西電力は水力の開発と並行して大容量の新鋭火力の建設にも力を入れた[29]

  • 日本産業史 第2巻 建設・不動産(日本経済新聞社、1994年)「建設-巨大工事にいどむ」
    • [23]大町ルートの80mに及ぶ破砕帯、ダム地点の第7号台風、黒部ルートと地下発電所の高熱・高湿
    • [24]28トンダンプ・ドリルジャンボー・ロッカーショベル・長大ベルトコンベヤーなど大規模機械設備の編成
    • [25]黒部第四の工費 当初370億円の予定を超過し500億円余
    • [26]1963年6月 黒部第四の竣工式
    • [27]佐久間・黒部に代表される大土木工事を通じ土木事業への機械導入が本格化
    • [28]黒部第四の工事期間は産業設備投資の波が全国をおおった時期
  • 『企業の歴史 : 明治百年』(経済春秋社, 1968)「関西電力」の項
    • [29]水力電源の開発とあわせ大容量新鋭火力の建設にも注力
  • 日本産業史 第2巻 建設・不動産(日本経済新聞社、1994年)「建設-巨大工事にいどむ」
    • [16]1950年代半ばは佐久間・田子倉・御母衣・奥只見が工事中で水力電源開発がピーク
    • [17]黒部の電源開発を北陸電力・電源開発・関西電力の三社が企画
    • [18]1956年5月 電源開発調整審議会が黒部第四の事業主体を関西電力に決定、6月に関電が発表
    • [19]黒部第四発電所の出力25.8万kW
    • [20]1956年7月 長野県大町に建設事務所を開設し特命で工事契約
    • [21]第三工区大町ルート=熊谷組、アーチダム本体(高さ182m・堤頂長526m)=間組、地下150mの発電所=大成建設、他に鹿島建設・佐藤工業・清水建設
    • [22]アーチダム本体 高さ182メートル・堤頂長526メートル
    • [23]大町ルートの80mに及ぶ破砕帯、ダム地点の第7号台風、黒部ルートと地下発電所の高熱・高湿
    • [24]28トンダンプ・ドリルジャンボー・ロッカーショベル・長大ベルトコンベヤーなど大規模機械設備の編成
    • [25]黒部第四の工費 当初370億円の予定を超過し500億円余
    • [26]1963年6月 黒部第四の竣工式
    • [27]佐久間・黒部に代表される大土木工事を通じ土木事業への機械導入が本格化
    • [28]黒部第四の工事期間は産業設備投資の波が全国をおおった時期
  • 『企業の歴史 : 明治百年』(経済春秋社, 1968)「関西電力」の項
    • [29]水力電源の開発とあわせ大容量新鋭火力の建設にも注力

1964年〜 原子力への傾斜と料金据え置きが残した代償

関西電力の業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1966年 美浜発電所1号機の建設に着手
  2. 1970年 美浜発電所1号機が営業運転を開始
  3. 1973年 大口需要家へのピークカットを9回発令
  4. 1973年 電灯15.8%・電力35.2%の値上げを申請
  5. 1979年 大飯発電所1号機の運転を停止
  6. 1984年 核燃料サイクル3施設の立地を申し入れ
  7. 1987年 芦原義重氏を取締役から解任

美浜1号機の着工と若狭湾への集中立地

1966年12月、関西電力は福井県美浜町で加圧水型軽水炉の美浜発電所1号機(出力34万kW)[30]の建設に着手した。同じ月に東京電力も福島1号機(沸騰水型46万kW)に着工[31]しており、運転開始は美浜1号機が1970年11月、福島1号機が1971年3月[32]だった。炉の型式は分かれ、関西電力は米ウェスチングハウス社の加圧水型を導入した[33]。核燃料の確保も課題となり、1967年12月にカナダのデニソン・マインズ社と、翌1968年1月にリオ・アルゴム社と[34]、関西電力を含む電力8社がウラン精鉱の長期購入契約に調印した。デニソン社とは1969年から10年間で1万500ショートトン[35]、リオ社とは同じ期間に5160ショートトンの八三酸化ウランを購入する内容だった。

  • 日本産業史 第3巻 エネルギー・資源(日本経済新聞社、1994年)「原発時代の幕開けと脱石油への模索」
    • [30]1966年12月 関西電力が美浜1号(PWR・34万kW)に着工
    • [31]1966年12月 東京電力が福島1号(BWR・46万kW)に着工
    • [32]美浜1号は1970年11月、福島1号は1971年3月に運転開始
    • [34]1967年12月 加デニソン・マインズ社、1968年1月 加リオ・アルゴム社と電力8社がウラン精鉱長期購入契約に調印
    • [35]デニソン社と1969年から10年間で1万500ショート・トン、リオ社と同期間に5160ショート・トンの八三酸化ウラン
  • 日経ビジネス 1973年9月3日号「関西電力スタディ 列島襲う電力危機の震源地」
    • [33]関西電力が導入したのはウェスチングハウス社の加圧水型炉

1973年の時点で関西電力は既設分を含む566万8000kWの原子力発電計画[36]を決めており、これは東京電力とほぼ同じ規模だった。火力から一気に原子力へ移す構想は、その間をつなぐ電源の確保という難題[37]を残した。新規立地も難航し、那智勝浦原子力発電所(和歌山県)などの計画が地元の反対で進まなかった[38]。導入した加圧水型炉は故障が続き[39]、美浜1号機は運転開始から2年たたずに止まった[40]。単一の出力としては最大で最新鋭だった海南火力3号機も試運転中に爆発した[41]。原子力発電所は建設に5年以上かかり、2年足らずで済む火力[42]に比べて資金の負担が重かった。それでも1970年の美浜1号機の運転開始は、[43]日本の電力会社として初めての加圧水型原子力発電所の営業運転[44]だった。

  • 日経ビジネス 1973年9月3日号「関西電力スタディ 列島襲う電力危機の震源地」
    • [36]1973年時点で合計566万8000キロワットの原子力発電計画(既設分含む)、東電とほぼ同じ開発規模
    • [37]火力から一気に原子力への移行を狙ったため「つなぎ」の電源に苦慮
    • [38]那智勝浦原子力発電所(和歌山県)など新規立地が困難
    • [39]導入したウエスチングハウス社の加圧水型炉が故障続き
    • [42]原発の建設期間は5年以上、火力は2年足らず
  • 日経ビジネス 1973年8月6日号「関西電力が無公害ボイラー要求」
    • [40]美浜原子力発電所1号機が導入後2年も経たずに故障
    • [41]単一出力としては最大・最新鋭の海南火力3号機が試運転中に爆発
  • 週刊東洋経済 2004年8月28日号「美浜原発で11人死傷事故 関西電力「安全軽視」のツケ」
    • [43]関電は1970年に美浜1号機の運転を開始し日本で初めて加圧水型(PWR)原発の営業運転を開始
    • [44]日本で初めての加圧水型原発の営業運転
  • 日本産業史 第3巻 エネルギー・資源(日本経済新聞社、1994年)「原発時代の幕開けと脱石油への模索」
    • [30]1966年12月 関西電力が美浜1号(PWR・34万kW)に着工
    • [31]1966年12月 東京電力が福島1号(BWR・46万kW)に着工
    • [32]美浜1号は1970年11月、福島1号は1971年3月に運転開始
    • [34]1967年12月 加デニソン・マインズ社、1968年1月 加リオ・アルゴム社と電力8社がウラン精鉱長期購入契約に調印
    • [35]デニソン社と1969年から10年間で1万500ショート・トン、リオ社と同期間に5160ショート・トンの八三酸化ウラン
  • 日経ビジネス 1973年9月3日号「関西電力スタディ 列島襲う電力危機の震源地」
    • [33]関西電力が導入したのはウェスチングハウス社の加圧水型炉
    • [36]1973年時点で合計566万8000キロワットの原子力発電計画(既設分含む)、東電とほぼ同じ開発規模
    • [37]火力から一気に原子力への移行を狙ったため「つなぎ」の電源に苦慮
    • [38]那智勝浦原子力発電所(和歌山県)など新規立地が困難
    • [39]導入したウエスチングハウス社の加圧水型炉が故障続き
    • [42]原発の建設期間は5年以上、火力は2年足らず
  • 日経ビジネス 1973年8月6日号「関西電力が無公害ボイラー要求」
    • [40]美浜原子力発電所1号機が導入後2年も経たずに故障
    • [41]単一出力としては最大・最新鋭の海南火力3号機が試運転中に爆発
  • 週刊東洋経済 2004年8月28日号「美浜原発で11人死傷事故 関西電力「安全軽視」のツケ」
    • [43]関電は1970年に美浜1号機の運転を開始し日本で初めて加圧水型(PWR)原発の営業運転を開始
    • [44]日本で初めての加圧水型原発の営業運転

1973年の電力危機と料金据え置きの代償

1973年の夏、関西電力の管内では大口需要家に使用電力量を平均20%削減させるピークカットが[45]9回発令された。前年の1972年は1回もかからなかった[46]。光化学スモッグ予報の発生と同時に15〜20%の節電を自主的に実施するよう[47]、通商産業省の大阪通商産業局が行政指導に踏み切った。兵庫県などの自治体も発電所の燃料消費量を落とすよう強く求めた[48]。事務所の照明や冷房を切る程度では足りず、鉄鋼や化学のメーカーは増産指令を受けながら生産ラインの一部を止めた[49]。関西電力は6月20日、電灯料金を平均15.8%、電力料金を平均35.2%引き上げる[50]第1次の値上げ案を通商産業省へ申請した。

