2007年〜 ビクター・ケンウッド経営統合期と決算訂正問題の初期動揺
JVCケンウッドの業績推移:連結
- 2007年 ビクターとケンウッドが資本業務提携契約を締結
- 2007年 技術開発合弁会社J&Kテクノロジーズを設立
- 2008年 日本ビクターとケンウッドの株式移転による対等統合とJVCケンウッド発足 買収ではなく対等統合か——縮む家電市場で、河原春郎会長は出自の違う二つの名門をどう束ねようとしたか
- 2010年 ビクター・JVC・ケンウッド・HDの決算訂正を実施
- 2011年 社名をJVC・ケンウッド・HDからJVCケンウッドへ変更
- 2011年 ビクター・ケンウッド・J&Kカーエレクトロニクスの3社を吸収合併
- 2013年 Shinwa International Holdings Limitedを子会社化
2008年経営統合とJVCケンウッド誕生
2007年7月、ビクター(日本ビクター株式会社)とケンウッドが資本業務提携契約を締結した。両社は音響・カーオーディオ・カメラ等の事業領域で重複が多く、家電市場が縮小するなかで経営統合の検討が始まった。日本ビクターは1990年代以降業績低迷が続き、親会社の松下電器産業(現パナソニック)は投資ファンドへの株式売却を模索したが折り合わず単独再建を断念していた。救済に名乗りを上げたのが、デノンと日本マランツの統合を主導した実績を持つケンウッド会長・河原春郎である。同年10月には技術開発合弁会社J&Kテクノロジーズを設立し、ビクター・ケンウッド共同出資による車載機器開発の合弁会社を立ち上げた。2008年10月、株式移転による共同持株会社JVC・ケンウッド・ホールディングス株式会社が東京証券取引所一部に上場した。経営統合と同時上場という形式で、両社は事業統合を急いだ。 [1][2][3][4][5]
- JVCケンウッド 有価証券報告書【沿革】
- [1]2007年7月 日本ビクターとケンウッドが資本業務提携契約を締結
- [2]2007年10月 技術開発合弁会社J&Kテクノロジーズを設立(ビクター・ケンウッド共同出資の車載機器開発合弁)
- [3]2008年10月 株式移転で共同持株会社JVC・ケンウッド・ホールディングスを設立し東証一部に上場
- 週刊東洋経済(2008年7月12日)
- [4]日本ビクターの親会社・松下電器産業は投資ファンドへのビクター株式売却を模索したが折り合わず単独再建を断念
- 週刊東洋経済(2007年8月25日)
- [5]河原春郎は東芝・投資ファンドのリップルウッド在籍時にデノンと日本マランツの経営統合(現D&Mホールディングス)を主導した実績を持ち、2002年に約170億円の連結債務超過だったケンウッドの社長に就任、DESと携帯電話事業撤退で1年でV字回復させた
経営統合の背景には、日本ビクターがパナソニック傘下から独立するという戦略選択があった。2011年1月の第三者割当増資でパナソニックの持株比率は20%以下となり、日本ビクターは持分法適用会社から外れた。2012年にはパナソニックが株式の大半を売却して持株比率1.75%となり、提携や協力関係を解消した。日本ビクター単独では家電市場で生き残る規模が確保できないという経営判断と、ケンウッド単独でも音響・カーエレクトロニクス分野で十分な競争力を維持できないという判断が、経営統合の合理性を組み立てた。経営統合最大の課題は、慢性的な赤字が続くビクターの液晶テレビ等ディスプレー事業の再建だった。両社の経営陣はパナソニック系・ビクター系・ケンウッド系の三系統に分かれていたところから、JVCケンウッドという統合体制への移行に踏み込んだ。 [6][7]
- JVCケンウッド 有価証券報告書【沿革】
- [6]2012年にパナソニックが株式の大半を売却し持株比率1.75%となり提携・協力関係を解消
- 週刊東洋経済(2008年5月24日)
- [7]経営統合最大の課題はビクターの液晶テレビ等ディスプレー事業の再建だった(同事業は2007年度に100億円強の赤字、競争激化で製品価格は年間2割以上下落)
