創業1972年4月、梯郁太郎氏が大阪府大阪市住吉区(現住之江区)に資本金3,300万円でローランド株式会社を設立した。それ以前の1960年に同氏が創業した電子オルガンメーカーのエース電子工業(後にアメリカン・サン社系列へ移行)の事業を踏まえ、リズムマシン(1972年8月発表)・シンセサイザー・電子ピアノ(1973年4月発表)と電子楽器の主要カテゴリを創業2年で揃えた。1985年2月にセット式電子ドラム発表、後のV-Drums(電子ドラム世界標準)に繋がる市場創出を実行、1989年12月に大証二部上場、1999年9月に東証・大証一部指定で資本市場へ移行した。
決断リーマンショック後のFY09(2010年3月期)から3期累計約60億円の純損失に陥り、業績悪化局面を引き継いだ第5代・三木純一社長(1955年生、1979年ローランド入社、2013年4月就任)は**2014年7月のMBO(株式会社常若コーポレーション=Taiyo Pacific Partners系PEファンドへの株式取得)・10月の東証一部上場廃止**で非公開化に踏み切った。6年間の非公開化期間中に、マレーシア生産拠点設立・DG事業完全分離・V-MODA子会社化・BOSS統合等の構造改革を完遂、2020年12月に東証一部再上場を実現した。
課題2022年3月、第6代・ゴードン・レイゾン氏(初の外国人社長)が就任、2022年10月にDrum Workshop(DW社、約90億円)を子会社化してアコースティックドラム事業参入を実現したが、FY25(2025年12月期)にDW社のシナジー創出遅延・米国関税影響・サプライヤー品質問題により減損損失38億円・繰延税金資産取崩18億円(計56億円)を計上。2024年6月就任の第7代・蓑輪雅弘社長CEO(1972年生、内部昇進)はDW社の経営体制変更(2025年2月1日付)と「2026年営業利益黒字化・2028年営業利益率6%+」の新計画を実行している。
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歴史概略
1972年〜1999年大阪発のリズムマシン世界市場創出と東証一部到達の27年
創業者・梯郁太郎による電子楽器専業メーカーの起点
1972年4月、梯郁太郎氏が大阪府大阪市住吉区(現住之江区)に資本金3,300万円でローランド株式会社を設立したのが原点である。梯氏は当時44歳で、それ以前は1960年に大阪市でエース電子工業株式会社を創業し電子オルガン製造を手がけていた経歴を持つ。エース電子工業の経営権がアメリカン・サン社(当時米国Hammond社系列)へ移った1972年に、梯氏は新たに独立してローランドを立ち上げ、エース電子の電子楽器事業の延長線上に同社の事業構想を置いた。1972年8月、ローランドブランド第1号商品となるリズムマシンを発表、後のTR-808・TR-909等に連なる**リズムマシン市場創出**の起点を打った。
1972年11月にギターアンプ・エフェクター発売、1973年3月には大阪府大阪市にエフェクター製造のメグ電子株式会社(後のボス株式会社)を設立、後のBOSSブランドの源流となった。1973年4月にはシンセサイザー・電子ピアノを発表、**シンセサイザー市場参入**を実現し、創業1年半で電子楽器の主要カテゴリ(リズムマシン・ギターアンプ・エフェクター・シンセサイザー・電子ピアノ)を一気に揃えた。1976年5月にオーストラリア、1978年4月に米国、1981年1月にイギリス・ドイツと販売子会社を立て続けに設立し、欧米主要国の直販体制を5年で構築した。
V-Drums・MIDI規格制定の1980年代と1989年大証二部上場
1981年5月、大阪市住之江区にエフェクター・キット/コンピュータ周辺機器のアムデック株式会社(現ローランドディー.ジー.株式会社)を設立、後の3D造形・カッティング機器の源流を作った。1984年11月には大阪市に音楽教室(現ローランド・ミュージック・スクール)を開設、製造業から教育サービス事業への染み出しを始めた。1985年2月にはセット式電子ドラムを発表、後のV-Drums(電子ドラム世界標準)へ繋がる電子ドラム市場創出を打ち出した。1986年3月、静岡県引佐郡(現浜松市)に細江工場(現本社工場)が完成、主力生産拠点を関西から浜松へ移す転換点となった。
1989年12月、大阪証券取引所市場第二部に株式を上場、創業17年で初の株式公開を果たした。1990年9月に浜松研究所完成、R&D拠点を浜松へ集約した。1998年6月の東京証券取引所市場第二部上場を経て、1999年9月に東京証券取引所及び大阪証券取引所市場第一部銘柄に指定された。**創業27年で東証一部到達**は、戦後創業の電子楽器メーカーとして相応のスピード上場である。1993年5月には本社を大阪市北区堂島浜に移転、関西発の電子楽器メーカーから東京・浜松・大阪の多極構造への組替えが進んだ。
2000年〜2014年リーマン崩落から田中英一・三木純一の橋渡しとMBOの2014年
2000年代の海外生産シフトと第3-4代承継
2001年7月、中国に生産会社を設立、中国生産拠点獲得を実現した。電子楽器の量産体制が日本国内から中国生産への移行を始め、創業者・梯郁太郎氏(1995年に社長交代)以降の経営体制下でグローバル生産網の組替えが進んだ。1995年に第2代・菊本忠男氏、1996年に第3代・檀克義氏、2005年に第4代・田中英一氏(ローランド入社、内部昇進)が社長に就任し、創業者期から非創業家プロ経営者期へ移行した。