  • 日経ビジネス 1973年9月3日号「関西電力スタディ 列島襲う電力危機の震源地」
    • [45]1973年夏 関電管内でピークカットが9回強制、大口需要家は使用電力量を平均20%削減
    • [46]1972年の夏はピークカットが1回もかからず
    • [47]光化学スモッグ予報発生と同時に15〜20%の節電を自主実施するよう大阪通産局が行政指導
    • [48]兵庫県など自治体が発電所の燃料消費量削減を強く要求
    • [49]鉄鋼・化学メーカーは大増産指令を受けながら生産ラインを一部休止
    • [50]1973年6月20日 電灯料金平均15.8%・電力料金平均35.2%の第1次値上げ案を通産省に申請

値上げに至るまでの19年間、関西電力は料金を据え置いていた[51]。同じ期間に1961年の改定を実施した東京電力[52]とは対照的で、初代社長の太田垣士郎氏が掲げた「電力事業は地域独占を許されているだけに、特に経営合理化に努める必要がある」という方針が、芦原義重氏、吉村清三氏へと引き継がれた[53]結果だった。1966年度末の自己資本比率は東京電力の26.9%に対し関西電力が38.5%[54]と、10ポイント以上の差がついた。設備投資額は1968年度の1057億円から1972年度には2954億円へ増え[55]、東京電力の3153億円に迫った。売上高は1921億円で東京電力の3315億円を下回っており[56]、経営規模に比べれば投資の負担は重かった。芦原義重氏(会長)は、1961年に東京電力と同じ13.7%の値上げをしていれば[57]年500億円の増収になったと述べている。

  • 日経ビジネス 1973年9月3日号「関西電力スタディ 列島襲う電力危機の震源地」
    • [51]関西電力は19年間値上げせず、東京電力はこの間の1961年(昭和36年)に値上げ
    • [52]東京電力は1961年に値上げを実施
    • [53]太田垣士郎の方針「電力事業は地域独占を許されているだけに、特に経営合理化に努める必要がある」が芦原義重・吉村清三へ継承
    • [54]1966年度末の自己資本比率 東電26.9%・関電38.5%
    • [55]設備投資額 1968年度1057億円→1972年度2954億円、東電の1972年度は3153億円
    • [56]1972年度売上高 関電1921.3億円・東電3315.7億円、経営規模に比べ関電の設備投資額は多い
    • [57]芦原会長「うちが36年に東京電力と同じに13.7%の値上げをやっていれば、年間500億円の増収で、ざっと6000億円の内部留保ができていたのに」

電源の立地は関西電力にとって最も重い制約[58]となった。管内の需要地は大阪湾から瀬戸内海沿岸に集まり、臨海の火力発電所と近接していたため、[59]送電設備の負担も送電ロスも小さく済んでいた。しかし公害問題が強まると人口の集積地で火力発電所を新増設することは難しくなり、遠隔地へ移そうにも残る海岸線の大半は国立公園か国定公園[60]だった。大阪府の多奈川第二火力の新設計画では黒田知事や住民と対立し、京都府では新宮津火力の立地をめぐって1965年から蜷川知事の同意が得られなかった[61]。1973年8月には三菱重工業や日立製作所などのボイラーメーカーへ、[62]窒素酸化物の除去率を明示して保証する念書の提出を求める方針を決め、1974年度中に管内の全火力発電所でボイラーを改造して[63]排出量を1970年度比で40〜50%削減する計画を各自治体へ伝えた。

  • 日経ビジネス 1973年9月3日号「関西電力スタディ 列島襲う電力危機の震源地」
    • [58]深刻な電源立地難が関電の制約
    • [59]需要地が大阪湾・瀬戸内海沿岸の阪神メガロポリス地帯に集積し臨海火力と近接、送電設備負担と送電ロスが小さい
    • [60]公害問題で既存人口集積地の火力発電所の新増設が困難、遠隔立地しようにも残る海岸線の大半が国立公園・国定公園
    • [61]多奈川第二火力の新設計画で黒田大阪府知事・住民と対立、新宮津火力は1965年(昭和40年)から蜷川京都府知事に拒まれる
  • 日経ビジネス 1973年8月6日号「関西電力が無公害ボイラー要求」
    • [62]1973年8月 三菱重工業・日立製作所など大手ボイラーメーカーにNOx除去率の明示と保証念書の提出を要求
    • [63]1974年度(49年度)中に管内全火力発電所のボイラー改造を実施しNOx排出量を1970年度(45年度)比40〜50%削減、新設ボイラーは60%以上削減
  • 日経ビジネス 1973年9月3日号「関西電力スタディ 列島襲う電力危機の震源地」
    • [45]1973年夏 関電管内でピークカットが9回強制、大口需要家は使用電力量を平均20%削減
    • [46]1972年の夏はピークカットが1回もかからず
    • [47]光化学スモッグ予報発生と同時に15〜20%の節電を自主実施するよう大阪通産局が行政指導
    • [48]兵庫県など自治体が発電所の燃料消費量削減を強く要求
    • [49]鉄鋼・化学メーカーは大増産指令を受けながら生産ラインを一部休止
    • [50]1973年6月20日 電灯料金平均15.8%・電力料金平均35.2%の第1次値上げ案を通産省に申請
    • [51]関西電力は19年間値上げせず、東京電力はこの間の1961年(昭和36年)に値上げ
    • [52]東京電力は1961年に値上げを実施
    • [53]太田垣士郎の方針「電力事業は地域独占を許されているだけに、特に経営合理化に努める必要がある」が芦原義重・吉村清三へ継承
    • [54]1966年度末の自己資本比率 東電26.9%・関電38.5%
    • [55]設備投資額 1968年度1057億円→1972年度2954億円、東電の1972年度は3153億円
    • [56]1972年度売上高 関電1921.3億円・東電3315.7億円、経営規模に比べ関電の設備投資額は多い
    • [57]芦原会長「うちが36年に東京電力と同じに13.7%の値上げをやっていれば、年間500億円の増収で、ざっと6000億円の内部留保ができていたのに」
    • [58]深刻な電源立地難が関電の制約
    • [59]需要地が大阪湾・瀬戸内海沿岸の阪神メガロポリス地帯に集積し臨海火力と近接、送電設備負担と送電ロスが小さい
    • [60]公害問題で既存人口集積地の火力発電所の新増設が困難、遠隔立地しようにも残る海岸線の大半が国立公園・国定公園
    • [61]多奈川第二火力の新設計画で黒田大阪府知事・住民と対立、新宮津火力は1965年(昭和40年)から蜷川京都府知事に拒まれる
  • 日経ビジネス 1973年8月6日号「関西電力が無公害ボイラー要求」
    • [62]1973年8月 三菱重工業・日立製作所など大手ボイラーメーカーにNOx除去率の明示と保証念書の提出を要求
    • [63]1974年度(49年度)中に管内全火力発電所のボイラー改造を実施しNOx排出量を1970年度(45年度)比40〜50%削減、新設ボイラーは60%以上削減

安全規制の強化と核燃料サイクルの立地

1979年3月に米国のスリーマイル島原子力発電所で起きた事故[64]は、日本の規制にも波及した。原子力安全委員会は4月14日、稼働中だった関西電力の大飯発電所1号機[65](加圧水型117万5000kW)[66]の運転を止め、非常用炉心冷却装置の安全解析を実施するという異例の措置をとった。解析の結果は問題なしとされ、大飯1号機は6月に運転を再開した[67]。他の加圧水型7基についても、非常用炉心冷却装置に新たな回路を設ければ[68]安全を確保できるという結論となった。関西電力は1976年に美浜発電所3号機の運転を始めており[69]、若狭湾の沿岸には複数の原子力発電所が並んだ。

  • 日本産業史 第3巻 エネルギー・資源(日本経済新聞社、1994年)「大きかった石油ショックの後遺症」
    • [64]1979年3月 米スリーマイル島原発事故
    • [65]1979年4月14日 原子力安全委員会が関西電力・大飯原発1号(117万5000kW・PWR)の運転を止めECCSの安全解析を実施する異例の措置
    • [66]大飯1号機の出力117万5000キロワット・加圧水型
    • [67]大飯1号は問題なしとされ1979年6月に運転再開
    • [68]他のPWR7基はECCSに新たな回路を設ければ安全が確保できるとの結論
  • 週刊東洋経済 2004年8月28日号「美浜原発で11人死傷事故 関西電力「安全軽視」のツケ」
    • [69]美浜3号機は1976年に運転開始