2010年3月、ビクター及びJVCケンウッドの決算訂正を公表した。2005年から2010年第2四半期までの連結財務諸表を訂正する内容で、経営統合直後の会計問題が表面化した。会計問題は2009年発覚の欧州子会社の過年度不正経理に端を発し、東京証券取引所は同社を監理銘柄に指定した。構造改革を巡り河原と対立していたホールディングス社長の佐藤国彦(前日本ビクター社長)は、この余波で退任に追い込まれた。2008年から2010年にかけて河原春郎が代表取締役会長兼社長兼CEOとして経営統合期の指揮を執り、決算訂正と並行して事業統合を進める二重課題に向き合った。経営統合の合理性とガバナンス再構築の両面で、初期5年の経営は事業統合の進展を進める難しい状況に置かれた。 [8][9]
- JVCケンウッド 有価証券報告書【沿革】
- [8]2010年3月 ビクター及びJVCケンウッドの決算訂正を公表(2005年〜2010年3月期第2四半期の連結財務諸表を訂正)
- 週刊東洋経済(2011年11月1日)
- [9]2010年3月の決算訂正は2009年発覚の欧州子会社の過年度不正経理に端を発し東証が監理銘柄に指定、構造改革を巡り河原と対立していたホールディングス社長・佐藤国彦(前日本ビクター社長)はこの余波で退任に追い込まれた
- JVCケンウッド 有価証券報告書【沿革】
- [1]2007年7月 日本ビクターとケンウッドが資本業務提携契約を締結
- [2]2007年10月 技術開発合弁会社J&Kテクノロジーズを設立(ビクター・ケンウッド共同出資の車載機器開発合弁)
- [3]2008年10月 株式移転で共同持株会社JVC・ケンウッド・ホールディングスを設立し東証一部に上場
- [6]2012年にパナソニックが株式の大半を売却し持株比率1.75%となり提携・協力関係を解消
- [8]2010年3月 ビクター及びJVCケンウッドの決算訂正を公表(2005年〜2010年3月期第2四半期の連結財務諸表を訂正)
- 週刊東洋経済(2008年7月12日)
- [4]日本ビクターの親会社・松下電器産業は投資ファンドへのビクター株式売却を模索したが折り合わず単独再建を断念
- 週刊東洋経済(2007年8月25日)
- [5]河原春郎は東芝・投資ファンドのリップルウッド在籍時にデノンと日本マランツの経営統合(現D&Mホールディングス)を主導した実績を持ち、2002年に約170億円の連結債務超過だったケンウッドの社長に就任、DESと携帯電話事業撤退で1年でV字回復させた
- 週刊東洋経済(2008年5月24日)
- [7]経営統合最大の課題はビクターの液晶テレビ等ディスプレー事業の再建だった(同事業は2007年度に100億円強の赤字、競争激化で製品価格は年間2割以上下落)
- 週刊東洋経済(2011年11月1日)
- [9]2010年3月の決算訂正は2009年発覚の欧州子会社の過年度不正経理に端を発し東証が監理銘柄に指定、構造改革を巡り河原と対立していたホールディングス社長・佐藤国彦(前日本ビクター社長)はこの余波で退任に追い込まれた
持株会社解消と事業会社化への転換
2011年8月、社名をJVC・ケンウッド・ホールディングスから株式会社JVCケンウッドへ変更した。同年10月、ビクター・ケンウッド・J&Kカーエレクトロニクスの3社を吸収合併し、3社統合により単一事業会社への移行を成し遂げた。持株会社体制から事業会社化への転換は、経営統合の最終形態として位置付けられた。組織と意思決定が単一会社内で完結する体制となり、ビクター系・ケンウッド系の役員人事の融合と事業ポートフォリオの整理が同時並行で進んだ。社員数は経営統合直後の約2万人規模から、第1期末までに1万8千人前後へ縮小した。統合から3年で連結売上高は統合時点の単純合算8237億円から3526億円まで縮小し、円高の進行とテレビ事業からの撤退が主因だった。 [10][11][12]
- JVCケンウッド 有価証券報告書【沿革】
- [10]2011年8月 社名をJVC・ケンウッド・ホールディングスから株式会社JVCケンウッドへ変更
- [11]2011年10月 ビクター・ケンウッド・J&Kカーエレクトロニクスの3社を吸収合併し単一事業会社へ移行
- 週刊東洋経済(2011年11月1日)
- [12]統合から3年(2011年3月期時点)で連結売上高は統合時点の単純合算8237億円から3526億円まで縮小(円高進行・テレビ事業撤退が主因)
