NTT の歴史

電電公社の民営化から現在まで

更新:

創業

1952年

創業者

※日本電信電話公社

創業地

東京都

直近売上高(2026/3)

144,091億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1985年の民営化は、競争導入と国の規制を同時に背負う形で出発したのか
A 全国一律料金で固定電話を普及させた電電公社の網は、すでに国民生活の基盤であり、民営化しても放任はできなかった。政府は通信市場に競争を入れて料金とサービスを改善する狙いから、1984年12月の電電改革三法でNTTを株式会社にし、同時にDDI(現KDDI)などの新規参入を認めた。ただし基盤の公共性ゆえにNTT法が研究成果の開示義務や事業範囲を縛り、競争を担う私企業でありながら国の規律を負う二重の立場で歩み出した。1987年2月の上場では売出価格119万7千円の株が個人投資家を引き寄せ、時価総額は世界最大級に達した
Q なぜ1999年の持株会社化は、競争促進の政策目的とは裏腹に動きにくい分権構造を残したのか
A 固定電話の地域独占を解いて競争を促すには、巨大な一体組織を機能ごとに分け、利害の異なる主体として競わせる必要があった。1999年7月のNTT法改正で持株会社体制に移り、地域通信を東日本・西日本に、長距離・国際をコミュニケーションズに分けた。ドコモやデータがそれぞれ東証に上場した結果、グループ内に複数の上場会社が並ぶ。各社が自社の少数株主への説明責任を負うため、親会社が横断的な投資や人材配置を主導しようとすると少数株主との利益相反が壁になり、一体での戦略を実行する交渉コストが年々重くなった。
Q なぜ2020年代にドコモとデータを完全子会社化し、2025年に社名まで改めたのか
A 分権体制では、ドコモ最終利益の3分の1にあたる年約2,800億円が非支配株主持分としてグループ外へ流出し、親子上場の利益相反が一体運営の障害になっていた。固定とモバイルを束ねてIOWNを世界展開し、米国IT大手と競うには、上場子会社の自律を解いて単一の意思決定に近づける必要があった。そこでNTTは2020年9月にドコモを約4兆2,500億円、2025年5月にデータを約2兆3,700億円で完全子会社化した。さらに2024年4月の改正NTT法が研究成果の開示義務を撤廃し通称変更を認めたことで、技術を囲い込み国に縛られない普通の株式会社へ進む2025年7月の改称につながった

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1952年〜 電電公社の三十二年——積滞の解消と、独占の意義が問われるまで

  1. 1952年 逓信省・電気通信省から電信電話事業を承継して発足
  2. 1953年 電話料金を改正
  3. 1956年 電話加入者数が240万に到達
  4. 1964年 電話加入者数が633万に到達
  5. 1966年 電話の積滞が160万個に到達
  6. 1981年 真藤恒氏が総裁に就任
  7. 1984年 INSのモデル実験を開始

全国へ電話を行き渡らせるという公社の使命

1952年8月、逓信省・電気通信省から電信電話事業を引き継ぎ、日本電信電話公社が発足した[1]。翌9月には国際電信電話株式会社法が施行され[2]、国内通信を公社が、国際通信を国際電信電話が担う体制が固まった。1953年には電話料金が改正され、電信電話事業の合理的能率的経営体制が確立[3]した。公社が抱えた最大の問題は、電話の開設を申し込んでもなかなか設置できない「積滞」が長期間続いた[4]ことである。事業用は優先的に開設されたが、家庭用では申し込んでから二、三年は待たされる[5]こともまれではなかった。長距離も回線数が少なく、交換手に申し込んでから数時間待たされる[6]状況が長い間続いた。

  • 日本産業史 第4巻 通史(日本経済新聞社、1994年)「日本産業総年表」
    • [1]1952年8月 日本電信電話公社の発足
    • [2]1952年9月 国際電信電話株式会社法の施行
  • 日本産業史 第2巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「交通・通信-需要に追いつかぬ施設」
    • [3]1953年 電話料金の改正と経営体制の確立
  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [4]電話の申込から設置までの「積滞」が長期間継続
    • [5]家庭用電話 申込から二、三年待ち
    • [6]長距離電話 交換手への申込から数時間待ち

第一次から第三次までの五ヵ年計画の推進によって、電話の加入者総数は1956年の240万から1964年末には633万となった[7]。電話機数ではアメリカ、イギリスに次いで世界第三位[8]である。それでも生活水準の向上や人口の都市集中に伴って加入申し込みは殺到し、架設してもらえない電話の数は1966年に160万個へ達している[9]。電話局への自動交換機の導入により、交換手が電話回線をつなぐ作業[10]は徐々に減った。交換機の普及によって交換手を通さないダイヤル直通地域も急速に拡大[11]した。1970年代後半には年間500万台の電話端末を設置する敷設ピッチによって積滞は解消[12]し、需給は逆転するに至った。

  • 日本産業史 第2巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「交通・通信-需要に追いつかぬ施設」
    • [7]電話加入者総数 1956年240万→1964年末633万
    • [8]電話機数で米英に次ぐ世界第三位
    • [9]1966年 架設待ちの電話160万個
  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [10]自動交換機の導入による交換作業の縮小
    • [11]ダイヤル直通地域の急速な拡大
    • [12]1970年代後半 年間500万台の敷設ピッチで積滞解消・需給逆転
  • 日本産業史 第4巻 通史(日本経済新聞社、1994年)「日本産業総年表」
    • [1]1952年8月 日本電信電話公社の発足
    • [2]1952年9月 国際電信電話株式会社法の施行
  • 日本産業史 第2巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「交通・通信-需要に追いつかぬ施設」
    • [3]1953年 電話料金の改正と経営体制の確立
    • [7]電話加入者総数 1956年240万→1964年末633万
    • [8]電話機数で米英に次ぐ世界第三位
    • [9]1966年 架設待ちの電話160万個
  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [4]電話の申込から設置までの「積滞」が長期間継続
    • [5]家庭用電話 申込から二、三年待ち
    • [6]長距離電話 交換手への申込から数時間待ち
    • [10]自動交換機の導入による交換作業の縮小
    • [11]ダイヤル直通地域の急速な拡大
    • [12]1970年代後半 年間500万台の敷設ピッチで積滞解消・需給逆転

積滞の解消と、独占の意義が問われるまで

積滞の解消は、公社の存在の意義を問い直す議論[13]を呼んだ。申し込めばすぐ電話に加入できる状況になれば、公共企業体が独占でインフラ建設を行う使命は終わった[14]という声が大きくなってきた。米国に比べて電話料金が高いことも問題となり、当時、米国と日本の長距離通信料金は米国一に対し日本国内は九という格差[15]があるといわれた。通信に高いコストを支払わなければならないため日本企業は国際競争力を失ってしまう、というのが自由化論者の論点[16]だった。公社の敷設ピッチが落ちた1970年代後半には、年間の新規加入台数は約半分の200万台に激減[17]している。

  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [13]積滞解消による公社の存在意義の問い直し
    • [14]公共企業体が独占でインフラ建設を行う使命の終焉論
    • [15]日米の長距離通信料金格差 米国1対日本9
    • [16]通信コスト高が日本企業の国際競争力を損なうという自由化論
    • [17]1970年代後半 年間新規加入台数が約半分の200万台へ激減

公社内部からの見直しは二つの方向で進み、一方では自動車電話、携帯電話など無線系の移動電話への事業拡大を目指し[18]、他方では電話を主体にした通信サービスでは需要の伸びに限界がある[19]として、コンピューター通信、ファクシミリ通信、テレビ電話などの映像通信が検討された[20]。とくに、電話、画像、コンピューターの情報をデジタル方式で一元化する統合デジタルサービス(INS)には研究開発の重点が置かれた[21]。1984年9月、公社はINSのモデル実験を東京・三鷹、武蔵野地区で開始した[22]。これは電話以後のサービスとして公社が蓄積してきたデジタル通信技術を世界に公開する意味[23]があった。