使用済み核燃料の処理は電力業界に共通する課題となり、1984年6月末に電気事業連合会の会長となった関西電力社長の小林庄一郎[70]は、7月に青森県と六ヶ所村へ再処理・ウラン濃縮・低レベル廃棄物貯蔵の3施設の立地[71]を正式に申し入れた。再処理施設は年間処理能力8000トン・ウランで建設費約7000億円[72]、ウラン濃縮施設は年間1500トンSWU程度で約1600億円[73]、低レベル廃棄物貯蔵施設はドラム缶約300万本相当を貯蔵する計画だった。青森県と六ヶ所村は1985年4月に立地の受け入れを電気事業連合会へ正式に伝えた[74]。1987年には30年余りにわたり実権を握った芦原義重氏が取締役を解任され[75]小林庄一郎会長と、のちに社長となる秋山喜久[76]が中心的な役割を果たした。

  • 日本産業史 第3巻 エネルギー・資源(日本経済新聞社、1994年)「大きかった石油ショックの後遺症」
    • [70]1984年6月末 平岩外四の後任として関西電力社長の小林庄一郎が電気事業連合会会長に就任、7月に青森県・六ヶ所村へ核燃料3施設の立地を正式申し入れ
    • [71]申し入れた施設は再処理・ウラン濃縮・低レベル廃棄物貯蔵の3施設
    • [72]再処理施設は年間処理能力8000トン・ウラン、建設費約7000億円
    • [73]濃縮施設は年間1500トンSWU程度・建設費約1600億円、低レベル廃棄物貯蔵施設はドラム缶約300万本相当
    • [74]青森県と六ヶ所村は1985年(昭和60年)4月に立地受入れを電事連へ正式に伝達
  • 週刊東洋経済 2005年4月9日号「美浜原発事故で処分 関電、社長「降格」人事の異様」
    • [75]1987年 30年余り実権を握った芦原義重(当時取締役)の解任劇、小林庄一郎会長と秋山喜久が中心的な役割
    • [76]解任劇では小林庄一郎会長と秋山喜久が中心的な役割を果たしたとされる
  • 日本産業史 第3巻 エネルギー・資源(日本経済新聞社、1994年)「大きかった石油ショックの後遺症」
    • [64]1979年3月 米スリーマイル島原発事故
    • [65]1979年4月14日 原子力安全委員会が関西電力・大飯原発1号(117万5000kW・PWR)の運転を止めECCSの安全解析を実施する異例の措置
    • [66]大飯1号機の出力117万5000キロワット・加圧水型
    • [67]大飯1号は問題なしとされ1979年6月に運転再開
    • [68]他のPWR7基はECCSに新たな回路を設ければ安全が確保できるとの結論
    • [70]1984年6月末 平岩外四の後任として関西電力社長の小林庄一郎が電気事業連合会会長に就任、7月に青森県・六ヶ所村へ核燃料3施設の立地を正式申し入れ
    • [71]申し入れた施設は再処理・ウラン濃縮・低レベル廃棄物貯蔵の3施設
    • [72]再処理施設は年間処理能力8000トン・ウラン、建設費約7000億円
    • [73]濃縮施設は年間1500トンSWU程度・建設費約1600億円、低レベル廃棄物貯蔵施設はドラム缶約300万本相当
    • [74]青森県と六ヶ所村は1985年(昭和60年)4月に立地受入れを電事連へ正式に伝達
  • 週刊東洋経済 2004年8月28日号「美浜原発で11人死傷事故 関西電力「安全軽視」のツケ」
    • [69]美浜3号機は1976年に運転開始
  • 週刊東洋経済 2005年4月9日号「美浜原発事故で処分 関電、社長「降格」人事の異様」
    • [75]1987年 30年余り実権を握った芦原義重(当時取締役)の解任劇、小林庄一郎会長と秋山喜久が中心的な役割
    • [76]解任劇では小林庄一郎会長と秋山喜久が中心的な役割を果たしたとされる

1991年〜 美浜で起きた二度の原子力事故と自由化への対応

関西電力の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1991年 美浜2号機の細管破断事故と自主保安体制の立て直し 国内初のECCS作動事故を「人災」と総括し、経営陣は安全監査の仕組みをどう組み替えたか
  2. 1991年 社長が原子力本部長を兼ねる制度に改正
  3. 1995年 阪神・淡路大震災の被災地で応急送電が完了
  4. 1996年 初めて電気卸の入札を実施
  5. 2000年 ケイ・オプティコムを設立
  6. 2000年 電力の小売部分自由化が開始
  7. 2004年 美浜3号機配管破損事故と全原発停止・サポート子会社の再編 28年間見逃された検査漏れをどう総括し、安全管理体制をどう組み替えるか

美浜2号機の細管破断と自主保安の立て直し

1991年2月9日、美浜発電所2号機で蒸気発生器の伝熱管が破断し[77]、非常用炉心冷却装置が作動した。国内の商用原子力発電所で同装置が働いた初めての事故[78]だった。放射性物質を含む1次冷却水が流れる伝熱管の振動を抑える振れ止め金具が、[79]正しい位置に入っていなかったことが原因だった。美浜2号機は最初の国産原子炉で、製造から20年以上が経ち[80]、設計図どおりに施工されなかった経緯を調べる記録も残っていなかった。組み上げた後は外から金具の状態が見えず、定期検査でも見過ごされていた[81]。伝熱管の破断は設計上の想定外だったが[82]、原子炉は安全に停止し、内部の放射性物質が外部へ出ることはなかった[83]

  • 日経ビジネス 1992年1月20日号「森井清二氏[関西電力副会長]敗軍の将、兵を語る 技術を過信、ミス見逃す。美浜原発事故は"人災"」
    • [77]1991年2月9日 美浜2号機で蒸気発生器の伝熱管が破断しECCSが作動
    • [78]国内の商用原発でECCSが作動した初めての大規模事故
    • [79]原因は1次冷却水が流れる伝熱管の振動を抑える振れ止め金具が正しい位置に入っていなかったこと
    • [80]美浜2号機は最初の国産原発で製造から20年以上が経過、設計図通りに施工されなかった記録も残らず
    • [81]組み上げ後は外から金具の状態が見えず定期検査でも見過ごされた
    • [82]森井清二「蒸気発生器の中にある伝熱管が破断するという美浜原発の事故ははっきり言って想定外でした」「それでも安全に原子炉を停止できました」
    • [83]事故発生時に原子炉が安全に停止し中の放射性物質が外部に出ないことが設計の基本

1985年11月に社長へ就いて原因調査を指揮した森井清二[84]は、この事故を技術への過信が招いた「人災」と総括し[85]、調査に区切りをつけた1991年11月に社長を退いた[86]。自主保安を立て直すため、社長が原子力本部長を兼ねる制度に改め[87]、2万5000人の全社員に原子力発電所の安全維持[88]を最重点目標として示した。社長室品質監査部には原子力監査プロジェクトチームを置き[89]、事故の人的要因を研究する原子力安全システム研究所を社外に設けた。住民への通報の遅れも改め、ファクスやポケットベルによる緊急通報の仕組みを整えた[90]。後任の秋山喜久社長も原子力本部長を兼ね[91]、信頼回復にあたった。

  • 日経ビジネス 1992年1月20日号「森井清二氏[関西電力副会長]敗軍の将、兵を語る 技術を過信、ミス見逃す。美浜原発事故は"人災"」
    • [84]森井清二は1985年11月に社長へ就任し、1991年2月の事故で原因調査を陣頭指揮
    • [85]森井清二社長は事故を技術への過信が招いた「人災」と総括
    • [86]1991年11月 森井清二が社長を退任
    • [87]社長が原子力本部長を兼ねる制度に改め、2万5000人の全社員に原発の安全維持を最重点目標として意識させた
    • [88]全社員2万5000人へ安全維持を最重点目標として提示
    • [89]社長室品質監査部に原子力監査プロジェクトチームを設置、事故の人的要因を研究する原子力安全システム研究所を社外に設立
    • [90]住民への通報の遅れを反省しファクスやポケベルによる緊急通報の仕組みを整備
  • 日経ビジネス 1992年5月25日号「秋山喜久氏[関西電力]登場 「より安全に」、原発の信頼回復へ全力」
    • [91]後任の秋山喜久社長も原子力本部長を兼任し信頼回復を陣頭指揮
  • 日経ビジネス 1992年1月20日号「森井清二氏[関西電力副会長]敗軍の将、兵を語る 技術を過信、ミス見逃す。美浜原発事故は"人災"」
    • [77]1991年2月9日 美浜2号機で蒸気発生器の伝熱管が破断しECCSが作動
    • [78]国内の商用原発でECCSが作動した初めての大規模事故
    • [79]原因は1次冷却水が流れる伝熱管の振動を抑える振れ止め金具が正しい位置に入っていなかったこと
    • [80]美浜2号機は最初の国産原発で製造から20年以上が経過、設計図通りに施工されなかった記録も残らず
    • [81]組み上げ後は外から金具の状態が見えず定期検査でも見過ごされた
    • [82]森井清二「蒸気発生器の中にある伝熱管が破断するという美浜原発の事故ははっきり言って想定外でした」「それでも安全に原子炉を停止できました」
    • [83]事故発生時に原子炉が安全に停止し中の放射性物質が外部に出ないことが設計の基本
    • [84]森井清二は1985年11月に社長へ就任し、1991年2月の事故で原因調査を陣頭指揮
    • [85]森井清二社長は事故を技術への過信が招いた「人災」と総括
    • [86]1991年11月 森井清二が社長を退任
    • [87]社長が原子力本部長を兼ねる制度に改め、2万5000人の全社員に原発の安全維持を最重点目標として意識させた
    • [88]全社員2万5000人へ安全維持を最重点目標として提示
    • [89]社長室品質監査部に原子力監査プロジェクトチームを設置、事故の人的要因を研究する原子力安全システム研究所を社外に設立
    • [90]住民への通報の遅れを反省しファクスやポケベルによる緊急通報の仕組みを整備
  • 日経ビジネス 1992年5月25日号「秋山喜久氏[関西電力]登場 「より安全に」、原発の信頼回復へ全力」
    • [91]後任の秋山喜久社長も原子力本部長を兼任し信頼回復を陣頭指揮

