民生AV主体からモビリティ・業務用無線中心への事業ポートフォリオ転換

VISION2023

民生AVからモビリティへ——江口祥一郎社長は稼ぎ方をどう作り替えようとしたか

更新:

時期 2021年5月
意思決定者 江口祥一郎・辻孝夫(社長、3分野へのポートフォリオ整理を主導) 社長
論点 事業ポートフォリオ転換と収益構造の作り替え
概要
2021年5月18日、江口祥一郎社長が中期経営計画「VISION2023」を「変革と成長」のテーマで発表し、家電・メディア中心の事業構成を業務用無線・車載中心へ組み替える方針を数値目標付きで示した経営判断。モビリティ&テレマティクスサービス分野へ集中し、2023年度に同分野の売上構成比6割・2000億円規模を目指した。
背景
2008年の日本ビクターとケンウッドの統合後も、売上は対消費者の民生品に傾き、2008年当時は民生品が連結売上の56%を占めた。家電市場の縮小が業績を揺らすなか、河原春郎会長のケンウッド再建以来の業務用・車載シフトと、辻孝夫社長による3分野整理が、全社的なポートフォリオ転換の下地になっていた。
内容
テレマティクスサービス事業をオートモーティブ分野へ編入してモビリティ&テレマティクスサービス分野を新設し、2023年度に売上構成比60%・2000億円規模を目標に掲げた。前期300億円超・国内トップクラスのドライブレコーダー端末事業を軸に、通信型ドライブレコーダーで損害保険会社と組むデータサービスを新たに生み出す方針を示した。
含意
10年で連結売上構成はオートモーティブ43%・パブリックサービス31%・メディアサービス26%(2015年3月期)から、モビリティ&テレマティクス56%・セーフティ&セキュリティ28%・エンタテインメント16%(2025年3月期)へ移り、車載と業務用が8割超を占めた。2025年3月期は売上3703億円・純利益203億円と統合後最高水準に達し、同年3月に統合後初のA-格付を得た。
筆者の見解

引き継がれた事業構想と、集中の裏側

この10年の組み替えの中心にあるのは、家電で稼ぐ会社から、業務用無線と車載で稼ぐ会社への作り替えである。2002年に河原春郎会長がケンウッド再建で描いた民生から業務用・車載への転換は、2008年の統合で出自の異なる二つの名門を一つにし、辻孝夫社長の3分野整理を経て、江口祥一郎社長のVISION2023で数値目標を伴う全社計画へと結実した。20年越しに引き継がれた事業構想が、売上構成の過半を書き換えるところまで届いた点に、この判断の重みがうかがえる。

ただ、稼ぐ場所を移し替えたことが、そのまま将来の安定を約束するわけではない。車載市場は自動運転や電動化で技術の前提が動き、通信型ドライブレコーダーのデータサービスも、端末を売る力と継続課金を積み上げる力の両方を求める。民生を手放して得た身軽さと、単一分野への集中が抱える偏りは、表裏の関係にある。統合から得た海外の資産を新興市場や医療映像へどう広げ、稼ぎ方の質をさらに高められるかに、次の課題が残るとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

統合後も続いた家電・メディア依存

2008年10月、日本ビクターとケンウッドは株式移転で共同持株会社を設け、家電市場の縮小のなかで音響・カーオーディオ・カメラの重複事業を一つに束ねた。統合を主導した河原春郎会長は、2002年に社長として引き受けたケンウッド再建で、民生機器への依存から業務用無線とカーエレクトロニクスへ主力を移す道筋をつけていた。戦前家電系の日本ビクターと戦後音響系のケンウッドという出自の異なる2社の合流は、その事業構想を全社規模へ広げる下地になった[1]

統合から間もない時期、JVCケンウッドの売上は対消費者の民生品に傾いていた。2008年当時、民生品事業は連結売上高の56%を占め、家電市場の需要縮小がそのまま業績に響いた。事業構成の組み替えは急務であった。中期経営計画「VISION2023」を発表する直前の2021年3月期も、連結売上は2736億円と経営統合以降で最も低い水準に沈み、営業利益は49億円にとどまっていた[2][3]