  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [18]無線系移動電話への事業拡大の志向
    • [19]電話主体では需要の伸びに限界という認識
    • [20]コンピューター通信・ファクシミリ通信・映像通信の検討
    • [21]統合デジタルサービス(INS)への研究開発の重点配分
    • [23]INS実験によるデジタル通信技術の世界公開
  • 日本産業史 第4巻 通史(日本経済新聞社、1994年)「日本産業総年表」
    • [22]1984年9月 INSモデル実験を東京・三鷹、武蔵野地区で開始
  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [13]積滞解消による公社の存在意義の問い直し
    • [14]公共企業体が独占でインフラ建設を行う使命の終焉論
    • [15]日米の長距離通信料金格差 米国1対日本9
    • [16]通信コスト高が日本企業の国際競争力を損なうという自由化論
    • [17]1970年代後半 年間新規加入台数が約半分の200万台へ激減
    • [18]無線系移動電話への事業拡大の志向
    • [19]電話主体では需要の伸びに限界という認識
    • [20]コンピューター通信・ファクシミリ通信・映像通信の検討
    • [21]統合デジタルサービス(INS)への研究開発の重点配分
    • [23]INS実験によるデジタル通信技術の世界公開
  • 日本産業史 第4巻 通史(日本経済新聞社、1994年)「日本産業総年表」
    • [22]1984年9月 INSモデル実験を東京・三鷹、武蔵野地区で開始

真藤恒氏の登板と、市場開放の準備

1981年、真藤恒氏が日本電信電話公社総裁に就いた[24]。真藤氏は1934年3月に九州帝国大学工学部を卒業して同年4月に播磨造船所へ入社[25]し、1960年12月に石川島播磨重工業の常務取締役、1972年1月に同社の代表取締役社長[26]となった経歴を持つ。真藤氏は民営化後も引き続き経営の先頭に立ち、1985年4月に日本電信電話株式会社の代表取締役社長へ就任[27]している。1987年2月の上場時、取締役副社長には北原安定氏らが名を連ね[28]、取締役には伊藤忠商事から瀬島龍三氏が加わっていた[29]

  • 証券 1987年39巻4号(457号)「新規上場会社紹介 日本電信電話株式会社」
    • [24]1981年 真藤恒氏が日本電信電話公社総裁に就任
    • [25]真藤恒氏 1934年3月 九州帝国大学工学部卒業・同年4月 播磨造船所入社
    • [26]真藤恒氏 1960年12月 石川島播磨重工業常務取締役・1972年1月 同社社長
    • [27]真藤恒氏 1985年4月 日本電信電話代表取締役社長に就任
    • [28]上場時の取締役副社長に北原安定氏・取締役に瀬島龍三氏
    • [29]取締役 瀬島龍三氏(伊藤忠商事)

郵政省は公社の独占を崩すとともに、通信回線の利用の制約を大幅に緩める規制緩和策[30]を打ち出した。その代表的なサービスが、通信会社から借りた回線に付加価値を付けて再販売するVAN(付加価値通信網)[31]である。1984年には中小企業向けのVANが一足早く認可された[32]。同じ1984年には、京セラの稲盛和夫氏を中心とする若手財界人グループによって第二電電(DDI)が設立され[33]、国鉄系の日本テレコムも発足し、トヨタ自動車などが出資する日本高速通信[34]とともに認可を待った。VANの第一号は富山県に本拠を置く計算サービス会社のインテック、第二号は富士通[35]で、以下、日本総合研究所、日本電気、日立情報ネットワークと続いている[36]

  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [30]郵政省による公社独占の打破と回線利用の規制緩和
    • [31]VAN(付加価値通信網)=借用回線への付加価値付き再販売
    • [32]1984年 中小企業向けVANの認可
    • [33]1984年 京セラ稲盛和夫氏を中心とする若手財界人グループが第二電電(DDI)を設立
    • [34]国鉄系 日本テレコムの発足とトヨタ自動車等出資の日本高速通信
    • [35]VAN第一号インテック(富山)・第二号富士通
    • [36]VAN登録の後続=日本総合研究所・日本電気・日立情報ネットワーク
  • 証券 1987年39巻4号(457号)「新規上場会社紹介 日本電信電話株式会社」
    • [24]1981年 真藤恒氏が日本電信電話公社総裁に就任
    • [25]真藤恒氏 1934年3月 九州帝国大学工学部卒業・同年4月 播磨造船所入社
    • [26]真藤恒氏 1960年12月 石川島播磨重工業常務取締役・1972年1月 同社社長
    • [27]真藤恒氏 1985年4月 日本電信電話代表取締役社長に就任
    • [28]上場時の取締役副社長に北原安定氏・取締役に瀬島龍三氏
    • [29]取締役 瀬島龍三氏(伊藤忠商事)
  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [30]郵政省による公社独占の打破と回線利用の規制緩和
    • [31]VAN(付加価値通信網)=借用回線への付加価値付き再販売
    • [32]1984年 中小企業向けVANの認可
    • [33]1984年 京セラ稲盛和夫氏を中心とする若手財界人グループが第二電電(DDI)を設立
    • [34]国鉄系 日本テレコムの発足とトヨタ自動車等出資の日本高速通信
    • [35]VAN第一号インテック(富山)・第二号富士通
    • [36]VAN登録の後続=日本総合研究所・日本電気・日立情報ネットワーク

1985年〜 民営化と新電電の参入——競争導入から分割論議までの十四年

  1. 1985年 公社の民営化に伴い発足
  2. 1985年 新電電3社の参入により電話事業の独占が終了
  3. 1988年 真藤恒会長がリクルート事件で辞任
  4. 1988年 データ通信事業の営業をエヌ・ティ・ティ・データ通信に譲渡
  5. 1992年 移動体通信の営業をエヌ・ティ・ティ移動通信網に譲渡
  6. 1993年 希望退職の募集など雇用調整を開始
  7. 1998年 NTTドコモの株式上場——稼ぎ頭を資金化しつつ過半出資で支配を残した資本政策 支配か資本効率か——公取委の引き下げ指導の下、NTTはなぜドコモを上場させ、なお過半出資を手放さなかったか

公社の民営移管と、三社の新電電による競争導入

1985年4月1日、日本電信電話株式会社法に基づき公社財産の全額出資により日本電信電話株式会社が設立された[37]。発行済株式総数は15,600千株、資本金は7,800億円[38]で、株式のすべてを大蔵大臣が保有した[39]。郵政省は同年4月に電気通信事業法を改定して通信市場を大幅に開放し[40]、NTT、KDD以外の企業の参入が認められた。民営化にあたっては、本社の局長は部長、各地の電話局は営業所と呼び名を変え[41]、電話局長も営業所長になった。電話事業に関連したさまざまな子会社を設立し、内部から起業家精神を起こす運動[42]も進めている。

  • 証券 1987年39巻4号(457号)「新規上場会社紹介 日本電信電話株式会社」
    • [37]1985年4月1日 日本電信電話株式会社法に基づき公社財産の全額出資で設立
    • [38]発行済株式総数15,600千株・資本金7,800億円
    • [39]株式の全部を大蔵大臣が保有
  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [40]1985年4月 電気通信事業法の改定による通信市場の開放
    • [41]本社局長→部長・電話局→営業所への呼称変更
    • [42]子会社設立による起業家精神の喚起

1985年6月、第二電電・日本テレコム・日本高速通信の三社が電話事業会社として事業を開始した[43]。1986年には企業向けの専用線のサービスを開始し、1987年9月には一般の長距離電話サービスを開始[44]している。郵政省はNTTにコストのかかる地域電話と長距離回線の両方を担当させ[45]、新電電はコスト負担が比較的少ない長距離回線の専門会社としてスタートさせた。新電電の長距離通話料金はNTTの長距離料金より安く設定され[46]、政策的に新電電を成長させる手が打たれた。新電電が地域網を使う際に支払うアクセスチャージの水準は、常に大きな論争の種[47]になった。