通信とガスへの進出と自由化への構え

2001年の時点で、電力の小売自由化は大口需要家向けにすでに実施されていた[92]。関西電力は2000年に情報通信子会社のケイ・オプティコムを設立[93]し、光回線サービスへ参入した。NTTが月額1万円程度で提供していた時期に6300円で対抗し、2005年には4900円[94]へ引き下げた。2001年4月には関電ガス・アンド・コージェネレーションを設立[95]し、ガスの販売と熱電併給の分野へ進んだ。同じ市場には大阪ガスが合弁方式で参入しており[96]、熱電併給でも低コストを武器とする企業が相次いで入ってきていた。情報通信の分野には、1988年4月に設立した関西通信設備サービス[97]から関わっていた。

  • 週刊東洋経済 2001年12月15日号「トップの履歴書 関西電力社長 藤洋作 総合提案力で電力自由化を勝ち抜く」
    • [92]2001年時点で電力小売自由化は大口ユーザー向けにすでに実施
    • [96]大阪ガスが合弁方式で電力市場に参入、コージェネレーションでも多くの企業が低コストを武器に参入
  • 週刊東洋経済 2012年6月1日号「関電ブランドで急成長 虎の子通信事業の前途」
    • [93]2000年 関西電力の100%子会社としてケイ・オプティコム誕生
    • [94]NTTの月額1万円程度に対し6300円、2005年に4900円へ値下げ
  • 関西電力 有価証券報告書【沿革】
    • [95]2001年4月 関電ガス・アンド・コージェネレーション設立
    • [97]1988年4月 関西通信設備サービス設立(現・オプテージ)

2001年6月に社長へ就いた藤洋作[98]は、競争力のある企業づくり、人づくり、[99]原子力事業の3点を経営目標に掲げた。2003年度までの3か年経営計画では、平均で経常利益1500億円以上、[100]総資産利益率2.3%、株主資本比率20%以上という数値目標を置き、設備投資の大幅な削減で有利子負債を圧縮する[101]方針を示した。原子力ではMOX燃料の不正問題でプルサーマル計画が止まり[102]、燃料の返還にめどをつけることが課題として残った。営業を担うお客さま本部の人員は1300人を数え[103]、藤氏は大阪ガスほどではないが電力9社のなかでは相応の営業力があると述べた。実際の業績は目標を上回り、2005年3月期の経常利益は2978億円[104]、2006年3月期の純利益は1610億円[105]に達した。

  • 週刊東洋経済 2001年12月15日号「トップの履歴書 関西電力社長 藤洋作 総合提案力で電力自由化を勝ち抜く」
    • [98]2001年6月 藤洋作が関西電力社長に就任
    • [99]藤洋作の経営目標は競争力ある強い企業・人づくり・原子力事業の推進の3点
    • [100]2003年度までの3か年経営計画で平均経常利益1500億円以上・ROA2.3%・株主資本比率20%以上を設定
    • [101]設備投資の大幅削減による有利子負債圧縮で財務体質と収益力の改善を急ぐ
    • [102]MOX燃料の不正問題でプルサーマル計画が停止、MOX燃料返還のメドをつけることが課題
    • [103]お客さま本部の人員1300人、「大阪ガスほど強くはないが、電力九社の中ではかなりの営業力はある」
  • 関西電力 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [104]FY04(2005年3月期)連結 経常利益297,801百万円
    • [105]FY05(2006年3月期)連結 純利益161,049百万円
  • 週刊東洋経済 2001年12月15日号「トップの履歴書 関西電力社長 藤洋作 総合提案力で電力自由化を勝ち抜く」
    • [92]2001年時点で電力小売自由化は大口ユーザー向けにすでに実施
    • [96]大阪ガスが合弁方式で電力市場に参入、コージェネレーションでも多くの企業が低コストを武器に参入
    • [98]2001年6月 藤洋作が関西電力社長に就任
    • [99]藤洋作の経営目標は競争力ある強い企業・人づくり・原子力事業の推進の3点
    • [100]2003年度までの3か年経営計画で平均経常利益1500億円以上・ROA2.3%・株主資本比率20%以上を設定
    • [101]設備投資の大幅削減による有利子負債圧縮で財務体質と収益力の改善を急ぐ
    • [102]MOX燃料の不正問題でプルサーマル計画が停止、MOX燃料返還のメドをつけることが課題
    • [103]お客さま本部の人員1300人、「大阪ガスほど強くはないが、電力九社の中ではかなりの営業力はある」
  • 週刊東洋経済 2012年6月1日号「関電ブランドで急成長 虎の子通信事業の前途」
    • [93]2000年 関西電力の100%子会社としてケイ・オプティコム誕生
    • [94]NTTの月額1万円程度に対し6300円、2005年に4900円へ値下げ
  • 関西電力 有価証券報告書【沿革】
    • [95]2001年4月 関電ガス・アンド・コージェネレーション設立
    • [97]1988年4月 関西通信設備サービス設立(現・オプテージ)
  • 関西電力 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [104]FY04(2005年3月期)連結 経常利益297,801百万円
    • [105]FY05(2006年3月期)連結 純利益161,049百万円

美浜3号機の死傷事故と初の連結赤字

2004年8月9日、美浜発電所3号機で2次系配管が破損し[106]、100度を超える高温の2次冷却水を浴びた協力会社の作業員5名が死亡、6名が負傷した[107]。運転中に起きた事故としては国内の原子力発電所で最悪の被害となった[108]。破損した箇所は1976年の運転開始から28年間、点検リストから漏れたまま[109]放置され、流量測定装置による水流の乱れで配管の肉厚が薄くなる減肉[110]が進んでいた。事故後の8月16日には4か所、18日にはさらに11か所の検査漏れ[111]が見つかり、関西電力は保有する原子力発電所11基・976万kWを順次停止して点検[112]した。夏場のピーク需要3025万kW[113]に対しては、休止していた火力発電所の再稼働や他社からの融通で賄った。2004年10月には電気事業をサポートする子会社26社を専門分野別の11社へ再編[114]した。

  • 週刊東洋経済 2004年8月28日号「美浜原発で11人死傷事故 関西電力「安全軽視」のツケ」
    • [106]2004年8月9日 美浜3号機の2次系配管が破損し協力会社の作業員5名が死亡・6名が負傷
    • [107]100度を超える高温の2次冷却水が下請け会社の社員らを直撃、死亡5名・負傷6名
    • [108]運転中に起きた事故としては日本の原発史上最悪の惨事
    • [109]破損箇所は1976年の運転開始から28年間点検リストから漏れていた
    • [110]流量測定装置(オリフィス)による水流の乱れで配管内の摩耗が進む「減肉」現象が発生
    • [111]2004年8月16日に4カ所、18日にさらに11カ所の検査漏れが発覚
    • [112]関電が保有する全11基976万キロワットの原発を順次停止して点検
    • [113]夏場のピーク需要3025万キロワットに対し休止火力の再稼働や他社融通で対応
  • 関西電力 有価証券報告書【沿革】
    • [114]2004年10月 電気事業をサポートする子会社26社を専門分野別11社に再編

点検漏れに気づく機会は何度かあった[115]。1986年に米国のサリー原発で同様の2次系配管の破損事故[116]が起きたのを受け、関西電力は1990年、プラントを建設した三菱重工業と共同で自主点検の管理指針を作成[117]していた。1999年4月と2000年8月には、三菱重工業が検査業務を担う関連会社の日本アーム[118]へ減肉への注意を促す文書を送った。2003年4月に日本アームが点検リストの漏れに気づき[119]、11月に該当箇所を含むリストを提出したが、関西電力は定期検査まで点検の対象に含めなかった。1993年からの電力自由化のもとで設備投資は1998年度の7697億円から2003年度の3215億円へ、[120]修繕費は3472億円から1858億円へ絞り込まれ、定期検査の期間もかつての3か月から四十数日へ短縮[121]されていた。

  • 週刊東洋経済 2004年8月28日号「美浜原発で11人死傷事故 関西電力「安全軽視」のツケ」
    • [115]関電が点検リストの「漏れ」に気づく機会は何度かあった
    • [116]1986年 米国サリー原発で同様の2次系配管破損事故
    • [117]1990年 関電が原発プラントを建設した三菱重工業と共同で自主点検の管理指針を作成
    • [118]1999年4月と2000年8月に三菱重工が検査業務を担当する関連会社・日本アームへ減肉への注意を促す文書を送付
    • [119]2003年4月に日本アームが点検リストの漏れに気づき11月に該当箇所を含むリストを関電へ提出、関電は定期検査まで点検対象に含めず
    • [120]設備投資は1998年度7697億円→2003年度3215億円、修繕費は3472億円→1858億円へ絞り込み
    • [121]13カ月ごとの定期検査の期間はかつての3カ月から四十数日程度に短縮