河原再建以来の業務用・車載シフトと3分野の整理

統合後の事業整理は、家電・メディアからの撤退と業務用・車載の強化を並行して進める作業であった。2015年6月に社長へ就いた辻孝夫社長は、モビリティ&テレマティクス・パブリックサービス・メディアサービスという3分野へ事業構成を整理した。テイチクエンタテインメントや北米ディスク事業を手放す一方、欧州の車載部品会社を子会社に加え、収益の柱を民生から業務用・車載へ寄せる下地を整えた[4][5]

この事業構成の組み替えは、海外での買収と一体で進んだ。2014年に北米のデジタル業務用無線規格P25に対応するEF Johnson Technologiesを取得し、2015年に欧州車載部品のASK Industries、2018年にニュージーランドの業務用無線Tait International、ドイツの手術室映像システムRein Medicalを相次いで傘下に収めた。北米・欧州・豪州の業務用無線網と、車載・医療映像の拠点が、のちの成長分野を支える資産として積み上がった[6]

決断

VISION2023とモビリティ&テレマティクスへの集中

2021年5月18日、江口祥一郎社長は3カ年の中期経営計画「VISION2023」を「変革と成長」のテーマで発表した。計画は、安定した事業収益を稼げる収益構造への転換[8]を第一に掲げ、事業ポートフォリオの再定義によって経営資源の配分を組み替える方針を示した。家電・メディアの縮小を前提に、業務用無線と車載を収益の中核へ据える構想を、初めて数値目標を伴う全社計画にまとめた点に、この判断の意味があった[7]

計画の柱は、モビリティ&テレマティクスサービス分野への集中であった。JVCケンウッドはテレマティクス事業をオートモーティブ分野へ編入して同分野を新設し、2023年度に売上構成比を6割、金額で2000億円規模へ引き上げる目標を定めた。カーナビゲーションとカーオーディオの成熟市場で価格競争にさらされる民生機器から、車載カメラや通信を組み合わせたデータサービスへと、稼ぎ方そのものを変える狙いがそこにあった[9][10]

ドライブレコーダーからデータサービスへ

モビリティ&テレマティクスの現実的な牽引役は、ドライブレコーダーであった。JVCケンウッドはビデオカメラ事業で培った映像技術をドライブレコーダーの開発へ転用し、端末事業を前期300億円超・国内トップクラスの規模へ育てていた。VISION2023は、この端末に通信を組み合わせた通信型ドライブレコーダーを軸に、損害保険会社と連携したデータサービス事業を新たに生み出す方針を示した[11][12]

端末を売り切る事業から、走行データを使い続けてもらうサービスへ——狙いは収益の質の転換にあった。江口祥一郎社長は後年、自動運転や電動化が進んでも車載カメラやモジュールは残るとの見方を示し、車載領域を長期の主力に据える考えを崩さなかった。累計で200万台規模まで積み上げた通信型ドライブレコーダーの基盤を、単発の販売益から継続課金型のデータ事業へ広げる試みが、この分野の核に置かれた[13][14]

結果

構成比の実額シフト

10年の事業組み替えは、売上構成比の実額として現れた。2015年3月期の連結売上はオートモーティブ43%・パブリックサービス31%・メディアサービス26%の3分野構成であった。2025年3月期には呼称を改めたモビリティ&テレマティクス56%(2032億円)・セーフティ&セキュリティ28%・エンタテインメントソリューションズ16%へと組み替わり、車載と業務用が売上の8割超を占めた。民生オーディオ主体だった収益は、車載・業務用無線・映像へ移った[15][16]

対消費者から企業間取引への移動も、比率にはっきり出た。企業間取引の比率は2008年比で47.5ポイント増え、2022年には72.2%へ達した。収益も上向き、2023年3月期に営業利益216億円・純利益162億円、2025年3月期には売上3703億円・営業利益218億円・純利益203億円と、経営統合以降で最高の水準に届いた。2025年3月には格付投資情報センターから統合後で初めてA-格付を得て、財務の改善が外部評価にも表れた[17][18][19]

出典・参考