1943年〜 QSSミニラボの世界制覇 ── 写真現像機メーカーの全盛期
ノーリツ鋼機の業績推移:連結
- 1961年 ノーリツ鋼機を設立
- 1961年 基幹現像所用白黒フィルム自動現像機RF-20E販売開始
- 1964年 基幹現像所用カラーフィルム自動現像機RF-C1販売開始
- 1976年 QSS-1型ミニラボを開発
- 1978年 NAC Corporationを販売会社として設立
- 1979年 コンピュータ搭載のQSS-2型完成
- 2008年 創業家2代目の動議による経営陣刷新と事業投資会社への転換 主力市場そのものが消えるとき、会社に何を残すか——ミニラボ世界首位が選んだ業態の入れ替え
和歌山創業とフィルム自動現像機事業の立ち上げ
創業は1961年の株式会社化よりさらにさかのぼる。1943年4月、後の社長・西本貫一氏が和歌山市で個人経営の写真館「報国写真館」を開業したのが出発点である。写真店の現場で感じた改善課題から、1951年に現像・定着を終えた印画紙の水洗い工程を自動化する「写真印画自動水洗機」を発明し、これを足がかりに写真処理機器の開発へ相次いで乗り出した。1956年6月には有限会社ノーリツ光機製作所を設立し、写真処理機器メーカーとしての事業基盤を整えた。個人商店の写真館主が自ら機械を発明してメーカーへと転身していく過程は、後の有価証券報告書が記録する1961年の株式会社化に先立つ、18年間の助走期間だった。 [1][2][3]
- [1]1943年4月 西本貫一が和歌山市で個人経営の写真館「報国写真館」を創業
- [2]1951年 写真印画自動水洗機を発明(写真処理機器開発の足がかり)
- [3]1956年6月 有限会社ノーリツ光機製作所を設立
1961年11月、創業者の西本貫一氏が和歌山市にノーリツ鋼機を設立した。資本金300万円、有限会社ノーリツ光機製作所からの組織変更による株式会社化である。同月、基幹現像所用の白黒フィルム自動現像機「RF-20E」の販売を開始し、写真処理機メーカーとしての主力事業を立ち上げた。当時の日本では一般消費者が町の写真店でフィルムを現像・プリントに出す習慣が広がり、街中の現像所(DPE店)への業務用自動現像機の供給は、戦後復興期から高度成長期へ移行する写真産業の中で拡大していた領域だった。1964年7月には基幹現像所用カラーフィルム自動現像機「RF-C1」の販売を開始し、白黒からカラーへの市場移行に対応する。1970年代に入ると、カラー写真が普及して町の写真店の現像処理量が膨大となり、機械の処理能力・自動化への需要が一段高まった。 [4][5][6][7][8]
- ノーリツ鋼機 有価証券報告書【沿革】
- [4]1961年11月 和歌山市にノーリツ鋼機を設立(資本金300万円)
- [5]創業時資本金は300万円
- [6]有限会社ノーリツ光機製作所からの組織変更による株式会社化
- [7]1961年11月 白黒フィルム自動現像機RF-20Eの販売開始
- [8]1964年7月 カラーフィルム自動現像機RF-C1の販売開始
1976年6月、ノーリツ鋼機は「QSS-1型ミニラボ」を開発する。QSS(Quick Service System)は、フィルム現像からカラープリント仕上げまでを店内で45分以内に処理する、現像からプリントまでを一台に統合した機種で、従来は外部現像所に送って数日待つ必要があったプリント受領を、その日のうちに完了できる仕組みを店内に持ち込んだ。1979年3月にはコンピュータ搭載の「QSS-2型」を完成させ、発色制御の自動化を可能とする世代進化を果たした。QSSミニラボは町の写真店(DPE店)に直接設置できる小型・高速処理機として、世界中の写真小売店から熱狂的な支持を受け、ノーリツ鋼機を世界トップシェアの写真処理機メーカーへと押し上げる主力製品となる。創業者の西本貫一氏は社内で在任中90歳で逝去するまで第一線で経営を指揮し続けた人物で、QSSミニラボの世界戦略を直接主導した。 [9][10][11]
- ノーリツ鋼機 有価証券報告書【沿革】
- [9]1976年6月 QSS-1型ミニラボを開発
- [10]QSSはフィルム現像からカラープリント仕上げまでを45分以内に処理する統合機種
- [11]1979年3月 コンピュータ搭載のQSS-2型を完成(発色制御の自動化)
- [1]1943年4月 西本貫一が和歌山市で個人経営の写真館「報国写真館」を創業
- [2]1951年 写真印画自動水洗機を発明(写真処理機器開発の足がかり)
- [3]1956年6月 有限会社ノーリツ光機製作所を設立
- ノーリツ鋼機 有価証券報告書【沿革】
- [4]1961年11月 和歌山市にノーリツ鋼機を設立(資本金300万円)
- [5]創業時資本金は300万円
- [6]有限会社ノーリツ光機製作所からの組織変更による株式会社化
- [7]1961年11月 白黒フィルム自動現像機RF-20Eの販売開始
- [8]1964年7月 カラーフィルム自動現像機RF-C1の販売開始
- [9]1976年6月 QSS-1型ミニラボを開発
- [10]QSSはフィルム現像からカラープリント仕上げまでを45分以内に処理する統合機種
- [11]1979年3月 コンピュータ搭載のQSS-2型を完成(発色制御の自動化)
米欧豪・中華圏への相次ぐ海外展開