2005年3月30日、原子力安全・保安院の調査委員会は最終報告書で[122]、予見と予防が可能だったのに配管の点検リストからの記載漏れによって減肉の事実を長年見落としたと指摘し[123]、背景に社内の安全文化のほころびがあったと述べた。3月25日に発表された役員人事では、藤洋作社長が6月の株主総会で退いて[124]品質管理と業務改善を担当する取締役へ移り、後任には工務畑出身の副社長だった森詳介[125]が就いた。秋山喜久会長は翌2006年6月まで留任した[126]。2009年3月期には原油価格の高騰で燃料費が膨らみ、関西電力は経常損失126億円・純損失88億円を計上[127]した。2009年6月に社長へ就いた八木誠[128]のもとで、翌2010年3月期には経常利益1931億円・純利益1272億円へ戻した[129]

  • 週刊東洋経済 2005年4月9日号「美浜原発事故で処分 関電、社長「降格」人事の異様」
    • [122]2005年3月30日 原子力安全・保安院の事故調査委員会が最終報告書を経済産業大臣へ提出
    • [123]報告書「予見・予防が可能だったのに、配管の点検リストからの記載漏れにより、配管が減肉していた事実を長年見落としていた。背景には社内の安全文化のほころびがあった」
    • [124]2005年3月25日 役員人事を発表、藤洋作社長は6月の株主総会で退任し品質管理・業務改善担当の取締役へ
    • [125]後任社長は工務畑出身の筆頭副社長・森詳介
    • [126]秋山喜久会長は2006年6月の株主総会まで会長職に留任
  • 関西電力 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [127]FY08(2009年3月期)連結 経常損失▲12,581百万円・純損失▲8,796百万円
    • [129]FY09(2010年3月期)連結 経常利益193,132百万円・純利益127,170百万円
  • 関西電力 有価証券報告書(役員の状況)
    • [128]2009年6月 八木誠が取締役社長に就任
  • 週刊東洋経済 2004年8月28日号「美浜原発で11人死傷事故 関西電力「安全軽視」のツケ」
    • [106]2004年8月9日 美浜3号機の2次系配管が破損し協力会社の作業員5名が死亡・6名が負傷
    • [107]100度を超える高温の2次冷却水が下請け会社の社員らを直撃、死亡5名・負傷6名
    • [108]運転中に起きた事故としては日本の原発史上最悪の惨事
    • [109]破損箇所は1976年の運転開始から28年間点検リストから漏れていた
    • [110]流量測定装置(オリフィス)による水流の乱れで配管内の摩耗が進む「減肉」現象が発生
    • [111]2004年8月16日に4カ所、18日にさらに11カ所の検査漏れが発覚
    • [112]関電が保有する全11基976万キロワットの原発を順次停止して点検
    • [113]夏場のピーク需要3025万キロワットに対し休止火力の再稼働や他社融通で対応
    • [115]関電が点検リストの「漏れ」に気づく機会は何度かあった
    • [116]1986年 米国サリー原発で同様の2次系配管破損事故
    • [117]1990年 関電が原発プラントを建設した三菱重工業と共同で自主点検の管理指針を作成
    • [118]1999年4月と2000年8月に三菱重工が検査業務を担当する関連会社・日本アームへ減肉への注意を促す文書を送付
    • [119]2003年4月に日本アームが点検リストの漏れに気づき11月に該当箇所を含むリストを関電へ提出、関電は定期検査まで点検対象に含めず
    • [120]設備投資は1998年度7697億円→2003年度3215億円、修繕費は3472億円→1858億円へ絞り込み
    • [121]13カ月ごとの定期検査の期間はかつての3カ月から四十数日程度に短縮
  • 関西電力 有価証券報告書【沿革】
    • [114]2004年10月 電気事業をサポートする子会社26社を専門分野別11社に再編
  • 週刊東洋経済 2005年4月9日号「美浜原発事故で処分 関電、社長「降格」人事の異様」
    • [122]2005年3月30日 原子力安全・保安院の事故調査委員会が最終報告書を経済産業大臣へ提出
    • [123]報告書「予見・予防が可能だったのに、配管の点検リストからの記載漏れにより、配管が減肉していた事実を長年見落としていた。背景には社内の安全文化のほころびがあった」
    • [124]2005年3月25日 役員人事を発表、藤洋作社長は6月の株主総会で退任し品質管理・業務改善担当の取締役へ
    • [125]後任社長は工務畑出身の筆頭副社長・森詳介
    • [126]秋山喜久会長は2006年6月の株主総会まで会長職に留任
  • 関西電力 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [127]FY08(2009年3月期)連結 経常損失▲12,581百万円・純損失▲8,796百万円
    • [129]FY09(2010年3月期)連結 経常利益193,132百万円・純利益127,170百万円
  • 関西電力 有価証券報告書(役員の状況)
    • [128]2009年6月 八木誠が取締役社長に就任

2011年〜 東日本大震災後の4期連続赤字と信用の立て直し

関西電力の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2012年 原子力の停止により過去最大の経常赤字を計上
  2. 2012年 BPと15年間のLNG購入で基本合意
  3. 2013年 電気料金を平均9.75%値上げ
  4. 2016年 高浜発電所3・4号機が再稼働
  5. 2016年 大津地裁の仮処分により高浜発電所3号機を停止
  6. 2016年 電力の小売全面自由化が開始
  7. 2019年 役員らの金品受領問題の露見と、第三者委員会設置・指名委員会等設置会社移行によるガバナンス再建 「原発マネー」の還流はなぜ長く隠されたか——金品受領問題が突きつけたガバナンスの機能不全

原子力の全停止と4期続いた連結赤字

2011年3月11日の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故[130]を受けて、国内の原子力発電所は順次停止した。2010年3月期の自社発電量に占める原子力の比率は関西電力が53%と業界で最も高く、[131]中部電力の12%とは開きがあった。動かない原子力発電所を多く抱えた関西電力は火力の燃料費の負担が重く[132]、2012年3月期に経常損失2655億円・純損失2423億円を計上[133]した。赤字は4期続き、2013年3月期の経常損失3532億円、2014年3月期の1113億円[134]、2015年3月期の1131億円と積み上がった。

  • 週刊東洋経済 2013年9月6日号「活断層「シロ」でも苦しい関西電力の台所事情」
    • [130]2011年3月11日 東日本大震災と福島第一原発事故が発生
  • 週刊東洋経済 2016年5月14日号「膨らむ費用と訴訟リスク 関電「原発依存」の危うさ」
    • [131]2010年3月期の自社発電量に占める原子力の割合 関電53%(業界最高)・中電12%
    • [132]動かない原発を多く抱えた関電は火力燃料費の負担が大きく4期連続赤字
  • 関西電力 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [133]FY11(2012年3月期)連結 経常損失▲265,537百万円・純損失▲242,257百万円
    • [134]FY12〜FY14 連結経常損失 ▲353,190/▲111,326/▲113,052百万円

自己資本は2011年3月期末の1兆8108億円から2015年3月期末には1兆360億円[135]へ減り、有利子負債は同じ期間に3兆4096億円から4兆3967億円へ膨らんだ[136]。関西電力は2013年5月に平均9.75%、2015年4月に追加の電気料金値上げ[137]を実施した。営業キャッシュフローは2012年3月期に439億円まで落ち込み、前期の6105億円[138]から9割以上減った。2015年3月期に原子力発電所の稼働率がゼロのまま維持に要した費用は3000億円近くに達し[139]、審査を申請した大飯と高浜がフル稼働するか否かでコストは年間約3500億円変わった[140]。安全審査への対応費も、新規制基準の施行前には2850億円と見通していた[141]

  • 関西電力 有価証券報告書(連結貸借対照表)
    • [135]FY10(2011年3月期)自己資本1,810,844百万円→FY14(2015年3月期)1,036,038百万円
    • [136]FY10 有利子負債3,409,599百万円→FY13(2014年3月期)4,396,723百万円
  • 週刊東洋経済 2013年9月6日号「活断層「シロ」でも苦しい関西電力の台所事情」
    • [137]2013年5月に平均9.75%の値上げ、2015年4月に追加の電気料金値上げ
    • [140]審査申請済みの大飯・高浜がフル稼働するか否かでコストは年間約3500億円違う
    • [141]新規制基準施行前に原発の安全審査対応費を2850億円と見通していた
  • 関西電力 有価証券報告書(連結キャッシュ・フロー計算書)
    • [138]FY11 営業CF 43,869百万円(FY10は610,548百万円)
  • 週刊東洋経済 2016年5月14日号「膨らむ費用と訴訟リスク 関電「原発依存」の危うさ」
    • [139]稼働率ゼロだった2015年3月期に原発の維持に要したコストは3000億円近く

