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  "title": "直近の動向と展望",
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      "title": "なぜ縮小する国内市場で器を縮められないのか（筆者所感）",
      "text": "太平洋セメントが背負っているのは、明治国家の基盤整備に応じて起こされた3系譜の集積である。1881年に山口県で笠井順八らが小野田セメントを設立し、1883年には浅野総一郎が深川の官営工場を借り受け、1923年には秩父セメントが加わった。皇居造営や横浜築港など官需が3社の需要基盤となり、いずれも生産設備への集中投資で全国網を築いていく構造を持った。3系譜が併存して国内シェアを分け合う構図は、戦後復興と高度経済成長期を通じて温存された。\n\nこの構図が揺らいだのは1990年代に入ってからである。国内需要のピークアウトが見え始めると、3社購買で価格を分け合う旧来の構図では値下げ圧力を吸収できず、1994年に小野田と秩父が、1998年には秩父小野田と日本セメントが合流して太平洋セメントが発足した。統合に先立つ1990年、日本セメントは円高下で米カリフォルニア・ポルトランド・セメントを買収しており、太平洋発足後はこの拠点を西海岸の輸入障壁の中で育て、国内縮小を海外利益で埋める二極構造を組み上げた。2007年3月期には北米が日本に次ぐ収益源となり、統合効果と海外拠点の組み合わせが経営の骨格として定着した。\n\nしかし同じ海外拠点が、収益柱であると同時に損失の震源にもなった。FY08のリーマンショックでは米国住宅バブル崩壊で純損失353億円、FY22のエネルギー価格高騰では国内価格転嫁の遅れで純損失332億円を計上した。さらにFY25には新型コロナ後の高金利政策とベトナム品流入で、フィリピン事業で減損244億円が発生した。2023年6月に田浦良文へ社長を交代し、値上げ浸透と原価改善で利益を立て直す動きは続いたが、海外で数百億円規模の損失が周期的に発生する構造は変わらなかった。国内需要は2005年度の5,909万トンから2023年度には3,266万トンへほぼ半減し、統合で築いた器のサイズと縮小ペースの乖離が拡大した。\n\nなぜ縮小市場で器を縮められないのか。海外利益で国内縮小を埋める構造が続く限り、国内設備の集約は海外損失で空いた穴を国内側で埋め戻す動機と背中合わせで進む。3,000万トン時代に整合する事業規模へ作り直すには、海外依存度を下げつつ国内設備を畳む必要があるが、海外損失が周期化している以上、依存度を下げた途端に連結利益が立たなくなる。田浦体制下のFY23営業利益565億円は石炭価格反転と価格転嫁の合致による振れ戻しであり、器自体は1998年の統合規模のまま残っている。",
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