太平洋セメント の歴史

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創業 1881年
創業者 笠井順八
創業地 山口県小野田
創業 1881年5月、笠井順八氏が山口県小野田で旧士族38名とともにセメント製造会社を
1881年5月、笠井順八氏が山口県小野田で旧士族38名とともにセメント製造会社を設立した。日本初の民間セメント会社として、輸入に依存していたセメントの国産化と、秩禄処分で禄を失った士族の授産を兼ねた。1883年4月には浅野総一郎氏が官営深川工場を借り受け、翌年に渋沢栄一氏と浅野工場を発足させた。これがのちの日本セメントで、1923年創業の秩父セメントを加えた三系譜が、1994年の小野田・秩父合併を経て1998年10月に合流して太平洋セメントとなった。ただし合流を促したのは成長ではなく、ピークを過ぎた内需と過剰設備だった。
決断 縮む内需の外へ収益源をずらし続けたことが、この会社の一貫した基準である。統合直後
縮む内需の外へ収益源をずらし続けたことが、この会社の一貫した基準である。統合直後、国内需要は1997年のピークから減り、旧3社から引き継いだ遊休焼成炉が残った。これを閉じる代わりに2000年、1450度のセメント窯を廃棄物処理設備として使い直した。処理費を受け取りながら原料費も下げる形へ組み替え、閉鎖候補だった工場を収益源に変えた。海外では1990年の米国買収を足場に、リーマンショック後の5年連続赤字にも撤退せず、2015年から西海岸でセメント工場と生コンを買い増した。設備も市場も捨てず、稼げる用途へ置き換えてきた。
現況 縮むセメント本業を、廃棄物処理と米国事業の利益で支える構造である。2026年3月
縮むセメント本業を、廃棄物処理と米国事業の利益で支える構造である。2026年3月期の連結売上高8,984億円は、地域別で日本5,436億円・米国2,792億円・その他755億円と、米国が3割を担う。セグメント別の営業利益率は環境11.8%・資源15.3%と、売上6,617億円のセメント7.5%を上回る。国内セメントは2022年度に369億円の営業赤字へ沈み、数量より採算を優先する値決めへ切り替えたことで2024年度に148億円の黒字に回復した。本業の薄さを周辺で埋める形が定着している。
競合 国内で戦っているのは、縮み続ける市場の順位である。三系譜の統合で国内シェア首位に
国内で戦っているのは、縮み続ける市場の順位である。三系譜の統合で国内シェア首位に立ったが、その市場は2004年度の5,908万トンから2023年度の3,457万トンへ4割減った。同じ石炭高騰と需要減に向き合う住友大阪セメント、祖業のセメントを合弁へ移して化学へ主力を移したUBEと、原燃料高をどこまで建設・土木側へ戻せるかを競っている。海外では世界大手3社が9億トン規模の市場を押さえるなか、太平洋セメントは輸入で供給不足を補う米国西海岸に的を絞り、そこでは首位の需要地で上流から生コンまでを握る側に回った。
長期業績の推移 1949〜2026年
太平洋セメント:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円)純利益率(%)
1997年3月期〜2026年3月期