燃料の調達でも手を打ち、2012年11月、関西電力は英BPと2017年度から15年間、[142]年約50万トンのLNGを購入する基本合意を結んだ。価格は原油ではなく天然ガスの指標に連動させた[143]。長期契約でこの方式をとるのは国内で初めて[144]で、当時の市況では液化と輸送の費用を加えても[145]3割ほど安く調達できる内容だった。供給源をトリニダード・トバゴやエジプトなどBPの複数の拠点から受けるポートフォリオ型[146]としたことで、新規立ち上げの工期遅れという調達のリスクも抑えた。2013年8月22日には舞鶴発電所1号機と南港発電所3号機のトラブルが重なり[147]、中部電力など4社から最大合計50万kWを緊急に調達した。この日の供給力に対する需要の割合は96%と、震災後で最も高い水準[148]だった。

  • 週刊東洋経済 2013年2月8日号「原油価格連動への偏重に風穴 関西電力がLNG調達で画期的な新契約」
    • [142]2012年11月発表 英BPと2017年度から15年間・年約50万トンのLNG購入で基本合意
    • [143]LNGの価格を原油ではなく天然ガス価格指標にリンクさせる契約
    • [144]原油ではなく天然ガス価格指標にリンクする長期契約は日本で初めて
    • [145]当時の市況では液化・輸送コストを加味しても3割ほど安いLNGを調達できる
    • [146]トリニダード・トバゴやエジプトなどBP保有の複数供給源から受けるポートフォリオ型で供給の安定性を担保
  • 週刊東洋経済 2013年9月6日号「活断層「シロ」でも苦しい関西電力の台所事情」
    • [147]2013年8月22日 舞鶴1号機と南港3号機のトラブルが重なり中部電力など4社から最大合計50万kWを緊急調達
    • [148]同日の供給力に対する需要の割合は96%で震災後最高
  • 週刊東洋経済 2013年9月6日号「活断層「シロ」でも苦しい関西電力の台所事情」
    • [130]2011年3月11日 東日本大震災と福島第一原発事故が発生
    • [137]2013年5月に平均9.75%の値上げ、2015年4月に追加の電気料金値上げ
    • [140]審査申請済みの大飯・高浜がフル稼働するか否かでコストは年間約3500億円違う
    • [141]新規制基準施行前に原発の安全審査対応費を2850億円と見通していた
    • [147]2013年8月22日 舞鶴1号機と南港3号機のトラブルが重なり中部電力など4社から最大合計50万kWを緊急調達
    • [148]同日の供給力に対する需要の割合は96%で震災後最高
  • 週刊東洋経済 2016年5月14日号「膨らむ費用と訴訟リスク 関電「原発依存」の危うさ」
    • [131]2010年3月期の自社発電量に占める原子力の割合 関電53%(業界最高)・中電12%
    • [132]動かない原発を多く抱えた関電は火力燃料費の負担が大きく4期連続赤字
    • [139]稼働率ゼロだった2015年3月期に原発の維持に要したコストは3000億円近く
  • 関西電力 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [133]FY11(2012年3月期)連結 経常損失▲265,537百万円・純損失▲242,257百万円
    • [134]FY12〜FY14 連結経常損失 ▲353,190/▲111,326/▲113,052百万円
  • 関西電力 有価証券報告書(連結貸借対照表)
    • [135]FY10(2011年3月期)自己資本1,810,844百万円→FY14(2015年3月期)1,036,038百万円
    • [136]FY10 有利子負債3,409,599百万円→FY13(2014年3月期)4,396,723百万円
  • 関西電力 有価証券報告書(連結キャッシュ・フロー計算書)
    • [138]FY11 営業CF 43,869百万円(FY10は610,548百万円)
  • 週刊東洋経済 2013年2月8日号「原油価格連動への偏重に風穴 関西電力がLNG調達で画期的な新契約」
    • [142]2012年11月発表 英BPと2017年度から15年間・年約50万トンのLNG購入で基本合意
    • [143]LNGの価格を原油ではなく天然ガス価格指標にリンクさせる契約
    • [144]原油ではなく天然ガス価格指標にリンクする長期契約は日本で初めて
    • [145]当時の市況では液化・輸送コストを加味しても3割ほど安いLNGを調達できる
    • [146]トリニダード・トバゴやエジプトなどBP保有の複数供給源から受けるポートフォリオ型で供給の安定性を担保

原子力の再稼働と全面自由化のなかの競争

2016年1月、高浜発電所3・4号機が原子力規制委員会の新規制基準に適合して再稼働[149]した。しかし3月9日、大津地裁が住民の主張を認めて高浜3・4号機の運転を禁じる仮処分[150]を決定し、関西電力は再稼働したばかりの3号機を止めた。高浜3・4号機の運転による収支の改善効果は月100億円程度と見込んでいた[151]。2016年3月期は原油とLNGの価格急落もあって経常利益2417億円・純利益1408億円[152]となり、5期ぶりに黒字を回復[153]した。ただし燃料費の下落が電気料金に先行して下がった分を除くと、実質の連結経常利益は約400億円にとどまった[154]。2016年4月に公表した中期経営計画では、2019年3月期の総合エネルギー事業の経常利益を1700億円へ引き上げる目標[155]を掲げた。

  • 週刊東洋経済 2016年5月14日号「膨らむ費用と訴訟リスク 関電「原発依存」の危うさ」
    • [149]2016年1月 高浜3・4号機が新規制基準に適合し再稼働
    • [150]2016年3月9日 大津地裁が高浜3・4号機の稼働を禁じる仮処分を決定し3号機が停止
    • [151]高浜3・4号機の運転による収支改善効果は月間100億円程度
    • [153]2016年3月期に5期ぶりの黒字回復
    • [154]タイムラグ益を除いた実質ベースの連結経常利益は関電が約400億円
    • [155]2016年4月28日 関電が2019年3月期の経常利益(総合エネルギー事業)を1700億円へ引き上げる中期経営計画を公表
  • 関西電力 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [152]FY15(2016年3月期)連結 経常利益241,651百万円・純利益140,800百万円

2016年4月、電力の小売が全面自由化された[156]。関西電力は同年12月27日に大阪ガスの一般料金より安いガス料金プランを発表[157]し、翌2017年1月12日には値引き幅と電気とのセット割引をさらに広げた。都市ガスの小売全面自由化を前に、両社は関西で価格競争へ入った[158]。原子力では9基の再稼働を目標に掲げ、うち7基が審査を受けている段階で[159]安全対策への投資を約5280億円と見積もったが、基準地震動の引き上げにともなう費用の増加は確定していなかった[160]。2016年3月期から2019年3月期にかけて有利子負債は2兆1375億円から2兆106億円へ、[161]自己資本は1兆1786億円から1兆5142億円へ改善した。2019年4月には情報通信事業を組み替え[162]、ケイ・オプティコムをオプテージへ商号変更した。

  • 週刊東洋経済 2017年2月11日号「ガス小売り全面自由化 電力vs.ガス戦争勃発」
    • [156]2016年4月 電力小売が全面自由化
    • [157]2016年12月27日 関電が大阪ガスの一般料金より安い料金プランを発表、2017年1月12日に値引き幅と電気とのセット割引を拡大
    • [158]2017年4月の都市ガス小売全面自由化を前に関西で関電と大阪ガスの価格競争が勃発
  • 週刊東洋経済 2016年5月14日号「膨らむ費用と訴訟リスク 関電「原発依存」の危うさ」
    • [159]9基の原発再稼働を目標とし、うち7基が新規制基準の安全審査を受け安全対策投資を約5280億円と見積もり
    • [160]一部原発では基準地震動の引き上げに伴う対策費用の増加分が未確定
  • 関西電力 有価証券報告書(連結貸借対照表)
    • [161]FY15 有利子負債2,137,546百万円→FY18 2,010,659百万円、自己資本1,178,666→1,514,244百万円
  • 関西電力 有価証券報告書【沿革】
    • [162]2019年4月 情報通信事業の組織再編を行いケイ・オプティコムの商号をオプテージへ変更
  • 週刊東洋経済 2016年5月14日号「膨らむ費用と訴訟リスク 関電「原発依存」の危うさ」
    • [149]2016年1月 高浜3・4号機が新規制基準に適合し再稼働
    • [150]2016年3月9日 大津地裁が高浜3・4号機の稼働を禁じる仮処分を決定し3号機が停止
    • [151]高浜3・4号機の運転による収支改善効果は月間100億円程度
    • [153]2016年3月期に5期ぶりの黒字回復
    • [154]タイムラグ益を除いた実質ベースの連結経常利益は関電が約400億円
    • [155]2016年4月28日 関電が2019年3月期の経常利益(総合エネルギー事業)を1700億円へ引き上げる中期経営計画を公表
    • [159]9基の原発再稼働を目標とし、うち7基が新規制基準の安全審査を受け安全対策投資を約5280億円と見積もり
    • [160]一部原発では基準地震動の引き上げに伴う対策費用の増加分が未確定
  • 関西電力 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [152]FY15(2016年3月期)連結 経常利益241,651百万円・純利益140,800百万円
  • 週刊東洋経済 2017年2月11日号「ガス小売り全面自由化 電力vs.ガス戦争勃発」
    • [156]2016年4月 電力小売が全面自由化
    • [157]2016年12月27日 関電が大阪ガスの一般料金より安い料金プランを発表、2017年1月12日に値引き幅と電気とのセット割引を拡大
    • [158]2017年4月の都市ガス小売全面自由化を前に関西で関電と大阪ガスの価格競争が勃発
  • 関西電力 有価証券報告書(連結貸借対照表)
    • [161]FY15 有利子負債2,137,546百万円→FY18 2,010,659百万円、自己資本1,178,666→1,514,244百万円
  • 関西電力 有価証券報告書【沿革】
    • [162]2019年4月 情報通信事業の組織再編を行いケイ・オプティコムの商号をオプテージへ変更