1978年12月、米国に NAC Corporation(後の NORITSU AMERICA CORPORATION)を販売会社として設立し、北米市場へ参入する。出資比率100%の完全子会社で、QSSミニラボの北米普及を直販体制で進める拠点立ち上げである。1980年1月にはイギリスに NORITSU (UK) LIMITED を出資比率50%(1988年1月に100%子会社化)で設立し、欧州市場へ参入する。1981年12月には NORITSU (UK) LIMITED の子会社として Noritsu Deutschland GmbH を設立し(1982年10月にノーリツ鋼機100%子会社化)、ドイツ市場に進出。1984年6月には香港に NORITSU (FAR EAST) LIMITED を設立して中国・東南アジア市場の入口を確保し、1985年3月にはブラジルに NORITSU DO BRASIL LTDA.、同年8月にはシンガポールに NORITSU SINGAPORE PTE LTDを設立して、南米・東南アジアへの拠点配置を完成させた。1980年代前半に米州・欧州・東南アジア・南米へとほぼ毎年新拠点を設立する展開速度は、当時の日本企業としても異例の積極性で、QSSミニラボの世界シェア獲得に向けた直販ネットワーク構築の本気度を示している。 [12][13][14][15][16]
- ノーリツ鋼機 有価証券報告書【沿革】
- [12]1978年12月 米国にNAC Corporation(後のNORITSU AMERICA CORPORATION)を販売会社として設立(出資比率100%)
- [13]1980年1月 NORITSU (UK) LIMITEDを出資比率50%で設立(1988年1月に100%子会社化)
- [14]1981年12月 NORITSU (UK) LIMITEDの子会社としてNoritsu Deutschland GmbHを設立(1982年10月に当社100%子会社化)
- [15]1984年6月 香港にNORITSU (FAR EAST) LIMITEDを設立
- [16]1985年3月 ブラジルにNORITSU DO BRASIL LTDA.を設立、同年8月 シンガポールにNORITSU SINGAPORE PTE LTDを設立
1985年8月には和歌山市梅原に本社工場が完成し、生産拠点を集約する。1989年7月にはフランスに NORITSU FRANCE E.U.R.L.、同年10月にはオーストラリアに NORITSU KOKI AUSTRALIA PTY. LIMITED を設立して欧州・オセアニアの拠点網を補完した。1980年代後半までに、北米・南米・欧州主要国(英・独・仏)・東南アジア・オセアニア・中華圏のほぼ全市場に直販子会社を配置する体制が完成しており、QSSミニラボは「写真現像機の世界標準」としての地位を占めた。1996年2月、大阪証券取引所市場第二部に上場し、資本市場デビューを果たす。1997年9月には大阪証券取引所市場第一部に指定され、同年11月には東京証券取引所市場第一部にも上場する。1980年代の海外展開の成果が業績として現れた1990年代後半に、資本市場での評価も定着した節目である。当時のノーリツ鋼機は、QSSミニラボのワールドワイドシェアで首位、フィルム時代のグローバル写真産業の不可欠なインフラ供給企業として首位を維持した。 [17][18][19][20]
- ノーリツ鋼機 有価証券報告書【沿革】
- [17]1985年8月 和歌山市梅原に本社工場が完成(本社移転・生産拠点の集約)
- [18]1989年7月 フランスにNORITSU FRANCE E.U.R.L.、同年10月 オーストラリアにNORITSU KOKI AUSTRALIA PTY. LIMITEDを設立
- [19]1996年2月 大阪証券取引所市場第二部に上場
- [20]1997年9月 大阪証券取引所市場第一部に指定、同年11月 東京証券取引所市場第一部に上場
- ノーリツ鋼機 有価証券報告書【沿革】
- [12]1978年12月 米国にNAC Corporation(後のNORITSU AMERICA CORPORATION)を販売会社として設立(出資比率100%)
- [13]1980年1月 NORITSU (UK) LIMITEDを出資比率50%で設立(1988年1月に100%子会社化)
- [14]1981年12月 NORITSU (UK) LIMITEDの子会社としてNoritsu Deutschland GmbHを設立(1982年10月に当社100%子会社化)
- [15]1984年6月 香港にNORITSU (FAR EAST) LIMITEDを設立
- [16]1985年3月 ブラジルにNORITSU DO BRASIL LTDA.を設立、同年8月 シンガポールにNORITSU SINGAPORE PTE LTDを設立
- [17]1985年8月 和歌山市梅原に本社工場が完成(本社移転・生産拠点の集約)
- [18]1989年7月 フランスにNORITSU FRANCE E.U.R.L.、同年10月 オーストラリアにNORITSU KOKI AUSTRALIA PTY. LIMITEDを設立
- [19]1996年2月 大阪証券取引所市場第二部に上場
- [20]1997年9月 大阪証券取引所市場第一部に指定、同年11月 東京証券取引所市場第一部に上場
デジタル時代の到来と祖業事業の急速衰退
2000年代初頭に状況は劇的に変化する。デジタルカメラの普及で、消費者がフィルム現像を町の写真店に出す習慣そのものが消失した。2000年代半ばにはコンパクトデジタルカメラの世界普及率が高まり、町の写真店(DPE店)の閉店ラッシュが世界中で進行する。QSSミニラボ事業は、ノーリツ鋼機がほぼ独占していた市場の縮小速度に直面した。一台数百万円のQSSミニラボを購入する写真店が世界中から消えていく状況で、ノーリツ鋼機の創業以来の主力事業は、わずか10年程度で市場が消滅する事態に陥っていた。在任中90歳で逝去する直前まで経営を指揮した創業者・西本貫一氏は、こうしたデジタル化の津波が押し寄せ始めた局面で2005年に亡くなる。創業から44年、QSSミニラボの世界制覇を主導した創業者の退場と、その事業の市場自体の消失がほぼ同時に進行するという、メーカーとして厳しい局面が2000年代後半に訪れていた。