第1章 1881-1911 (気が向いたら執筆します!) 小野田セメントの設立と浅野の官営深川工場払下げ、回転窯の導入

第2章 1912-1946 (気が向いたら執筆します!) 浅野セメント・秩父セメントの設立と早強・低熱セメント、戦時の合併

第3章 1947-1972 (気が向いたら執筆します!) 日本セメントへの改称と上場、高度成長期の埼玉・熊谷工場

第4章 1973-1997 (気が向いたら執筆します!) 石油危機後のセメント不況と米国進出、秩父小野田の発足

第5章 1998-2026 (気が向いたら執筆します!) 三社の系譜を束ねた太平洋セメントと廃棄物処理、連続赤字と石炭高騰

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歴史年表 1881〜2025年

太平洋セメントの沿革1881〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1881〜1911年小野田セメントの設立と浅野の官営深川工場払下げ、回転窯の導入小野田セメント設立★★
官営深川工作分局を借り受け(浅野セメント/日本セメントの源流)★
日本初の回転窯によるセメント製造を開始★★
1912〜1946年浅野セメント・秩父セメントの設立と早強・低熱セメント、戦時の合併浅野セメント設立★
秩父セメント設立★
西多摩工場新設、早強セメント製造開始★
日本初の低熱セメントの製造を開始★
旧日本セメントを合併★★
1947〜1972年日本セメントへの改称と上場、高度成長期の埼玉・熊谷工場日本セメントに商号変更★
安藤豊禄株式上場★
安藤豊禄埼玉工場が竣工★
安藤豊禄熊谷工場が竣工★
森清治明星セメントの全株式取得★
1973〜1997年石油危機後のセメント不況と米国進出、秩父小野田の発足大島健司創立100周年、中央研究所新築★
今村一輔大日本セメント共同事業株を設立★
今村一輔カリフォルニア・ポルトランド・セメントを買収★★
今村一輔小野田セメントと秩父セメントが合併し秩父小野田発足★★
平賀一次ギソンセメントコーポレーションを設立★
1998〜2026年三社の系譜を束ねた太平洋セメントと廃棄物処理、連続赤字と石炭高騰木村道夫太平洋セメントの発足と、浅野・小野田・秩父の三系譜の一体化

1998年10月1日、秩父小野田が日本セメントを合併し、太平洋セメントが発足した。存続会社は秩父小野田で、本社を東京都千代田区西神田に置いた。1994年に小野田セメントと秩父セメントが合併して生まれた秩父小野田に、浅野系の日本セメントが加わり、国内シェア約39%の業界首位企業となった。今村一輔会長が主導した業界再編であった。

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★★★
木村道夫都市ごみ・産業廃棄物の受け入れによる廃棄物処理事業の確立

1998年の合併で発足した太平洋セメントが、セメント窯を廃棄物の処理設備として使い直し、排出者から処理費を受け取る収益事業へ組み替えた経営判断。1998年に環境事業本部を開設し、2000年4月にはゼロエミッション事業部として専門部隊を組織した。2001年4月には都市ごみの焼却灰を主原料とするエコセメントの工場が操業を開始した。

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★★★
鮫島章男本社を移転★
鮫島章男パシフィックシステムがジャスダック上場★
徳植桂治初の純損失を計上★★
徳植桂治本社を移転★
徳植桂治2期連続の純損失★
福田修二福田修二が代表取締役社長就任★
福田修二西海岸でのレディング工場の取得と、生コン・骨材までの買い足し

1990年に買収した米カリフォルニア・ポルトランド・セメントを足場に、太平洋セメントが2015年以降、米国西海岸でセメント工場・生コン・骨材を連続して買い足していった経営判断。2015年にオログランデ工場、2022年にレディング工場と生コン14工場、2025年にはVulcan社のカリフォルニア州生コン事業を取得した。

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★★★
福田修二デイ・シイを株式交換により完全子会社化★
不死原正文不死原正文が代表取締役社長就任★
不死原正文石炭サーチャージ制度の導入表明と撤回を経た、1トン3000円の直接転嫁と収益重視への価格政策の転換

石炭価格の急騰で13年ぶりの赤字に沈んだ太平洋セメントが、2022年から国内セメントの値決めを作り直した経営判断。石炭価格に連動するサーチャージ制度の導入をいったん表明したのち撤回し、1トン3000円の値上げと1年固定を選べる形に改めた。2024年の26中期経営計画では『シェア重視から収益重視への転換』を明記した。

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不死原正文純損失▲332億円★★
田浦良文田浦良文が代表取締役社長就任★
田浦良文営業利益778億円、過去高水準★
出典・参考

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