  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [43]1985年6月 新電電三社が電話事業会社として事業開始
    • [44]1986年 企業向け専用線サービス開始・1987年9月 一般長距離電話サービス開始
    • [45]NTTに地域電話と長距離の両方、新電電は長距離専門という役割配分
    • [46]新電電の長距離料金をNTTより安く設定する政策
    • [47]アクセスチャージ水準をめぐる論争
  • 証券 1987年39巻4号(457号)「新規上場会社紹介 日本電信電話株式会社」
    • [37]1985年4月1日 日本電信電話株式会社法に基づき公社財産の全額出資で設立
    • [38]発行済株式総数15,600千株・資本金7,800億円
    • [39]株式の全部を大蔵大臣が保有
  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [40]1985年4月 電気通信事業法の改定による通信市場の開放
    • [41]本社局長→部長・電話局→営業所への呼称変更
    • [42]子会社設立による起業家精神の喚起
    • [43]1985年6月 新電電三社が電話事業会社として事業開始
    • [44]1986年 企業向け専用線サービス開始・1987年9月 一般長距離電話サービス開始
    • [45]NTTに地域電話と長距離の両方、新電電は長距離専門という役割配分
    • [46]新電電の長距離料金をNTTより安く設定する政策
    • [47]アクセスチャージ水準をめぐる論争

株式上場の熱狂と、リクルート事件による失速

1987年2月9日[48]、NTTは東京証券取引所第一部へ上場[49]した。大阪、名古屋、京都、広島、福岡、新潟、札幌の各証券取引所へも同時に上場している[50]。売出しは1,650,000株[51]で、額面5万円の株は発売時は119万円だった。折からの株式ブームも手伝って人気を博し、購入申込受付の初日には証券会社の店先に朝早くから長蛇の列ができた[53]が、結局、販売は抽選によって行われた。株価はその後、急速に値上がりして1987年には300万円台にまで跳ね上がっている[54][52]

  • 証券 1987年39巻4号(457号)「新規上場会社紹介 日本電信電話株式会社」
    • [48]1987年2月9日 上場
    • [49]東京証券取引所第一部への上場
    • [51]売出株数1,650,000株
  • 日本電信電話 有価証券報告書 第40期(2025年3月期)【沿革】
    • [50]大阪・名古屋・京都・広島・福岡・新潟・札幌の各取引所へ同時上場
  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [52]額面五万円株の発売時価格119万円
    • [53]購入申込初日の行列と抽選販売
    • [54]1987年に株価が300万円台へ上昇

NTTの長距離料金は民営化後、1994年までの間に八回にわたり値下げされた[55]。東京-大阪間の平日昼間三分間の通話料金は民営化時期の400円から180円へ[56]、半分以下に低下している。新電電の側も値下げで応じ、同じ条件でサービス開始時の300円が1994年には170円へ低下[57]した。値下げ競争で利益率が低下するとともにNTTの分割論議が浮上し、株式市場に不安を呼んだ[58]。1988年にはリクルート事件が起こり、民営化を引っ張ってきた真藤恒会長が逮捕された[59]。株価は水準を下げ続け、1991年には100万円を割り込んでいる[60]

  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [55]民営化後1994年までに長距離料金を八回値下げ
    • [56]東京-大阪 平日昼間三分 400円→180円
    • [57]新電電の同区間料金 300円→170円(1994年)
    • [58]値下げ競争による利益率低下と分割論議の浮上が株式市場に不安
    • [59]1988年 リクルート事件で真藤恒会長が逮捕
    • [60]1991年 株価が100万円割れ
  • 証券 1987年39巻4号(457号)「新規上場会社紹介 日本電信電話株式会社」
    • [48]1987年2月9日 上場
    • [49]東京証券取引所第一部への上場
    • [51]売出株数1,650,000株
  • 日本電信電話 有価証券報告書 第40期(2025年3月期)【沿革】
    • [50]大阪・名古屋・京都・広島・福岡・新潟・札幌の各取引所へ同時上場
  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [52]額面五万円株の発売時価格119万円
    • [53]購入申込初日の行列と抽選販売
    • [54]1987年に株価が300万円台へ上昇
    • [55]民営化後1994年までに長距離料金を八回値下げ
    • [56]東京-大阪 平日昼間三分 400円→180円
    • [57]新電電の同区間料金 300円→170円(1994年)
    • [58]値下げ競争による利益率低下と分割論議の浮上が株式市場に不安
    • [59]1988年 リクルート事件で真藤恒会長が逮捕
    • [60]1991年 株価が100万円割れ

移動体とデータの分離、そしてドコモの上場

1988年7月、データ通信事業本部に属する営業をエヌ・ティ・ティ・データ通信へ譲渡した[61]。同社は銀行間の為替オンラインシステムを運用しており[62]、業界VANの代表例となっている。エヌ・ティ・ティ・データ通信は1995年4月に東京証券取引所へ上場し[63]、1998年8月にエヌ・ティ・ティ・データへ商号変更した[64]。1992年7月には、自動車電話・携帯電話・船舶電話・航空機公衆電話および無線呼出しに関する営業をエヌ・ティ・ティ移動通信網へ譲渡した[65]。移動通信網は愛称を「ドコモ」とし[66]、このブランドを武器に自動車・携帯電話の市場へ販売攻勢をかけた。「ドコモ」は「どこからでも」「どこへでも」から取ったもの[67]で、分社化によって起業家精神を高揚させようというねらいが当たったことをうかがわせる名であった。

  • 日本電信電話 有価証券報告書 第40期(2025年3月期)【沿革】
    • [61]1988年7月 データ通信事業本部の営業をエヌ・ティ・ティ・データ通信へ譲渡
    • [63]1995年4月 エヌ・ティ・ティ・データ通信が東京証券取引所へ上場
    • [64]1998年8月 エヌ・ティ・ティ・データへの商号変更
    • [65]1992年7月 自動車電話等の営業をエヌ・ティ・ティ移動通信網へ譲渡
  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [62]NTTデータ通信が銀行間為替オンラインシステムを運用
    • [66]愛称「ドコモ」の採用と販売攻勢
    • [67]「ドコモ」の語源=「どこからでも」「どこへでも」

1993年、NTTは希望退職の募集など雇用調整に踏み込みはじめた[68]。当時の従業員は23万人[69]で、分割によって組織の規模を縮小すべきだという声が続いた。1994年4月には携帯電話端末の販売が自由化され[70]、通信機メーカー、家電メーカーが直接、利用者に端末を販売できるようになった。各メーカーが小型軽量化と価格引き下げを進めたため、携帯電話の加入者は急拡大している[71]。予想外の需要増加に半導体部品の供給が追い付かず、端末は数ヵ月待ちというブーム[72]を引き起こした。

  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [68]1993年 希望退職募集など雇用調整に着手
    • [69]当時の従業員23万人
    • [70]1994年4月 携帯電話端末の販売自由化
    • [71]端末の小型軽量化・価格引下げによる加入者の急拡大
    • [72]半導体部品の供給不足による端末の数ヵ月待ち

1998年10月22日、NTTが95%を出資する移動体子会社のエヌ・ティ・ティ移動通信網が東京証券取引所へ上場した[73]。公募・売り出しで国内外の市場から合計2兆1255億円を調達し、上場時の時価総額は約4兆円[74]に達している。国内主幹事は当初内定していた山一証券が自主廃業したため日興証券が引き継ぎ[75]、公募価格は1株390万円[76]だった。NTTには約8500億円の売却益[77]が入った。公正取引委員会の持ち株引き下げ指導に対しては「5割以下にはしない」と支配を残す方針[78]を示している。