金品受領問題とガバナンスの作り直し

2019年9月、関西電力の役員ら20人が福井県高浜町の森山栄治元助役から[163]7年間で約3億2000万円分の金品を受け取っていた[164]問題が明るみに出た。10月には八木誠会長と岩根茂樹社長ら6人が辞任し[165]、但木敬一元検事総長を委員長とする第三者委員会が設置された。2020年3月の報告書はグループ役職員75人・総額約3億6000万円の受領を認定[166]し、経済産業省は同月、電気事業法にもとづく業務改善命令を出した[167]。関西電力は2020年6月に指名委員会等設置会社へ移行[168]し、前経団連会長の榊原定征氏を会長兼指名委員長に迎えて[169]社外取締役が過半を占める体制へ改めた。2020年4月には一般送配電事業を会社分割で関西電力送配電へ承継させた[170]。2020年3月に代表取締役社長、同年6月に代表執行役社長へ就いた森本孝[171]がこの立て直しにあたった。

  • 週刊東洋経済 2019年11月16日号「関西電力がはまり込んだ「原発マネー」の底なし沼」
    • [163]2019年9月 関電役員ら20人が高浜町の森山栄治元助役から7年間で約3億2000万円分の金品を受領していた問題が露見
    • [164]7年間で約3億2000万円分の金品
    • [165]2019年10月 八木誠会長・岩根茂樹社長ら6人が辞任、但木敬一元検事総長を委員長とする第三者委員会を設置
  • 関西電力「第三者委員会調査報告書の概要」(2020年3月)
    • [166]2020年3月の第三者委員会報告書はグループ役職員75人・総額約3億6000万円の受領を認定
  • 関西電力「電気事業法に基づく経済産業大臣からの業務改善命令の受領について」(2020年3月16日)
    • [167]2020年3月 経済産業省が電気事業法に基づく業務改善命令
  • 関西電力「指名委員会等設置会社への移行と本店組織の一部改正について」(2020年4月28日)
    • [168]2020年6月 指名委員会等設置会社へ移行、榊原定征を会長・指名委員長に迎え社外取締役が過半の体制へ
    • [169]前経団連会長の榊原定征を会長・指名委員長に迎え社外取締役が過半を占める体制へ
  • 関西電力 有価証券報告書【沿革】
    • [170]2020年4月 一般送配電事業を会社分割で関西電力送配電へ承継
  • 関西電力 有価証券報告書(役員の状況)
    • [171]森本孝は2020年3月に代表取締役社長、同年6月に代表執行役社長へ就任(2019年6月はかんでんエルハート取締役社長就任)

不正はほかにも続き、公正取引委員会は2021年4月と7月に立ち入り検査を実施した[172]。公正取引委員会は、2020年秋までの約2年間、関西電力が主導する形で中部電力・中国電力・九州電力との間に[173]、互いの営業区域を越えて安値で販売しないという合意があったと認定した。関西電力は違反を最初に申告して調査に全面協力し[174]、課徴金の減免制度によって納付を免れた。2022年12月末には新電力の顧客情報を営業部門が不正に閲覧していた問題[175]も持ち上がり、同年9月12日から12月12日までの3か月間に社員と委託先の726人が1万4805件を閲覧していた[176]森本孝社長は2022年4月、金品受領問題の処理に道筋をつけたとして在任2年での退任を発表し[177]、後任には森望氏が就いた。森望社長は2023年1月31日の記者会見で、コンプライアンス意識の徹底が不十分だった[178]と認めた。

  • 週刊東洋経済 2023年2月18日号「カルテル、顧客情報の漏洩… 大手電力で不正が横行」
    • [172]公取委は2021年4月に関電・中部電・中国電などへ、同年7月に関電・中国電・九州電へ立ち入り検査
    • [173]関電が主導する形で2020年秋までの約2年、中部・中国・九州の4電力が西日本での越境販売を互いに自粛する合意
    • [175]2022年12月末 大手電力の営業部門による新電力の顧客情報の不正閲覧が関電で最初に発覚
    • [176]2022年9月12日〜12月12日の3か月間に営業部門の社員および委託先社員726人が1万4805件の新電力顧客情報を不正閲覧
    • [178]森望社長は2023年1月31日の記者会見で「コンプライアンス意識の徹底が不十分だった」と認めた
  • 週刊東洋経済 2022年12月17日号「電力会社に公取委が厳罰へ 「独禁法違反」の重い代償」
    • [174]関電は違反を真っ先に申告し公取委の調査に全面協力、リーニエンシーで課徴金の納付を免れる
    • [177]2022年4月 森本孝社長が高浜原発の金品授受をめぐる不祥事の処理に一定の道筋をつけたとして在任2年での退任を発表、後任は森望

2023年3月期、燃料価格の高騰で関西電力は経常損失67億円を計上[179]した。翌2024年3月期は経常利益7660億円・純利益4419億円[180]と過去最高を記録し、自己資本は2兆2731億円へ回復[181]した。2026年3月期の経常利益は5185億円、自己資本は3兆4551億円[182]だった。2026年4月、関西電力は3か年経営計画と2040年を見据えた長期ビジョンを公表[183]し、2040年までに累計15兆円を投資して発電設備の容量を3割増やす[184]方針を示した。森望社長は今後3年で1兆円の成長投資を実施すると述べ[185]、費用の負担が先行するため3年間は大きな利益が出ないとも語っている。

  • 関西電力 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [179]FY22(2023年3月期)連結 経常損失▲6,666百万円
    • [180]FY23(2024年3月期)連結 経常利益765,970百万円・純利益441,870百万円
    • [182]FY25(2026年3月期)連結 経常利益518,530百万円・自己資本3,455,175百万円
  • 関西電力 有価証券報告書(連結貸借対照表)
    • [181]FY23 自己資本2,273,157百万円
  • 週刊東洋経済 2026年6月20日号「トップに直撃 関西電力 社長 森望 中東危機でも安定供給確保 需要増見据え、電源に大投資」
    • [183]2026年4月 新たな3カ年経営計画および2040年を見据えた長期ビジョンを取りまとめ
    • [184]2040年までに累計15兆円を投資し発電設備の容量を3割増やす方針を長期ビジョンに明記
    • [185]森望社長「電源開発には長い時間がかかる。足元から待ったなしでスタートすべきだ」「費用負担の先行により、今後3年については大きな利益は出ない」(今後3年で1兆円の成長投資)
  • 週刊東洋経済 2019年11月16日号「関西電力がはまり込んだ「原発マネー」の底なし沼」
    • [163]2019年9月 関電役員ら20人が高浜町の森山栄治元助役から7年間で約3億2000万円分の金品を受領していた問題が露見
    • [164]7年間で約3億2000万円分の金品
    • [165]2019年10月 八木誠会長・岩根茂樹社長ら6人が辞任、但木敬一元検事総長を委員長とする第三者委員会を設置
  • 関西電力「第三者委員会調査報告書の概要」(2020年3月)
    • [166]2020年3月の第三者委員会報告書はグループ役職員75人・総額約3億6000万円の受領を認定
  • 関西電力「電気事業法に基づく経済産業大臣からの業務改善命令の受領について」(2020年3月16日)
    • [167]2020年3月 経済産業省が電気事業法に基づく業務改善命令
  • 関西電力「指名委員会等設置会社への移行と本店組織の一部改正について」(2020年4月28日)
    • [168]2020年6月 指名委員会等設置会社へ移行、榊原定征を会長・指名委員長に迎え社外取締役が過半の体制へ
    • [169]前経団連会長の榊原定征を会長・指名委員長に迎え社外取締役が過半を占める体制へ
  • 関西電力 有価証券報告書【沿革】
    • [170]2020年4月 一般送配電事業を会社分割で関西電力送配電へ承継
  • 関西電力 有価証券報告書(役員の状況)
    • [171]森本孝は2020年3月に代表取締役社長、同年6月に代表執行役社長へ就任(2019年6月はかんでんエルハート取締役社長就任)
  • 週刊東洋経済 2023年2月18日号「カルテル、顧客情報の漏洩… 大手電力で不正が横行」
    • [172]公取委は2021年4月に関電・中部電・中国電などへ、同年7月に関電・中国電・九州電へ立ち入り検査
    • [173]関電が主導する形で2020年秋までの約2年、中部・中国・九州の4電力が西日本での越境販売を互いに自粛する合意
    • [175]2022年12月末 大手電力の営業部門による新電力の顧客情報の不正閲覧が関電で最初に発覚
    • [176]2022年9月12日〜12月12日の3か月間に営業部門の社員および委託先社員726人が1万4805件の新電力顧客情報を不正閲覧
    • [178]森望社長は2023年1月31日の記者会見で「コンプライアンス意識の徹底が不十分だった」と認めた
  • 週刊東洋経済 2022年12月17日号「電力会社に公取委が厳罰へ 「独禁法違反」の重い代償」
    • [174]関電は違反を真っ先に申告し公取委の調査に全面協力、リーニエンシーで課徴金の納付を免れる
    • [177]2022年4月 森本孝社長が高浜原発の金品授受をめぐる不祥事の処理に一定の道筋をつけたとして在任2年での退任を発表、後任は森望
  • 関西電力 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [179]FY22(2023年3月期)連結 経常損失▲6,666百万円
    • [180]FY23(2024年3月期)連結 経常利益765,970百万円・純利益441,870百万円
    • [182]FY25(2026年3月期)連結 経常利益518,530百万円・自己資本3,455,175百万円
  • 関西電力 有価証券報告書(連結貸借対照表)
    • [181]FY23 自己資本2,273,157百万円
  • 週刊東洋経済 2026年6月20日号「トップに直撃 関西電力 社長 森望 中東危機でも安定供給確保 需要増見据え、電源に大投資」
    • [183]2026年4月 新たな3カ年経営計画および2040年を見据えた長期ビジョンを取りまとめ
    • [184]2040年までに累計15兆円を投資し発電設備の容量を3割増やす方針を長期ビジョンに明記
    • [185]森望社長「電源開発には長い時間がかかる。足元から待ったなしでスタートすべきだ」「費用負担の先行により、今後3年については大きな利益は出ない」(今後3年で1兆円の成長投資)