連結売上高はFY07(2008年3月期)1,086億円のピークから、リーマンショック後のFY09(2010年3月期)750億円(前期比25.4%減)・経常損失5億円・純損失21億円と、創業以来初の本格的な赤字決算に陥った。FY10(2011年3月期)・FY11(2012年3月期)・FY12(2013年3月期)と純損失が継続し、3期累計の純損失は約60億円規模に達した。電子楽器市場のグローバル縮小と円高(2011年10月の1ドル76円台)が業績を直撃し、田中英一社長の在任末期は構造改革局面に入った。
2013年三木純一社長就任とMBO実施
2013年2月、田中英一氏(第4代社長)から三木純一氏(第5代社長、1979年ローランド入社)への承継が行われた。三木純一氏は1955年生で就任時58歳、当時の同社の業績悪化局面を引き継ぐ困難な任務を負った。FY13(2014年3月期)は売上856億円・純利益5億円で黒字化したものの、業績の本格回復には時間と資金が必要との判断から、三木社長はMBO(マネジメント・バイアウト)による非公開化を選択した。
2014年7月、株式会社常若コーポレーション(米国Taiyo Pacific Partners系のPEファンド)が当社普通株式を取得し、ローランドは同社の子会社となった。2014年10月、東京証券取引所市場第一部上場廃止、**MBOによる非公開化**を完遂した。MBOの目的は、市場の短期業績圧力から離れて中長期視点の構造改革を実行することにあり、三木社長は同社の主導者として残留した。
非上場期に構造改革と成長投資を完了、新たな成長ステージへ
2014年〜2024年MBO非公開期の構造改革と再上場後の3年
非公開化期間(2014-2020)の事業整理とBOSS統合
MBO実施直後の2014年11月、マレーシアに生産会社を設立、中国一極集中からの分散シフトを実現した。米国関税リスクと中国人件費上昇への先手対応で、生産地域の二極化を組み立てた。2015年8月、ローランドディー.ジー.株式会社の保有株式一部売却により同社を持分法適用の範囲から除外、**DG事業との完全分離**を実現した。1981年5月に梯郁太郎氏が立ち上げたアムデック系3D造形・カッティング機器事業(ローランドDG)から完全分離し、ローランドは電子楽器事業に経営資源を集中した。
2016年5月、アメリカのヘッドホン開発製造会社(V-MODA)を子会社化、オーディオ周辺事業に参入した。2018年1月にはボス株式会社を吸収合併、**BOSSブランドを本体取り込み**で完了させた。1973年3月に梯郁太郎氏が立ち上げたメグ電子→ボス株式会社のエフェクター事業を、本体に統合する組織再編を約45年経過して完遂した形である。FY18(2018年12月期)は連結売上612億円・営業利益52億円・純利益30億円と、非公開化期間で構造改革の成果を出した。
2020年12月再上場と第6代外国人社長期
2020年12月、東京証券取引所市場第一部に再上場、6年間の非公開化期間を終えた。第5代・三木純一社長は再上場時の社長として復帰し、MBO主導者が再上場社長として残る稀少な事例となった。再上場直後のFY21(2021年12月期)はコロナ巣ごもり需要を追い風に売上800億円・営業利益111億円、FY22(2022年12月期)958億円・営業利益108億円と急回復した。
2022年3月、三木純一氏(第5代)からゴードン・レイゾン氏(第6代、1965年生、外国人社長)へ承継、**日本上場の電子楽器メーカーで初の外国人社長**として注目を集めた。レイゾン社長は2022年10月にDrum Workshop, Inc.(DW社、米国アコースティックドラム製造)を約90億円で買収、アコースティックドラム事業参入を実現した。FY23(2023年12月期)の連結売上は1,024億円・営業利益119億円まで拡大した。
DW社減損とMinowa体制下の構造的試練(2024〜現在)
2024年6月の第7代蓑輪雅弘社長就任とDW社減損
2024年6月、ゴードン・レイゾン氏(第6代)から蓑輪雅弘氏(第7代、1972年12月生、ローランド内部昇進)へ承継、再び内部昇進型の若手社長CEO体制(当時51歳)に戻った。FY24(2024年12月期)は売上994億円・営業利益99億円・純利益60億円と、増収減益局面で承継を受けた。
FY25(2025年12月期)はDW社(2022年10月買収)のシナジー創出遅延と米国関税影響、サプライヤー品質問題が顕在化、固定資産の一部について**減損損失38億円(のれん全額含む)と繰延税金資産取崩18億円(計56億円)を計上**するに至った。連結売上は1,010億円・営業利益94億円ながら、純利益は22億円へ大幅減益となった。蓑輪社長はDW社の経営体制を2025年2月1日付で変更し、米国新規チャネル拡大・価格適正化・当社商流による米国外販売の早期拡大・生産物流調達の再評価を実行、新計画として「2026年営業利益黒字化・2028年営業利益率6%+」を設定した。
外資ファンド系株主の影響下で進む経営は、所有構造として外国法人等64.29%(FY25時点)の高比率と、Northern Trust(Taiyo Pacific Partners関連)23.75%・MINERVA GROWTH CAPITAL,LP(Bain Capital関連)16.39%の二大支配株主の存在を特徴とする。創業者・梯郁太郎氏(2017年逝去)の創業家は所有構造から実質的に退場しており、第5代・三木純一氏(FY25時点で1.25%・334,121株、9位)の個人保有だけが歴代社長の持株として残る。創業者期の「リズムマシン市場創出」、MBO期の「非公開化と事業集中」、再上場期の「外国人社長下でのDW社買収」に続く、第7代・蓑輪雅弘体制下の課題は「DW社の構造立て直しと電子楽器コア事業の再成長フェーズ移行」となる。創業53年の電子楽器専業メーカーが、外資ファンド主導のガバナンス下で次の経営軸を組み立てる位置に立つ。