  • 日本電信電話 有価証券報告書 第40期(2025年3月期)【沿革】
    • [73]1998年10月22日 エヌ・ティ・ティ移動通信網が東京証券取引所へ上場
  • 週刊東洋経済 1998年10月24日号「ドコモ上場で真に笑うのは誰か?」
    • [74]公募・売出しによる調達額 合計2兆1255億円・上場時時価総額約4兆円
    • [75]山一証券の自主廃業により日興証券が国内主幹事を引き継ぎ
    • [76]公募価格 1株390万円
    • [77]NTTの売却益 約8500億円
  • 週刊東洋経済 1997年9月27日号「『圧勝』ドコモ NTTをも脅かす今世紀最後の大物上場が近づいた」
    • [78]公取委の持株引下げ指導に対する「5割以下にはしない」方針
  • 日本電信電話 有価証券報告書 第40期(2025年3月期)【沿革】
    • [61]1988年7月 データ通信事業本部の営業をエヌ・ティ・ティ・データ通信へ譲渡
    • [63]1995年4月 エヌ・ティ・ティ・データ通信が東京証券取引所へ上場
    • [64]1998年8月 エヌ・ティ・ティ・データへの商号変更
    • [65]1992年7月 自動車電話等の営業をエヌ・ティ・ティ移動通信網へ譲渡
    • [73]1998年10月22日 エヌ・ティ・ティ移動通信網が東京証券取引所へ上場
  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
    • [62]NTTデータ通信が銀行間為替オンラインシステムを運用
    • [66]愛称「ドコモ」の採用と販売攻勢
    • [67]「ドコモ」の語源=「どこからでも」「どこへでも」
    • [68]1993年 希望退職募集など雇用調整に着手
    • [69]当時の従業員23万人
    • [70]1994年4月 携帯電話端末の販売自由化
    • [71]端末の小型軽量化・価格引下げによる加入者の急拡大
    • [72]半導体部品の供給不足による端末の数ヵ月待ち
  • 週刊東洋経済 1998年10月24日号「ドコモ上場で真に笑うのは誰か?」
    • [74]公募・売出しによる調達額 合計2兆1255億円・上場時時価総額約4兆円
    • [75]山一証券の自主廃業により日興証券が国内主幹事を引き継ぎ
    • [76]公募価格 1株390万円
    • [77]NTTの売却益 約8500億円
  • 週刊東洋経済 1997年9月27日号「『圧勝』ドコモ NTTをも脅かす今世紀最後の大物上場が近づいた」
    • [78]公取委の持株引下げ指導に対する「5割以下にはしない」方針

1999年〜 持株会社体制という分権の設計と、その代償

NTTの業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1999年 民営化NTTの純粋持株会社体制への再編と地域・長距離の分社 14年に及んだ分離・分割論議の果てに、宮津純一郎社長は一体経営をどう保ちながら公正競争の枠組みへ移したか
  2. 1999年 NTTコミュニケーションズの設立と国際通信への進出 完全民営の子会社で国際へ——IDC買収を見送り、宮津純一郎社長はなぜ自前路線を選んだか
  3. 2000年 ベリオを完全子会社化
  4. 2000年 共用型πシステムを止め、各家庭へ光を直結するFTTHへ固定網を切り替えた基盤投資 共用型か家庭直結か——ADSLに追われたNTT東西は、固定網の光化をどう選び直したか
  5. 2001年 西日本電信電話が営業赤字に転落
  6. 2001年 約11万人の再配置計画を決議
  7. 2001年 海外投資で巨額の評価損が発生

純粋持株会社への再編と、地域・長距離の分社

1997年12月の独占禁止法改正で純粋持株会社が50年ぶりに解禁され[79]、再編の条件が整った。1999年7月、NTTは自らを純粋持株会社とする再編成を実施した[80]。県内通信サービス等の営業を全額出資子会社の東日本電信電話および西日本電信電話へ、県間通信サービス等を同じく全額出資子会社のエヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズへ譲渡[81]している。1985年の民営化以来14年続いた分離・分割論議に、宮津純一郎氏のもとで区切りがついた[82]。株主と社長はそのまま持株会社へ[83]引き継がれた。

  • 週刊東洋経済 1999年2月27日号「NTT再編計画の中身」
    • [79]1997年12月 独占禁止法改正による純粋持株会社の50年ぶり解禁
    • [82]宮津純一郎氏のもとで14年の分離・分割論議に区切り
    • [83]株主と社長を持株会社へ引き継ぎ
  • 日本電信電話 有価証券報告書 第40期(2025年3月期)【沿革】
    • [80]1999年7月 純粋持株会社とする再編成の実施
    • [81]県内通信を東日本・西日本電信電話へ、県間通信をNTTコミュニケーションズへ譲渡

純粋持株会社の日本電信電話は経営企画・資金調達・基礎研究へ機能を絞り込んで人員3500人にとどめた[84]。地域のNTT東日本・西日本は各6万人規模[85]、NTT法の縛りを解かれた完全民営のNTTコミュニケーションズは売上高1兆3500億円[86]で傘下に並んだ。NTTは当初、業務提携先の国際デジタル通信(IDC)の買収を約300億円と見込み株式総額312億円で打診した[87]が、自前でグローバルATMサービスや国際光ファイバー網を整えるうちに社内で「IDCは要らない」との声が強まった[88]。最終的にIDCは英ケーブル・アンド・ワイアレスが株式総額690億円で買収[89]し、NTTは自前路線を選んだ。

  • 週刊東洋経済 1999年2月27日号「NTT再編計画の中身」
    • [84]持株会社の人員3500人・機能を経営企画/資金調達/基礎研究へ限定
    • [85]NTT東日本・西日本 各6万人規模
    • [86]NTTコミュニケーションズ 売上高1兆3500億円・完全民営
  • 週刊東洋経済 1999年7月10日号「宮津NTT社長が語る『IDC買収騒動』」
    • [87]IDC買収の打診 約300億円想定・株式総額312億円
    • [88]社内の「IDCは要らない」という声の高まり
    • [89]ケーブル・アンド・ワイアレスがIDCを株式総額690億円で買収
  • 週刊東洋経済 1999年2月27日号「NTT再編計画の中身」
    • [79]1997年12月 独占禁止法改正による純粋持株会社の50年ぶり解禁
    • [82]宮津純一郎氏のもとで14年の分離・分割論議に区切り
    • [83]株主と社長を持株会社へ引き継ぎ
    • [84]持株会社の人員3500人・機能を経営企画/資金調達/基礎研究へ限定
    • [85]NTT東日本・西日本 各6万人規模
    • [86]NTTコミュニケーションズ 売上高1兆3500億円・完全民営
  • 日本電信電話 有価証券報告書 第40期(2025年3月期)【沿革】
    • [80]1999年7月 純粋持株会社とする再編成の実施
    • [81]県内通信を東日本・西日本電信電話へ、県間通信をNTTコミュニケーションズへ譲渡
  • 週刊東洋経済 1999年7月10日号「宮津NTT社長が語る『IDC買収騒動』」
    • [87]IDC買収の打診 約300億円想定・株式総額312億円
    • [88]社内の「IDCは要らない」という声の高まり
    • [89]ケーブル・アンド・ワイアレスがIDCを株式総額690億円で買収

共用型のπシステムを捨て、家庭直結の光へ切り替える

1999年末に電話加入者線が新規参入者へ開放されると、ISDNより速く安いxDSL事業者が相次いで現れた[90]。1997年度に導入したπシステムは一芯の光ファイバーを複数の家庭で共有する共用型[91]で、ブロードバンドに対応できず、家庭向けの光化はほとんど進んでいなかった[92]。NTT東日本・西日本は2000年夏にπシステムの新規工事を中止し[93]、各家庭に一〜二芯の光を直接引くFTTHの試験提供[94]を同年末に始めた。NTT東日本とのダークファイバー交渉が不調に終わった[95]ベンチャー企業の日本交信網は、同じ2000年の夏に郵政大臣へ裁定を申請[96]している。

  • 週刊東洋経済 2000年12月2日号「光ファイバー解放。高速ネットの好機 NTTのブロードバンド戦略は間違いだらけ」
    • [90]1999年末 電話加入者線の新規参入者への開放とxDSL事業者の出現
    • [91]1997年度導入のπシステム=一芯の光を複数家庭で共有する共用型
    • [92]πシステムがブロードバンドに非対応で家庭向け光化が停滞
    • [93]2000年夏 πシステムの新規工事中止・同年末 FTTH試験提供の開始
    • [94]各家庭へ一〜二芯の光を直接引くFTTHへの切替
    • [95]NTT東日本とのダークファイバー交渉の不調
    • [96]2000年 日本交信網がダークファイバー交渉の不調で郵政大臣へ裁定を申請