関西電力の沿革1951〜2026年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
太田垣士郎電気料金の引き上げが認可★★
太田垣士郎電気事業再編成令により発足★★★
太田垣士郎太田垣士郎氏が社長に就任
太田垣士郎本社を開設
太田垣士郎大阪証券取引所に上場
太田垣士郎東京証券取引所に上場
太田垣士郎電気料金を改定
太田垣士郎黒部川第四発電所の事業主体に決定★★
太田垣士郎黒部川第四発電所の新設工事に着手
太田垣士郎原子力部を設置★★
太田垣士郎大町トンネルの掘削で断層破砕帯に直面
芦原義重火力設備の出力が水力設備を上回る★★
芦原義重黒部川第四発電所が竣工★★
芦原義重美浜発電所1号機の建設に着手★★
芦原義重ウラン精鉱の長期購入契約に調印
吉村清三美浜発電所1号機が営業運転を開始★★★
吉村清三大口需要家へのピークカットを9回発令★★
吉村清三電灯15.8%・電力35.2%の値上げを申請★★★
吉村清三ボイラーメーカーに窒素酸化物除去率の保証を要求
森岡俊男美浜発電所3号機の運転を開始
小林庄一郎大飯発電所1号機の運転を停止★★
小林庄一郎姫路LNG施設が営業運転を開始
小林庄一郎核燃料サイクル3施設の立地を申し入れ★★
森井清二森井清二氏が社長に就任
森井清二芦原義重氏を取締役から解任★★
森井清二関西通信設備サービスを設立
秋山喜久美浜2号機の細管破断事故と自主保安体制の立て直し国内初のECCS作動事故を「人災」と総括し、経営陣は安全監査の仕組みをどう組み替えたか 詳細を読む★★★
秋山喜久秋山喜久氏が社長に就任
秋山喜久社長が原子力本部長を兼ねる制度に改正★★
秋山喜久阪神・淡路大震災の被災地で応急送電が完了★★
秋山喜久初めて電気卸の入札を実施★★
石川博志ケイ・オプティコムを設立★★
石川博志電力の小売部分自由化が開始★★
藤洋作関電ガス・アンド・コージェネレーションを設立
藤洋作藤洋作氏が社長に就任
藤洋作「エコキュート」を開発★★
藤洋作美浜3号機配管破損事故と全原発停止・サポート子会社の再編28年間見逃された検査漏れをどう総括し、安全管理体制をどう組み替えるか 詳細を読む★★★
藤洋作保有する原子力発電所11基を順次停止して点検★★
藤洋作子会社26社を専門分野別11社に再編
森詳介原子力安全・保安院の調査委員会が最終報告書を公表★★
森詳介森詳介氏が社長に就任
森詳介初の経常赤字を計上★★
森詳介八木誠氏が社長に就任
八木誠原子力の停止により過去最大の経常赤字を計上★★
八木誠BPと15年間のLNG購入で基本合意★★
八木誠電気料金を平均9.75%値上げ★★
八木誠岩根茂樹氏が社長に就任
岩根茂樹高浜発電所3・4号機が再稼働★★
岩根茂樹大津地裁の仮処分により高浜発電所3号機を停止★★
岩根茂樹5期ぶりに経常黒字を回復
岩根茂樹電力の小売全面自由化が開始★★
岩根茂樹大阪ガスの一般料金を下回るガス料金プランを発表★★
岩根茂樹役員らの金品受領問題の露見と、第三者委員会設置・指名委員会等設置会社移行によるガバナンス再建「原発マネー」の還流はなぜ長く隠されたか——金品受領問題が突きつけたガバナンスの機能不全 詳細を読む★★★
岩根茂樹八木誠氏と岩根茂樹氏ら6人が辞任★★
森本孝「ゼロカーボンビジョン2050」を策定
森本孝森本孝氏が社長に就任
森本孝第三者委員会が金品受領の事実を認定★★
森本孝経済産業省から業務改善命令★★
森本孝関西電力送配電を分社化★★
森本孝指名委員会等設置会社に移行★★
森本孝公正取引委員会の立入検査★★
森望森望氏が社長に就任
森望新電力の顧客情報の不正閲覧が発覚★★
森望原子力プラント7基体制を実現★★
森望過去最高益を計上
森望姫路第二発電所で混焼率30%の水素発電を達成
森望「関西電力グループ 経営計画2026」を策定★★
出典・参考
  • 証券 1951年10(24)「新規上場会社紹介 東京、中部、関西電力」
  • 関西電力 有価証券報告書【沿革】
  • 『企業の歴史 : 明治百年』(経済春秋社, 1968)「関西電力」の項
  • 日本産業史 第2巻 建設・不動産(日本経済新聞社、1994年)「建設-巨大工事にいどむ」
  • 日本産業史 第3巻 エネルギー・資源(日本経済新聞社、1994年)「原発時代の幕開けと脱石油への模索」
  • 日経ビジネス 1973年9月3日号「関西電力スタディ 列島襲う電力危機の震源地」
  • 日経ビジネス 1973年8月6日号「関西電力が無公害ボイラー要求」
  • 週刊東洋経済 2004年8月28日号「美浜原発で11人死傷事故 関西電力「安全軽視」のツケ」
  • 日本産業史 第3巻 エネルギー・資源(日本経済新聞社、1994年)「大きかった石油ショックの後遺症」
  • 週刊東洋経済 2005年4月9日号「美浜原発事故で処分 関電、社長「降格」人事の異様」
  • 日経ビジネス 1992年1月20日号「森井清二氏[関西電力副会長]敗軍の将、兵を語る 技術を過信、ミス見逃す。美浜原発事故は"人災"」
  • 日経ビジネス 1992年5月25日号「秋山喜久氏[関西電力]登場 「より安全に」、原発の信頼回復へ全力」
  • 週刊東洋経済 2001年12月15日号「トップの履歴書 関西電力社長 藤洋作 総合提案力で電力自由化を勝ち抜く」
  • 週刊東洋経済 2012年6月1日号「関電ブランドで急成長 虎の子通信事業の前途」
  • 関西電力 有価証券報告書(連結損益計算書)
  • 関西電力 有価証券報告書(役員の状況)
  • 週刊東洋経済 2013年9月6日号「活断層「シロ」でも苦しい関西電力の台所事情」
  • 週刊東洋経済 2016年5月14日号「膨らむ費用と訴訟リスク 関電「原発依存」の危うさ」
  • 関西電力 有価証券報告書(連結貸借対照表)
  • 関西電力 有価証券報告書(連結キャッシュ・フロー計算書)
  • 週刊東洋経済 2013年2月8日号「原油価格連動への偏重に風穴 関西電力がLNG調達で画期的な新契約」
  • 週刊東洋経済 2017年2月11日号「ガス小売り全面自由化 電力vs.ガス戦争勃発」
  • 週刊東洋経済 2019年11月16日号「関西電力がはまり込んだ「原発マネー」の底なし沼」
  • 関西電力「第三者委員会調査報告書の概要」(2020年3月)
  • 関西電力「電気事業法に基づく経済産業大臣からの業務改善命令の受領について」(2020年3月16日)
  • 関西電力「指名委員会等設置会社への移行と本店組織の一部改正について」(2020年4月28日)
  • 週刊東洋経済 2023年2月18日号「カルテル、顧客情報の漏洩… 大手電力で不正が横行」
  • 週刊東洋経済 2022年12月17日号「電力会社に公取委が厳罰へ 「独禁法違反」の重い代償」
  • 週刊東洋経済 2026年6月20日号「トップに直撃 関西電力 社長 森望 中東危機でも安定供給確保 需要増見据え、電源に大投資」

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