2012年3月期には最終黒字化・復配を達成し、同年11月発表の中計は16年3月期売上高4000億円を掲げた。2013年から2015年にかけては、海外子会社の取得・売却が相次いだ。2013年6月の香港Shinwa International Holdings Limited連結子会社化は車載用CD/DVDメカの増産で新興国向けコストダウンを狙った同計画の一環で、2013年7月の東特長岡(現・JVCケンウッド長岡)の全株式承継、2014年3月のEF Johnson Technologies Inc.(北米P25対応業務用無線)買収、2014年6月のJVC America Inc.売却(北米CD/DVDディスク製造販売事業からの撤退)など、事業ポートフォリオの組み替えが立て続けに発表された。経営統合期の事業整理と海外展開強化が並走し、家電・メディア事業の縮小と業務用無線・車載機器の拡張が進んだ。 [13][14][15][16][17][18]
- 週刊東洋経済(2012年12月15日)
- [13]2012年3月期に最終黒字化・復配を達成、同年11月発表の新中期計画は2016年3月期連結売上高4000億円を目標に掲げた
- [15]2013年6月の香港Shinwa連結子会社化は車載用CD/DVDメカの増産による新興国向けコストダウンを狙った新中期計画の一環
- JVCケンウッド 有価証券報告書【沿革】
- [14]2013年6月 香港Shinwa International Holdings Limitedを連結子会社化
- [16]2013年7月 東特長岡(現・JVCケンウッド長岡)の全株式を会社分割で承継
- [17]2014年3月 EF Johnson Technologies Inc.(北米P25対応業務用無線)の全株式取得
- [18]2014年6月 JVC America Inc.を譲渡(北米CD/DVDディスク製造販売事業から撤退)
2015年4月の欧州車載部品事業会社ASK Industries S.p.A連結子会社化、同年4月のテイチクエンタテインメント売却、同年8月のJVCケンウッド・クリエイティブメディア完全子会社化など、欧州車載事業の本格展開と音楽・映像ソフト事業からの撤退が同時進行した。経営統合から7年を経て、JVCケンウッドの事業構造は家電・メディア中心からカーエレクトロニクス・業務用無線中心へ組み替わった。2015年3月期の連結売上は約2900億円規模で、経営統合直後の最大期から縮小したが、収益性の改善と事業ポートフォリオの整理が同時に進む形で第1期は閉じた。 [19][20][21]
- JVCケンウッド 有価証券報告書【沿革】
- [19]2015年4月 欧州車載部品事業会社ASK Industries S.p.Aを連結子会社化
- [20]2015年4月 テイチクエンタテインメントを譲渡(音楽・映像ソフト事業から撤退)
- [21]2015年8月 JVCケンウッド・クリエイティブメディアを株式交換で完全子会社化
- JVCケンウッド 有価証券報告書【沿革】
- [10]2011年8月 社名をJVC・ケンウッド・ホールディングスから株式会社JVCケンウッドへ変更
- [11]2011年10月 ビクター・ケンウッド・J&Kカーエレクトロニクスの3社を吸収合併し単一事業会社へ移行
- [14]2013年6月 香港Shinwa International Holdings Limitedを連結子会社化
- [16]2013年7月 東特長岡(現・JVCケンウッド長岡)の全株式を会社分割で承継
- [17]2014年3月 EF Johnson Technologies Inc.(北米P25対応業務用無線)の全株式取得
- [18]2014年6月 JVC America Inc.を譲渡(北米CD/DVDディスク製造販売事業から撤退)
- [19]2015年4月 欧州車載部品事業会社ASK Industries S.p.Aを連結子会社化
- [20]2015年4月 テイチクエンタテインメントを譲渡(音楽・映像ソフト事業から撤退)
- [21]2015年8月 JVCケンウッド・クリエイティブメディアを株式交換で完全子会社化
- 週刊東洋経済(2011年11月1日)
- [12]統合から3年(2011年3月期時点)で連結売上高は統合時点の単純合算8237億円から3526億円まで縮小(円高進行・テレビ事業撤退が主因)
- 週刊東洋経済(2012年12月15日)
- [13]2012年3月期に最終黒字化・復配を達成、同年11月発表の新中期計画は2016年3月期連結売上高4000億円を目標に掲げた
- [15]2013年6月の香港Shinwa連結子会社化は車載用CD/DVDメカの増産による新興国向けコストダウンを狙った新中期計画の一環