ラストワンマイルを寡占する一方で、NTTは1988年の商用化以来、ISDNの設備投資を回収できないまま終焉せざるをえない[97]状況に置かれた。80年代からNTT研究所の巨額の研究費をもって開発してきた電話網式のFTTH技術も、秋葉原で売られているイーサネットに完敗する[98]時代になった。自前で光ファイバー敷設を進めるusenのFTTHは毎秒100メガビットで月額6100円[99]であり、以前NTTが想定したFTTHの毎秒1.5メガビット・月額1万円という常識[100]を完全に覆した。NTTのBフレッツもイーサネット方式にシフトを開始[101]している。

  • 週刊東洋経済 2001年9月29日号「特集 NTT22万人のジレンマ ラストワンマイルの王者が抱え込んだ憂鬱の正体」
    • [97]1988年商用化のISDNが設備投資を回収できず終焉
    • [98]電話網式FTTH技術がイーサネットに敗北
    • [99]usenのFTTH 毎秒100メガビット・月額6100円
    • [100]NTT想定のFTTH 毎秒1.5メガビット・月額1万円
    • [101]Bフレッツのイーサネット方式への移行
  • 週刊東洋経済 2000年12月2日号「光ファイバー解放。高速ネットの好機 NTTのブロードバンド戦略は間違いだらけ」
    • [90]1999年末 電話加入者線の新規参入者への開放とxDSL事業者の出現
    • [91]1997年度導入のπシステム=一芯の光を複数家庭で共有する共用型
    • [92]πシステムがブロードバンドに非対応で家庭向け光化が停滞
    • [93]2000年夏 πシステムの新規工事中止・同年末 FTTH試験提供の開始
    • [94]各家庭へ一〜二芯の光を直接引くFTTHへの切替
    • [95]NTT東日本とのダークファイバー交渉の不調
    • [96]2000年 日本交信網がダークファイバー交渉の不調で郵政大臣へ裁定を申請
  • 週刊東洋経済 2001年9月29日号「特集 NTT22万人のジレンマ ラストワンマイルの王者が抱え込んだ憂鬱の正体」
    • [97]1988年商用化のISDNが設備投資を回収できず終焉
    • [98]電話網式FTTH技術がイーサネットに敗北
    • [99]usenのFTTH 毎秒100メガビット・月額6100円
    • [100]NTT想定のFTTH 毎秒1.5メガビット・月額1万円
    • [101]Bフレッツのイーサネット方式への移行

11万人のリストラと、分権の限界

2001年、地域会社のNTT西日本が営業赤字に陥り[102]、NTT東日本やNTTコミュニケーションズも収益を悪化させた。同年8月末に開かれたNTT労働組合の第四回定期全国大会は、約11万人のリストラ案の受け入れを決議[103]している。会社側の提案は、NTT東西6万人、NTT‐MEなどから5万人の計11万人を、全国33カ所に設立される地域アウトソーシング会社に出向[104]、退職・再雇用するというものだった。51歳以上の退職・再雇用者は15〜30%の給与カットが実施され、対象は推定5.8万人[105]にのぼった。

  • 週刊東洋経済 2001年9月29日号「特集 NTT22万人のジレンマ ラストワンマイルの王者が抱え込んだ憂鬱の正体」
    • [102]2001年 NTT西日本が営業赤字・東日本とNTTコムも収益悪化
    • [103]2001年8月末 NTT労組第四回定期全国大会が約11万人のリストラ案を受諾
    • [104]NTT東西6万人・NTT‐ME等5万人の計11万人を全国33カ所の地域アウトソーシング会社へ
    • [105]51歳以上の退職・再雇用者は給与15〜30%カット・推定5.8万人

営業赤字の一方で、NTT東西が本業から生み出すキャッシュフローは年間1.7兆円を超えた[106]。現金の支出を伴わない減価償却費が年間1.2兆円以上あり[107]、これが自己金融機能として働いた。固定電話契約数は法人を含め約6000万[108]で、音声電話5.5兆円・データ伝送網2600億円・専用線1兆円を合わせた固定通信市場は約6.8兆円[109]であった。海外では2010年5月、上場子会社のNTTデータが南アフリカのDimension Dataに対して約2,860億円のTOBを実施[110]している。本体ではなく上場子会社がグローバル展開の先頭に立つ形[111]が、この時期の海外事業の姿であった。

  • 週刊東洋経済 2001年9月29日号「特集 NTT22万人のジレンマ ラストワンマイルの王者が抱え込んだ憂鬱の正体」
    • [106]NTT東西の営業キャッシュフロー 年間1.7兆円超
    • [107]減価償却費 年間1.2兆円以上
    • [108]固定電話契約数 約6000万
    • [109]固定通信市場 約6.8兆円(音声5.5兆円・データ2600億円・専用線1兆円)
  • 週刊東洋経済 2005年11月19日号「2010年の最強企業 情報通信 光化戦略を強化するNTTをKDDI・ソフトバンクが急追」
    • [110]2010年5月 NTTデータがDimension Dataへ約2,860億円のTOBを実施
    • [111]本体ではなく上場子会社NTTデータが海外展開の先頭に立つ構図

海外への投資も同じ時期に傷を負い、2000年春、NTTは約6000億円を投じて米ベリオにTOBを実施し、同年9月に完全子会社化を完了[112]している。ベリオは170カ国以上に顧客を持つ世界最大級のウェブホスティング会社[113]であった。しかし世界的な通信不況で業績は急悪化し、のれん代残高5000億円強が評価損の対象[114]となった。NTTドコモも過去一年半で総額1.8兆円の海外投資[115]を行い、巨額の含み損を抱えた。1兆円強を出資した米AT&Tワイヤレス株の含み損は5000億円弱[116]に達し、欧州のiモード輸出拠点と位置づけたオランダのKPNモバイルには約4000億円を投じている[117]

  • 週刊東洋経済 2001年9月29日号「特集 NTT22万人のジレンマ 世界通信株暴落がNTTコム、ドコモを直撃!海外投資で巨額評価損の危機」
    • [112]2000年春 米ベリオへ約6000億円のTOB・同年9月に完全子会社化を完了
    • [113]ベリオは170カ国以上に顧客を持つ世界最大級のウェブホスティング会社
    • [114]ベリオののれん代残高5000億円強が評価損の対象
    • [115]NTTドコモの海外投資 一年半で総額1.8兆円
    • [116]米AT&Tワイヤレス株 出資1兆円強・含み損5000億円弱
    • [117]オランダKPNモバイルへ約4000億円を出資
  • 週刊東洋経済 2001年9月29日号「特集 NTT22万人のジレンマ ラストワンマイルの王者が抱え込んだ憂鬱の正体」
    • [102]2001年 NTT西日本が営業赤字・東日本とNTTコムも収益悪化
    • [103]2001年8月末 NTT労組第四回定期全国大会が約11万人のリストラ案を受諾
    • [104]NTT東西6万人・NTT‐ME等5万人の計11万人を全国33カ所の地域アウトソーシング会社へ
    • [105]51歳以上の退職・再雇用者は給与15〜30%カット・推定5.8万人
    • [106]NTT東西の営業キャッシュフロー 年間1.7兆円超
    • [107]減価償却費 年間1.2兆円以上
    • [108]固定電話契約数 約6000万
    • [109]固定通信市場 約6.8兆円(音声5.5兆円・データ2600億円・専用線1兆円)
  • 週刊東洋経済 2005年11月19日号「2010年の最強企業 情報通信 光化戦略を強化するNTTをKDDI・ソフトバンクが急追」
    • [110]2010年5月 NTTデータがDimension Dataへ約2,860億円のTOBを実施
    • [111]本体ではなく上場子会社NTTデータが海外展開の先頭に立つ構図
  • 週刊東洋経済 2001年9月29日号「特集 NTT22万人のジレンマ 世界通信株暴落がNTTコム、ドコモを直撃!海外投資で巨額評価損の危機」
    • [112]2000年春 米ベリオへ約6000億円のTOB・同年9月に完全子会社化を完了
    • [113]ベリオは170カ国以上に顧客を持つ世界最大級のウェブホスティング会社
    • [114]ベリオののれん代残高5000億円強が評価損の対象
    • [115]NTTドコモの海外投資 一年半で総額1.8兆円
    • [116]米AT&Tワイヤレス株 出資1兆円強・含み損5000億円弱
    • [117]オランダKPNモバイルへ約4000億円を出資

