【筆者所感】 1964年、海運再建整備法のもとで大阪商船と三井船舶が合併し、大阪商船三井船舶が誕生した。戦後の邦船業界を国家主導で再編した集約合併であり、沿岸・近海に強い大阪商船と外航に強い三井船舶の統合は補完関係を生かした対等の結合となった。合併によって内航から外航まで一気通貫の船隊が整い、不定期専用船を軸に据えた事業構造が形づくられた。鉄鉱石・石炭・穀物などのドライバルクと、原油・液化天然ガスといったエネルギー資源を運ぶ長期契約型の輸送が、以後60年にわたって商船三井の収益の基盤となり、海運市況の波を吸収する仕組みとして機能してきた。
不定期専用船は2008年3月期に経常利益3022億円という最盛期の数字を刻んだが、リーマンショックで需給は暗転し、以後は長い市況低迷に苦しんだ。採算の上がらないコンテナ船事業は邦船3社で切り離す道を選び、2018年にシンガポールで事業を開始したオーシャンネットワークエクスプレスに集約された。コロナ禍の運賃急騰で同社が空前の利益を稼いだとき、出資比率の商船三井が選択したのは配当還元ではなく、長期契約が前提の天然ガス船や浮体式再ガス化設備、洋上風力発電への投資だった。海運会社から社会インフラ企業へという経営計画の方向性は、市況依存からの脱却という海運業の永続的な課題への回答である。
歴史概略
1884年〜1999年大阪商船と三井船舶の合併による総合海運会社の誕生
大阪商船と三井船舶──二つの血統
1884年5月、関西の船主93名が大同合併して大阪商船が設立された。瀬戸内海・九州・朝鮮半島など沿岸・近海航路を基盤に成長し、戦前の日本海運業界で日本郵船に次ぐ地位を占めた歴史ある船会社である。これに対し三井船舶は1942年に三井物産の船舶部が分離独立して設立された外航海運会社で、三井財閥の貿易を支える船隊を幅広く運航していた。出自も主戦場も異なる両社だが、瀬戸内・近海を主戦場とする大阪商船と遠洋航路を柱とする三井船舶は航路の重複が少なく、沿岸・近海と外航という補完関係のなかで並行して事業を広げてきた歴史を持っていた。
1964年4月、海運再建整備に関する臨時措置法のもとで両社は対等合併し、大阪商船三井船舶株式会社が発足した。資本金131億円、所有船舶86隻・127万重量トンという船隊規模で、日本の海運業界は同法に基づく集約により大手6社体制に再編される大きな転換点を迎えた。合併によって内航の沿岸輸送から外航の長距離輸送まで幅広い船隊を持つ総合海運会社が誕生し、鉄鉱石・石炭・穀物などのドライバルク輸送と、原油や液化天然ガスといったエネルギー輸送を主力とする不定期専用船事業が、その後の商船三井の収益の柱となっていく。戦後復興から高度成長へと移る時代の資源輸送需要に対応する船隊の骨格が、この合併で整った。
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- 商船三井公式沿革
ナビックスラインとの合併と商船三井の誕生
1989年、山下新日本汽船とジャパンラインが合併してナビックスラインが発足した。ナビックスラインは不定期船を中心とした海運会社で、当時の商船三井と事業領域が重なり合う部分が大きかった。日本の海運業界は1990年代を通じてさらなる集約の流れが進み、船腹需給と運賃水準をめぐる熾烈な国際競争のなかで、単独で競争力を維持することが次第に難しくなっていった。そうした業界再編の大きな流れのなかで、1999年4月に大阪商船三井船舶はナビックスラインと合併し、商号を株式会社商船三井へと変更した。商号の刷新は事業統合の象徴であり、邦船業界の集約は大手3社体制へと収斂していった。
この合併で商船三井は不定期専用船の船隊を大きく拡充し、ドライバルク・タンカー・液化天然ガス船の分野で世界最大級の船隊を持つ海運会社となった。定期船部門としてのコンテナ船事業も一定の規模を有してはいたが、連結全体の利益の大半は長期契約を中心とした不定期専用船事業が生み出す構造が鮮明であった。ドライバルク船はスポット輸送と長期契約を組み合わせ、タンカーは石油メジャーとの長期運航契約、液化天然ガス船は電力会社との超長期傭船契約といった具合に、資源需要の裾野に船隊を張り巡らせるビジネスモデルが出来上がった。この構造は以後の経営の基礎となっていく。
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2000年〜2016年不定期専用船の絶頂とコンテナ船の構造的赤字
ダイビル子会社化と2008年の過去最高益
