JVCケンウッド債務超過に陥ったケンウッドの再建と業務用・車載への事業転換

時期 2002年6月
意思決定者(推定) 河原春郎 社長
論点 財務危機と事業構造の選別
概要
2002年、3期連続の最終赤字で連結170億円の債務超過に陥った音響メーカーのケンウッドが、東芝・投資ファンド出身の河原春郎氏を社長に迎え、経営陣のほぼ総退陣と大規模なリストラに踏み切った経営判断。取引金融機関による債務の株式化で財務を立て直し、赤字の家庭用オーディオを縮小、成長事業だった携帯電話端末からは撤退して、黒字を稼ぐ業務用無線とカーエレクトロニクスへ経営資源を集めた。
背景
1990年代のケンウッドは高級ホームオーディオへの依存が深く、低価格化の波と価格競争で本業の採算が悪化した。1995年には為替予約の失敗による損失も重なり、83年5月期以来の無配へ転落。小出しの再建策を繰り返すうちに赤字が続き、2002年3月期には最終赤字266億円・連結170億円の債務超過に至った。
内容
2002年5月の記者会見で、就任1年の中野宏社長ら12人の役員のほぼ全員が退き、東芝顧問を経てリップルウッドで日本コロムビアの再建を手がけた河原春郎氏が社長に就いた。海外3工場の閉鎖・売却、全従業員の3割にあたる2,700人の削減、家庭用オーディオの大幅縮小を打ち出し、9月にはあさひ銀行(のちりそな銀行)による債務の株式化で年内に債務超過を解消した。
含意
河原氏は、赤字でも『音の技術』を自社の核とみて家庭用オーディオの中・高級品を残す一方、収支が均衡していた携帯電話端末を投資リスクの大きさから切り、無線・車載へ資源を寄せた。就任1年後の2003年3月期は営業・経常・純益とも過去最高となり、この選別が2008年の日本ビクターとの経営統合を主導する足場となった。
筆者の見解

創業事業への愛着と、それを選別する冷徹さ

この再建で目を引くのは、赤字部門を一律に切る手法ではなく、稼ぐ事業と失う事業を仕分けたうえで、赤字でも自社の核とみた家庭用オーディオを残し、収支の均衡していた携帯電話をあえて手放した選別の順序にある。会社の内側から見れば、どの事業が稼ぎ、どの事業が失っているかは早くから見えていた。外部から来た経営者であればこそ、その愛着を保ちながらも数字で選別できたとみることができる。

もっとも、業務用無線と車載への転換は、単独のケンウッドを再び高い成長軌道に戻すには至らなかった。成熟したAV業界で規模を確保する道は、2008年の日本ビクターとの経営統合を経て、より大きな再編のなかに置かれていく。危機に瀕した企業が、何を捨て何を残すかをどんな順序で決めるか——2002年のケンウッドの選別は、成長分野に見えた事業を切り、斜陽に見えた本業の一部を残すという、直感とは逆の判断が再建の出発点になり得ることを示している。その判断を下せる人材を、どこから連れてくるかという問いも、あわせて残した。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

出典・参考
  • 日経ビジネス 1995年11月20日号
  • JVCケンウッド 有価証券報告書【沿革】

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