2011年〜 グループ再結集と、NTT法という前提の書き換え

海外事業の再挑戦と「One NTT」への集約

2018年6月に社長へ就いた澤田純[118]は、分散していた海外事業を一つに束ねる再編に着手した。同年11月、NTTの傘下に全額出資子会社であるNTT株式会社を創設し[119]、エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ、Dimension Data Holdings、エヌ・ティ・ティ・データ等を移管した。2019年7月にはNTT株式会社の傘下に全額出資子会社であるNTT Limitedを創設し[120]、NTTコミュニケーションズおよびDimension Data Holdings等の海外事業を移管している。中間持株会社はNTT法の外に置き[121]、外国人幹部を取締役に迎えた[122]

  • 日本電信電話 有価証券報告書(役員の状況)
    • [118]2018年6月 澤田純氏が社長に就任
  • 日本電信電話 有価証券報告書 第40期(2025年3月期)【沿革】
    • [119]2018年11月 全額出資子会社NTT株式会社の創設とNTTコム・Dimension Data・NTTデータ等の移管
    • [120]2019年7月 NTT株式会社傘下にNTT Limitedを創設し海外事業を移管
  • 週刊東洋経済 2019年3月16日号「NTTの海外成長戦略 ドコモ頭打ちで加速する」
    • [121]中間持株会社をNTT法の外に設置
    • [122]外国人幹部の取締役への登用

再編の背景には国内の頭打ちがあり、グループ営業利益の約6割を稼ぐNTTドコモ[123]は、国内の携帯契約数の頭打ちと政府の通信料引き下げ圧力[124]で収益の先細りが見込まれた。1999年から2000年にかけて1.8兆円を投じたドコモの海外携帯投資が全面撤退に終わった[125]後、法人向けのクラウドやシステム構築が新たな海外の成長軸として選ばれた。中期経営計画では2023年度の海外売上高を2017年度実績比で約3割増の250億ドルへ引き上げる目標[126]を掲げている。2019年5月には、光電融合技術による次世代通信基盤「IOWN」構想を発表した[127]。電子ベースの信号処理を光へ置き換え、消費電力を100分の1、伝送容量を125倍、遅延を200分の1とし[128]、2030年の実現を掲げた構想[129]である。

  • 週刊東洋経済 2019年3月16日号「NTTの海外成長戦略 ドコモ頭打ちで加速する」
    • [123]NTTドコモがグループ営業利益の約6割を占める
    • [124]国内携帯契約数の頭打ちと政府の通信料引下げ圧力による収益先細り
    • [125]ドコモの海外携帯投資1.8兆円が全面撤退に終了
    • [126]2023年度の海外売上高目標 250億ドル(2017年度比約3割増)
    • [127]2019年5月 IOWN構想の発表
    • [128]IOWNの目標 消費電力100分の1・伝送容量125倍・遅延200分の1・2030年実現
    • [129]IOWNの実現目標 2030年
  • 日本電信電話 有価証券報告書(役員の状況)
    • [118]2018年6月 澤田純氏が社長に就任
  • 日本電信電話 有価証券報告書 第40期(2025年3月期)【沿革】
    • [119]2018年11月 全額出資子会社NTT株式会社の創設とNTTコム・Dimension Data・NTTデータ等の移管
    • [120]2019年7月 NTT株式会社傘下にNTT Limitedを創設し海外事業を移管
  • 週刊東洋経済 2019年3月16日号「NTTの海外成長戦略 ドコモ頭打ちで加速する」
    • [121]中間持株会社をNTT法の外に設置
    • [122]外国人幹部の取締役への登用
    • [123]NTTドコモがグループ営業利益の約6割を占める
    • [124]国内携帯契約数の頭打ちと政府の通信料引下げ圧力による収益先細り
    • [125]ドコモの海外携帯投資1.8兆円が全面撤退に終了
    • [126]2023年度の海外売上高目標 250億ドル(2017年度比約3割増)
    • [127]2019年5月 IOWN構想の発表
    • [128]IOWNの目標 消費電力100分の1・伝送容量125倍・遅延200分の1・2030年実現
    • [129]IOWNの実現目標 2030年

4兆円のTOBによるドコモの取り込み

2020年9月29日、NTTは約66%を出資する上場子会社のNTTドコモに1株3900円でTOBを実施すると発表した[130]。買い付け総額は約4兆2500億円[131]で、当時として国内企業へのTOBで過去最大規模である。前日終値を約4割上回る価格で一般株主の株式を買い付け、11月にTOBが成立して保有比率は91.46%へ高まった[132]。同年12月、NTTは株式会社NTTドコモを完全子会社化し[133]、ドコモは上場廃止となった。1992年の分離から28年を経て[134]、モバイル事業が本体の直接支配下へ戻った。1998年の上場から22年を経て[135]、稼ぎ頭を自ら買い戻す往復が完結した。

  • NTTドコモ 報道発表資料 2020年9月29日「当社親会社である日本電信電話株式会社による当社株式等に対する公開買付けに係る賛同の意見表明及び応募推奨に関するお知らせ」
    • [130]2020年9月29日 NTTドコモへ1株3900円のTOBを発表
    • [132]TOB成立により保有比率91.46%へ上昇
  • 週刊東洋経済 2020年10月10日号「NTTが4兆でドコモ吸収 携帯料金値下げへの布石」
    • [131]買付総額 約4兆2500億円・国内企業へのTOBで当時最大規模
    • [134]1992年の分離から28年を経てモバイル事業が本体の直接支配下へ復帰
    • [135]1998年の上場から22年を経た買い戻し
  • 日本電信電話 有価証券報告書 第40期(2025年3月期)【沿革】
    • [133]2020年12月 株式会社NTTドコモを完全子会社化

完全子会社化の直接の引き金は料金政策で、2020年9月に発足した菅義偉政権が携帯料金の値下げに意欲を示す[136]なか、ドコモは2013年9月にiPhoneの取り扱いを始めていた[137]が、国内シェア首位ながら収入・利益で大手3番手に後退していた[138]。廉価のサブブランドを持たず、一般株主に配慮する上場会社の立場では、政府が求める一段の値下げに踏み込みにくかった[139]。完全子会社化により、少数株主持ち分として連結から漏れていた3割強のドコモ純利益が本体へ入った[140]。あわせて手薄だった法人事業をNTTコミュニケーションズ・NTTコムウェアと束ね[141]、グループの直接連携を強める設計とした。

  • 週刊東洋経済 2020年10月10日号「NTTが4兆でドコモ吸収 携帯料金値下げへの布石」
    • [136]2020年9月 菅義偉政権の発足と携帯料金値下げの方針
    • [138]ドコモは国内シェア首位ながら収入・利益で大手3番手へ後退
    • [139]サブブランド不在と上場会社の立場が値下げの制約
    • [140]少数株主持分として連結から漏れていたドコモ純利益3割強の取り込み
    • [141]法人事業をNTTコミュニケーションズ・NTTコムウェアと束ねる設計
  • NTTドコモ公式(iPhone 5s/5c 取扱い開始 2013年9月)
    • [137]2013年9月 ドコモがiPhoneの取り扱いを開始

取り込みの効果は数字に表れ、2022年3月期の連結営業収益は12兆1564億円、親会社株主に帰属する当期利益は1兆1810億円となり、当期利益は初めて1兆円を超えた。2022年1月にはエヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズおよびエヌ・ティ・ティ・コムウェアを株式会社NTTドコモの傘下へ移管し[142]、法人事業をモバイルと束ねている。2023年3月期の連結営業収益は13兆1362億円、当期利益は1兆2131億円へ伸び、2024年3月期には当期利益1兆2795億円を記録した。2022年6月、島田明氏が社長に就任した[143]