2004年、商船三井は不動産会社のダイビルを公開買付によって子会社化し、海運市況に左右されない安定収益源の確保に動いた。海運業は船腹需給と運賃に依存して利益が大きく上下する典型的な市況産業であり、連結のポートフォリオに非海運の安定収益事業を組み込む戦略的な意義は大きかった。大阪の一等地に賃貸オフィスビルを保有するダイビルは、長期の賃料収入という性格の異なるキャッシュフローを商船三井に提供する存在となり、合併で拡大した船隊の収益性を下支えする役割を担った。長期契約の不定期専用船と賃貸不動産の組み合わせが、商船三井の収益構造の原型を形づくっていった。
2008年3月期には不定期専用船の市況が好調に推移した追い風を受け、経常利益3022億円、純利益1903億円と過去最高益を記録した。中国を中心とする新興国の急速な資源需要拡大が鉄鉱石や石炭の海上荷動きを押し上げ、ケープサイズのドライバルク運賃は歴史的な高水準に張り付いた。この年の不定期専用船事業の営業利益は2686億円に達し、合併で拡充した船隊と長期契約中心の営業戦略が、資源バブル局面で最大の果実を刈り取る形となった。この収益水準はその後の商船三井にとって長く最盛期の基準として参照され、後年の経営計画でも目指すべき数字の原点となった。
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好況の裏にあったコンテナ船事業の構造的赤字
商船三井の2008年3月期の好業績を力強く支えたのは不定期専用船事業の営業利益2686億円であったが、同じ連結決算のなかでコンテナ船事業の営業利益はわずか13億円にとどまり、利益への貢献はごく限定的な水準にあった。実は前期の2007年3月期にはコンテナ船事業は29億円の営業赤字を計上しており、リーマンショックを挟んだ2009年3月期には233億円の営業赤字にまで大きく転落した。不定期専用船が好調な年にはコンテナ船の赤字が目立たずに済んでいたが、世界の市況全体が悪化する局面ではコンテナ船事業の構造的な低収益性が、連結全体の経営の足を明らかに引っ張る形となって表面化した。
コンテナ船事業の収益性の低さは商船三井だけの課題ではなく、日本郵船と川崎汽船を含めた邦船3社に共通する構造的な問題であった。世界のコンテナ船市場では欧州や中国の大手船社が合併・買収を積極的に進めて規模を拡大しており、邦船3社が単独で世界規模の競争力を確保することは次第に困難になっていた。この構造的な課題が、後に邦船3社によるコンテナ船事業統合という大きな選択につながっていく。各社にとってコンテナ船事業の単独運営はコスト面で限界に達しており、規模の経済を追求する合従連衡の道が、現実的な選択肢として浮上していたのである。
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2017年〜2023年オーシャンネットワークエクスプレス設立から社会インフラ企業へ
コンテナ船事業の切り離しと共同出資会社の設立
2016年10月、商船三井・日本郵船・川崎汽船の邦船大手3社は、定期コンテナ船事業を統合する方針を正式に発表した。3社それぞれが保有してきたコンテナ船隊を一つの共同出資会社に集約し、規模の経済を働かせることで、欧州や中国の巨大船社に対抗していく狙いが示された。翌2017年7月にシンガポールにOcean Network Express(ONE)を設立し、商船三井の出資比率は31%、日本郵船が38%、川崎汽船が31%という資本構成で新しい会社が立ち上がった。2018年4月にONEが正式にサービスを開始し、邦船各社のコンテナ船事業は連結対象から持分法適用の関連会社へと移管される大きな節目を迎えた。邦船業界の構造改革を象徴する統合劇であった。
サービス開始初年度のONEはシステム統合の混乱で集荷が低迷し、想定を下回る赤字を計上した。しかし2020年後半から新型コロナウイルス禍を契機とする世界的なサプライチェーン混乱がコンテナ船運賃を急騰させる展開となった。北米西岸を中心とする港湾の深刻な混雑、空コンテナの流通滞留、欧米の巣ごもり消費による海上輸送需要の急増が重なり、スポット運賃は過去の平均の数倍という水準にまで達した。ONEの利益は急膨張し、商船三井の2022年3月期の連結経常利益は7217億円に達した。前期の1000億円台から一気に7倍に膨らんだ数字の大半はONEの持分法利益であり、出資比率の商船三井にとって自ら制御できない外部要因に大きく依存する収益構造であった。
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空前の利益と経営計画BLUE ACTION 2035の策定