  • 日本電信電話 有価証券報告書 第40期(2025年3月期)【沿革】
    • [142]2022年1月 NTTコミュニケーションズ・NTTコムウェアをNTTドコモ傘下へ移管
  • 日本電信電話 有価証券報告書(役員の状況)
    • [143]2022年6月 島田明氏が社長に就任
  • NTTドコモ 報道発表資料 2020年9月29日「当社親会社である日本電信電話株式会社による当社株式等に対する公開買付けに係る賛同の意見表明及び応募推奨に関するお知らせ」
    • [130]2020年9月29日 NTTドコモへ1株3900円のTOBを発表
    • [132]TOB成立により保有比率91.46%へ上昇
  • 週刊東洋経済 2020年10月10日号「NTTが4兆でドコモ吸収 携帯料金値下げへの布石」
    • [131]買付総額 約4兆2500億円・国内企業へのTOBで当時最大規模
    • [134]1992年の分離から28年を経てモバイル事業が本体の直接支配下へ復帰
    • [135]1998年の上場から22年を経た買い戻し
    • [136]2020年9月 菅義偉政権の発足と携帯料金値下げの方針
    • [138]ドコモは国内シェア首位ながら収入・利益で大手3番手へ後退
    • [139]サブブランド不在と上場会社の立場が値下げの制約
    • [140]少数株主持分として連結から漏れていたドコモ純利益3割強の取り込み
    • [141]法人事業をNTTコミュニケーションズ・NTTコムウェアと束ねる設計
  • 日本電信電話 有価証券報告書 第40期(2025年3月期)【沿革】
    • [133]2020年12月 株式会社NTTドコモを完全子会社化
    • [142]2022年1月 NTTコミュニケーションズ・NTTコムウェアをNTTドコモ傘下へ移管
  • NTTドコモ公式(iPhone 5s/5c 取扱い開始 2013年9月)
    • [137]2013年9月 ドコモがiPhoneの取り扱いを開始
  • 日本電信電話 有価証券報告書(役員の状況)
    • [143]2022年6月 島田明氏が社長に就任

NTT法の見直しと、グループ再結集の完了

NTT法は1985年、電電公社の民営化に伴い制定され[144]、僻地も含めた全国への固定電話網の提供、研究開発成果の開示、組織再編や事業計画策定における総務相の許認可取得[145]などをNTTとNTT東西の三社に義務づけていた。2023年6月、政府保有株の売却が防衛財源確保の選択肢に挙がったことを端緒に法改正の検討が始まり[146]、自民党主導の下で法廃止にまで踏み込んだ議論へ発展した。同年10月19日、KDDI・ソフトバンク・楽天モバイルがそろって記者会見を開き[147]、廃止への反対を表明している。競合三社は地方のケーブルテレビなど180団体の連名で、NTT法廃止に反対する要望書も提出[148]した。

  • 週刊東洋経済 2023年11月11日号「ニュース最前線02 競合3キャリアが猛反対「NTT法見直し」の混迷」
    • [144]1985年 電電公社の民営化に伴うNTT法の制定
    • [145]NTT法の責務=全国固定電話網の提供・研究開発成果の開示・総務相の許認可
    • [146]2023年6月 政府保有株売却を端緒にNTT法改正の検討が開始
    • [147]2023年10月19日 KDDI・ソフトバンク・楽天モバイルが共同会見で法廃止に反対
    • [148]地方のケーブルテレビなど180団体の連名による反対要望書の提出

競合三社が恐れたのは、NTT東西とNTTドコモの合併であった[149]。NTT東西は電電公社から受け継いだ光ファイバー網や通信局舎などの設備を有し[150]、国内でモバイル通信やFTTHを展開するには競合他社もNTT東西の設備を利用せざるをえないケースが大半[151]を占めていた。NTT法の制約が消えて両社が一体化すれば、事業は社内取引となり監視の目が及びにくくなる[152]。これに対し島田明氏は「ドコモと東西を統合する考えはまったくない」と述べた[153]。2024年4月には改正NTT法が成立し、研究成果の開示義務が撤廃された[154]

  • 週刊東洋経済 2023年11月11日号「ニュース最前線02 競合3キャリアが猛反対「NTT法見直し」の混迷」
    • [149]競合が警戒したNTT東西とNTTドコモの合併
    • [150]NTT東西が電電公社から継承した光ファイバー網・通信局舎の保有
    • [151]競合他社もNTT東西の設備利用を余儀なくされる構造
    • [152]NTT法の足かせが消え両社が一体化すれば社内取引となり監視が及びにくい
    • [153]島田明氏「ドコモと東西を統合する考えはまったくない」
  • 週刊東洋経済 2024年10月12日号「トップに直撃 NTT 社長 島田 明「新しい事業を育てないと今の規模を維持できない」」
    • [154]2024年4月 研究開発成果の開示義務を撤廃する改正NTT法の成立

2025年5月8日、NTTは上場子会社のNTTデータグループ株式に対する公開買付けを開始すると発表した[155]。買付価格は1株4000円で、前日終値2,991.5円に33.71%のプレミアム[156]を乗せ、買付代金は約2兆3712億円である。保有比率は57.73%から買付けで81.75%まで高まり[157]、株式併合を経て9月26日に上場廃止となった。ドコモとデータの完全子会社化に投じた資金は合計で約6兆6000億円[158]にのぼる。2025年3月期の連結営業収益は13兆7047億円、親会社株主に帰属する当期利益は1兆16億円、連結従業員数は341,321人、総資産は30兆625億円であった。

  • 日本電信電話株式会社 2025年5月8日「株式会社NTTデータグループ株式(証券コード9613)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」
    • [155]2025年5月8日 NTTデータグループ株式への公開買付けの開始を発表
    • [156]買付価格1株4000円・前日終値2,991.5円に33.71%のプレミアム・買付代金約2兆3712億円
  • 日本経済新聞 2025年8月29日「NTTデータG、臨時総会で株式併合可決 9月26日上場廃止」
    • [157]保有比率57.73%→81.75%・2025年9月26日に上場廃止
  • 週刊東洋経済 2025年10月25日号「新章NTT 序章 グループ再結集 NTT再編の過去・現在・未来」
    • [158]ドコモ・データの完全子会社化への投下資金 合計約6兆6000億円
  • 週刊東洋経済 2023年11月11日号「ニュース最前線02 競合3キャリアが猛反対「NTT法見直し」の混迷」
    • [144]1985年 電電公社の民営化に伴うNTT法の制定
    • [145]NTT法の責務=全国固定電話網の提供・研究開発成果の開示・総務相の許認可
    • [146]2023年6月 政府保有株売却を端緒にNTT法改正の検討が開始
    • [147]2023年10月19日 KDDI・ソフトバンク・楽天モバイルが共同会見で法廃止に反対
    • [148]地方のケーブルテレビなど180団体の連名による反対要望書の提出
    • [149]競合が警戒したNTT東西とNTTドコモの合併
    • [150]NTT東西が電電公社から継承した光ファイバー網・通信局舎の保有
    • [151]競合他社もNTT東西の設備利用を余儀なくされる構造
    • [152]NTT法の足かせが消え両社が一体化すれば社内取引となり監視が及びにくい
    • [153]島田明氏「ドコモと東西を統合する考えはまったくない」
  • 週刊東洋経済 2024年10月12日号「トップに直撃 NTT 社長 島田 明「新しい事業を育てないと今の規模を維持できない」」
    • [154]2024年4月 研究開発成果の開示義務を撤廃する改正NTT法の成立
  • 日本電信電話株式会社 2025年5月8日「株式会社NTTデータグループ株式(証券コード9613)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」
    • [155]2025年5月8日 NTTデータグループ株式への公開買付けの開始を発表
    • [156]買付価格1株4000円・前日終値2,991.5円に33.71%のプレミアム・買付代金約2兆3712億円
  • 日本経済新聞 2025年8月29日「NTTデータG、臨時総会で株式併合可決 9月26日上場廃止」
    • [157]保有比率57.73%→81.75%・2025年9月26日に上場廃止
  • 週刊東洋経済 2025年10月25日号「新章NTT 序章 グループ再結集 NTT再編の過去・現在・未来」
    • [158]ドコモ・データの完全子会社化への投下資金 合計約6兆6000億円

NTTの沿革1952〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
逓信省・電気通信省から電信電話事業を承継して発足★★
電話料金を改正
電話加入者数が240万に到達
電話加入者数が633万に到達★★
電話の積滞が160万個に到達★★
真藤恒氏が総裁に就任★★
INSのモデル実験を開始★★
公社の民営化に伴い発足★★★
新電電3社の参入により電話事業の独占が終了★★
株価が300万円台に上昇
東京・大阪・名古屋など8証券取引所に上場
真藤恒会長がリクルート事件で辞任★★
データ通信事業の営業をエヌ・ティ・ティ・データ通信に譲渡★★
児島仁株価が100万円を割り込む
児島仁長距離通信・地域通信の業務区分に対応した組織改革を実施
児島仁移動体通信の営業をエヌ・ティ・ティ移動通信網に譲渡★★
児島仁電力・建築・ビル管理業務をエヌ・ティ・ティファシリティーズに移管
児島仁希望退職の募集など雇用調整を開始★★
児島仁長距離料金の値下げが民営化以来8回に到達
児島仁ニューヨーク証券取引所に上場
児島仁ロンドン証券取引所に上場
宮津純一郎エヌ・ティ・ティ・データ通信が東京証券取引所に上場
宮津純一郎1株を1.02株に分割
宮津純一郎ソフトウェア本部の営業をエヌ・ティ・ティ・コミュニケーションウェアに譲渡
宮津純一郎エヌ・ティ・ティ・データ通信がエヌ・ティ・ティ・データに商号変更
宮津純一郎NTTドコモの株式上場——稼ぎ頭を資金化しつつ過半出資で支配を残した資本政策支配か資本効率か——公取委の引き下げ指導の下、NTTはなぜドコモを上場させ、なお過半出資を手放さなかったか 詳細を読む★★
宮津純一郎国際デジタル通信の買収を断念
宮津純一郎民営化NTTの純粋持株会社体制への再編と地域・長距離の分社14年に及んだ分離・分割論議の果てに、宮津純一郎社長は一体経営をどう保ちながら公正競争の枠組みへ移したか 詳細を読む★★★
宮津純一郎NTTコミュニケーションズの設立と国際通信への進出完全民営の子会社で国際へ——IDC買収を見送り、宮津純一郎社長はなぜ自前路線を選んだか 詳細を読む★★
宮津純一郎エヌ・ティ・ティ移動通信網がエヌ・ティ・ティ・ドコモに商号変更
宮津純一郎ベリオを完全子会社化★★
宮津純一郎共用型πシステムを止め、各家庭へ光を直結するFTTHへ固定網を切り替えた基盤投資共用型か家庭直結か——ADSLに追われたNTT東西は、固定網の光化をどう選び直したか 詳細を読む★★★
宮津純一郎西日本電信電話が営業赤字に転落★★
宮津純一郎約11万人の再配置計画を決議★★
宮津純一郎海外投資で巨額の評価損が発生★★
和田紀夫エヌ・ティ・ティ・ドコモがロンドン・ニューヨーク両証券取引所に上場
和田紀夫エヌ・ティ・ティ都市開発が東京証券取引所に上場
和田紀夫三浦惺氏が社長に就任
三浦惺1株を100株に分割
三浦惺エヌ・ティ・ティ・データがDimension Dataに公開買付けを実施★★
鵜浦博夫エヌ・ティ・ティ・ドコモがNTTドコモに商号変更
鵜浦博夫1株を2株に分割
澤田純澤田純氏が社長に就任
澤田純全額出資子会社のNTTを設立★★
澤田純エヌ・ティ・ティ都市開発を完全子会社化
澤田純次世代通信基盤「IOWN」構想を発表★★
澤田純海外システム構築事業の統合と「One NTT」体制の構築ドコモの海外投資が潰えたあと、NTTは新たな成長の軸をどこに求めたか 詳細を読む★★★
澤田純NTTアーバンソリューションズを設立
澤田純1株を2株に分割
澤田純NTTドコモの完全子会社化——4.3兆円の国内最大TOBによる上場子会社の解消政府の値下げ圧力の下、澤田純社長はなぜ稼ぎ頭を4.3兆円で買い戻したか 詳細を読む★★★
澤田純NTTによるNTTドコモの完全子会社化と親子上場の解消(2020年成立)なぜNTTは約4.3兆円を投じ、上場子会社ドコモを再び完全に取り込んだのか? 詳細を読む
澤田純NTTドコモを完全子会社化
島田明エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ等をNTTドコモに移管
島田明当期利益が初めて1兆円を突破★★
島田明プライム市場に移行
島田明島田明氏が社長に就任
島田明NTT DATA, Inc. を設立
島田明NTT法の見直し議論が開始★★
島田明エヌ・ティ・ティ・データがNTTデータグループに商号変更
島田明1株を25株に分割
島田明改正NTT法が成立★★
島田明連結営業収益13兆7047億円を計上
島田明NTTデータグループの完全子会社化によるグループ再結集四半世紀前に分けた事業会社を、島田明社長はなぜ持株会社の下へ再び集めたのか 詳細を読む★★★
島田明NTTによるNTTデータグループの完全子会社化と親子上場の解消(2025年成立)なぜNTTは約2.4兆円を投じて上場子会社NTTデータグループを完全子会社化したのか? 詳細を読む
島田明NTTに商号変更
島田明NTTデータグループが上場廃止
出典・参考
  • 日本産業史 第4巻 通史(日本経済新聞社、1994年)「日本産業総年表」
  • 日本産業史 第2巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「交通・通信-需要に追いつかぬ施設」
  • 日本産業史 第4巻 情報・通信・サービス(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
  • 証券 1987年39巻4号(457号)「新規上場会社紹介 日本電信電話株式会社」
  • 日本電信電話 有価証券報告書 第40期(2025年3月期)【沿革】
  • 週刊東洋経済 1998年10月24日号「ドコモ上場で真に笑うのは誰か?」
  • 週刊東洋経済 1997年9月27日号「『圧勝』ドコモ NTTをも脅かす今世紀最後の大物上場が近づいた」
  • 週刊東洋経済 1999年2月27日号「NTT再編計画の中身」
  • 週刊東洋経済 1999年7月10日号「宮津NTT社長が語る『IDC買収騒動』」
  • 週刊東洋経済 2000年12月2日号「光ファイバー解放。高速ネットの好機 NTTのブロードバンド戦略は間違いだらけ」
  • 週刊東洋経済 2001年9月29日号「特集 NTT22万人のジレンマ ラストワンマイルの王者が抱え込んだ憂鬱の正体」
  • 週刊東洋経済 2005年11月19日号「2010年の最強企業 情報通信 光化戦略を強化するNTTをKDDI・ソフトバンクが急追」
  • 週刊東洋経済 2001年9月29日号「特集 NTT22万人のジレンマ 世界通信株暴落がNTTコム、ドコモを直撃!海外投資で巨額評価損の危機」
  • 日本電信電話 有価証券報告書(役員の状況)
  • 週刊東洋経済 2019年3月16日号「NTTの海外成長戦略 ドコモ頭打ちで加速する」
  • NTT IOWN構想(NTTグループ公式サイト)
  • NTTドコモ 報道発表資料 2020年9月29日「当社親会社である日本電信電話株式会社による当社株式等に対する公開買付けに係る賛同の意見表明及び応募推奨に関するお知らせ」
  • 週刊東洋経済 2020年10月10日号「NTTが4兆でドコモ吸収 携帯料金値下げへの布石」
  • NTTドコモ公式(iPhone 5s/5c 取扱い開始 2013年9月)
  • 週刊東洋経済 2023年11月11日号「ニュース最前線02 競合3キャリアが猛反対「NTT法見直し」の混迷」
  • 週刊東洋経済 2024年10月12日号「トップに直撃 NTT 社長 島田 明「新しい事業を育てないと今の規模を維持できない」」
  • 日本電信電話株式会社 2025年5月8日「株式会社NTTデータグループ株式(証券コード9613)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」
  • 日本経済新聞 2025年8月29日「NTTデータG、臨時総会で株式併合可決 9月26日上場廃止」
  • 週刊東洋経済 2025年10月25日号「新章NTT 序章 グループ再結集 NTT再編の過去・現在・未来」

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