2021年4月に社長に就任した橋本剛は就任時に「アジアと洋上風力に照準」(日本海事新聞 2021)と事業の軸を明示した。2023年4月、橋本体制のもとで新たな経営計画BLUE ACTION 2035が策定された。2035年度の税前利益4000億円、総資産7.5兆円を経営目標に掲げ、グローバルな社会インフラ企業への転換を打ち出した。市況に左右される従来の事業ポートフォリオから、長期契約に基づく安定収益型の事業構成へと重心を移していく方針を全社で示したのは、コンテナ船バブルで積み上がった巨額の超過利益をどう使うかという経営判断の根本問題への、会社としての一つの回答でもあった。橋本は「利益水準、数年後に更なるステージ LNG・風力事業の貢献で」(Daily Cargo 2023)と述べ、海運会社の枠を意識的に超え、エネルギーと環境のインフラを担う企業像を対外的に宣言した。
投資の軸として液化天然ガス船、浮体式LNG貯蔵再ガス化設備(FSRU)、洋上風力発電など、長期契約に基づくエネルギー・環境インフラ領域への投資を加速していく方針が示された。フェーズ1にあたる2023年度から2025年度までの投資枠は1兆2000億円に設定され、2024年3月時点で約1兆1000億円の投資が意思決定済みという進捗にあった。円安の進行によって液化天然ガス船や浮体式再ガス化設備1件あたりの円建て投資額は膨らむ傾向にあるが、さらに約2000億円程度の追加投資余力は残されており、有望な企業買収案件があれば機動的に実行する方針も示されていた。橋本社長は「洋上風力発電など世界のインフラを作る」(日本経済新聞 2024/3/22)と述べ、海運業の枠を超えた事業定義を打ち出している。
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直近の動向と展望
紅海危機と関税リスク
2025年3月期、商船三井の経常利益は4197億円の水準まで回復した。売上高は1兆7754億円、純利益は4254億円と、前期から一段の増益となっている。フーシ派による紅海での商船攻撃を受けてコンテナ船の喜望峰迂回が長期化し、スエズ運河を経由しない代替ルートが次第に常態化してきたことで、オーシャンネットワークエクスプレスの利益は前期から明確に回復する動きを示した。自動車輸送事業も船腹供給の逼迫を背景に高い運賃水準での長期契約を確保することができ、エネルギー事業ではケミカル船のフェアフィールドケミカルキャリアーズ買収の統合効果が通期で寄与する形となった。この一連の追い風が連結業績全体を大きく押し上げた。
しかし翌2026年3月期は経常利益1500億円、税前利益2000億円と前期比で6割を超える大幅な減益を見込んでいる。トランプ政権の関税政策による荷動きの減少が与える影響を、連結ベースで400億円と試算した。内訳はコンテナ船事業で200億円強、自動車輸送事業で100億円強、残りがケミカル船やドライバルク事業の減益要因とされた。米国の中国建造船への入港料規制も新たな不透明要因として浮上しているが、橋本社長は配船の工夫で対応可能との見方を示している。配当性向の30%から40%への引き上げ方針は、関税影響の不透明さを踏まえて当面見送り、下限配当150円を維持する方針としている。
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- 日本経済新聞 2024/3/22
- 日経BizGate 2025/3/4
海運会社から社会インフラ企業へ
経営計画BLUE ACTION 2035のフェーズ1は2025年度で終了する予定となっている。橋本社長は計画の大きな方向性そのものには修正の必要はないとしながらも、中国とロシアへのエクスポージャーの計画的な低減と、インド・ブラジル・アフリカといった新興成長国への投資拡大という、地域面での丁寧な軌道修正を着実に進めている段階にある。新規投資と並行して、保有する株式や不動産といった既存資産のリサイクルを通じた資金化の検討も具体的な段階に入っており、資産の新陳代謝を通じた資本効率の改善が次のフェーズにおける中心的な焦点となっている。次期経営計画の策定に向けた基盤づくりが、現時点の経営の中核的な課題として位置づけられる局面にある。
商船三井の構造的な課題は、オーシャンネットワークエクスプレスの持分法利益への依存度をどこまで下げられるかという点に集約される。出資比率31%は日本郵船の38%より低い水準にあるが、コンテナ船市況の変動は依然として連結業績を強く左右する。液化天然ガス船の長期契約、浮体式再ガス化設備、洋上風力発電といった安定収益型資産の積み上げがどこまで進むかが、経営計画の成否を分ける最大のポイントとなる。同時に、自動車輸送事業は電気自動車普及に伴う完成車輸送需要の構造変化にも対応を迫られている。橋本社長は地政学リスクへの対応策として、中国とロシアへのエクスポージャーの低減と、インド・ブラジル・アフリカへの投資拡大を掲げている。「脱炭素は海も救う」(日経BizGate 2025/3/4)とも述べており、環境対応を競争力に転化する戦略の実行が問われている。
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